礼拝時間より早く来た分の時間は、神様のために捧げた時間になるので、千金、万金を払っても買えない価値があります。礼拝時間は、神様に捧げる時間なので、その時間に遅れてくるというのは、神様の恩恵をどろぼうすることになるのです。礼拝は、定められた時間に出てきて捧げなければなりません。そうすることにより、その分できなかったことを蕩減もでき、神様のみ前に面目を立てられるのです。そのようになれば、きのうより良い心をもって、神様のみ前に近づいていけるのです。
「私は、誰々のために教会に行く」と言ってはいけません。「私は、私の愛する息子、娘のために教会に行く」、「愛する夫のために教会に行く」、「愛する妻のために教会に行く」という人たちは、越えていくことができません。誰のために行くのかといえば、神様のために行くのです。神様を私のものとして所有するために、神様の愛を私の愛として探し出すために、教会に行くのです。
(天一国経典 天聖経 第11編 第2章 第1節 礼拝と祈り)
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