コミュニケーションを極める実践トレーニングを学ぶスクール -8ページ目

コミュニケーションを極める実践トレーニングを学ぶスクール

あなたもプロのコミュニケーションスキルを身につけませんか?

学習には4段階のステップがあります。
それは、
「無意識的無能」
「意識的無能」
「無意識的有能」
「意識的無能」

このブログに辿り着いたということは、今、まだおそらくあなたは、コミュニケーションに関して、

「無意識的無能」

の段階です。

無能というと失礼な言葉に聞こえるかもしれませんが、これは便宜上です。

「無意識的無能」とは、
下手くそなことを知らない状態のことです。

例えば、あなたが、ギターをひいたことがないとして、
ギターが上手いか、下手かと言われたら下手なんでしょうが、
意識として、才能があるのか、ないのかがわかんないですよね。

つまり、自分の有能性も無能性も無意識的なのがこの領域なのです。

これを一生懸命練習していただくとどうなるかというと、
自分が下手くそであるということがわかります。

この段階を
「意識的無能」と言います。

8割近くの人が、ここで、やることを諦めてしまいます。
「うぁ。才能ないは。俺、私。」

2割くらいの人は、やります。
「下手やからこそ頑張る。」

やった人はどうなるかというと、当たり前ですが、個人差もありながら時間を経て、
「意識的有能」と言います。

これをさらに続けていくと、
「無意識的有能」になります。

この状態を目指してもらいます。

コミュニケーションにおいて、この状態になると、認識論的な視点が当たり前なので、
「目の前の相手が喜んでいるのか?悲しんでいるのか?」
ではなく、

「この人は、どういう座り方をしていて、どういうテンポで話しているのか、どう呼吸しているのか」を観る。
その後で、意味付けというものはいくつも選べるのだということをこれからわかってきます。

トレーニングを重ねれば、
「無意識的有能」まで必ず行きます。

我々プロのセラピストは、クライアントがセッションルームにくるなり、いきなり主訴、
つまり「今日何をしに来たのか?」という各論に入らずに、雑談をします。
雑談をしながら、クライアントがどのような体の使い方をしていて、どういうテンポで話していて、どういう目の動かし方をしているのかを
5分から15分くらいで情報を集めます。

それで、だいたいこの人がどのような問題を抱えているのかが、わかります。

この時点で、クライアントの情報収集は半分以上終わっています。

そして、各論に入り、この人の問題を確認していくということです。

本編でお伝えしているテクニックでは、15分位で安全にトラウマを取り除く方法やついついやってしまう問題行動をいとも簡単に変えてしまう方法などをお伝えしています。
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プロコミュニケーターは相手の悩みを取り除くプロでもあります。

プロコミュニケーションモデルを使って、
例えば、バーに行き、全然知らない相手と仲良くなり、その相手がずっと抱えていた悩みを解決することだってできます。

認識論というものはコミュニケーションにおいて結構重要な概念です。
なので、コミュニケーションを極めたいのなら、しっかりと抑えておいていただきたい。

認識論とは、
「知っていることをどのように知っているのか?」
という学問です。


「知っていることをどのように知っているか?」

この認識論が土台となってNLPが生まれています。

NLPの生みの親はジョン・グリンダー、リチャード・バンドラーではありません。
創始者は彼らですが、彼らを指導していた少なくとも4人位の師匠がいます。

そのうちの一人が、グレゴリー・ベイツンです。
もう一人が、催眠療法の大家ミルトン・H・エリクソンです。

残りの二人は、ゲシュタルト療法のフリッツ・パールズ、家族療法のバージニア・サティアです。

NLPのモデルは、大きく分けて2つのスタンダードです。
ひとつは、エリクソンの催眠のモデル。
もうひとつが、ベイツンの認識論のモデルです。

この2つが、NLPを生み出しています。

ですので、NLPの生みの親は、ベイツンとエリクソンです。

「NLPはリチャード・バンドラーとジョン・グリンダーによって生み出された。」
と解説されていますし、国内の殆どのNLPトレーナーはそう言いますが、間違いです。

よく調べてみてください。

それで、認識論という視点に立つと、目の前に座っている人が
「笑っている。」はOKですが「怒ってる。とか、喜んでる。」などの表現は、認識論的にはNGです。

違いがわかりますか?

