神の二性性相⑪(人間の価値<創造目的を完成した人間の価値>) | 統一原理を愛して

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私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!

神の二性性相についてとことん書いていきます。内容を少し忘れてしまっている人は、4月11日の記事を見てください。

今日も陽性と陰性の二性性相の相対的関係の延長上ということで、人間の価値(創造目的を完成した人間の価値)。

原理講論P252 第7章キリスト論 第一節

「・・・・・・・・・第二に、人間創造の目的を中心として、その価値を論じてみることにしよう。神が人間を創造された目的は、人間を通して、喜びを得るためであった。ところで、人間はだれでも、他の人がもっていない特性を各々もっているので、その数がいくら多く増えたとしても、個性が全く同じ人は一人もいない。したがって、神に内在しているある個性体の主体的な二性性相に対する刺激的な喜びを、相対的に起こすことができる実体対象は、その二性性相の実体として展開されたその一個性体しかないのである(前編第一章第三節(二))。ゆえに、創造目的を完成した人間はだれでもこの宇宙間において、唯一無二の存在である。釈迦が「天上天下唯我独尊」と言われたのは、このような原理から見て妥当である。・・・・・・・・・・・」

と書いてあります。

なかなか難しいですね。何が言いたいのか??

神様は一人では喜びを感じることはできません。神様といえど対象が必要です。最大の喜びとして人間を創造されました。神様は、人間一人一人に他の人が持っていない特性を与えました。その人間一人一人がいるからこそ、神様に内在されている無限に秘めているあらゆるかたちの喜びを引き出されるのです。私がいなければ、神様のある喜びを引き出すことができない。私しか神様を喜ばすことしかできないものがある。だから、創造目的を完成された人間は唯一無二の存在なのです。


私たち人間は神の似姿です。私自身に内在している無限に秘めている喜びを引き出してくれるのは、やはり、神様と同じく、人類一人一人の人間です。皆、かけがえのない存在です。ある人を卑下することは、その人を通してしか感じられない喜びを感じる可能性がなくなってしまいます。神様を中心とした人類一家族、まさに理にかなった理論、ビジョンですね。


というわけで、陽性と陰性の二性性相の相対関係。今まで何度か言ってきたと思いますが、人間、神様と言えど、存在している以上、他との関係性の中で生きています。そして、関係性の中で、相手がいるからこそ喜びを感じることができます。


だから、み言を信じて実践して、神様を喜ばしましょう!!



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