サボリ通信

サボリ通信

大村幸太郎ブログ

長く仕事に携わっていればうまく行くこともあれば大変な時もある。 

私は後者が多い気がするが、
その日もやはり困難な仕事のトラブルを抱えて車を走らせていた。
 

 解決へむけて考えを巡らせるのだが早々に問題が解決するわけもなく、頭の中では"何故あんなミスをしたのだろう"と後悔が浮かんでくる。そんな事を考えても先に進まないのは分かってはいるのだが、思いは巡り、泣きたくもなるし、気持ちもイライラしていた。
 そんなことを考えながら狭い路地へ入り車を走らせてていると、前方に三人の家族がゆっくりとこちらに向かってくる。

お父さんと小学生くらいの息子さんと弟さんである。 

 歩くのがゆっくりなのは息子さんが生まれつきのためか、事故や病気でなのか歩行が困難な様子だったからだ。 

 

 息子さんは前だけを見て一歩一歩をしっかり歩いている。傍ではお父さんが手を添えて同じペースで歩きながら、弟さんも合わせて歩幅をそろえている。 横一列に並んだ家族は全員で一人のように見えた。


 私の車は家族を通り過ぎ、用事を済ませる。

同じ道を戻ると、先程の家族が線路の遮断機の前で止まっていた。

傍を通って線路を抜ける、バックミラーから後部を覗くと息子さんが泣いていた。お父さんと弟さんは黙ってお兄さんの手を繋いでその場所に立っていた。 

 何がしんどいのか私には分からないけれども、彼にはすごく辛い事が起こっているのだ。

 

物事はなかなかうまく行かない。頑張っていても辛くなることがある。


 それでも私には彼がすぐ歩き出すのがわかっていた。

 

 彼の目は前しか見ていなかったからだ。彼の目の先には目指す目的地があのだろう、目標を見据えた目をしていた。

傍にいるご家族も彼が再び歩き出すことを知っているのだろう、だから待っているのだ。


 私は約20分間の出来事の中で、何に対して先ほどまでイライラと憤りを感じていたのだろうか、そんなことはすっかり頭の中から消えていた。 

勇気をもらった。彼は私の遥か先を歩いている。一歩一歩を着実に踏みしめている。

 

焼き付いた目、あの目を追いかけたい。

 


   
 

2025年も終わりに近づいた。

今年を振り返り世界情勢について書こうか、政治について書こうか、それとも読んだ本のことを書こうかあれこれ頭の中で考えを巡らせていたが、つまらなくなってしまった。何故ならそうしたものは私は文章でなく作品を作ることが出来るし、染めることも出来るからだ。

 

私は作品を作る時には少なからず社会の在り方を考えています。

それは新しい表現に取り組む機会となります。意外かもしれませんが美しい植物を見たり風景を眺めているだけでは新しい表現は生まれない。何かに対して心が動いて疑問を持ち憤りを感じたりしながら構想が浮かんできます。

それは色でもあるし漠然とした形の時もある、大事なのは衝動があってはじめて表現に必要なものを見ようとするし描こうする。

それなのだ。

 美術や芸術は決して美しいものだけから生まれるものではないと思う。 社会に生きる以上、社会に向き合わないと新しい作品は生まれてこない。 私は来年に50歳になる。 

 師匠や先生が仰っていたことだけを追いかける年齢ではなくなったのだ。

 いつまでも終わることのない旅が続くが作品を通してそれを表現出来ればいいし、できるなら楽しめればいい 

 I'll try out new expressions again next year!

 

iPhoneから送信

今年は様々な展覧会に足を運んでいます。 前の記事でご紹介した世界報道写真展はじめ、次いで日展へ。年が明けてからは院展など巡りました。
 この期間中何故だか見たい展覧会が集中してしまい中にはスケジュールの調整が合わず終了してしまった展覧会もあります。じつに名残惜しい。


 どの展覧会も本当に素晴らしく、一展ずつブログ記事にしたいのですが、やはり書く時間が大変なため今回は各展から作品を絞り感想を書きたいと思います。


 作品鑑賞の楽しみは作品の技術や表現力もさることながら作者がそれを描くに至るまでの動機、または長年作り(描き)続けている継続力なども魅力の一つです。


最近の展覧会では説明付きのキャプションやQRコードも用意されているので作品の意図や作者の思想がわかりやすくなっています。


 作品を作ったり表現するには原動力が必要です。 その原動力は作家さんによって多様、それぞれに感性や出自が関係してきます。 そうしたルーツを加味しながら鑑賞するとより作品が滋味深く楽しめるのではないでしょうか






