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サボリ通信

大村幸太郎ブログ

遅い挨拶になりますが新春明けましておめでとうございます。

 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

2023も多分不定期な更新となりますがたまにチラ見でもみてくださいね。

 さて新春一回目はお年玉ってわけでもないですが、毎年子供用に描いているマンガをみなさんにも見ていただければと企画しました。 

私、小学校の時代クラブ活動はマンガ部でしたので腕には自信があります。そしてそこから画力も知能も成長することもなくそのまま現在まで引継ぎ、クラスの中で一人や二人描いているアレを大人になっても維持できる術を身につけました。

 

その特殊技術で描いた漫画をぜひご覧下さい

 

 

      すみません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読んでいただきありがとうございます。

 

小学校や子供の頃にやってたアレ、大人なった今やっても結構いいもんすよ

 

 

 

 

 

 

というわけで2023も宜しくお願いします。

 

それでは

またブログします。

 

 

 

 

さて今年も残すところあと一日、いや半日、いや4分の1日。
急いでいつもの年の瀬ブログの開校しましょう。

 ちょっと前の話題になりますがみなさまワールドカップサッカーはご覧になりましたか?

日本代表チーム、惜しくもベスト8敗退という結果でしたが僕は日本のサッカーがあんなに技術上がっているとは思っていなかったので驚きと同時に嬉しかったです。十分に楽しみました。

 にしても、

サッカー選手はやっぱりカッコいいですね。
お正月は高校サッカーもあるし、学生サッカーは小中高でも花形。まだまだ盛り上がりそうです。

さて
今回ご紹介する映画も学生が主人公。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-耳をすませば-

1995年日本 スタジオジブリ・徳間書店


 

原作/柊あおい 監督/近藤喜文

 

「耳すば」から-かっこいい-ということを考えてみたいと思います。
 

 


とかく学生時代のカッコいい代表といえばやはりスポーツ部です。

サッカー、野球、バスケ等スポーツ部全般はグランド走っているだけでカッコ良くみえます。先輩に憧れるなんかもよくわかります。

他方、文化部のイメージといえば各々素晴らしい部に変わりはありませんがスポーツ部に対しては地味に映るもの。学生時代はスポーツ部と比べてしまうと映えないイメージがあるかもしれません。

 映画の主人公の聖司くんも文化系の一人です。
見た目はカッコいいので女子からは一目置かれるものの、さほど目立たない中学生です。 
 もう一人の主人公の雫は図書館で借りた本を通じて聖司を知ります。 

仲良くなるうちに聖司がヴァイオリン職人を目指し帰宅後祖父の工房でヴァイオリン作りをしている事を知ります。

どちらかと言えば雫もインドアな中学生。本が大好きで詩を書き、文芸や言葉の世界に興味を持っています。 

 そうしたインドア(文系)な二人が出会い恋愛しながら成長してゆく物語です。


 この映画の良いなと思うところはズバリ文系にスポットをあててくれているところです。

 冒頭にも書いたように学生時代のカッコいいの代表はどうしてもスポーツ部が上がってきますがこの映画では文系が非常にカッコよく描かれています。 
 もちろんカッコ良さを求めて雫たちは文系を選んでいるわけではなくて、ヴァイオリン作りが好きで製作をして、本が好きで小説を書いています。

 でも実は映画だけでなく現実でも人知れず家業を手伝っていたり修行していたり、自分だけの好きなことに没頭しているクラスメイトは沢山いると思います。やりたい事好きなこと頑張ってる姿はとても素敵です

ですが学生時代というのはスポーツ部に比べて文科系、例えばヴァイオリン彫ってます。例えば仏像を彫ってます。スクリーントーンを削ってます。
というと現実にはなかなか映えないものです。

だけれど

クラスメイトの誰かがその世界を知ってさらに興味を持ってくれて、さらにさらにそれを格好よいと思ってくれるかも
 雫が聖司を見つけたように、少数かもしれないけれど誰かが自分を認めてくれている。この映画にはそんな応援してくれるような空気が流れているのです。


 頑張ってる人みると応援したくなるような空気、例えば自分のやってることが世間様からダサいと思われたとしても、自分が好きなら面白ければ多分気にせずやるでしょう、だって好きだから。 

その好きを必ず誰かが興味を持ってくれます。そうするとその人は自分のカッコ良いを見つけたことにもなって、雫みたく何かをやり始めるかもしれない。



 カッコ良いとか悪いとかって実は世間様が決めるものでなくて自分で決めるもの。
自分が思えば必ず誰かに伝わって映画ではそうした演出が優れていて非常に良いのです。

迷ったり色々あってもちゃんと向き合ってる人や考えている人はやっぱカッコ良く見えます、どんなことでも そして誰かが見てます

 好きなこと面白いこと頑張ってるのはそのままで良い。 2021の〆切ポストで乱文乱筆ですがそんな感じでまた来年

頑張りましょ 

 

今年もありがとう

 

text/12/31/2022

 

 

 

 

 習慣というのは不思議なもので、例えば毎日納豆を食べる。というのもハマった時は2〜3ヶ月続いて食べているのですが、ある日を境にパッと止めて、途端に冷蔵庫の中は納豆だらけになったり、バナナを1日一本とハマったら、無い時はわざわざそれだけを一房買いに行くのに、ある日を境に止めてしまって至るところ黒いバナナだらけになったり。


 そのハマる中に読書というのもあって、読むときは何ヶ月も連続であらゆるジャンルを読み続けるのだけれど、ある日を境にパッと止まってしまうわけです、習慣とはまた違うのかもしれないけれど一過性の食欲みたいなものでそんな周期が僕にはあります。
 欲ですね、習慣とは続ける意思の下にあるものだから、書き続けてる日記や振り返りノートが僕の習慣だ。

