自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所) -17ページ目

自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所)

結果にコミット! みずから活性化し進化する組織を実現します。

■みなさんは、

職員がのびのびと働く職場を作りたいでしょうか?

 

そうなれば、確実に離職を防ぐことができ、

退職に伴う募集採用の費用や労力を費やす必要がなくなり、

年間何千万円もの募集採用費用も節約できることでしょう。

 

この、

「のびのびとした働ける職場」

を創るためには、

昭和の時代のストイックな組織管理を

卒業しなければならないことは

改めて言うまでもないでしょう。

 

■ところで、わたしが以前勤めていた会社は、

若い社員が多く、

グループには専門学校があって、

多くの若い教職員が働くなどの影響もあって、

グループ全体が、

一見、明るくのびのびとした雰囲気でした。

 

しかし、

退職は少なくありませんでした。

 

いまもそれは変わらないようです。

 

いまでは社員1万人以上のグループ企業を

創業者は一代で築いた人でしたが、

起業時より社員のモチベーションを重視してきました。

 

創業者は、職員がのびのびと働くことを願い、

ホームラン級の新しい取組が現場から生まれることを

つねに期待しています。

 

しかし、この会社では、

ホームランが出たためしがありません。


職員はみな、驚くほど目的を考えず、

目先の手段に拘泥する傾向があるのです。

 

いわば、全員がバントして

確実に出塁することに努めているような社風なのです。

 

なぜそうなってしまうのか?

 

それは、経営者が、

のびのびと働いて欲しいと願っていながら、

職員に対しては、

「結果を出すことに絶対に責任を持て」

と意思表示してしまっているからなのです。

 

例えて言えば、

「ホームランを期待している」

にも関わらず、

選手に対しては、

「絶対に出塁しろ」

と厳命しているようなものです。

 

もしみなさんが選手だったとして、

打席に立つ時に、

「絶対出塁しろ、判っているよな」

と言われたら、

やはり、

「なんとしてもボールにバットを当てなければならない」

と集中するあまり、

手堅くバントする構えになってしまうでしょう。

 

大振りするのはリスクが大きすぎるからです。

 

たしかに、思い切り振って、空振りばかりしていたら、

絶対に出塁できませんから、

得点できないのですから、

勝てる日は来ません。

 

■とはいうものの、常日頃から

「絶対に出塁をしなければ許さん」

と言っていたら、職員は萎縮するだけで、

思い切ったプレイをする選手は存在しなくなってしまいます。

 

それでいてのびのびと活躍させたいと願っても、

それは相反することなのです。

 

では、どうすれば良いか?

 

大切なのは、

時と場合とタイミングを見て、

のびのびとやらせなければいけない、ということです。

 

たとえば、野球の例えで言えば、

  • まだ点差がない場面では、失うものがないのだから思い切って振らせれば良い。
  • 相手が疲弊している時には、甘い球が来ることもあるのだから隙あらば振ったら良い。
  • ノーアウト1・2塁なら、一打多得点のチャンスなのだから、思い切って攻めて見たら良い。
  • 追いつかれた直後で、2アウト、ランナー無しなら、ねじ伏せたら良い。

……といったことです。

 

つまり、

常日頃から、のべつ

「絶対に出塁しろ」

と言って、選手を芯から萎縮させるのではなく、

出塁狙いと長打狙いを、時と場合によって使い分ける、

ということです。

 

■組織で言えば、

  • リスクが無いこと
  • お金や時間や労力がかからないこと

……は、どんどん思い切ってやらせてしまう、ということです。

 

もし、

お金や時間や労力がかかることでも、

これまでになかった患者対応や地域貢献ができることを

職員が言い出したならば、

大いにやらせたら良いでしょう。

 

ある程度のお金や時間や労力がかかっても、

そんなことをボトム・アップでやる例は少ないので、

やらせてみた方が良いのです。

 

そうした、

経営者の

「思い切ってやってみろ」

という承認と、

職員ののびのびとした言動があって、

初めて、職場でもホームラン級の働き方が

生まれるのではないでしょうか。

 

■そもそも、医療業界も、これからの時代は、

「前例があることならやる」

から、

「前例がないからやる」

文化にならなければなりません。

 

