「レンヌ・ル・シャトーの財宝伝説ーベランジェ・ソニエールの真実」その1 無頼出版 | サーシャのひとり言

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前から気になっていたレンヌ・ル・シャトーの財宝伝説についての本をGWに手に取ってみました。



こちらの出来事が最初に文章になったのは1956年のフランスの地方紙。
伝説の概要は以下のようなものです。

ー1885年6月、ベランジェ・ソニエールと言う名の男が南フランスの陸の孤島のような貧しい村の教区司祭に任命されました。
教会はいつ崩れてもおかしくないくらいに荒廃しており、三十代のベランジェはさっそく改修に取り掛かります。
ところが、まず祭壇の解体を始めたところ、彼は西ゴート時代の古い柱の空洞の中に暗号化されたメッセージが書かれた羊皮紙を発見。
そのメッセージの解読のためにパリへ言語学の専門家を訪れたベランジェは、メッセージの一部に「プッサンが鍵を握る」とあった為、ルーブル美術館でニコラ・プッサンの「アルカディアの牧童たち」のレプリカを購入し、レンヌ・ル・シャトーへ戻ります。
この絵に描かれた墓石と背景がレンヌ・ル・シャトーのものにそっくりだったのです。

それからと言うもの、ベランジェは奇妙な行動をし始め、同時に急に金満家に変貌します。
教会の全面的な改修、流行り風の装飾、新しい図書館や客人の接待用の新しい屋敷ベタニア荘など次々と大金を投じて手がけ、彼の生活もグルメで贅沢なものとなります。

1910年に新しい司教が赴任してきて、ベランジェはそのお金の出所の説明を教会裁判所で求められますが、決して口を開かないまま、1917年に心臓麻痺で亡くなりました。ベランジェの臨終の際、告解を行なった司祭は大きな衝撃を受け、以後終生笑顔を見せることは無かったとか・・。

ベランジェの財産は全て赴任時から彼を支えた家政婦のマリー・デナルノーに譲渡され、その後マリーは質素に36年間、ベタニア荘に住み続けます。
最晩年、マリーはその家を気に入ったノエル・コルブに売り、いつの日か秘密を彼に教える事を示唆しますが、卒中で倒れ会話が出来なくなった為、1953年の彼女の死去と共に秘密は明かされる事なく終わってしまいました。〜



ベランジェのお金の出所は何だったのでしょうか?

隠されていた財宝を見つけたとするとそれは誰のものだったのか?
①ローマがエルサレムの寺院から奪った宝を、更に西ゴート族がローマから奪い持ち込んだ?
②羊皮紙に書かれた「この宝はダゴベルト2世王とシオンに属し、それは死である。」とは?
(ダゴベルト2世はメロヴィング朝の王)
③地理的にアルビジョワ十字軍で壊滅したカタリ派の財宝の可能性は?
④難を逃れたテンプル騎士団の財宝?

それとも何か危険な情報の秘密を守る代償として大金を得たのか・・。(1953年にはベタニア荘の庭から3人の射殺体が発見されます)



などとさまざまな憶測がなされてきたこの財宝伝説。

こちらの本では、失われた羊皮紙の手書きのコピー、パリの国立図書館にある奇妙な秘密文書、それまで意味を持つと考えられてきたレンヌ・ル・シャトーの地形に引くことができる不思議な正五角形など多方面から考察がなされ、最終的に驚くような結論に到達します。

その2に続きます。