おはようございます、ぺぺです。
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今日6月13日は「はやぶさの日」
2010年、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」から約7年ぶりに地球へ帰還したことを記念しています。
って事で(;^ω^)
鉄道界の「はやぶさ」と言えばブルートレイン「はやぶさ」!
併結運転「さくら はやぶさ」
併結運転「富士 はやぶさ」
1. そもそも「ブルートレイン」ってなんなん?
まずはここから行きましょう。ブルートレインっていうのは、簡単に言うと「移動する動くホテル」ですわ。
1958年(昭和33年)に登場した20系客車っていう、全身真っ青な特急用車両が始まりなんです。
それまでの夜行列車言うたら、茶色くて、ガタガタ揺れて、煤煙(ばえん)で顔が真っ黒になるような、ぶっちゃけ「移動のための苦行」みたいなもんやったそうです。
そこに現れたブルートレインは、全車冷暖房完備!空気バネで揺れへん!ベッドもフカフカ!
「なんやこれ!未来の乗り物やんけ!」と、当時の日本中がひっくり返るくらい驚いたわけです。
その中でも、最高峰のブランドとして君臨したのが、今回主役の「はやぶさ」です。
2. 栄光の「はやぶさ」
歴史絵巻:東京から熊本・西鹿児島へ
「はやぶさ」の歴史は、日本の高度経済成長期と完全にシンクロしています。ちょっとその歩みを見てみましょう。
① 誕生と黄金期(昭和30年代〜50年代)
「はやぶさ」が東京〜鹿児島間(後に西鹿児島、現在の鹿児島中央)を結ぶ寝台特急として走り出したのは1958年のこと。
当時の運行距離は、なんと1,493.6キロ!
日本国内を走る定期旅客列車としては「歴代最長距離を走る列車」という、とんでもない称号を持っていました。
東京を夕方に出て、終点に着くのは翌日の午後。丸一日近く列車の中にいるわけです。
「長すぎやろ!飛行機で行けや!」って今の感覚やと思うてしまいますけど、当時はこれが大人気。
昭和50年代には空前の「ブルートレインブーム」が巻き起こります。
カメラを抱えた少年たち(今のおじさまたちですね)が、東京駅の12番線ホームに溢れかえりました。「はやぶさ」のヘッドマークを写真に収めるためです。
まさに、鉄道界のアイドル。今のアイドルで言うたら、当時の「はやぶさ」は確実にセンターを張る存在でした。
② 個室の導入と豪華さの追求
時代が平成に近づくと、新幹線や飛行機にお客さんを奪われ始めます。
そこで「はやぶさ」は進化を選びました。
1人用個室「ソロ」や、ホテルのスイートルームみたいな1人用特急個室「シングルデラックス(ロイヤル)」を導入したんです。
【当時の妄想シチュエーション】
個室の鍵をガチャッと閉めれば、そこは自分だけの秘密基地。
窓の外を流れる街の灯りを眺めながら、備え付けのスリッパに履き替え、ちょっと気取ってワインなんかを開けたりしてね。「ふっ、今夜の俺は、旅人(たびびと)さ……」みたいな。
※実際はただのサラリーマンの出張やったりするんですけど、気分は映画の主人公です。
③ 涙のラストラン(2009年)
しかし、時代の波には逆らえません。新幹線がどんどん速くなり、格安の夜行バスやLCC(格安航空会社)が登場すると、ブルートレインは「遅くて高い乗り物」になってしまいました。
2005年には「富士」という別のブルートレインと途中で合体して走る(併結運転)という、ちょっと寂しいリストラ(?)を経験。
そしてついに2009年(平成21年)3月14日、多くのファンに惜しまれながら、「はやぶさ」は長い歴史に幕を閉じました。東京駅のホームは、涙、涙の見送りで、まるで大物ロックバンドの解散コンサート状態やったそうです。
3. 乗ったことがないからこそ分かる「はやぶさ」4つの異常な魅力
さて、ここからが本番です。「乗ったことがない」というのは、実はディスアドadvantage(不利)ではありません!むしろ、最高のイマジネーション(妄想)の武器なんです。
乗ったことがない人が、なぜ「はやぶさ」にここまで惹かれるのか、その魅力を関西弁全開で分析してみましょう。
魅力①:食堂車という「謎のロマン空間」
今の電車って、せいぜい車内販売か自動販売機があるくらいですよね。でも「はやぶさ」全盛期には「食堂車」が繋がっていました。
揺れる車内で、コック帽をかぶったシェフが、本格的なハンバーグステーキやビーフシチューを作ってくれるんです。
これ、乗ったことない身からしたら、完全にファンタジーの世界ですよ。
窓の外は真っ暗な関門海峡とかを走りながら、温かい明かりの下でエビフライを食べる。