病院同士でも、生き残りをかけて

競争しなければならないのですから、

 

その競争相手や過去に倣っていては、

絶対に生き残ることができません。

 

というのも、

医療業界は行政方針のもとで市場規模が縮小しており、

患者一人当たり医療費単価も下げられているのですから。

 

商業ビジネスにおいても、

顧客数が減少し、客単価も減少していたら、

回復への出口がないと言われるところです。

 

そんな中で勝ち残らなければならない時代に

なっているのですから、

これまでと同じことをしているところは

間違いなく追い詰められてゆくことになります。

 

■その環境の中で生き残るためには、

職員一人ひとりが

「自分ならば何ができるか?」

を常に考え行動する全員参加の総力経営へと、

一日も早く舵を切ることが必要でしょう。

 

そのためには、職員を

「萎縮させないこと」

が必要条件です。

 

野球に例えて言えば、選手に

「絶対に出塁しなければ許さん」

と日頃から言うのではなく、

その反対に、常に、

「思い切って行ってこい!」

と、基本的にチャレンジングなモードへと

マインドを促しておくことが必要です。

 

普段から、

「いざと言う時には、見ていろ!

これまでにないホームランを打って見せてやる!」

と、チャンスさえあれば大活躍する気持ちがあってこそ、

いざと言う時にも長打を打つことができるからです。

 

もし、その反対に、普段から

「失敗は許されない」

というモードになっていたら、

突然、いざという場面が来ても、

長打など打てないのです。

 

■みなさんの組織においては、

職員の方々は、

「チャンスさえあれば大活躍する」

気持ちになっているでしょうか?

 

でなければ、

全員参加の総力経営など、実現することはありません。

 

また、

職員が失敗を恐れるほど、

その組織は、

チャレンジングな取り組みが生まれず、

滅びてしまいます。

 

反対に、

職員が失敗を恐れない方が、

その組織は、

チャレンジングな取り組みが生まれ、

生き残ることができます。

 

■皮肉なことに、

「なんとしても勝ち残る組織にしたい」

ならば、

「手堅さを優先する職員」

を育ててはなりません。

 

「のびのびとチャレンジしたいと思う職員」

を創ることが必要なのです。

 

医療業界は、いまや

「安全第一がもっとも危険な時代」

なのです。

 

まずは、みなさん自身が

「前例があることならやる」

でしょうか?

 

それとも、

「前例がないからやる」

でしょうか?

■人事評価は、改めて言うまでもなく、

職員を元気にするための制度という認識で間違い無いでしょう。

 

お金と働きについての最も重要な意味づけを、

組織が職員に対して示すのが、

人事評価制度という約束事だからです。

 

したがって、

人事評価制度が適正に整えられ、適正に運用されていれば、

職員は元気になっているハズです。

 

ハズですが、

「うち、そうなっていない」

現場が多いのではないでしょうか?

 

人事評価制度が形骸化しているということです。

 

せっかくの人事評価制度がある病院も、

まだこれから整備する病院も、

人事評価制度に命を吹き込み、

職員を元気にするという目的をぜひ実現されることを

お勧めします。

 

■さて、質問です。

 

まず、「総合評価パターン」です。

 

もしみなさんの職場で、人事評価制度があり、

「総合的に見て」

という一項目だけで、

「5段階評価」

によって査定されるとしたら、どうでしょうか?

 

そして、直属の上司が、

上司自身の感覚で、責任を持って評価をつける、

としたら。

 

つまり、

「なにがどうということはなく、とにかく総合評価3です」

と上司から言い渡されるだけだったら。

 

きっと、

「それは、あなたがそう感じただけでしょう!

こんなに根拠不明な評価では納得できない」

と感じるのではないでしょうか?

 

■では、もう一つ質問です。

 

次は「細分評価パターン」です。

 

同じく人事評価制度があり、

「協調性」

「計画性」

「自発的」

「指導力」

「創造的」

「責任感」

など、何十もの項目について、

 

「高度に実践できている…50点」

「相当に実践できている…40点」

「充分に実践できている…30点」

「おおむね実践できている…20点」

「やや実践できていない…10点」

とし、26点や43点といった細かく刻んだ点数で

査定されるとしたら、どうでしょうか?

