「普通の日々がこんなに難しいとは」。
「普通の日々を取り戻したい」。
この物語の主人公は飲食店経営者の若松拓志さん(33)です。
今から始まるお話はノンフィクションです。
1人の飲食店経営者が必死に生きようとするお話です。

【写真右が若松さん】
ただ、このお話には通常のノンフィクションと1つだけ異なる点があります。
このお話の結末は、皆様のアクションによって変化するのです。
皆様のアクションがこのお話の結末を作ります。
どうぞ、最後までお読み下さいませ。
1999年。
「地元の新聞にも載ったりしたんですよ!」と懐かし気に若松さんは話します。
若松さんは秋田出身。
地元秋田では名の知れた高校球児でした。
野球推薦で大学進学の道もありましたが、運動や人と話すことが好きということから、高校卒業後にはスポーツトレーナーになるために上京しました。
特待生としてスポーツ専門学校に進学した若松さんは、ある居酒屋チェーンでアルバイトを始めました。
そこで、若松さんは飲食店経営の面白さに目覚めました。
きっかけはアルバイト先の店長との出会いでした。
「飲食店は楽しい!お客様も従業員も、みんなを元気にする!」と思わせてくれた人です。
接客方法や心構えなど飲食店のイロハを教えてくれました。
店長と過ごすうちに、スポーツトレーナーよりも、飲食の仕事に魅了されていきました。
ある時、仕事仲間が博多で独立するという話が出てきました。
その人は「店を手伝ってほしい」と若松さんに声をかけました。
「いつか自分の店を持ちたい」と考えていた若松さんは、その人の右腕として1年半修業しました。
この時、本格的に飲食店の経営を学びました。
料理の技術は勿論、どうすれば繁盛するかを日々考えていたと言います。
2014年。
26歳のとき。3つの大学が密集する学生街、東京都練馬区江古田で、雇われ店長として新店の現場を任されることになりました。
学生街での飲食経営は難しいと多くの人に言われていました。
しかし、駅には学生が溢れ返り活気に溢れていました。
「ビジネスチャンスを感じた」と江古田の場所に決めた理由を語ります。

2018年。
4月に雇われ店長を卒業し、経営権を買い取ることで、念願の独立を果たしました。
お店の名前は「がんばる」。
独立するのにお金を借り最初は苦しかったと言います。
そんな時でも、「がんばっていこう!」と店名を決めました。
2019年12月。
外から見たら順調な経営に見えたお店。
しかし、2019年秋頃からお店を継続していくかどうか悩んでいました。
一杯300円。2時間飲み放題1500円。
学生を応援する価格にこだわり、ギリギリの収支でこれまでやってきたのです。
安くし過ぎて、自問自答を繰り返していたと若松さんは言います。
値上げを考えましたが、学生のことを考えるとできませんでした。
「学生を応援するお店のままで皆の記憶に残りたい」。
そんな特別な想いから決断したこと。
それはお店をたたむことでした。
経営のために値上げしては、学生を応援するお店ではなくなってしまうからです。
一度店をたたんでから、学生以外の人たちを相手に価格設定し、新たにお店を始めようと決めました。
2020年1月。
江古田のお店を引き継いでくれる事業者を募集すると、数十件の問い合わせがありました。
その中から、「現在の店舗設備を40万円で買取り、不動産契約をしたい」という事業者Aと、3月10日頃に契約を結ぶことを口約束します。
「譲渡金と保証金の返金を使って移転し、家賃の少ない新しいお店で再出発しよう!」
新しいお店で再チャレンジすることに若松さんは胸を躍らせていたと言います。
2020年2月。
この頃、世間ではコロナウイルスが徐々に徐々に蔓延し始めます。
2020年2月29日。
6年間続けた江古田のお店をたたみました。
この頃には埼玉県狭山市で新しいお店をやることが決まっていました。
2020年3月。
しかし、若松さんに苦難がやってきます。
店を引継ぐ事業者Aと不動産会社が互いに連絡が取れない状況が続き、3月末でも未契約の状態でした。
それでも、若松さんは契約を両者に催促できずにいました。
そんな中、新型コロナウイルスの影響がどんどん大きくなっていきました。
2020年4月7日。
そして、緊急事態宣言発令。
引き継ぎ事業者Aから「今回の話はキャンセルしたい」との申し出があったのです。
飲食店は軒並み売上が減少し、事業者Aが気変わりしたのです。
「店を引き渡すことを決めた時、きちんと契約書を交わしていれば…」。
不動産会社は若松さんに次のように告げました。
「契約を切るのであれば元通りに原状回復をしてください」。
「原状回復にかかる費用は保証金+αを請求します」。
「もしくは引き継ぐ事業者が決まるまでの家賃を払い続けてください」。