 そんな一過性の周期ですがちょうど今それが周ってきて読書欲にて現在間髪入れず読み続けています。
小説から時代もの、ノンフィクションなどなど寝る前や休日、昼休み、果ては友禅仕事の乾き待ちの4〜5分ですらページを開いて読んでます。なんつーかほぼ中毒、活字ジャンキーです。

 中でもノンフィクション本(写真集も含め)石川直樹著にハマっています。

 知る人ぞ知る小説家石川淳のお孫さんにあたる若き冒険家のお話です。お話というか体験です、想像を絶するような。


世界7大陸最高峰最年少登頂、北極南極人力で横断、アラスカユーコン川下り、熱気球太平洋横断などなど、僕と同年代の著者は若いころから世界を旅し、その体験を通じて今生きてることを文章で伝えてくれます。 いや、写真家が本業なのでそれが本当に素晴らしい。 綺麗に撮るとかは多分著者にはなくて、そういうもの差しで無くできる限り現場のその時だけ現存する色や熱、風みたいなものをカメラに収めようとしている写真家に感じます。  写真良いんですね、凄くて。

 旅もの冒険ものとなるとほとんど思想や偏りみたいなものが前に出てくる感じがするのですが、この著者にはあまりそういうのが無いというか、その日感じて記した日記が小説になっているような、小説ではないのだけれど物語的な書き方であって100人中100人に向けて書いてる感じがします。 

素直なんす、ただ行く、ただそれを書くみたいな感じです。
 だから電車に乗り、二軒先きの府県へ行ってみた。みたいな。
 そんな書き方、

なんだけれど、その二軒先きはデナリ(マッキンリー)であったり、エベレストだったり感覚はズレている。  読み手はそう思うのだけれど、著者自身は電車に乗って隣の県を旅するのも、飛行機を乗り継ぎ秘境にいくのも同じ感覚の冒険だと言う。  これは大冒険、これは小旅行、と誰かが決めるものでなくてどこであっても自分で冒険をしているという自覚や実感が大事であるという。
 
 
 



いま生きているという冒険
 
石川直樹著 イースト・プレス


中でもこの本は小学生にも読めるように(もちろん大人も面白い)文章にひらがな表記もしてあって、さらに読みやすく、わかりやすく、どなたにでもおすすめです。

 山登りや旅は実は非常にシンプル。 目的地があってそこに行くということだけ。
 
 

 なんだけれど、
それにはお金が必要であったり、季節を選ばなければならなかったり、道具が必要であったり、仲間が必要であったり、日数が必要であったり、目的地によって用意するものは変わってきます。
 それを含めて計画して準備をして登る、旅する、たまに失敗もあるけれどそうした当たり前のことをして登頂や到着に繋がるわけです。
 
 そういう当たり前を素直にやって成功している感覚がこの本から純粋に伝わってきます。
 
  人はそうした影で積み重ねてきたことや成功したことはここぞとばかり書いたり、自慢したり、自負したいものだと思います、その積み重ねがあって私は成功した。みたいな。

 著者にもそうした積み重ねは勿論あるのですが、そうした説明はごく最小で、それよりも現場のそこに立って、そこにある感動や感覚、それを真っ先に伝えたい、書きたいという気持ちが速く字となって表れ鮮度を保ちながら伝わってきます。

 例えば企業家による成功論などチマチマ書いてある本も世の中には多数ありますが(僕はそうした話も好きですが、)それよりもこんな世界もあったんだよ、世界にはこんな人がいたんだよ、凄い景色を見たんだ、自分の気持ちがすごい変わったんだ、と視点が素直なんです。 つまり上から目線とか成功者の目じゃなくて、一緒に冒険している目線で隣で話してくれているように感じます。
 
 
 


長くなったのでここまで読んでる方は稀だと思いますが良い本です。  生きてくことや、生活、暮らしにも充分繋がってくる書物だと僕は思います。


 エベレストに登るにはほぼ一か月の期間を要します。 頂上までのキャンプはベースキャンプから登り始めて途中滞在キャンプが1〜4箇所あって、各キャンプで少しずつ身体を慣らし、少しずつ荷物を持って上がり、また下がり、準備をしアタックするまでに何度も何度もルートを行き来します。  登って下り確認を続け食料を保管して、つまり想像や憶測だけで挑んでも確実に登れないということを意味します。

着実に足場を固め感覚を掴み、ルートを覚え、入念に同じ道を何往復と繰り返し、残った10%の未知の領域にアタックすることで登頂への成功率を上げていきます。 アタックまでの90%はほぼ準備、それがあり成功します。またそれでも失敗もします。
 大事なのはそこまでやる、やるだけの事をやり臨めば成功率が高いということです。


 僕は作品を作る前に何回も見本を作ります。
色を変えたり、柄をズラしたり、抜本的に変えたり、時間をかけます。 何枚も何枚も染めて少しずつデザインを固め、色を作り、見本の段階で本番に必要な色と量は用意をし、最終見本で決定か決めます。これが90%で本番は残り10%のアタックです。   これをして山も到達できるというわけです。いやそれでも登れない時もあります。

 これは当たり前なことなのですが、こうした成功する当たり前をこの本は自然に教えてくれます。 
 何を今、どうしてもこのブログを読んでいる方、ほとんどの人は現在エベレストには登れないはずです。
 でも
実は登れます。 今90%の用意が出来ていないだけ。

 少しずつ準備し、慣れ、何度もルート登り下り、アタックへの踏み跡は固められていくのです。
登山以外大体のこともこんな感じではないでしょうか?
 
  わかりやすくて本当に名著だと思います。



text/24.july.2022