《続き》 豊受大神宮(外宮) と "秘めごと"
前回の記事中の神社、
・外宮摂社 「度会国御魂 (わたらいくにみ) 神社」
・外宮末社 「大津 (おおつ) 神社」 は、
神宮から配布されるマップにその表記がない。
北御門口参道から火除橋を渡ってすぐの右手に、
地味に細い道が伸びていて、
記憶が定かでないが、御神馬の建物のあるところが分岐の目印となる。
まず、踏み入れたくなる欲求に駆られない。
馬さんがいないのに『写真を撮らないで』という大きな注意書きに、
大抵関心と視線がそちらへ移ってしまうだろう。
その道は結構林の中を散策してやっと度会国御魂神社・大津神社に続くも、
やがてフェンスに遮られて行き止まりになる。
その先には、
・外宮所管社 「上御井(かみのみいの)神社」 があるという。
同様に一般の参拝ができないスポットに、
・外宮所管社 「御酒殿」(みさかどの)
【祭神】御酒殿神 がある。
当該建物は見えるけれど何が何なのか、社はどっちか?
お酒がとても大好きな人なら、多少もどかしさを感じそう。
20年おきの式年遷宮によって新たに建替えられるのは、
内外両正宮・別宮・摂社・末社・所管社の125社すべてではないらしい。
しかし、実際にここに来てみれば、
灯篭や橋・手すりにいたるまで、
ほとんど新しい。
新しくならないものもある。
橋の欄干にかぶさっている青銅製の金具、
"擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)"は繰り返し使われる。
なんでもないような擬宝珠の裏手を探ってみれば、
『室町時代』と書かれてたりする。(youtube)
■清盛楠(きよもりぐす)
平清盛が勅使として参向したとき、
このクスノキの枝が冠に触れたため西側の枝を切らせたという。
何故、清盛はこの楠に当たったのか。
国より委託され授かったその役職の高位さと、
帝王として獲得しえたとする自分の尊厳さを、
まわりに示す必要か? 単に過信か? コンプレックスかな?
***
外宮に関して、
文藝春秋のこんな記事をご存知だろうか?
平成四年のブルガリア人の超能力者、
ベラ・コチュフスカの外宮参拝である。
~不思議なことは、
伊勢神宮の外宮の正宮を参拝した直後に起こった。
突然、べラさんが何かに引っ張られるように、
後方の階段を登り始めたのである。~[略]~
ベラ: 「神様が私を引っ張っていく」
多賀宮の神前に進み出ると、
ベラは感慨きわまったように膝を折り、額ずいて祈った。
~[略]~ 祈りを終えたベラは、顔中を涙で濡らしていた。
ベラ: 「こんな聖地はない。
ここは世界中の人々が祈りに来なければいけない」
ベラ: 「もちろん、ヤハウェが祀られています~
伊勢に参拝して、そのことがわかりました」
***
伊勢神宮は日本だけの大切な神様のはずが、
もしこうなると話は地球・宇宙規模となる。
オカルト趣味でなくても、
個も国も越え、人間全体すべてをくくった視点・意識へとフォーカスする。
その時、世界の中での日本の役割とは...
人類という連携した意識の苗が、
我々自らの手によって育まれる様に、
近くて遠い世界からすべての人に、
やさしく視線を振りまいているかもしれない....
私も額ずきたくなるような嬉しい妄想に、
ひとり、悦にいるのは幸せだ~
※多賀宮のご神体は、マナの壷。
それってホントか~?
北御門口参道から 伊勢神宮 豊受大神宮(外宮)
《駐車場》へのルートは、
外宮沿いに表参道から北御門口へ向かう道を進み、
表示通りに従えば、左右に入り口がある。
内宮へはここからバス(¥410?)で行くのも
知識として覚えておくとどこかで役に立ちそうだ。
鉄道の伊勢市駅ができるまでは、外宮は北口が表参道だった。
いまでも御木曳初式の斎行にはこちらを使う習わしが残っている。
神宮内に入るとさっそく目の前に火除橋(ひよけばし)。
明治期まではここまで民家が立ち並んでいた。
この火除橋は外からの火災を防ぐという意味と、
忌火(いみび)を使う神域とを分ける/外の火を持ち込ませない
意味があるといわれている。
■北御門鳥居 (きたみかどとりい)

■神楽殿 (かぐらでん)
神楽殿とご正殿の間にある、
白石の敷かれた広い空間を大庭(おおば)と呼ぶ。
写真では向こう側。
そこに五丈殿と九丈殿が
90度向きを変えて建つ。
九丈殿の前の大庭に祀られている。
宮域の境界の守護神で
石座が並んだ社殿を持たない神。
大昔は各社の敷地の角に祀られていたが、
敷石と区別がつかなくなり、
ここ一所にまとめて祀るようにした。
正宮の道の反対側に広がる列席会場。
ひっ、ひっ、広いー。
以前の景色が思い出せない。
直前になると道に長い長い屋根がつくられる。
外宮の場合、神楽殿から伸びる正宮への参道は
東から西に続いている。
今回は東側から奥手の西側の敷地へお移りになる。
足かけ八年の62回式年遷宮は、
その諸祭が始まってから遷御までの間だけはその西側を
新御敷地(しんみしきち)と呼ぶ。
遷御が完了すると、これまであった敷地を
古殿地(こでんち)と呼ぶようになる。
古い社殿の跡は石組みが残され、
心の御柱(しんのみはしら)の覆い屋が設けられる。
新御敷地に移る前に、天照様に参拝しようと
たくさんの人が訪れていた。
隣の垣根越しからは
空に突き出た新しい正殿の屋根と
桧の香り。
もう、あんぐりである。
亀石から見るとがっぷり、
まるまる池の上まで会場を広げていたんだから。
***
神宮のあちこちで大工さんのかなづちを叩く音が響く。
今は若手の大工さんも、
きっと次の遷御のころにはバリバリの中堅で活躍?