「全てが最悪の方向へと傾きました」と若松さんは言います。
「コロナウイルスの影響さえなければ…」。
何度も悔みましたが、過去を悔やんでいても仕方がないと、若松さんは行政や民間に融資の相談に行きました。
返ってきた答えは辛辣なものでした。
「コロナウイルスの影響ではない。」
「あなたのその話ってただ経営に失敗してコロナウイルスでお金もらえると思って相談してきたんじゃないですか?」
「コロナウイルスじゃなくてもこうなってた可能性ありますよね?」
「ただの経営失敗のような気がしますよ?」
全く相手にされませんでした。
売上不振は2019年末頃からありましたが、お店の引き渡しはコロナの影響であることは明白だと若松さんは言います。
しかし、若松さんは諦めませんでした。
藁にもすがる想いで次の行動に移しました。
クラウドファウンディングです。
若松さんは新店舗の契約金60万円、新店舗の備品や消耗品購入代金40万円、開店準備金(従業員給料や自身の生活費含む)60万円の計160万円を目標としたクラウドファンディングに挑戦しています(2020年4月末まで)。
「ここまでしてお店をやる意味はあるのだろうか」
新店開店までの生活は厳しく火の車です。
若松さん自身でも葛藤がありました。
「もう何もしない方が楽かも」
そんなことまで思いました。
それでも若松さんにはお店をやりたい理由があるんです。
「飲食店が好きなんです」。
「自分を信じてくれている従業員、待ってくれているお客さんがいるんです」と言います。

若松さんは「クラウドファンディングでは、お店の常連さんや大学を卒業した後も飲みに来てくれる子たちが支援してくれています。本当にありがたいです」と取材中に涙をこぼしました。
「お客を愛し、お客から愛されている」。
だから、若松さんはチャレンジを止める訳にはいかないと言います。
新店開店をあきらめない理由はそれだけではありません。
若松さんの原動力となっていることがもう1つあります。
それは若松さんのあったかい家庭の存在です。
若松さんが奥様のTさんと出会あったのは、アルバイト先の飲食店でした。
若松さんと仲のいい常連さんの娘さんでした。
すぐに意気投合し、付き合うことになりました。
「福岡で店を一緒にやらないか?」と言われた時のこと。
Tさんに相談すると、「行っておいで!私も後から行くから!」と背中を押してくれました。
若松さんはその言葉で福岡で働くことを決めました。
そして、言葉通り半年の遠距離交際を経てTさんも福岡についてきてくれました。
福岡のお店で自信もついてきた頃、Tさんと東京に戻ることを決めました。
お金も無かった若松さんを心配したTさんの両親が「戻るなら一緒に暮らさないか?」と提案してくれました。
そこから自然な流れでTさんと結婚に至ったと言います。
「まだちゃんとプロポーズされてない。ってよく奥さんに言われちゃうんですけどね!(笑)」と若松さんは照れ笑いをします。
そして、若松さんが31歳の夏。
かわいい女の子Kちゃんが生まれました。
若松さんに守る命が1つ増えました。
「こいつらを絶対に幸せにしないと」。
若松さんは奥さんのTさん2歳の愛娘Kちゃんの顔を見る度にそう思います。
若松さんは、飲食店への情熱も、家族への愛情も、両方持っていますが、家族のためならどんな仕事もするでしょう。
でも、若松さんが最も力を発揮できるのは飲食店であることも事実です。
若松さんは今の逆境をしっかりと受け止めた上で、「なにくそ!絶対に今の状況を好転してやる!」。
そう自分に言い聞かせ、踏ん張っています。
気分が滅入る日もあるけれど、若松さんはあきらめていません。
「自分も家族も幸せになってみせる。応援してくれる人にも恩返しをしてみせる」。
これが若松さんの願いです、心の底にある気持ちです。
ここから先のお話は、このブログをお読みの皆様と共に作り上げる形となります。
若松さんへの支援を下記させていただきます。
皆様にこの物語の一員となっていただければ幸いです。
ーーーーーーーー若松さんから皆様へのご支援のお願いーーーーーーーー
若松さんは新店の為に日々奮闘しています。しかし自身の生活でさえ追い込まれている状況です。別サイトで行っているクラウドファウンディングは新店開店用や開店までの生活資金です。しかし、今回は満額に達しそうにありません。そこで今回、ペン。プロジェクトでは、若松さんの生活基盤を整えるための支援を行いたいと思います。
今回は支援を3つ用意しました。
①基本支援金(2020年4月30日まで)
マスク付き支援金を1口3千円で募集しています。
1口支援する毎に、洗って再利用できる「水着素材マスク(500円相当)」を3枚差し上げます。
なお、マスクを製造する縫子は、「新型コロナウィルスの影響で収入が激減した人たち」です。
