2022年9月9日、国連 障害者権利委員会は、8/22~23に行われた建設的対話(審査)の結果として、
日本政府への総括所見(勧告)を発表しました。

総括所見(勧告)は障害者権利条約に基づいており、日本への勧告は2014年の条約批准後、初めてです。

ニュース記事はこちら↓
国連、障害児の分離教育中止要請 精神科強制入院、廃止も|河北新報
https://kahoku.news/articles/knp2022090901001603.html

 

障害児の分離教育、日本に中止勧告 国連権利委が条約締結後初|毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20220910/k00/00m/040/087000c

 

教員の研修や意識向上必要、国連 障害者政策で権利委の副委員長|東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/201379

 

障害者権利条約ってなに?という方は、以前のブログ記事を参照してみてください。
 

8/22-23 障害者権利条約 初の対日審査(建設的対話)|ヤスハルのブログ
https://ameblo.jp/ped01470/entry-12760959855.html

 

ニュース記事では、主に
・障害児を分離した特別支援教育の中止を要請した
・精神科の強制入院を可能にしている法令の廃止を要請した
ことなどが記事になっています。

ですが、日本政府への総括所見(勧告)の文書は、全部で18ページもありますので、
記事ではほんの一部だけ紹介しているに過ぎません。

国連障害者権利委員会 日本への総括所見(英語)
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2fC%2fJPN%2fCO%2f1&Lang=en
 

成年後見制度と深く関連する、条約第12条(法律の前にひとしく認められる権利)についての総括所見(勧告)は、以下の通りです。
※英語と日本語を併記します。日本語訳は機械翻訳を使いましたので、誤訳があるかもしれません。
 

Equal recognition before the law (art. 12)
法の前の平等な承認 (第 12 条)

27. The Committee is concerned about:
27. 当委員会は、次のことを懸念している。

(a) Legal provisions that deny the right of persons with disabilities to equal recognition before the law by allowing the restriction of their legal capacity, in particular, of persons with psychosocial or intellectual disabilities, based on assessments of their mental capacity, and by perpetuating substitute-decision making systems, under the Civil Code; 
(a) 知的能力の評価に基づいて、特に心理社会的障害または知的障害のある人の法的能力の制限を認め、永続化することにより、障害のある人の法の下での平等な承認の権利を否定する法的規定 民法に基づく代理決定システム。

(b) Basic Plan on the Promotion of the Use of the Adult Guardian System approved in March 2022;
(b) 2022 年 3 月に決定された成年後見制度の利用促進に関する基本計画

(c) Use of the term “the best interest of a person” within the Guidelines for Support for Decision-Making Relating to the Provision of Welfare Services for Persons with Disabilities of 2017.
(c) 2017 年の障害者福祉サービスの提供に関する意思決定支援のためのガイドラインにおける「人の最善の利益」という用語の使用。

28. Recalling its General Comment No. 1 (2014) on equal recognition before the law, the Committee recommends that the State party:
28. 当委員会は、法の前の平等な承認に関する一般的意見第 1 号 (2014 年) を想起し、締約国に次のことを勧告する。

(a) Repeal all discriminatory legal provisions and policies with a view to abolishing substitute decision-making regimes, and amend the civil legislation to guarantee the right of all persons with disabilities to equal recognition before the law;
(a) 代理意思決定体制を廃止する目的で、すべての差別的な法律規定および政策を廃止し、すべての障害者が法の前で平等に認められる権利を保証するように民法を修正すること。

(b) Establish supported decision-making mechanisms that respect autonomy, will and preferences of all persons with disabilities, regardless the level or mode of support they may require.
(b) すべての障害者の自主性、意志、および選好を尊重する支援付きの意思決定メカニズムを確立すること。障害者が必要とする支援のレベルや形態に関係なく。
 

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少し解説すると。。。
国連障害者権利条約は、
私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)
を合言葉に、世界中の障害当事者が参加して作成されたものです。
 

なので、自分の意思とは関係なく、他人が自分のことを決めることを嫌っています。
でもその気持ちは健常者でも同じではないでしょうか。他人が勝手に自分のことを決めてしまったら、誰でも嫌です。
健常者に嫌がることをやらない同様、障害者にも嫌がることをしてはいけないのです。

