感情とは、全てのモダリティから得た情報の解釈の一例です。 感情は感情のままでNLPでは扱いません。 我々は外界世界から、VAKOG、見て聞いて感じて臭って味わって世界とつながります。 ただし、純然たる世界を捉えているわけではありません。 なぜなら我々には、3つのフィルターを通して世界と繋がっているからです。 一つ目が、神経性フィルター。 我々が見えるのは、可視光線ですよね。 可視光線の幅ですよね。それ以外は見えないのです。 しかし見えないからといって、そこに何もないのかというとそうではありません。 それを見るための装置をつけたら、見えるわけでしょ。 だけど神経性フィルターにかかって可視光線だけが見えるようにしています。 聴覚もそうです。 例え、静かにしたとしても、超低周波とか、超高周波の機械をおけば、針はブンブン震えます。 だから外界に純然たる音はあるんだけど、それ通りに聞けないわけです。 神経性フィルターを通理抜けてきた、VAKOGを我々は知覚するのかというとそうではありません。 それは2番目のフィルターがあるからです。 それは言語的フィルターです。 北アメリカの先住民族イヌイットは雪に関する言葉を200種類以上もつのですが、我々日本人はせいぜい10種類程度の言葉しか持っていません。 言語を持っていないものは弾くのです。 これを通ってきたら解釈できるのかというと、そうではなくて、3番目のフィルターです。 それは何かというと個人的フィルターです。 個人的フィルターはあるものに干渉をうけます。 それは、われわれの記憶のことです。 そして、これらの制約を通り抜けて初めて我々のもとにファーストアクセスされます。 それがアップタイムのことです。 これは外側に向く意識のことです。 そこに、セカンドアクセスとして意味付けをします。 例えば、目の前にパソコンがあったとして、それを見た瞬間がファーストアクセス、セカンドアクセスは、「パソコンだ。」と意味付けをするのです。 このセカンドアクセス、つまり意味付けの部分に、 「うっとおしい」「めんどくさい」「悲しい」「嬉しい」と意味づけするので、言語化したときに、 これは 「嬉しい経験」 「悲しい経験」 と解釈する。 なので、感情を感情のママNLPでは扱いません。 感情は認識論的に扱えるようにします。 口角が何度上がったのかだったら定量化できるけど、嬉しそうという表現は定量化できません。 脳科学者の茂木さんはこれをクオリアと言っています。 クオリアはクオリアのママ扱うことはできません。 認識論ではVAKに置き換えます。 「悲しい」といった場合、 「その悲しさは体のどの部分にありますか?」 「それはどのような形をしていますか?」 という風に形に変える。 変えた後はそれを扱うので、「悲しい」と扱いません。 それは、もしかしたら、非情に思う方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。 「悲しい」といった形容詞の裏側にある世界は人によって変わってくるからです。 認識があわなくなってしまうので、「悲しい」という形では扱わないのです。
何か日常で、どうしようもなくなったとき、次の技を取り入れていみてください。 EMDRです。 日本語に訳すと眼球動作における脱感作と再処理。 これはやり方は簡単で、左右水平方向に目をキョロキョロキョロキョロじろじろじろじろ動かすだけです。 時間は3分間から5分間。 なんの為にするのかというと、ステートマネジメントの方法です。 代替医療であるホメオパシーにもレスキューレメディーと言われるレメディーがあります。 レメディーとは、正確には違うのですが処方箋みたいなものです。 とにかく、やばいというときに飲む。 EMDRも、レスキュー的に使ってみてください。 EMDRはトラウマ、PTSD解消に持ち込まれる技の一つですが、 これをやることにより心を落ち着かせることができます。 非情に強い衝動を感じて、どちらかというと自分にとって効果的でないなと思うとき、 それは激怒するとか、イライラとかものすごく自己を否定する出来事があったりしたときに、 その直後にできるだけ早く、そのことを思い出しながら、目をぎょろぎょろ動かしてみてください。 トラウマの研究でわかっていることがあります。 それは、トラウマが人を苦しめているのは原体験ではなく、追体験なのです。 原体験というのは、2011年3月11日に大震災があった被災者がいるとして、その日実際に体験したものが原体験です。 追体験とは、フラッシュバックを起こすその瞬間で合ったりします。 当たり前のことですが、原体験がこの人を苦しめているのではなく、追体験が苦しめているのです。 追体験をするたびにその記憶は強くなっていきます。 逆説的に言うと思い出補正と行ったりします。 すごくキレイな人に出会って、その人に一目惚れして、翌日考え、また翌日も考えると、実際の人よりもどんどんキレイになるのです。 そのような感じで、追体験を繰り返すと恐怖が増していきます。 なので、必死に思い出しながら、水平方向に目をぎょろぎょろ動かしてみてください。
恐怖症っていうのはある刺激Xに対する恐怖状態の反応Yが自動的に整列するアンカリングのプロセスなのです。
だから、Xに対して必ずYというある種の天才性だと我々はみます。
それはイチローがどこのスタジアムのバッターボックスにたってもある一定数以上のヒットをうつのと同じです。
なので、天才性なのです。
閉所恐怖症も、狭いところにいると、必ず息苦しくなる。
これも狭いところという刺激に対して内部で整列される情報が100%起こるのは天才性なのです。
恐怖症を持っている方は、特定の内部刺激に対して、特定の内部整列される情報というもののセンスが高いので、これを上手に使えば、ビジネスで成果を作る、であったり、
そういうことも容易かったりします。
なので、恐怖症の人はセンスがあります。
淡々と何か目標のことを考えればワクワクするという状態を作り上げることができる人なので、上手に我々は利用するのです。
まず、ど頭から、よくないことと見てないです。
恐怖症があればあるほど、才能豊かな人としてみます。
そうじゃないですか?