縫子は製造料としてマスク1枚につき500円から原材料費を引いた金額を手にします。
主人公に届くお金は1口につき1500円です。
※マスク無しで主人公に1口3000円全額を支援したい場合はその旨ご連絡下さい。
※今回のプロジェクトで運営側が受け取るお金は一切ございません。
※最大67口まで承ります。
現在集まっている基本支援金口数(0/67)
【支援方法】
pen.project2020@gmail.comまで【支援No.4マスク付】と件名に記入の上、
本文に以下をご記入頂き、メール送信願います。
・支援口数
・お名前
・住所(郵便番号含む)
・携帯番号
※メール受信後に詳細をこちらから連絡差し上げます。
②食料支援(2020年4月30日まで)
家族3人が1.5ヶ月暮らせるだけの食料支援をお願いします。
③おもちゃ支援
保育園が休園となり2歳のKちゃんは毎日自宅で過ごしています。
「もし余っているおもちゃがあれば遊ばせてあげたい…」と若松さんは言います。もし、2歳女児が喜びそうなおもちゃがあればお申し付け下さい。
上記支援(支援金及び物資)を検討されていらっしゃる方はpen.project2020@gmail.comまで【支援実行No.4】と件名に記入の上、連絡先とともにメールをお送りください。
※若松さんは2020年4月30日に終了するクラウドファウンディングに挑戦していますが、その支援額が140万円を超えた分だけ、当プロジェクトの現金による支援分(最大10万円)を若松さんより返金してもらいます。返金してもらったものは支援して頂いた方に振込手数料を差し引いた額をお返しいたします。
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ペン。プロジェクト~新型コロナウィルスに負けない100の物語~
私は、ペン。プロジェクト代表兼編集長の吉村大作と申します。地域振興や寄附文化を推進するNPO法人みらくるの理事長を務めながら、大阪市鶴見区という場所で、地域新聞の編集長としてペンを握っています。ペンは剣よりも強しと言いますが、ペンには人を動かす力があると私は実感しています。
当プロジェクトは、新型コロナウィルスによって、崖っぷちに立った人々を主人公として取材するものです。どんな人でも人の心を動かす物語を持っているものです。その物語を広く皆様に読んで頂き、そこから主人公に対する支援の輪を呼び起こすことが、私のできることだと信じております。
一番伝えたいこと。それは、物語の最後を完結させられるのは皆様のご支援だということです。もし、皆様が「自分も役に立てるかもしれない」、そう思われたなら是非とも当プロジェクトのメールアドレス(pen.project2020@gmail.com)まで、【支援(物語№を記入下さい)】と件名に書いてご連絡願います。
そして、新型コロナウィルスが原因となる倒産、リストラ、閉業などにより、生活が困窮されている方は当プロジェクトのメールアドレス(pen.project2020@gmail.com)まで、【取材依頼】と件名に書き、本文に「困窮する前と現状」を記入の上ご連絡願います。「新型コロナウィルスの影響で、限界まで頑張ったけどどうしようもない。でも、僅かながらも明るい未来がこの先何処かにあるならば、そこに向かって生きていきたい」。そんな想いを持つ人たちを取材させて頂きます。私たちができることは取材依頼者に取材し、依頼者の状況と気持ちを一般の皆様に認知してもらうことしかありませんが、支援に繋がることを信じて全力でペンを握らせて頂きます。基本支援金は1案件につき個人又は事業者共に最大10万円を支給します。それに加え、事業者であれば自身の提供できるサービスをこのブログで紹介させて頂きます。
また、物語を取材するライター、弁護士、司法書士、税理士、社会保険労務士などの士業の方、ソーシャルワーカーなどの専門家も随時協力者を募集しております。協力して下さる方は当プロジェクトのメールアドレス(pen.project2020@gmail.com)まで、【専門家協力】と件名に書いてご連絡願います。
【ペン。プロジェクト代表兼編集長、吉村大作の紹介】
2011年に起きた東日本大震災を国難と捉え、被災地の人々の願い事を100個叶えるプロジェクトを同年に実施。日本初のクラウドファウンディングサイトが立ち上がる前にブログを中心に資金提供を呼びかけ、700万円を集めた。その資金で100個の願い事を全て叶える。今回の新型コロナウィルスに対しても国難と捉え、1人でも多くの人々を支える活動を決意した。
【ペン。プロジェクト支援を検討しておられる方へ】
ペン。プロジェクトを運営するNPO法人みらくるへの寄付先です。
関西みらい銀行 鶴見支店 普通 0143863 トクヒ)ミラクル