災害の時のための教訓 | 青と緑のお年頃

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青春真っただ中!思春期の姉妹s、あやかとゆうなが送る、ちょっぴり小悪魔な日常の絵日記です。

今、栃木県と茨城県大変なことになっているようですね。

そちらにお住まいの皆さんは大丈夫でしょうか?


去年、三重県特別警報が出た時に被害らしい被害がほとんど出ず、
その時に気象庁「から騒ぎさせやがって!(-皿-#」
バッシングされてましたからね。

その経験を踏まえたうえで、それでも出された特別警報ですから、
「今度は本当にヤバいんじゃないだろうか…(´・ω・)」
嫌な予感はしていたんですけど…



ところで、今から4年前、私はとある大水害の被災地に行ったことがあります。


被災から数日しか経っていない、
傷跡生々しい現地の様子を目の当たりにし、
自然の脅威をイヤと言うほど思い知らされたんですけど…



その時、現地で地元の方から聞いた2つの話があります。

私は、その2つの話を、災害に備えるための教訓として、
その時以来、胸に留め置いています。



その2つの話をご紹介します。


まず1つ目は、ある役所の職員からきいたお話です。

その人は災害復旧工事などを長年経験しており、
災害に対する知識や経験豊富だったそうです。

その水害の際も、豊富な経験をもとに、川の水位上流の降水量などから、
「もうしばらくは大丈夫だろう」と考えて仕事
を続けていたそうです。


そして豪雨が続く中、
「さすがにそろそろやばいな(・ω・)b」と判断し、
他の職員と一緒に防災機材などを高い場所に避難させようと役所の外に出た時、
既に周囲は水浸しになっていたそうです∑(-x-;)

事態が飲み込めないうちにあっと言う間に水位は上がって行き、
気が付くと腰の辺りまで水が来てしまい、
何とか庁舎の2階に逃げるのが精いっぱいだったとか。


決して知識経験がない訳ではなく、寧ろ豊富だったはずなのに、
逆にその知識や経験が邪魔をして、
実際の行動に移るのが遅れた
んだそうです。



そこから教わった教訓その1




時として災害は、それまでの経験を上回る勢い猛威を振るいます。

今回北関東で降ったのも、
「今まで経験したことが無いレベルの豪雨」だったそうです。


「前に大丈夫だったから今回も大丈夫だろう(・∀・)」は、
自然災害の前では通用しない事を肝に銘じておく必要があるでしょう。




もう1つは、とある集落の自治会長さんの話です。


その集落でも猛烈な勢いの雨が降っていたそうですが、
元々雨の多い地区だった事もあり、住民の人たちは
全員が自宅で雨をやり過ごそうとしていたそうです。


そんな中、いつもと違う異変を感じ、胸騒ぎを覚えた自治会長さん

大急ぎ集落の全家庭を回り、避難を呼びかけたんだとか。

「この程度なら大丈夫だろう。
今までもこれくらいなら何でもなかったし^^」

そう言って避難を渋る人たちを必死で説き伏せ、
それでも動こうとしない人たち半ば引きずるようにして追い立て、
集落の全員を強引に避難させました


大洪水がその集落を飲み込んだのは、
全員の避難が終わってから
間もなくのことだったそうです(-。-;)



私はたまたまその集落の中を通りかかったんですが、
十数件の家があったと言うその集落に残っていたのは、
家屋の基礎部分だけと言う壊滅的な状況でした。


集落ひとつが丸ごと消滅してしまうほどの災害に見舞われながら、
自治会長さんの判断と迅速な行動の結果、
その集落ではたった一人の犠牲者も出ることはありませんでした。



そこから教わった教訓その2




全国各地に残る遺構古い構造物
伝承言い伝えなどの中には、災害に関するものも多いでしょう。

それらはいずれも、
古の人たちが多大なる犠牲のもとに学び、
子孫たちを守るために残してくれたもの
です。

また、古くからそこに住む人の中には、実体験先人からの口伝により、
そう言ったものを受け継いでいる人がいるかもしれません。


そう言った先人たちの知恵
そして古い人たちの経験
それらが告げる「嫌な予感」決して侮るべきではないものでしょう。


東日本大震災の被災地にも、
「これより低い場所に家を建てるな」と言う
言い伝えが残っていた場所があったと言います。


そして実際に、その場所は津波に飲み込まれたそうです。



今はまず、大変な被害に遭われた北関東の皆さまが
一日も早く日常を取り戻されることをお祈りすることと、
そして、これから豪雨に襲われることが予想される
北日本の方々のご無事を願うことが先決ですが、
皆さまにも、私が被災地で教わった2つの教訓を、
是非とも知っていただきたいと思い、今日の記事を書かせていただきました。