統一原理を愛して

統一原理を愛して

私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!

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ダンベリー刑務所にいる時、私は昼食時間にもよく仕事をしました。そのように過ごしているので、刑務所の炊事場の責任者が私の所に来て、「もう昼食の時間ですから、早く食事をしてください。」と声をかけてくれました。人は、そういうものなのです。私が昼食時間や朝食時間を逃してしまうのではないかと、私のところに来ては促して食事をさせてくれ、自分の物をよく分けてくれたりしました。人の良心は監獄でも同じです。そのように生きれば、監獄に行っても友達ができ、私を擁護する人が現れるというのです。皆さんは、このことを忘れてはいけません。これは最も貴い話です。
 天からそのように受け取ったので、受けたとおりに、その伝統を伝授しなければならないのです。他のために生きようとする人は滅びません。(そのようにして)滅びの道に進めば、宇宙が保護します。死の道に進めば、反対に命を奪おうとした人が死ぬのです。うまくいかないように思え、滅びるように思え、消えてしまうように思えるのですが、生き残り、栄え、発展するというのです。反対なのです。それは、神様が保護するからです。宇宙が保護するからなのです。
                    (天一国経典 真の父母経 P806 6、11)



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礼拝時間より早く来た分の時間は、神様のために捧げた時間になるので、千金、万金を払っても買えない価値があります。礼拝時間は、神様に捧げる時間なので、その時間に遅れてくるというのは、神様の恩恵をどろぼうすることになるのです。礼拝は、定められた時間に出てきて捧げなければなりません。そうすることにより、その分できなかったことを蕩減もでき、神様のみ前に面目を立てられるのです。そのようになれば、きのうより良い心をもって、神様のみ前に近づいていけるのです。

 「私は、誰々のために教会に行く」と言ってはいけません。「私は、私の愛する息子、娘のために教会に行く」、「愛する夫のために教会に行く」、「愛する妻のために教会に行く」という人たちは、越えていくことができません。誰のために行くのかといえば、神様のために行くのです。神様を私のものとして所有するために、神様の愛を私の愛として探し出すために、教会に行くのです。

       (天一国経典 天聖経 第11編 第2章 第1節 礼拝と祈り)



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第二章 堕落論  第四節 人間堕落の結果  (六)堕落性本性

「このような堕落性本性が生ずるようになった根本的動機は、天使長がアダムに対する嫉妬心を抱いたところにあった。それでは、善の目的のために創造された天使長から、いかにしてそのような愛に対する嫉妬心が生ずるようになったのであろうか。元来、天使長にも、創造本性として、欲望と知能とが賦与されていたはずであった。このようにして、天使長は知能をもっていたので、人間に対する神の愛が、自分に注がれるそれよりも大きいということを比較し、識別することができたのであり、またその上に欲望をもっていたから、神からそれ以上に大きい愛を受けたいという思いがあったということは当然なことである。そして、こういう思いは、自動的に嫉妬心を生ぜしめたのである。したがって、このような嫉妬心は、創造本性から誘発されるところの、不可避的な副産物であり、それはちょうど、光によって生ずる、物体の影のようなものであるといえよう。なぜなら、このような欲望を満たすときに覚える一時的な満足感よりも、その欲望を満たすことによって生ずる自己破滅に対する苦痛の方が、もっと大きいということを実感するようになるので、このような行いをすることができないのである。
そして、創造目的を完成した世界は、あたかも一人の人間のように、互いに有機的な関係をもつ組織社会であるから、個体の破滅は、直ちに全体的な破滅を招来するようになる。したがって、全体は個体の破滅を放任することができない。このように、創造目的を完成した世界においての創造本性から生ずる付随的な欲望は、人間の発展をもたらす要素とはなっても、決して堕落の要因とはなり得ないのである。」


以前も書きましたが、原理講論に書いてあるとおり、嫉妬心は創造本性からくる副産物。個性完成者も感じます。前回は、個性完成者は、親である神様の心情が分かるからこそ、一時の欲望を満たして破滅へ向かうことはしません。親を喜ばす方へ。

