サボリ通信

サボリ通信

大村幸太郎ブログ

熊本がまたしても大変な事になりました。以前に起こった地震の時は私も少ない期間ですが益城町にボランティアに行きました。

今回は私は行けません。義援金を熊本に振り込みをして支援いたします。

そしてこれから各地でボランティアの募集がはじまり、方々から被災地に向かわれる事でしょう。 

夏休みという時期でもあり、おそらく多くの方々が参加される事だと思います。これを読んでる方の中に もし参加される方がいらっしゃるなら、一応の体験者の一人として聞いていただきたい事があります。


偉そうな事は言えませんが、これからボランティアに向かわれる方に聞いていただきたい幾つかをお知らせします。



 家屋の片付けなどを行われる場合には物の扱いに気をつけてほしい

 ボランティアの現場ではその日に仕事が割り振りされます。避難所のスタッフや交通誘導、泥かきなど基本仕事は選べません。

 私が参加した益城町での仕事は被害に遭われた家の片付けでした。20〜25名ほどでバスで現場に向かい家の中の家具など使える物・使えない物を分別して整理していく仕事でした。
最初は緊張して丁寧な仕事を運ぶのですが、慣れてくるとボランティア同志の優越感みたいなものが出てきて、その後あきらかに仕事が雑になります。
 中には家主の前で物を放り投げる方もいました。例えそのものが壊れていたり、汚れていてもそれはその家の方の大切なものです。  捨てるものであっても人様の家で仕事をするなら所定位置に放るのではなく、置くようにしてほしい。 解体に来たわけじゃない、片付けに来ているのです。

 私は汚れて放り出されていた娘さんの成人式の写真を見て泣きそうになりました。

ただきれいにすれば良いという事ではないと思います。ましてお家の方がいらっしゃる場合には片付け以上に配慮が最も大事です。 

先ず、土足で人様の家に上がらせてもらっているという自覚を持つことが大切だと思います。


 そしてボランティアの中には失礼ながら高齢者の方もいらっしゃいます。私が参加した現場にもいらっしゃいました。役に立ちたい気持ちは分かりますが、現場はもの凄く危険です。
家具は傾き、足元には物が散乱しています、現場は想像以上です、それはその日に初めて分かります。前もって覚悟が要ります。そして仕事の大半は力仕事です。

2階からタンスやロッカーをおろす、家具を庭に置いて同じ作業を一日中ずっと続けます。当然食事も水も持参です、バテないように自身で身体を管理し安全も確保しながら仕事をします。 シンドいです、引っ越しと同じです。さらには現場の指示は変わります、それに対応出来なければいけません。

それが出来なければ自身の居場所は無くなります。

そうなると、残念ながら何故ここに?の空気が現場に流れます。それは仕事をする同士が辛く、ボランティア内で気を使う事になります。仮に怪我でもすれば来ている意味が無くなります。
 現場作業でなくとも被災地を支援することは充分に可能です。仕事を甘く見ず、自身の能力に合わせての支援方法が大事だと思います

 そしてこれは憤りになりますが、現場で写真を撮る方がいます。
ボランティアやってます感や良い人感を出したいならば、それでいいので写真撮ったらすぐに現場から帰っていただきたいです。
そんな人が被災者の方に配慮したボランティアは先ず出来ないので、現場の士気が乱れます。 現場では指示に従い仕事を黙々とやるのみです。

 ボランティア事務所の前で団体ツアーみたいな方々がにっこり集合写真を撮っているのも見かけましたが、テーマパークにでも来ているつもりなのでしょうか? 
 地元スタッフもいる前で。
集合写真は駅前などでいいのでは?と私は思います。

