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鉄撮り屋

撮り鉄ぺぺのブログです!
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おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

本日7月26日は、東海旅客鉄道、東海道新幹線の米原駅 - 京都駅間において新幹線955形電車「300X」が日本国内最高の443.0km/hを記録した日 - 1996年

だそうです。

幻の新幹線「300X」 未来を夢見た実験車両、その個性と魅力

新幹線の歴史を振り返ると、時代を変えた車両が数多く登場しました。0系、100系、300系、500系……。その中でも、ひときわ異彩を放っていた存在が「300X」こと、JR東海の955形新幹線高速試験電車です。

ぺぺは実は300Xを実際に見たことはありません。けれど写真や資料を見るたびに「なんやこの新幹線、ものごっつい個性的やん!」と感じる魅力があります。

普通、新幹線と言えば流れるような美しい先頭形状を思い浮かべます。しかし300Xは、まさに「未来から来た新幹線」という雰囲気。先頭部分の形状は独特で、今の新幹線デザインとは少し違う、実験車両ならではの迫力がありました。

300Xが登場したのは1994年。目的はただ速く走ることではありませんでした。将来の新幹線高速化に向けて、車体形状、パンタグラフ、台車、騒音対策など、さまざまな技術を試験するために作られた車両です。

そして1996年7月には、電車方式の鉄道車両として当時の国内最高速度となる443km/hを記録しました。

443km/h……。

もう数字だけ聞いたら「新幹線というよりジェット機ちゃうん?」と思ってしまいます(笑)

もちろん営業運転ではありませんが、この挑戦が後の新幹線技術へとつながっていきました。現在の高速・快適な新幹線の裏側には、こうした実験車両たちの努力があったんですね。

300Xの面白いところは、完成された美しさよりも「挑戦している姿」が魅力だったことです。

500系のような芸術的な流線形とはまた違う。700系のような親しみやすさとも違う。

「これで本当に新幹線なん?」と思わせるような独特の姿。でも、その姿こそが未来を切り開こうとしていた証でした。

鉄道車両って不思議なもので、営業運転に入らなかった車両ほど後になって強烈な印象を残すことがあります。

300Xもまさにその一つでしょう。

試験車両という宿命のため、走る姿を見る機会は限られていました。沿線で撮影できた方は、本当に貴重な瞬間を記録されたと思います。

ぺぺは実物を見ることはできませんでしたが、写真を見るだけでもワクワクします。

「もし今、300Xが現れたら、駅で見た人は絶対二度見するやろなぁ」

そんな未来感あふれる存在感があります。

新幹線の歴史は、営業車両だけで作られてきたものではありません。

0系が夢を乗せ、500系がスピードを追求し、そして300Xのような実験車両が未来への道を切り開いた。

表舞台にはあまり出なかったけれど、日本の高速鉄道技術を支えた名車。

それが新幹線300Xだったのです。

最後に……もし300Xが今の時代に駅へ突然入線してきたら、鉄ちゃんだけやなく一般のお客さんも「え?新型新幹線?未来から来たん?」ってスマホ構えると思います(笑)

いやほんま、時代を先取りしすぎやで300X!

 

 

のりものニュース記事より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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本日7月25日は東海道新幹線、東京駅 - 新大阪駅間にて全線試運転実施の日 1964年

だそうです!

 

東海道新幹線、全線試運転の日 ~夢の超特急が東京から新大阪へ走った日~

7月25日は、鉄道ファンにとって忘れられない?一日です。

1964年7月25日、東海道新幹線の東京駅~新大阪駅間で全線試運転が行われました。

この日は、開業を目前に控えた「夢の超特急」が、ついに東京から大阪まで一本の線路でつながったことを確認する大切な日でした。

当時はまだ新幹線というものが存在しない時代。「東京と大阪を4時間で結ぶ」なんて、まるで夢物語のように思われていたんです。

それが現実になる瞬間が、この全線試運転やったわけですね。

そして同年10月1日、東海道新幹線は華々しく開業。

日本の鉄道史だけではなく、日本の社会そのものを変える大きな一歩になりました。

 