 

そして、直属の上司が、

上司自身の感覚で、責任を持って評価をつける、

としたら、納得できるでしょうか?

 

つまり、

「計画性は、とにかく32です」

「創造的は、そにかく27です」

と上司から言い渡される評価だったら。

 

やはり、

「それは、あなたがそう感じただけでしょう!

こんなに根拠不明な評価では納得できない」

と感じるのではないでしょうか?

 

■結局、

総合評価パターンも、細分評価パターンも、

本質的には変わりません。

 

細分したところで、

最も重要なところは、上司の主観で決められてしまうので、

「あなたがそう感じただけでしょう!納得できない」

となるのですから。

 

しかし、ほとんど組織において、

この細分評価パターンを、

大真面目にやっているのが実情でしょう。

 

項目や点数を細分化しただけで、

結局は、上司の感覚で評価されてしまう点で、

総合評価パターンと何ら変わるところが無いのですが、

 

細分化した分、手間と時間を使って

一生懸命、感覚評価をやっている、というわけです。

 

しかし、所詮、

「上司の感覚」

ですから、部下の納得感が向上することはありません。

 

それでも大真面目にやっていることに対して、

みなさんも違和感を抱かれていたことでしょう。

 

その違和感は、正しい感覚です。

 

■では、どうなれば、

細分評価が意味のあるものになるのでしょうか?

 

それは、

「何をもって、『高度だった』と認めるのか?」

といった基準を明確にすることです。

 

これは、裁判の世界では当り前に行なわれていることで、

「判例評価パターン」

とでも名付けることができるでしょう。

 

たとえば、物事を推進した場合、

その「指導力」を評価するにあたっては、

巻き込んだ対象によって、

  • 部署の仲間何人かで進めた
  • 自分の部署全体で進めた
  • いくつかの部署を巻き込んだ
  • 大半の部署を巻き込んだ
  • 全病院を巻き込んだ
  • 他の法人を巻き込んだ

……というように、

その広さを基準にすることもできるでしょう。

 

また、たとえば、

その「計画性」を評価するにあたっては、

進め方における時間や手間によって、

  • 仲間に何度か説明をした
  • 部署内で何度も勉強会をした
  • 委員会の協力を得て職員アンケートを行なって関心を喚起した
  • 何ヶ月も前から準備をして院外への見学会を催した
  • 院長先生から大義名分をとりつけて事前に院内イベントを催してみんなを啓発した
  • 院長先生と外部の学者を引き合わせて病院全体の課題として位置付けてもらった
  • 社会運動に病院として加わるよう上層部の了解を取り付けた

……というように、

その段取りの緻密さやダイナミックさを基準にすることもできるでしょう。

 

このように具体的な言動について、

言語化し、

評価材料として情報共有することで、

判例を蓄積することができれば、

客観的に評価することが可能となります。

 

この判例評価パターンの

メリットの2つ目は、

もし、期中に人事異動によって上司が替わっても、

客観的な事実情報を記録として残しておけば、

蓄積された判例と照らし合わせて、

新しい上司も、

客観的で公正な評価をすることが可能となります。

 

その評価を他の管理職が見られれば、

上司が恣意的な評価をすることができないので、

「誰が見ても妥当な評価」

つまり

「公正な客観評価」

を実現することができるのです。

 

判例評価パターンの

メリットの3つ目は、

「このように取り組んだ」

というプロセスをも言語化し、

評価材料とすることができるということです。

 

要するに、

売上が上がったり、コストを減らすなどの

良い結果に結びつかなかったことであっても、

「どんなに素晴らしいチャレンジをしたか」

「来期以降に結果が出そうな長期的な取り組みに努めたか」

などのプロセスを、

きめ細かく評価してあげられるということです。

 

これによって、

大胆なチャレンジや、長期的な改革などにも、

職員は、労を惜しまず挑戦する勇気を持つことができます。

 

評価が下がることが怖くて萎縮してしまい、

職員が目先の利益を追いかけてしまうため

抜本的な改善や飛躍が生まれない

……といった評価制度の弊害を解消することができます。

 

また、その様子を見て、

他の職員も、のびのびとチャレンジできるようになるので、

活発な組織を実現することが可能になります。

 

