原理講論P65
「それゆえに、人間を中心とする被造世界が存在する目的は、神を喜ばせることであった。また、すべての存在は二重目的をもつ連体である。既に述べたように、すべての存在の中心には、性相的なものと、形状的なものとの二つがあるので、その中心が指向する目的にも、性相的なものと形状的なものとの二つがあって、それらの関係は性相と形状との関係と同じである。そして、性相的な目的は全体のためにあり、形状的な目的はそれ自体のためにあるもので、前者と後者は、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、主体的なものと対象的なものという関係をもっている。それゆえに、全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。したがって、森羅万象の被造物は、このような二重目的によって連帯しあっている一つの広大な有機体なのである。」
と書いてあります。
すべての存在は二重目的をもつ連体。
ここで、お馴染み、「二重」をyahooで検索!!
「 同じこと(もの)が二つ重なること」
です。
すべての存在は二つの同じ目的が重なっており、二つの目的が連なっている体。連なっていると重なるは、少し意味が重複していると思いますが、とにかく、二つの同じ目的が重なっている。
このことを踏まえて、二重目的、すなわち、全体目的と個体目的があります。この二つの目的は、そもそも同じもの。二重という意味は、同じものが二つ重なるという意味でしたから、全体目的と個体目的は同じもので、この二つの目的が重なっている、連なっている。
二つの同じ目的であり、重なっているので(連なっている)、全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。
そして、原理講論P64から65にかけて書いてありますが、神様が被造世界を創造なさった目的は三大祝福のみ言を成就して、天国を見て喜び楽しまれること。これが、全体的な目的であり、個体的な目的でもあると思います。
ここで質問です。
最近??いつからか知りませんが、教会では夢を持ちなさいと言われていますね。今までは、自分の夢を捨ててみ旨の道を歩んできたが、夢を持ちなさいと言われて驚いた人もいるようです!?話しによると。では、「二重目的をもつ連体」という統一原理的な観点で、医者、弁護士、会計士、学校の先生、プロのスポーツ選手・・・・・・・・など、夢を持つことは正しいのでしょうか???
答えは???
また明日(^-^)/
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