先生とは、教えてもらう人になった方が、うまくいく。 | ペガサス世田谷経堂教室のブログ 不登校を経験した先生が、子どもの自発性の育成に取組む塾

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10代の時に、勉強が楽しくなくなって不登校になった経験から、何のために勉強するのか、と向き合う場が必要なのではと考えました。
子供たちの「学力」はもちろん、「自ら考え、自発的に行動する力」を育てる塾の様子を書いています。

「あーあ。勉強しちゃったよ」

 

重力の単元を塾生とやりとりしていた時のこと。

二人の会話を聞きながら、

「あの子、出来るようになっちゃったよ」

と。

 

重力の”N”って、学校でやったけど、よくわからなかった。

あれってなんなの?

っていうところから始めました。

 

勉強ができるってよく言われる人は、先生に教えてもらったことを、自分の知識に変えることが上手だと思います。

聞いて終わり。

ではなくて、これから自分が問題を解くってなった時に、こうする。

 

と、自分ごとにするペースが早いのだと思います。

 

理解するペースは人それぞれなので、集団の授業だと、必ずしも全員が理解しきれているかといえばそうでもなく。

 

先生が言ったことだけ、手順だけ、とりあえず覚えておけばいいか。

という人もいれば、

何言ってるか理解できなかった・・・。

という人もいます。

 

どうすれば、自分ができるようになるのか、自分の中で対話して考えて、考えて、自分ものにできる人もいます。

 

どうやったらできるか

どうしてできなかったか

次はどうするといいか

 

自分で考えられるようになると、成績ってすぐに伸びていくのですが、一方的に教えてもらうことだけになれていると、自分の知識とするための対話の仕方を知らない人も結構いる。

 

私は、教えてもらった知識を、自分のものにするための対話の手助けをしています。

 

教科書や問題集で、さらっと書いてある重要なことを、さらっと文字だけ追わせるのではなく

「それって、つまりどういうことなの?」

と聞きながら、その子に教えてもらうことで、子供たちの思考の整理を手伝います。

 

教科書の言葉が、自分の言葉になるとき

「ああ、そうだったのか」

と気づくのです。

 

勝手に教科書などの文章を何度も読み返し始めます。

ぶつぶつ言いながら、あ、そっか。

という場面が出てくるのです。

 

私が、一人ひとりの語彙力に合わせて、聞きやすい、理解しやすい言葉を使いすぎると、返って子供達の中に残りません。

私が知識を噛み砕くのではなく、子供たちに噛み砕かせる。

 

そのためには、私は「教える人」よりも「教えてもらう人」である方がうまくいくのです。

教えることの方が、教わることよりも難しい。

教えるためには、自分の言葉になっていないといけないから。

 

確かに時間はかかりますが、考える時間を積み上げていきたいと思っています。