■もし、このようにプロセスを語ることもできず、

頑張りぶりを説明しても聞いてもらえないなら、

対話がないので、

結局は、

総合評価パターンや細分評価パターンと変わるところがなく、

上司の主観による評価に甘んじることになってしまいます。

 

「高度か、相当か、充分か」

が、上司の感覚に任されているなら、

それは総合評価と同じなのですから、

 

部下職員が、上司の評価に対して、

「あなたがそう感じただけでしょう!納得できない」

と感じるのは、

「評価」

とは名ばかりで、形骸化しているからです。

 

「形骸化」

とは読んで字のごとく、

魂がなく、亡骸だけになっているという意味です。

 

その人事評価に、魂を吹き込みましょう。

 

「上司の感覚」

ではない。

 

誰が見ても同じ判断になるように

客観評価できるようにすること、

それが、

「人事評価に命を吹きこむ」

ということであり、

 

「頑張ってきたプロセスや、その想いも受け止めてくれる、

血の通った人事評価を実現する」

ということです。

 

■なお、判例を蓄積するためには、

「こんなことがあった」

という大小のあらゆる事例が、

日々、現場から挙がってくる仕組みがなければなりません。

 

月一回の会議で出し合うなどの方法では、

一ヶ月分の細かな言動の事例を挙げなければならず、

不可能です。

 

では、どうすればよいか?

 

毎日の定常的な対話によって、

日々の情報を出し合うことが現実的であり、必要です。

 

そこで、患者サービス研究所では、

1日5分のコミュニケーション・モデル

「HIT-Bit」

を提唱しています。

 

HIT-Bitの具体的な方法については、

また別の機会に掲載します。

 

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■さまざまな施策や研修を、

研修会社やコンサルタントが売り込んできますが、

それをあれこれやっても意味がありません。

 

テレビのバラエティ番組で

「健康に良い」

と言われて、

今週は、納豆を食べ、

来週は、ブロッコリーを食べ、

その翌週は、ヨーグルトを食べ、

あれこれ試してみても、

健康が増進することはないのと同じです。

 

そもそも、

「どうなりたいのか?」

が明確で、

それに向かうために必要なことを、

必要な順序とタイミングで進めなければ、

効果が上がることはないのです。

 

これが組織づくりの場合、

研修と研修とが相互に連関していなければ、

一時的なイベントに過ぎません。

 

職員から見れば

「場当り的」

としか感じられず、

組織として

「本気なのだ」

ということが伝手こないので、

教わった内容を本気で身につけたり実践しようと

思うこともありません。

 

にも関わらず、ほとんどの病院で見受けられるのが

たとえば、

「新入職員研修と管理職研修が連動していないケース」

です。

 

新入職員に、

「こんな風に頑張って欲しい」

と伝えているのに、

そのことを

管理職研修の中で管理職に伝えていないので、

 

新入職員が教わったことに応えようと

一生懸命頑張るのに、

管理職は

「なぜ、入って間がないのにそんなことを言うのだ?」

「うちの部署ではそんなことはしなくてよい!」

と芽を摘んでしまう、ということが

あちこちの現場で生じています。

 

せっかく役に立ちたいと思って現場に赴いた新入職員が、

頭ごなしに出鼻をくじかれ、

あっという間にやる気をなくしてしまう、

……ということが珍しくなく、

悲しい限りです。

 

それもこれも、

研修と研修が連関していないからに他なりません。

 

これが、反対に、新入職員が頑張った時に、

管理職が

「よく言ってくれた!」

「そんなことまでやろうとしてくれるのか!」

と大いに歓迎して、感謝や経緯を示してあげれば、

新入職員のモチベーションがどんなに上がるでしょうか?