そして、抜粋部分の下の赤い部分に書いている内容から分かるように、創造目的を完成した世界においての創造本性から生ずる付随的な欲望、すなわち、愛の減少感、嫉妬心は、人間の発展をもたらす要素とはなっても、決して堕落の要因とはならない。

愛の減少感、嫉妬心は、人間の発展をもたらす要素になるのです。愛の減少感、嫉妬心を感じたとき、その感情のまま、うっぷんを晴らすのではなく、その思いをより一層努力する方向へ傾ける。
例えば、善の競争。サッカーでレギュラーを取られたら、スパイクに画びょうを入れるのではなく、プレーが上手くなるようにより一層努力して善の競争をする。



愛の減少感、嫉妬心を感じた時こそ、チャンスです。

こういう時こそ、愛し為に生きる事を通して神様を感じることができるチャンスです。善の行動をとるか、悪なる行動をとるかによって通過する心情が異なってきます。

あなたはどちらを選択しますか???



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前回の続きです。


エバは創造目的に背いたことから良心の呵責からくる恐怖心を感じていました。そこで、エバは神様のもとへ戻りたいと。

エバは結局、恐怖心から逃れたいという思いからアダムを誘惑しました。神様から、取って食べるときっと死ぬだろうと言われていたにもかかわらず。恐怖心から逃れるために相手が死んでもかまわないと。このようにして、アダムとエバは、非原理的な愛、すなわち、相手が死んでも構わないという自己中心的な愛によって堕落してしまいました。

愛そのものも狂ってしまっているのです。自己中心的で、奪う愛。


では、その後の人類は??

人類初めての子供は、アベル・カイン。

アダムとエバのもとで育ったアベルとカインの結末は???



カインがアベルを殺してしまいました。自己中心的な愛ので堕落したアダムとエバのもとで育ったアベルとカインは、どこまでアベルはカインを、カインはアベルを愛することができたでしょうか!?。

人類最初の兄弟殺し。そのような家庭から出発した人類は、非原理的な愛、自己中心的な愛しか知らない。

そのような私たち・・・・・


自己中心的な愛しか知らない私たちに、真の愛を育んでいける道を与えて下さったのが文鮮明先生、真の御父母様です。

真の愛を育んでいく道。

それは・・・・・

み言を信じて実践!!!



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昨日の続きです。


エバは創造目的に背いたことから良心の呵責からくる恐怖心を感じていました。そこで、エバは神様のもとへ戻りたいと。

エバは結局、恐怖心から逃れたいという思いからアダムを誘惑しました。神様から、取って食べるときっと死ぬだろうと言われていたにもかかわらず。恐怖心から逃れるために相手が死んでもかまわないと。このようにして、アダムと相対基準を結んで授受作用していく中で、非原理的な愛、すなわち、私の欲を満たすためなら相手が死んでも構わないという自己中心的な愛によって堕落してしまいました。

愛そのものも狂ってしまっているのです。自己中心的で、奪う愛。

エバは犯してはならないことを犯してしまいました。

エバが悪い・・・・・・・・・・・


では、アダムは????




第二節 堕落の動機と経路

(二)霊的堕落と肉的堕落

「(2) 肉 的 堕 落
アダムとエバは、共に完成して、神を中心とする永遠の夫婦となるべきであった。ところが、エバが未完成期において、天使長と不倫なる血縁関係を結んだのち、再びアダムと夫婦の関係を結んだためにアダムもまた未完成期に堕落してしまったのである。このように、時ならぬ時にサタンを中心としてアダムとエバとの間に結ばれた夫婦関係は、そのまま肉的堕落となってしまったのである。」


結局、アダムも時ならぬ時にサタンを中心として、エバと結ばれました。神様に取って食べたら死ぬだろうと言われていたにもかかわらず、エバの誘惑にのっていってしまいました。相手が死ぬことが分かっていたならば、エバの誘惑にのらなかったはずです。それでも、誘惑にのっていきました。相手が死んでも構わないと、誘惑にのっていきました。まさに、非原理的ない愛、自己中心的な愛なのです。


エバもエバなら、アダムもアダムでした。

では、その後の人類は????




明日に続く。




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