誰かが言っていました。日本は、私も悲しい同じ気持ちになりたい感が凄いと、

感情を盛り上げて私も悲しみを味わいたい人達が多過ぎると。

 ボランティアとは指示された仕事を冷静に黙々とやるだけです。そして常に被災者の方が見ているのだと意識することだと思います。

 災害当事者でもない奴が偉そうに、と思われるのも当然です。言い過ぎな部分もあります。 私自身も現場では配慮が足りない部分が多々あったことだと思います。 ただ何をするにも気持ちが最も重要な要素であると思うのです。

これからボランティアへ向かわれる方へ、私は後方支援しか出来ませんが熊本を治していきましょう

 

 

iPhoneから送信

 

 

長く仕事に携わっていればうまく行くこともあれば大変な時もある。 

私は後者が多い気がするが、
その日もやはり困難な仕事のトラブルを抱えて車を走らせていた。
 

 解決へむけて考えを巡らせるのだが早々に問題が解決するわけもなく、頭の中では"何故あんなミスをしたのだろう"と後悔が浮かんでくる。そんな事を考えても先に進まないのは分かってはいるのだが、思いは巡り、泣きたくもなるし、気持ちもイライラしていた。
 そんなことを考えながら狭い路地へ入り車を走らせてていると、前方に三人の家族がゆっくりとこちらに向かってくる。

お父さんと小学生くらいの息子さんと弟さんである。 

 歩くのがゆっくりなのは息子さんが生まれつきのためか、事故や病気でなのか歩行が困難な様子だったからだ。 

 

 息子さんは前だけを見て一歩一歩をしっかり歩いている。傍ではお父さんが手を添えて同じペースで歩きながら、弟さんも合わせて歩幅をそろえている。 横一列に並んだ家族は全員で一人のように見えた。


 私の車は家族を通り過ぎ、用事を済ませる。

同じ道を戻ると、先程の家族が線路の遮断機の前で止まっていた。

傍を通って線路を抜ける、バックミラーから後部を覗くと息子さんが泣いていた。お父さんと弟さんは黙ってお兄さんの手を繋いでその場所に立っていた。 

 何がしんどいのか私には分からないけれども、彼にはすごく辛い事が起こっているのだ。

 

物事はなかなかうまく行かない。頑張っていても辛くなることがある。


 それでも私には彼がすぐ歩き出すのがわかっていた。

 

 彼の目は前しか見ていなかったからだ。彼の目の先には目指す目的地があのだろう、目標を見据えた目をしていた。

傍にいるご家族も彼が再び歩き出すことを知っているのだろう、だから待っているのだ。


 私は約20分間の出来事の中で、何に対して先ほどまでイライラと憤りを感じていたのだろうか、そんなことはすっかり頭の中から消えていた。 

勇気をもらった。彼は私の遥か先を歩いている。一歩一歩を着実に踏みしめている。

 

焼き付いた目、あの目を追いかけたい。

 


   
 

2025年も終わりに近づいた。

今年を振り返り世界情勢について書こうか、政治について書こうか、それとも読んだ本のことを書こうかあれこれ頭の中で考えを巡らせていたが、つまらなくなってしまった。何故ならそうしたものは私は文章でなく作品を作ることが出来るし、染めることも出来るからだ。

 

私は作品を作る時には少なからず社会の在り方を考えています。

それは新しい表現に取り組む機会となります。意外かもしれませんが美しい植物を見たり風景を眺めているだけでは新しい表現は生まれない。何かに対して心が動いて疑問を持ち憤りを感じたりしながら構想が浮かんできます。

それは色でもあるし漠然とした形の時もある、大事なのは衝動があってはじめて表現に必要なものを見ようとするし描こうする。

それなのだ。

 美術や芸術は決して美しいものだけから生まれるものではないと思う。 社会に生きる以上、社会に向き合わないと新しい作品は生まれてこない。 私は来年に50歳になる。 

 師匠や先生が仰っていたことだけを追いかける年齢ではなくなったのだ。

 いつまでも終わることのない旅が続くが作品を通してそれを表現出来ればいいし、できるなら楽しめればいい 

 I'll try out new expressions again next year!

 

iPhoneから送信