 

こうしてみると、

研修と研修を連関させることが、

組織づくりの初歩の初歩であることが判るでしょう。

 

■そのためにも、

現場で企画する研修や施策が、

すべて一定方向に向かっていなければなりません。

 

つまり、

「こんな組織を実現するのだ」

というグランドビジョンを明確にすることが、

何よりも重要だということなのです。

 

そのグランドビジョンの実現のために、

必要な施策や研修だけをすることが、

組織にとっても職員にとっても、

最も無駄がなく、

最も力を発揮することができる大前提だと言えるでしょう。

 

そのため、

施策や研修を持ち込んでくる研修会社やコンサルタントの中で、

「どの会社・コンサルタントが信用に値するか?」

は、

「グランドビジョンを明確にするよう助言するかどうか?」

でわかります。

 

グランドビジョンを確認しないコンサルタントは、

「研修や施策によってどんな病院を実現したいのか?」

には、関心がなく、

「研修を売りたいだけ」

だということです。

 

■みなさんの近くに、カウンセラーやコーチング・コーチが

いますでしょうか?

 

そのカウンセラーやコーチが一流か三流以下かが、

はっきりとわかる時があります。

 

三流以下のカウンセラーやコーチは、

クライアントが

「この悩みを解決したいんです」

と言った場合に、

「そうですか、では何とかしましょう」

その悩みを解決するための具体策を探そうとします。

 

一方、

一流のカウンセラーやコーチは、

「なぜ、それが我慢できないくらい苦しいのですか?」

「なぜ、それを実現したいのですか?」

と投げかけます。

 

わたしたちもそうですが、

大事な価値観ほど、自分の心の奥深くに埋めてしまい、

潜在化させてしまっているものです。

 

そのため、顕在意識が

「こうしたい」

という欲求は、たいてい表層的な、

思考によって行儀よくデコレーションされた

要望でしかないことがほとんどなのです。

 

なので、

本気で変わろうとするときには、

それ相応の時間や労力や精神力を費やすことになるだけに、

まず最初に、

その要望の奥底に潜在している

大事な価値観を発掘することが、

どうしても必要となるのです。

 

変わりたいという要望の奥底にある自分の本心を発掘することを

「自己発掘」

「セルフ・マイニング」

ということができるでしょう。

 

これは組織も同じことなので、

くわしく述べておきました。

 

■つまり、組織改革をする場合にも、

「本当はどんな組織にしたいと思っているのか?」

を自己発掘してもらわなければなりません。

 

病院組織の場合には、

生命に関わる仕事に携わる数多くの専門職員を巻き込む以上、

ちょっとやそっとの動機で改革をすることはありませんから、

 

「本当はどんな組織にしたいと思っているのか?」

という柔らかい動機ではなく、

「本当は、何としてもこんな組織にしなければならない」
という鋭利な動機であることが多いはずです。
 
その本当の動機を明確にした上でなければ、
一つ一つの施策や研修を組み立てて、

最も効果的なプログラムを構成することはできないでしょう。

 

その本当の動機、揺るがない動機が核心となり、

骨格を備えた姿が、グランドビジョンです。

 

■したがって、

本当に意味のある研修や施策を行なうために

真剣に向き合っている研修会社やコンサルタントほど、

依頼や相談を受けた時に、

「承りました」

とは言いません。

 

一流のコンサルタントならば、

「なぜ、その施策や研修をしたいのですか?」

「この依頼・相談をされた背景には、

どんな病院組織を実現したいという考えがあるのですか?」

と訊くはずです。

 

そして、それが明確でない場合には、

奥底にある欲求を引き出し、

それを核心としたグランドビジョンを

一緒に明確化してゆくことになります。

 

クライアントの揺るがない動機や

それを核心としたグランドビジョンを明確にすることなく、

個々の研修や施策を効果的なものにすることは

できないからです。

 

■「要望はお聞きしました。

ついては、本当はどんな組織を実現したいのですか?」

と、

組織の自己発掘を促してくれて、

グランドビジョンを明確化してくれるコンサルタントを

選んでください。

 

病院の費用や、職員の時間や労力を費やすならば、

「絶対に意味のあるものにする」

ことに真剣なコンサルタントを選ぶことをお勧めします。

 

■厚生労働省が

医療勤務環境改善支援を進めてきており、

各都道府県のもとに、

医療勤務環境改善支援センターが設置されています。

 

医療機関の勤務環境をより良いものにし、

職員の健全で継続的な勤務を確保しようとするものです。

 

医療従事者が活躍できることや

医療機関の健全に維持・継続できることは、

社会にとっても大きな課題だからです。

 