なので、国連障害者権利委員会は、2019年10月に日本政府への事前質問では、以下の様な事を求めています。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000546852.pdf (外務省翻訳)
 

11. 以下のために講じた措置についての情報を提供願いたい。
(a) 障害者が法律の前にひとしく認められる権利を制限するいかなる法律も撤廃すること。
また,民法の改正によるものを含め法的枠組み及び実践を本条約に沿ったものとすること。
事実上の後見制度を廃止すること。また,代替意思決定を支援付き意思決定に変えること。
(b) 法的能力の行使に当たって障害者が必要とする支援を障害者に提供すること。
(c) 全ての障害者が法律の前にひとしく認められる権利及び意思決定のための支援を受ける権利について意識の向上を図ること。
特に,障害者とその家族,司法の専門家,政策立案者及び障害者のためにあるいは障害者と共に行動するサービス提供者を対象とするもの。
 

日本の成年後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。
法定後見制度は、判断能力が低下した人が利用できる制度ですが、
家庭裁判所が選任した成年後見人等には、包括的な代理権(本人の財産を管理できる権利など)が与えられます。

日本の代理には、「任意代理」と「法定代理」の2種類があります。
任意代理は、任意後見制度の様に、本人が代理人を決めて、どのような内容を代理してほしいか指定するものです。
法定代理は、法定後見制度の様に、本人ではなく家庭裁判所が代理人を決めるものです。

法定代理人は、法の趣旨に従って、本人の権利擁護等を図る必要があります。
もちろん、代理権の行使も法の趣旨に沿うものでなければなりません。
法定代理人の一種である成年後見人は、

成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。

民法第858条で規定されています。

厚生労働省が発行している「生活保護問答集」には、代理について以下の通り記載されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000831722.pdf

問9-2〔代理人による保護の申請〕代理人による保護の申請は認められるか。
(答)民法における代理とは、代理人が、代理権の範囲で、代理人自身の判断でいかなる法律行為をするかを決め、意思表示を行うものとされている。
 

また、2015年に日弁連が行なった「本人の意思の尊重に関する実態調査アンケート」(※)では、
「成年後見人等の職務において,新規のあるいはルーティンではない法律行為を成年後見人等として代理する場合,そのことについて本人の意思を確認していますか。」
という質問について、
「行為によって異なる」が約50%あり、「特に確認していない」という回答が約15%もありました。

「特に確認していない」理由としては
「確認しても本人は合理的な判断ができない・しにくいから」(75%)
「本人は理解や意思決定ができないから成年後見人等が付いており,成年後見人等が判断すれば良いから」が約 17%,
いう結果が出ています。

※2015.10.1 日本弁護士連合会 第58回人権擁護大会シンポジウム 第二分科会基調報告書
 「成年後見制度」から「意思決定支援制度」へ~認知症や障害のある人の自己決定権の実現を目指して~
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/organization/data/58th_keynote_report2_1.pdf


以上の結果から、
本人の意思を尊重せずに、後見人の判断だけで代理権を行使(代行決定)している後見人が少なからずいる、ことがわかります。

そこで、2018年(平成30年)に施行された「成年後見制度利用促進法」では、
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=428AC1000000029
成年後見制度の基本理念(第三条)として、
①成年被後見人等が、成年被後見人等でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと
ノーマライゼーション
②成年被後見人等の意思決定の支援が適切に行われるとともに、成年被後見人等の自発的意思が尊重されるべきこと
自己決定権の尊重
③成年被後見人等の財産の管理のみならず身上の保護が適切に行われるべきこと
身上の保護の重視
と明記されました。

また、2020年(令和2年)に、最高裁判所、厚生労働省及び専門職団体は、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」を策定しました。

https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp/koukenp5/ishiketteisien_kihontekinakangaekata/index.html
その中で、「意思決定支援及び代行決定のプロセスの原則」は、以下の様に記載されています。