刺激に対して、必ずこう反応するというパターンを作り出すことができるのですから。
プロコミュニケーションモデルでは、意識というものに突っ込んでいきます。
我々は五感で、世界を見て、聞いて、感じて、臭って、味わうわけです。
一応この五感はアリストテレスが言い出しました。
その後間違ったのです。
それは何かというと、情報処理は全部心臓で行われるとアリストテレスは解釈しました。
心臓には動きもあるし、わかりやすかったのでしょう。
毛細血管の中に情報が入ってそして、静脈を通じて心臓に返っきて、心臓で解釈されるというのがわかりやすかったのです。
例えば、硬いとか冷たいとかの触覚。
いい匂い、悪い匂い、いい味、悪い味、全部含めてその解釈は全部心臓で行われるというふうに言われていました。
それが、1900年代までおおよそ2000年位続いたのです。
臨床心理士の人を捕まえて、どんな勉強をしているのか聞いたことがあります。
彼ら、彼女らが勉強している内容は、カウンターカルチャー以前のギリギリ認知行動療法と言われるくらいまでのいわゆる、アリストテレスが作った心臓で情報処理がなされる、心の理の学問をやっているのです。
アリストテレスの学問をしっかり受け継いで、のちの主流になったのが、フロイトです。
もともと、彼はなぜ女性はヒステリーを起こすのかという研究からスタートしました。
心臓で物事を解釈していると考えられてきた時代の心理学です。
今、もし、
「心理学ってなんだろうか?」という命題を再検討してみると、
当たり前に
「それは脳である。」
ということがわかります。
「脳がどのように機能するのか?」ということです。
脳理学でもいいし、脳機能学でもいいと思います。
とはいうものの、アリストテレスはチャンネルは5つですよということを言ったわけです。
西洋ではずっとそれが主流です。
NLPはアメリカで生まれたので一応この視覚、聴覚、体感覚、嗅覚、触覚つまり、VAKOGを使います。
OとGつまり、嗅覚と、触覚は脳でも情報処理する場所は一緒なので一緒くたに考えます。
それはもともと我々は水の中からきた生物なので、水の中では、匂いと味は区別がないのです。
なので、今のところ、五感と言いながら、外界と繋がる要素は4つであるとNLPでは主張します。
それにてNLPでは、我々の知覚体系は4Tと言います。
Tとはタップルと言って、要素という意味です。
ただ、4Tというものの、2つの状態があることがわかりました。
それは、4Teと4Tiがあると言い出したわけです。
これを聞いたときにひっくり返りそうになりました。
「見性」とやかましい臨済宗のお坊さんに、
「人間の意識って外側に向く意識と、内側に向く意識、大きく分けて2通りの全く違う意識状態があると思うのですが、それは禅の世界ではどのように論じられてるのですか?」
と聞いたら、
「理屈っぽいことを言うな。そんなことを言うから君はダメだ。」
とダメ出しをくらいました。
要するに、それを言葉で説明する言語を持たなかったからでしょう。
それ故に、「見性」を体得するのに10年~15年ほどかかるのでしょう。
口伝だ密教だと言ってもったいぶる。
外側に向く意識を奇跡のマインドと呼ぶのです。
昨日の浅田真央さんに関する一記事。
↓ ↓ ↓
フィギュアスケート世界選手権 エキシビション(2014年3月30日 さいたまスーパーアリーナ)
浅田は13年4月の世界国別対抗戦後、ソチ五輪という大目標がある今季を「集大成のシーズン」と表現。「競技生活の最後ということか?」と問われた浅田は、「今はそのつもりでやっています」と答えた。この日は、その発言に至った経緯についても初めて言及した。
「バンクーバーが終わって3年間やっても自分ができなくて、モヤモヤしているばかりで、だったらもう、ソチシーズンを最後に懸けようと思ったのがきっかけ」
ソチ五輪のフリー、今大会と納得の演技を見せ、集大成のシーズンは終わった。今季をメダルの色に例え「金メダルです」と柔らかく笑った。
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「バンクーバーが終わって3年間やっても自分ができなくて、モヤモヤしているばかりで、だったらもう、ソチシーズンを最後に懸けようと思ったのがきっかけ」
と話されているように、真央さんには“モヤモヤ”したものがあったと・・・。
みなさんが日常の中で、人間関係や仕事、恋愛、趣味、健康においてモヤモヤしたときに
どのようにしていますか?
・早く解消しようとする?
・このモヤモヤの正体をつきとめる?
そのために色々なことを考え、試してみる
・モヤモヤをそのままにしておく
・モヤモヤをなかったことのようにする
どれが正解というのでもないですが、私がお伝えしたいのは
真央さんの“モヤモヤ”があのソチ五輪の演技を生んだきっかけの
1つとなっていることは間違いありません。
もし、モヤモヤがなかったら・・・演技や技やメンタルの何かしらに
対して“あぁーでもない、こーでもない”など考えることがなかったかも
しれません。
私たちも、モヤモヤを感じた時は、何だか煩わしかったり、早く解消したく
なったりしますがモヤモヤがあることによって想ってもみなかったことや
考え方、経験が手にはいっていることがあります。
振り返ってみてどうでしょうか??
人間関係において“モヤモヤ”を感じている方
それが不安だったり、不満だったり、孤独だったり
なんとも言葉で表現しきれないものだったりするかも
しれません。
もしくは、うまくいかせたいのに、うまくいかない。
そんな方は、ぜひここに! あなたに必要なきっかけが
手にはいる機会になります!
↓ ↓ ↓
http://blog.pcsw.jp/?page_id=932
ボラ子でした♪