「いや、絶対揺れてスープこぼれるやん!」とか「厨房の火加減どうしてんねん!」とか、ツッコミどころを想像するだけで白飯3杯はいけます。あのサボテンのマーク(旧・東京寝台特急の食堂車を運営していた会社などのマーク)がついたメニュー表を見るだけで、胸が熱くなります。
魅力②:機関車交換という「男のロマン・劇的ドラマ」
「はやぶさ」は、東京から鹿児島までずーっと同じ電車が走るわけちゃいます。客車(ベッドのある車両)を、先頭の「機関車」が引っ張るスタイルなんです。
で、この機関車が、途中で何度もバトンタッチ(交換)されます。
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東京〜下関: 都会派のイケメン電気機関車(EF66など)
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下関〜門司: 関門トンネル専用の、塩水に強いステンレスボディのイケメン(EF81など)
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門司〜鹿児島: 九州を走る情熱の赤い交流電気機関車(ED76など)
夜中に駅に停まったとき、前の機関車が「ガチャン!」って外されて、新しい機関車が「ドスン!」って連結されるんです。
乗ったことない私は妄想します。夜中の午前2時くらい、誰もいない静かなホームで、機関士さんたちがライトを照らしながら黙々と作業をしている。
「頼んだぜ、相棒」「おう、任せとけ」みたいな無言の男のドラマがそこにあったはずです。起きてこれを見に行けた人は、一生の宝物でしょうね(私は絶対寝過ごす自信がありますけど)。
魅力③:「A寝台」と「B寝台」の格差社会
ブルートレインには、お値段の高い「A寝台」と、庶民的な「B寝台」がありました。
B寝台は、通路の両側に2段ベッド(昔は3段ベッド!)がズラリと並んでいる開放型です。
カーテン一枚で仕切られただけの空間。
乗ったことがない人間からすると、これもスリル満点です。
「向かいのベッドの人のいびき、うるさくなかったんかな?」とか、「夜中にトイレ行くとき、誰かの足を踏んづけたりせえへんかったんかな?」とか。
でも、その「ちょっと不便で、乗客同士の息遣いが聞こえる距離感」が、今となってはもの凄く愛おしく思えるんです。
今の時代、みんなスマホ見て自分の世界に閉じこもってますからね。当時のB寝台は、一種の「一期一会のコミュニティ」やったわけです。
魅力④:名前の継承(リスペクト)
「はやぶさ」という名前、今でも聞きますよね?
そう、現在は東北新幹線の最速列車「はやぶさ」として、時速320キロで日本の北を爆走しています。
かつて日本最長距離をノンビリ(いや、当時は最速やったんですけど)走っていたブルートレインの名前が、形を変えて、今度は日本最速の新幹線に受け継がれている。
この「歴史のバトンタッチ」がめちゃくちゃエモいんです!九州の鳥が、今は青森や北海道へ飛んでいる。鉄道ファンの「はやぶさ愛」の深さが、この名前に凝縮されています。
4. まとめ:乗れなかったからこそ、僕たちの心で走り続ける
| 項目 | 昔の寝台特急「はやぶさ」 | 現在の東北新幹線「はやぶさ」 |
| 主な行き先 | 東京 〜 熊本・西鹿児島(九州) | 東京 〜 新青森・新函館北斗(東北・北海道) |
| 旅のスタイル | 一晩かけてじっくり楽しむ、贅沢な時間の無駄遣い | 圧倒的なスピードで時間を短縮する、ビジネス&観光 |
| 最大の魅力 | 旅情、機関車交換、食堂車、夜の車窓 | 国内最高時速320km、快適性、グランクラス |
ネットで「ブルートレイン はやぶさ」って検索したら、今でもたくさんの写真や動画が出てきます。
それらを見ていると、不思議と「懐かしいなぁ」って気持ちになりません?
それはきっと、あの青い列車が「日本人が一番、未来にワクワクしていた時代」を乗せて走っていたからやと思います。 夕暮れの東京駅を出発して、夜の東海道を走り、夜明けの山陽路を駆け抜け、関門海峡を渡って九州の大地へ。 ただの移動手段ではなく、「旅そのものがエンターテインメント」だった時代の象徴。それがブルートレイン「はやぶさ」なんです。
もしタイムマシンがあったら、私は間違いなく、小銭とカメラを握りしめて1980年代の東京駅にタイムスリップします。そしてB寝台の、あえて3段ベッドの一番上に潜り込んで、ガタゴトいう振動を全身に感じながら、一晩中寝ずに窓の外を眺めますわ。あ、でもやっぱり食堂車でビーフシチュー食べるのが先かな?(笑)