第1 全ての人は意思決定能力があることが推定される。 
第2 本人が自ら意思決定できるよう、実行可能なあらゆる支援を尽くさなければ、代行決定に移ってはならない。
第3 一見すると不合理にみえる意思決定でも、それだけで本人に意思決定能力がないと判断してはならない。 
第4 意思決定支援が尽くされても、どうしても本人の意思決定や意思確認が困難な場合には、代行決定に移行するが、その場合であっても、後見人等は、まずは、明確な根拠に基づき合理的に推定される本人の意思(推定意思)に基づき行動することを基本とする
第5 ①本人の意思推定すら困難な場合、又は②本人により表明された意思等が本人にとって見過ごすことのできない重大な影響を生ずる場合には、後見人等は本人の信条・価値観・選好を最大限尊重した、本人にとっての最善の利益に基づく方針を採らなければならない。 
第6 本人にとっての最善の利益に基づく代行決定は、法的保護の観点からこれ以上意思決定を先延ばしにできず、かつ、他に採ることのできる手段がない場合に限り、必要最小限度の範囲で行われなければならない。 
第7 一度代行決定が行われた場合であっても、次の意思決定の場面では、第1原則に戻り、意思決定能力の推定から始めなければならない。 
 

これを見ていただくとわかるように、本人の意思の尊重を優先しますが、第5、第6で「代行決定」することを許しています。
 

この原則は、イギリスで2005年に制定され、本人の意思を尊重することを重視する「意思決定能力法(MCA)」を参考にしていると思われます。
MCAについては、以下のブログ記事を参照お願いします。
 

ベスト・インタレストと民法858条|ヤスハルのブログ(2016.9.5)
https://ameblo.jp/ped01470/entry-12197005294.html

成年後見制度 利用促進 基本計画(案)のパブリックコメントの結果が公開されました|ヤスハルのブログ(2017.3.15)
https://ameblo.jp/ped01470/entry-12256735075.html

ベスト・インタレストの罠①|成年後見日記(野村真美 司法書士のブログ)(2016.6.3)

https://ameblo.jp/maminomura/entry-12166773682.html

 

今回、日本政府への総括所見や事前質問からわかるように、
国連障害者権利委員会は、代行決定できる法定後見制度に対して懸念を示しており、
代行決定する制度は廃止して、支援付き意思決定制度に変更しなさいという勧告を出しているのです。

また、国連障害者権利委員会は、"the best interest of a person"(人の最善の利益)という言葉を使うことに懸念を示しています。

「2017 年の障害者福祉サービスの提供に関する意思決定支援のためのガイドライン」というのは、

2017年(平成29年)に策定された「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」のことだと思われます。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000159854.pdf

この中では、最後の手段として「最善の利益」という言葉が使われています。


上記で紹介した「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」でも、「最善の利益」という言葉が使われています。

 

意思決定支援のガイドラインには、いくつかあります。

障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援ガイドライン

認知症の人の日常生活・社会生活における 意思決定支援ガイドライン

人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン

身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定 が困難な人への支援に関するガイドライン

意思決定支援を踏まえた後見事務のガ イドライン

 

以下の表で確認してみると、多くのガイドラインで、代行決定することが許されていることがわかります。

https://www.mhlw.go.jp/content/000689414.pdf

 

どうして、国連障害者権利委員会は、「最善の利益」という言葉を使うことを懸念を示したのでしょうか?

それは、上記で記載されている「ベスト・インタレスト(最善の利益)」という言葉は、代行決定する際に使われる言葉だからです。
代行決定することを許さない国連障害者権利委員会は、「ベスト・インタレスト(最善の利益)」という言葉を使うことにも懸念を示したのです。

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今回の国連からの総括所見(勧告)に拘束力はありませんが、尊重することが求められています。

前回のブログ記事にも記載しましたが、
2022年6月から、商事法務研究会において「成年後見制度の在り方に関する研究会」が開催されて、法改正に向けて検討が行われています。
成年後見制度の在り方に関する研究会|商事法務研究会
https://www.shojihomu.or.jp/kenkyuu/seinenkoukenseido


引き続き、今後の日本政府の対応に注目していきたいと思います。