次男はお兄ちゃんになりました。
2019年冬、第2子次男に先天性の疾患が見つかり妊娠6ヶ月(21w3d)で中期中絶の選択をしました。その時の記録やその後の日々を綴っています。人によっては不安·不快な思いをさせてしまうかも知れません。過去の記録等をお読みいただく際は、ご注意下さい。★どうしてブログに記録するのか★※第3子の出産の話が含まれます※だいぶ、前回の記録から日が経ってしまいました。前回のブログで、「21w3dを超えた」と言っていたお腹の子(三男)は昨年の秋、元気な産声を上げて生まれてきてくれました。コロナ禍での出産ということもあり家族の立ち会いや入院中のお見舞いは無し等制限はありましたが、どうしても叶えたかったこと。次男を産んだ、LDRの部屋で三男も産みたい。これを、叶えることが出来ました。じりじりと痛む陣痛に耐えながら約2年近くぶりに足を踏み入れたその部屋は少しレイアウトが変わっていたもののほとんとが当時のままで。次男を産んだ時を思い出し、「前回は自分の子どもの命を絶ち、 今度は新たな命を生み出そうとしているのか…」と、出産直前に今更な事を考えていました。--どうして同じ部屋で?多分、人によっては嫌だろうけど私は、次男を中絶したことを絶対に忘れてはいけないから(忘れられないけども)なのであえて三男も同じ場所で…と三男の妊娠が解った時からずっと考えていました。決して、悲しい思い出を嬉しい思い出に上書きするためではなく全て一緒に抱えて生きていくために、私にとっては必要だと思ったから。(自己満足ですけどね。。。)三男が生まれた瞬間感動して泣けた!とかはなく約5年前の長男の出産の時約2年前の次男の出産の時を思い出し無事に生まれてくることの奇跡と生まれたての赤ちゃんを見て、小さいけれど、大きいなぁと思った。次男は、ほんとにほんとに小さかったから。そんな色々を思いながら、次男を産んだあの部屋で三男を産むことができたのはとても大切な時間になりました。長男出産後は初めての育児ということもあって無駄に慌てたりイライラしてしまう事なども多々あったのですが三男にはほとんどありません。今、長男に対してもですが、心に余裕を持って接することが出来ているような気がします。というのも、心の隅っこの方に次男にしてあげられなかったことを少し重ねているところもあり…どんなに抱っこでもどんなに泣かれても髪の毛をひっぱられても思いっきり肉をつままれても眠れなくてもご飯を食べそこねてもあまり嫌ではなく、(疲れる時もありますけどね。。。)不思議と頑張れてしまう…産後ハイもあるかもしれませんが。次男には出来なかったからそれを必死に埋めるような次男は次男だし長男は長男で三男は三男なのはもちろん解っています。でも、次男のことがあったからこそ今いる長男と三男への接し方がなんとなく以前の自分に比べて丸く?なったような気もします。そして今、次男に対して申し訳なく思っていることが。中絶をして丸二年を迎えた瞬間、ゆっくりと次男を思うことが出来なかったこと。公的な書類等で三男を「第二子」や「次男」と書いたり呼んだりしなくてはいけないこと。ここでひっそりと謝らせて。三男の母子手帳の表紙にある「第○子」の部分は空白のままです。かと言って「第三子」とも書けないまま…そんな小さな抵抗をしています。多分、誰も気付かないけど。三男が大きくなったら、長男ともうひとり、お兄ちゃんがいるということを伝えようと思っています。決して、自分がしたことを無かったことにはしません。