peedyのブログ -26ページ目

不思議家族

自分の名前を一番たくさん呼んでくれたのは、家族なんだよなと、
ふと思った。
そう呼ばれて育ったからこの名前なのか。

ふしぎだな。
そういえば。

うちの父母・祖父は名前をふたつ持ってる。
三人の子供の名前は、えらい人につけてもらったのよ、
と教えられただけで、そのえらい人がいったいどこのだれだか、
いまだかつて謎のままだ。

家族にも、触れられないことがあるのね。
うーん。

終わるときはいつもせつない

カンプといえば返ってくるお金(還付金)とエビ大好きな人(フォレスト・ガンプ)くらいしか思い浮かばないのだが、そのカンプをつくらなきゃならんのだ。
あと一週間で。

・・・それってどう作るの?!

とりあえーずネットで資料、資料、と・・・。
と、いいながら、ついつい二本立てでこちらを更新しちゃったりしてー。てへー。

半年前から2足のわらじで通っていた学校の卒業制作なのだけれど、
最後も最後でとんでもなく難しいクライアント課題。
一ヶ月間取り組んでるのだけど、どうにもこうにもにんともかんとも掴めない。
半年間、どうしても自分のことばでコピーを書く手ごたえがつかめなかったわたしには、たとえ賞がとれなくても、じぶんが好きだと思う、じぶんらしいカンプをつくって卒業したい。(で、また春に入学なんだけどさ)
で、どうやって・・・って話なんだけど。

今日の衝撃。
CMコンテのプレゼンを終えて、先生の講評をいただいているとき、ふと目に入ったクラスの名簿。
大学生でもない、関連会社勤務でもない、そんなわたしの順番には、
名前と年齢と、それからはただの空白が並んでいた。
なにものとも認められない自分。ものすごく久々に感じた、屈辱。

でも、負けない。
半年間、ちいさく喜んでふかく落ちこんで、それを毎日繰り返しながらも、ひとりでなんとかやってきた。
ほんとうに好きなことだ。
絶対に、わたしに名前をつけてやる。

とりあえずはながく考える体力ね。
考えすぎて、最近まったく洒落っ気がありません。



だからって家庭菜園はできないじゃない

にんにん。

ふっと時計を見ると、ぞろ目だったりするときないですか。
1:23とかね。
それって、勘が冴えてるときの暗示みたいよ。
最近よくあるのよねえ、勘という勘が当たってくれないんだけれど。

渋谷駅の、東横線のホームから山の手ホームに向かう、その途中のビロンと伸びた通路に流れるようにポスターが貼ってあるのだけど、そのうちのリクルートの広告のコピーにはいつもどきりとさせられて、どっかんどっかん人にぶつかりながらも立ち止まって読んでしまう。
「ウソをついた自分より、本当の自分のほうが、人を傷つける。」
とかなんとか。
これ、むずかしいことばなんて使ってないのにものすごく胸に染みる。
そうそう、わたしなんてちょっと気を許そうものなら、暴言のスナイパーできみの精神ズタズタよ!

わたしはすごく目が悪いのだけど、普段はいつも裸眼で無理矢理過ごしている。(講義とエイタを見るときだけは別)
それまでぼんやりとした世界しか見えなかったのに、突然いろんな人が自分を見ているその目線がものすごく怖くなってしまって、ここ半年くらいずっとめがねをかけることをやめていた。
でも、世間がどうなっているのか・人がどんなことを考えて暮らしているのか・しかと自分の目で見ないとな、と思った。
ぼんやりと見たことは、やっぱりぼんやりとしか咀嚼できないし、それを表現しようとしても抽象的なことしか出てこない気がする。

いらいらとしているときにかきこむポテトチップスはとても虚しくて、
デスクの上においたひとつのみかんの生生しい匂いや新鮮なオレンジ色に、心まで満たされるような感覚に包まれる。



本当の美しさとは、単純なことだと思う。