昔、多賀宮へ向かう97段のこの石段の途中で、
檜垣常昌(ひがきつねよし)という禰宜が
にわかに倒れ命を落としたことがあったそうで....
「上ることがしんどくなったら退官の時期」
そんな伝説があったとか....
今なら定年制?
■多賀宮 (たかのみや)
【祭神】豊受(とようけの)大神の荒御魂(あらみたま)
第一別宮。高宮(たかのみや)とも称される。
公称では濁音がつかない。
石段を上りきったところに
誰が名付けたか、
寝地蔵(ねじぞう)と呼ばれる石がある。
寝ているお地蔵さんのようにみえるらしい。
神域のメッカに仏様とは。
ご興味の方は左手を探索ください。
遷宮まであと数日。
■土宮 (つちのみや)
大土乃(おおつちの)御祖神(みおやのかみ)
山田原の鎮守で、地主の神。
川の氾濫を鎮める神様。
古来よりこの宮のみは社殿が東向き。
■風宮(かぜのみや)
級長津彦命 (しなつひこのみこと)
級長戸辺命 (しなとべのみこと)
もともとは稲作に困らないようにお祀りした。
鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせて日本を守り、
また黒船来航の時も祈願されたという。
手にカエデの葉のような団扇をもっている。
■下御井(しものみいの)神社
小さな社殿の中には
清らかな水をたたえる御井戸。
(※右は二ヶ月前の下御井神社の写真)
同じ外宮の
上御井神社は古来最も神聖視されていて、
毎朝、神職の方が一桶づつ奉汲し、
神饌御料に供するのですが
(※右は遷宮直前の下御井神社の写真)
その上御井神社に不都合が生じた場合には
こちらの下御井神社の井戸の御水を
使用するそうです。
社もすっかり新しくなりました。
青い光が降り注ぐ静かなスポットです
■外宮摂社 度会(わたらい)国御(くにみ)神社
【祭神】
彦国見加岐建與束命(ひこくにみがきたけよつかのみこと)
度会氏は明治初期まで
代々外宮の禰宜[ねぎ]を世襲してきた一族で、
その祖霊を祀る。
もとは五十鈴川河口の守り神。
以前は内宮のお社でしたが、
一時期行方不明となった後、
明治時代にこの場所にお祀りされた。
※右写真は大津神社そばに聳えている木。
《つづく》
伊勢神宮に行くなら 椿大神社
椿大神(つばきおおかみ)社(やしろ)は伊勢の一宮である。
なのに一宮は伊勢神宮だと勘違いしている関東人の輩がいた。私だ。
天孫降臨の際に猿田彦神はここ高山でお迎えし、
瓊々杵尊一行を無事高千穂に送り、
その後天之鈿女命とともにこの地に帰ってきた。
ここに帰って一緒に住んだのだから
椿大神社・椿岸神社を
それぞれ猿田彦大本宮・細女(うずめ)本宮としている。
たとえこんな常識であっても、
本人にとっては新たな発見であるわけなので
知らない、つーことは、
糸がつながるドラマを後々に控えていることになる。(;^_^A
■庚龍(かのえりゅう)神社
【御祭神】
金龍龍神・白龍龍神・黒龍龍神
「この龍神社は、
樹齢四百年と伝えられる桜の木に龍神が宿り
神域全般を守り給わったとの伝承がある」
第一鳥居の内側にあるが、
しかし境内というよりも、
通りから境内を分ける壁のように位置している。
このあたりから雰囲気が緊張する。
山頂に奥宮。
ふもとに
富士社いわくら・愛宕社。
拝殿の裏手にある三つの天降石(あまくだりいし)は、
・猿田彦大神
・瓊々杵尊
・栲幡千々姫命
【主神】
猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
【相殿】
瓊々杵尊(ににぎのみこと)
栲幡千々姫命 (たくはたちちひめのみこと)
「おはようございます」
との声に振り向いたら
巫女さんだった。
神職についている方の雰囲気は
挨拶ひとつ違う。
清廉...。
【主神】
天之鈿女命(あめのうずめのみこと)
【相殿】
太玉命(ふとたまのみこと)
天之児屋根命(あめのこやねのみこと)
雨には困らない。
飲用可。
かなーりの水量。
ここから山手にも同様な滝(金龍明神の滝)があるが、
禊の場なので一般拝観は不可。
伊勢神宮に行く前にここに参拝すると、
行く先々の神様に伝えておいてくれる。
「椿大神社の神様から(来られる事は)聞いていますよ」
それはこの後に向かった