「笑っている。」は万国共通じゃないですか?スマイルって。それはどういうことかというと
顔の筋肉がどうなっているか
口角が上がっているとかの描写なわけです。

しかしながら、
「怒っている。」とか「喜んでいる」は内部表現です。
つまり、怒り方や喜び方は人それぞれなので、相手の内部表現をこちらが側が判断できないのです。


なので、認識論という視点にたてば、
目の前の相手が
「怒っている」「喜んでいる」「幸せだ」
は認識論的にはありえないのです。

我々、プロコミュニケーターは認識論的に世界とつながります。

認識論的に世界とつながると
わかりやすいところで言うと、コミュニケーションのギャップとか、コミュニケーションの変な行き違いがなくなります。

例えば、会社であなたが上司で
「来週の月曜日までにレポートを提出しておいて。」と部下に言ったとします。

部下が
「わかりました。」

というわけです。

月曜の朝に、あなたはデスクの上にそのレポートが提出されていないことに気がつくわけです。
「先週の木曜日に言ったのに、まだ出してないのか?今日の朝までに出しとけと言っただろ。」

そのことを部下に伝えると、
部下はおかしな顔をしながら、
「何を言ってるんですか?先週の金曜日の時点で出していますけど。」

どうなっているのでしょうか?

部下は、先週の金曜日の時点でメールを上司に送っていたのです。
しかし、あなたはレポートと言ったら、紙で印刷されたものをデスクの上に置いておけ、という意味で伝えたのです。

お互いに「レポートを月曜日までに出す」という文字面は合っているのです。

しかし、この文字面にある意味付けが違う。

例えば、恋人同士が
「愛してるよ。」
「俺も、愛してるよ。」
と愛し合っている2人がいる。

しかし、認識論的な視点にたつと、ちょっと待って下さい。ということになります。

「今、俺とお前言葉合ったよな。」

ところが、意味付けは合ってるだろうか?
と考えなきゃいけない。

それで、もし意味付けがあっているのなら、
「俺達は愛し合ってるよな」

ということになるのです。

ほとんどの人は、こういう観点を持たないので、半年くらいたって、
「付き合い始めた頃とぜんぜん違う。」
ということを言い始めるのではないですか?

本当にコミュニケーションが下手くそです。
それは単に知らないから。

で、ツボとコツを身につけていきます。

認識論は、確かにめんどくさいのですが、
現場で、めんどくさいと感じられないように意味付けを合わすテクニックはいくらでもあります。

それで、このベイツンが
「ダブル・バインドが統合失調症を生む。」
という論文を発表したのです。

結構これは、周囲をあっと驚かせました。

お母さんが、部屋を散らかしている子供に
「掃除をしなさい。いつまでそんなこと言わせるの?もう少し自発的に動きなさい。」
と言ったとします。

これはやばいです。

「もう少し自発的に行動しろ。」といった場合難しいです。

なぜならば、注意された後に部屋を片付け始めると、
自発的に行動したことにはならないし、

かといって、そのときに、部屋を片付けないと、
「なんべん言わせるの?」と言って怒られる。

そのときに、どっちとっても、俺は救えない。
というふうになります。

これは、論理の飛躍があるかもしれないと思うけれど、
「このときに、現実と非現実の区別もつけられないような、いわゆる統合失調症に抜け道を見つけ出すということが往々にしてありますよ。」
ということに気がつくわけです。

「二重拘束が、統合失調症を生む。」
と多くの有識者がその可能性は大であるという結論に至っているわけです。

多くの母親は無意識的にやってるのです。
自分が子供にダブルバインドに入れてるというのは考えていないはずですが、認識論的な視点がないのでそのようになってしまうのです。
自分が言った言葉が、相手にどのような意味付けが広がるのかについて注意を払わなさすぎるわけです。

「コミュニケーションというのは、伝えたことがコミュニケーションではなく、伝わったことがコミュニケーションである。」
ということは、否定しようがありません。

何が伝わったのか、何が伝わろうとしているのかという部分についてコントロール可能な範囲で、我々は十分に注意しなきゃいけないということです。

付加価値を論じる人の多くは、付加価値に焦点が定まっているのですが、付加価値とはそもそも基本的な価値の上に乗っかるものです。

基本的な価値をもたらせることができていない人が、付加価値に逃げてはならないと思うのです。

アイデア論で論じられるのですが、
「これは全く新しいアイディアだ。」
と述べられることがあります。

こういうセンテンスは企業広報活動などでよく使われますね。

その世の中に毎日のように現れる
「全く新しい」
なんですが、そのうちのいくつがもっとも新しいんだろうかということを考えたときに、

「ほとんどないのではないか?」

と思うのです。

「新感覚の」とか、

20年前フレッシュネスバーガーが出店した時、結構鳴り物入りで
「全く新しいハンバーガーショップ」とか言ってたので、
東京のフレッシュネスバーガーに言ってみると、

「ただのハンバーガーやん。」

「全く新しいハンバーガー」なので、ハンバーガーの域を超えないのはわかりますが…

だから、付加価値をいうにはベースとなる価値を明らかにできていることが条件となります。

なので、まずベースの価値はなんなのかという当たり前のことをやるということです。

付加価値創造という取り組みと同時に徹底してやるということです。



ミルトン・モデルはクライアントをより深いトランス状態に入れます。

独特の言語モデルですが、これは日本語でも再現可能です。

例えば、上記のことをミルトン・モデルで表現すると、
「日本語で再現可能という意味合いにおいてあなたは、深く理解する必要は、意識は感じていて、無意識は感じていてもどちらでもいいし、
わかっていても、わかっていなくてもどちらでもいいのですが」

という言葉の羅列になります。

何を書いているのか分かりますか?