ぺぺにとって東海道新幹線は、単なる移動手段やありません。

旅行でも仕事でも、ほんまによーさん乗りました。

東京へ行く時、大阪へ帰る時、車内に乗り込んだ瞬間の「ああ、新幹線に乗ったなぁ」というワクワク感。

何回乗っても、あの気持ちは変わりません。

窓側の席を取れた時なんかは、もう小さな旅の始まりです(笑)


やっぱり東海道新幹線の楽しみと言えば車窓ですよね。

東京を出発して、しばらくすると都会の景色から少しずつ住宅地へ。

そして静岡県に入ると、天気が良ければ待っているのが富士山。

新幹線の車窓から見る富士山は、何度見ても特別です。

「おっ!今日は見えた!」

と思わず窓に顔を近づけてしまう。

周りのお客さんも同じようにスマホやカメラを構える姿を見ると、富士山ってやっぱり日本人の心をつかむ存在なんやなぁと思います。


さらに楽しみなのが、田園風景。

高速で走り抜ける新幹線の窓から見る田んぼ、川、山並み。

普段の生活では気づかないような風景が、一瞬で後ろへ流れていく。

これぞ新幹線の旅の醍醐味やと思います。

そして冬の東海道新幹線と言えば……米原付近の大雪!

関西は晴れているのに、米原を通る頃には一面真っ白。

「さっきまで晴れてたのに、なんで急に雪国やねん!」

と思うこともしばしば(笑)

でも、雪を舞い上げながら走る新幹線の姿を車内から見るのも、なかなか味わえない景色でした。


個人的には、在来線との合流や並走区間を見るのも好きでした。

新幹線の高架から見る在来線の列車。

逆に在来線のホームから、猛スピードで通過していく新幹線を見る。

同じ鉄道でも、役割も速度も違う列車が同じ街を走っている姿は、鉄道の面白さを感じる瞬間です。

そして東海道新幹線の車窓名物と言えば……

727のコスメ看板(笑)

新幹線に乗ったことがある人なら、一度は「あっ、あった!」となったはず。

富士山、茶畑、浜名湖、雪の米原、そして727。

これも東海道新幹線の思い出のひとつですね(笑)


1964年に試運転をした新幹線は、今では最高速度も車両も大きく進化しました。

0系から始まり、100系、300系、500系、700系、N700系へ。

時代とともに姿を変えてきましたが、「東京と大阪を結ぶ大動脈」という役割は今も変わりません。

半世紀以上にわたり、多くの人の旅行、仕事、出会い、別れを運んできた東海道新幹線。

ぺぺにとっても、たくさんの思い出が詰まった特別な存在です。

これから先も、新幹線の窓から見る富士山や田園風景にワクワクする人は、きっとたくさんいるでしょう。

1964年7月25日。

東京から新大阪まで走り抜けた試運転列車は、日本の未来を乗せて走った列車やったんですね。

……ちなみに727の看板を見るたびに「あ、新幹線乗ってるなぁ」と思う人、絶対ぺぺだけやないですよね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

入荷後、即完売していた ネコ・パブリッシング 『鉄道車輌ガイド VOL.45 581・583系』 が重版され再入荷との事!

これはありがたい!!

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

SNSのスクープ記事に「ハローキティ新幹線」解体の写真が出ていましたねぇ。

みんなに愛されて新幹線、寂しくなります。

2018年撮影の「ハローキティ新幹線」

 

ハローキティ新幹線

JR西日本がサンリオの人気キャラクター「ハローキティ」とコラボレーションし、山陽新幹線(新大阪〜博多間)の500系車両を使用して運行していた特別列車です。

2018年6月30日から運行されていましたが、車両の老朽化等に伴い20026年5月17日をもって惜しまれつつ運行を終了しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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本日7月23日は伊那電車軌道(現・東海旅客鉄道飯田線)、七久保駅 - 飯島駅間開業。 - 1918年

 

って事で。

 

七久保ー伊那本郷を行くゴハチです。

2004.12.11 飯田線 七久保ー伊那本郷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

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本日7月22日は天王寺駅の、阪和線~関西線の渡り線が開通!