まずは昨年末訪れた京セラ美術館で開催された第11回日展から見ていきたいと思います。










 

洋画/Silence

作家のことば
 静謐な空間の中で微睡む女性。あまりの静けさに思わず息をのむ。牛頭骨と女性の間にある深い沈黙を描けないだろうか…。


 タイトルも含め作者は沈黙・静けさに興味を持っているようです。ことばにもあるように女性と牛骨の間に本当の沈黙があるという考えが興味深い。 きっかけや意図は分かりませんが沈黙の意味を追い続けている画家さんのように感じます。












彫刻/彼岸花

作家のことば
 この時期、突如咲き誇る赫い花に、亡き友人を想う。生者にとってこの世界が美しくあれと願うのと同様に、死出の旅路にも美しい花が咲いていますように。
 その足どりが、花を踏むように浮遊する造形を、静止する立像として表すことを目指した。墓標であり葬列であり、死者であり生者である彫刻として。


 友人の死をきっかけに制作された作品。墓標の意味も込めているようですが、ずっしり重いものではなく浮くような表現に。 自分なりの死生観は作者の友人への気持ちに繋がります






続いては
美術館えき で開催されていた。小松均展











 小松均の言葉にはよく"無我と自我"という思想がでてきます。それを意識することで線が太くなったりするようです。 仏教に惹かれてもいたようで宗教が描くための動機になっているように感じました。








次いで


 

院展より















 

日本画/遠い思い出 灼熱の詩

もう60年近く前になりますが、私は10カ月程アフリカナイジェリアに滞在したことがあります。その時描いた写生をいつか作品に仕上げたいと思っていましたが、なかなか機会がありませんでした。ところが何故か、急に今でなければ作品に出来ないのではないかと思い制作することにしました。灼熱の中汗まみれになって見つめた光景が今でもはっきりと思い出されます。 キャプションより-


 何年も前の風景が時を経てある日突然描きたくなることもある。きっかけは時に衝動的です。その気持ちに逆らわず意味も求めず描きたいという自然体の心で描かれています。 逆説的に言えば描きたいと思わなければ描かなくてよいというのも考え方。














日本画/暮れなずむ


富士山をめぐり昨今登山問題等いろいろ話題が多い。
富士山は昔から神の山と人々から敬われており、登るのでなく麓から畏敬の念を持って敬う山岳信仰である。
特に暮れなずむ頃の富士の山は一段と荘厳な山容でもある キャプションより-

 富士山は登るより麓から敬うという山岳信仰から描かれた作品。 近年の混雑やトラブルからメッセージとして描いたのかもしれない。一見して見ぬけない社会的なテーマも作品の中に隠れています。












高島屋画廊で開催されていた
樋口邦春展より






 

 

 




鳴門海峡の渦潮をテーマに作陶を続ける樋口さん。 四国は氏にとってもゆかりのある大切な場所。自身のルーツが形を生み出しています。











次は

京都伝統工芸大学校の卒業制作展から

 

 

 

 

 

 



木工/dining chair 

 



 

作者が大好きなプロダクトデザイナーの作品から着想を得て制作した椅子。 憧れはものを作り出す動機となります。









 このように作品を作るきっかけは作者によって様々です。 楽しくて作る、好きだから作る、それも動きっかけの一つですが、より惹かれる作品にはそれ以上の何かが隠れているように感じます。










 最後は先々月の新聞にピックアップされていた記事から-阪神淡路大震災で被害を受けた、あるアーティストの”きっかけ”




 当時学生だったAさんは震災で自宅は全壊し、親戚を頼って叔母さんの家に単身住ませてもらうことになる。 そこでは取りつかれたように毎日絵を描き続けていたそうです。
 30年経ってAさんは現在アーティストとなり制作を続け活躍をされています。 地震があったことに対しては、その時は進学もできず抗うこともできず全てに'諦め'を持ったが、その中でも最善の選択を選んでいかなければならなかった。
諦めてもそこから逃げず、今ある選択にしっかり向き合ってその時々を選んできた、それが今の私に繋がっています。  

 そのように書かれていました。 

 

そして現在では地震があったことは決してよくないことだがそれがあって今の私がいる。それは良いことに繋がっている
そうとも仰っていました。


人生とはわからないものです。 地震の被害を受けた時はそんな気持ちは微塵もなかったはず、 

 負なるもの全てが正となるわけではありませんが、今の自分が少しでも大切に思える人生であってほしい。すぐでなくても諦めた人生であっても、いつかそんな風に思えるように

 

 

 

漂えど沈まず、どうぞ今日を大切に

 

 

 

text/11/Mar/2025