外宮の井戸の神様のお言葉。
神様専用回線があるみたいだ。マジびっくり~
さすがぁ~だね。
***************************
伊勢国一宮
猿田彦大本宮
椿大神(つばきおおかみ)社(やしろ)
http://www.tsubaki.or.jp/
三重県鈴鹿市山本町字御旅1871
TEL:059-371-1515
***************************
古代祭祀を伝える 山宮浅間神社
【祭神】木花之佐久夜毘売命
(富士大神)
(浅間大神)
富士山本宮浅間大社は「里宮」(本宮・大宮)
山宮浅間神社は元宮
富士山の山頂にあるのが富士山本宮浅間大社奥宮
富士山の周りに多くの浅間神社があるなかで、
この三社が直系の関係となる。
日本には八百万の神々が幸わう国。
人々は霊峰富士山を古くから拝してきた。
山宮はその古来の祭祀のあり方を伝えている。
ご神体が富士山である。ということは、
「おおう、よぉく参った」と
富士の大神はその場にいた二十人の
一人一人にお言葉をかけられた。
以来、私は何度かここへ挨拶にきたけれど、
お姿を、こんな風に、ここで、拝したのは
今回が初めてだ。
※祭祀跡の中へは現在扉が閉ざされている。
本殿は無いものの本来なら建物内となる領域なのだから、
むやみに中へ踏み込む処ではないと思っている。
一方、聖地にはいつまでも聖地であり続けて欲しい。
"汚さない・散らかさない"と願う気持ちが
正直コレまで以上に強くなっている。
もひとつ、願いという類のものでもなく、
またさりとて富士山に限ったことでもないのだが、
ずっと私の頭で点滅し続けていること・・・
それが...
「変なおじさん、注意しよう」
※わからない方は前回のブログを参照下さい
底知れない気持ち 富士山本宮浅間大社
■富士山本宮浅間大社 駿河國一之宮
http://fuji-hongu.or.jp/sengen/
静岡県富士宮市宮町1-1
【祭神】
・木花之佐久夜毘売命
・別称:浅間大神(あさまのおおかみ)
【相殿神】
・瓊々杵尊(ににぎのみこと)
・大山祇神(おおやまづみのかみ)
刀折れ矢も尽きた私だった。
あれから二十年。
明るく暖かい日に照らされて
あの日と同じ石畳の参道をゆったりと歩く。
「自分が正しいと信じる道を行きなさい」
私はいつも心に高く高く、掲げ続けてきた。
奥の社殿を見上げられる場所にて遥拝。
「昨日は伊豆半島を周回する参拝をしました。
雲見浅間神社に登拝しました。
そこはやさしくて、暖かいところでした・・・」
わずかでも癒しとなればいい。
私にとってはこの旅最大のタスクの覚悟だったけれど・・・
だ・か・ら、浅間の大神から今日は
とびっきりの青空をいだだいた、と一人妄想、なんてね。
■水屋神社
【祭神】 御井神、鳴雷神
感謝の気持ちでお祈りをしていたら背後で....
カァーッ、ペェッツ、ペェッツ!
振り向けば参拝の順を待っているような様子で、
あたりに痰を撒き散らすおじさんがいた。 (゚Ω゚;)
そして私が水つなぎをしていると、
賽銭箱や止めおくためのワイヤーを強引に引っ張り
社の戸をガタンバタンと
激しく開け閉めし始めた。
じ:「どうなっているのか調べているんだ」 ガタン△×$#&・・・
私:「いーかげんにせんか」 ![]()
しかし、私が水屋神社から離れるや、
また賽銭箱をひっくり返し揺らしている。
ありゃー、もうあかん。
社務所に伝えると、
すぐにおじさんは神職員に囲まれた。
頭から人を信じるのは考えもの。
もっと早くに呼べば良かった。
水屋神社様に申し訳ない。
その目でしっかりと真実を見なさい
そんな神様の教えの気がしないでもない。
底が知れない気持ちになるのはいつもこんな時だ。
【祭神】市杵嶋姫神
【例祭】6月17日 午前11時
湧玉池のそばに古くから鎮座。
頭を屈めて、鳥居をくぐる。
以前ここにお参りしたとき、
頭から涼しいベールにつつまれる不思議な経験をした。
さっき声を荒げたばかり。
繋がるには、
最高でなくては到底届かない。
気を取り直して
富士山周回だ。
腹減ったー、カレー甘かったな~
名物の焼きソバ食べよ~ ムシシ・・










