これをミルトン・モデルでいうと、

「今、私が何を書いているのかわからなかったのかわかったのかどちらでもいいのですが、自分の注意には意識を向けないようにして下さい。」

聞いてみたらわかると思います。


これをミルトン・モデルで表現すると、
「聞いてみたらわかると思うし、聞いてみてもわからない可能性について自分の心がどのように反応しているのかということについてあなたの体はあなたの意識と別の解釈体系を持っている可能性についてどのように考えますか?」

どうでしょう?


この中には実は、いろいろなテクニックが入っていて、この話し方を一生懸命聴けば聴くほど、クライアントは深いトランス状態に入っていきます。

そのときには、クライアントは自分にこだわっていないので、
「あなたが、私に伝えたことの一つがよる眠れないということだったような気もするけど、果たしてそれがあなたの人生にとって本当に深刻なのかどうかについて、考えることを一旦忘れてその上で、それよりももっと重要な今という時点以降の未来において、あなたがどのような自分自身とあるいは他の人達のパートナーシップとあるいは自分自身の夢の実現についてどのようなプランというものを明日実行できるかについての話し合いを進めていきたいんですけど」と言うと、

だんだんクライアントがしゃべっているだけで、問題フォーカスから、課題のフォーカスにかわり、次第に夢のフォーカスに変わっていって、
数十分くらいのセッションを終える頃には、眠れないということについて全く、問題視していない自分に気がつきます。

そして、なんか変な感じと思いながら、その夜に特に不都合もなく眠っていたことに翌朝気がつく

ということを起こせるのです。


それが、ミルトン・モデルです。

上記の例を、注意深く考察するということについて意識を向けてもいいし、向けなくてもいいのですが、紹介しておきます。
コミュニケーションにおける意味とは、相手に伝えることではなく、伝わったことにあります。  
そういう意味で、我々は、86400秒コミュニケーションしないでいることはできません。

 86400秒とは1日のこと。

 つまり、我々は、コミュニケーションしないでいることはできません。


 我々プロコミュニケーターは、時間と空間を越えていきます。


例えば、あなたに好きな人ができたとして、その人とはまだお付き合いをしていない状態だとします。

 その人と電話越しに話すのですが、そのときに、
「今見えてるものある?」 と聞くと
 「キティちゃんの人形が見える。」
 「じゃあさ、今日の電話中はなんとなくキティちゃんの人形を見ながら喋ってくれへん?」 ということで、30分、1時間くらい話します。

それで、その相手がAちゃんだとして、Aちゃんは、そのキティちゃんの人形を見るたびにあなたのことを思い出しますね。

 これはキティちゃんがアンカーとなってつまり、引き金となってあなたのことを思い出したということです。

 恋愛において、思い出す頻度というのが非常に重要な要素となるわけですが、それをAちゃんの部屋全体に作り出すことができたとしたらかつ、相手に好印象を与えていることができたら、このAちゃんとお付き合いできる確率は上がります。

例えば、ちょっとしたプレゼントとかもそうですね。


そのプレゼントがアンカーとなって自分のことを思い出す。

ということを考えると、自分と同じ時間を、そして空間を共有しなくても、Aちゃんは自分のことを思い出しているのだから、その瞬間はコミュニケーションをしていますね。


 我々、プロコミュニケーターは、同じ時間、空間を共有しなければコミュニケーションできないというレベルをさっさと卒業して、時間と空間を共有していきます。

そして、もう一つ、セルフコミュニケーションという考え方があります。

「朝眠いな。」

「やる気でないな。」

 こういう心の中の独り言をセルフコミュニケーションといいます。

例えば、Bくんとあなたが出会ったとして、Bくんがあなたに話しかけてきた。

そしてあなたが無視をしたとします。 そのときにはコミュニケーションしていないと思うかもしれませんが、Bくんは、 「あいつに無視された。」

 もしくは 「聞こえなかったのかな。」 と心の中で独り言をしていますね。

 相手に伝わったことがコミュニケーションで、相手もセルフトークを行っているということは、どうやら86400秒コミュニケーションしていることは間違いない。

伝えることがコミュニケーションではなく、伝わったことがコミュニケーションなのです。