そして特急「スーパーくろしお」運転開始の日 1989年

 

って事で

 

1989年頃はまさに少年ぺぺは撮り鉄していた時代ですが、電車はほんと撮ってなかった😅

381系ラストイベントが京都鉄道博物館で行われ「スーパーくろしお」ラッピングが施されたのも見に行けず😭

 

撮ってたのはほとんどEF58 、ジョイフルトレインとその専用機、国鉄車両の廃車回送に甲種輸送などネタ列車ばかり…

なので今現在、復刻してます「スーパーくろしお」ラッピングでも…。

 

 

あとこの辺りなら撮ってます😅

くろしお・スーパーくろしお ~紀州路を駆け抜けた名列車、その魅力をもう一度~

大阪と和歌山、そして紀伊半島の南部を結ぶ特急「くろしお」。
その名前を聞くと、青い海、白い砂浜、そして車窓いっぱいに広がる紀州の風景を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

「くろしお」の歴史は古く、1965年に紀勢本線の全線開通をきっかけに登場しました。当時は気動車による特急列車で、大阪と南紀を結ぶ観光列車として大活躍しました。まだ高速道路も今ほど整備されていない時代、鉄道で南紀へ向かう旅は特別なものでした。

その後、電化の進展により381系電車が登場。これが「くろしお」の大きな転換点でした。振り子式車両によるスピードアップで、カーブの多い紀勢本線でも軽快に走り抜ける姿は、本当にカッコよかったですね。

そしてその後登場したのが「スーパーくろしお」です。

 

いや~、初めて見た時は「これ、ほんまに紀州を走る列車か?」と思うほど都会的でした(笑)。
でも、白浜の海岸や紀伊田辺、串本へ向かう姿を見ると、不思議と風景に馴染むんですよね。

「くろしお」の魅力は、ただ速いだけではありません。

車窓から見える太平洋、山間を縫う線路、そして時には海ギリギリを走る区間。特に紀勢本線の海沿い区間では、列車旅の醍醐味を存分に味わえます。

ぺぺも撮影で紀州路へ足を運びましたが、381系「くろしお」がカーブを曲がりながら姿を現す瞬間は、何度見てもワクワクしました。あの独特の顔つき、振り子で車体を傾けながら走る姿……まさに鉄道ファンの心をくすぐる存在でした。

現在では381系「くろしお」は姿を消しましたが、近年その姿を復刻した車両が登場し、往年のファンを喜ばせています。

昔撮影した方にとっては「あの頃が帰ってきた!」という感動がありますし、若い鉄道ファンにとっては「これが昔のくろしおか!」と新しい発見になることでしょう。

鉄道車両は、ただ移動する道具ではありません。
その時代の思い出、人との旅、撮影した場所、シャッターを切った瞬間まで一緒に記憶してくれる存在です。

復刻された「くろしお」を見ると、昔の紀州旅行や撮影地での思い出が一気によみがえります。

まだ撮影していない方は、ぜひ一度カメラを持って出かけてみてください。

「昔の列車やから知らんわ~」なんて言わずに(笑)、実際に目の前を走る姿を見ると、その魅力がきっと伝わるはずです。

海、山、鉄道。
紀州路を走る「くろしお」は、これからも多くの人の思い出を乗せて走り続けてほしい名列車ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

懐かしいのを。

1990.4.22 EF81 113牽引で運転されたブライダル「宝来号」

14系Rパノラマにハネ、オシ24、スシ24、マイテ49連結、大阪から琵琶湖一周。

マイテにも「宝来」マークが取り付けられデッキの手すりには装飾が施されていました。

 往路瀬田駅、復路大阪駅で撮影しました。

 

ブライダルネット