その一方で、

いまだに、人事評価を行なっていない医療機関が

少なくないのも事実です。

 

確かに、歴史的に、

「専門職である医療従事者を評価するべきではない」

と論じられてきたこともあるでしょう。

 

評価されても、評価されなくても、

最善を尽くしている、というプライドかもしれません。

 

■しかし、

わたし自身が、

コンサルティングや

医療勤務環境改善支援のために

多くの医療機関に接してみて感じるのは、

 

やはり

「頑張っている職員が報われなければ、

結局は、

職員のモチベーションも上がらず、

患者さんへの幅広く行き届いた対応もできず、

組織の生産性も上がらない」

ということです。

 

これは、資格職であろうとなかろうと

変わらないのではないでしょうか?

 

頑張っている職員ほど、

それが報われなければ、

虚しくなってしまい、やがて辞めてしまいます。

 

みなさんも、

自分がどんなに強い信念を持って

自分の信じるように行動していても、

それが適正に理解されないために、疲労ばかりが蓄積し、

「もっと、自分を活かせる現場に移ろう」

と考えたご経験もあるのではないでしょうか。

 

その一方、

頑張らない人だけが残ることになります。

 

公正な評価がないので、

居心地が良いのですから、必然的にそうなります。

 

結果、

頑張る人はいなくなり、

頑張らない人だけが残っている、

…という結果になっています。

 

それでも欠員が生じるので、

募集・採用をしては、

新たに入った職員が、

頑張らない職員が幅を利かせている風土に馴染めず、

また辞めてしまい。

 

退職→採用→退職→採用→

……という悪循環を繰り返し、

毎年、募集採用日に何千万円も費やしている病院も

少なくありません。

 

これまで、人材派遣会社・人材紹介業者に、

いったい何億円を支払ってきたでしょうか?

 

これでは、

「424の病院が、再編を検討するように」

厚生労働省からリストを公表されてしまうことにも

一概に、反対できません。

 

■そうした無駄な出費を避け、

「頑張っている職員が報われる職場」

をつくるならば、

人事評価制度を整備して、

「良いことは良い、変えるべきことは変える」

組織づくりが、

組織活性化・健全化の初歩の初歩であることが

おわかりでしょう。

 

「専門職だから」

といって躊躇している場合ではないことが

明らかなのではないでしょうか。

 

とはいえ、

「人事評価制度を整える」

というと、必ず反発の声が上がります。

 

従業員は、人事制度を変えることについて、

ほぼ必ずと言っていいほど、

前向きに捉えることはありません。

 

サラリーマン時代のわたしも軽率で、

とりあえず反発を感じたものです。

 

しかし、本気で抵抗するのは、

頑張っていない人たちです。

 

頑張っていないことが

上層部・管理職に掌握されてしまうからです。

 

そして、頑張っている人たちは、喜びます。

 

組織が、

「良いことは良い、変えるべきことは変える」

と明言してくれるようになるからです。

 

さて、みなさんが守ってやりたいのは、どちらでしょうか?

 

「公正にみて欲しい」

という職員でしょうか?

それとも、

「このままで良い」

という職員でしょうか?

 

■そうはいっても、

「そんな抵抗がある中で、

人事評価制度を導入することにはためらってしまう」

という経営者・管理職の方々もいるでしょうか?

 

では、そこで1つ、お勧めの方法があります。

 

そもそも、

人事評価制度がない今でも、

職員は多かれ少なかれ不満を抱いているものです。

 

なので、

その声を鮮明化することです。

 

たとえば、

「現在の、配属・昇格、賞与などの待遇について満足ですか?」

と問いかけることです。

 

もちろん

「充分」

「申し分なし!」

という職員はいません。

 

そこで、

「多くの職員の声」

を背景に、

「みんなが納得でき、やりがいと誇りを感じることができる

人事体制を整える」

という建前のもとで、

人事評価制度の整備に進んでゆくようにしましょう。

 

「みんなが納得して働ける職場づくり」

という大義の後ろ盾があることが、とても重要です。

 

■ただし、昨今はやっている

人事評価システムは、

単なるアプリケーション・ソフトでしかないので、

安易に導入することは歓迎しません。

 

重要なのは、アナログであれアプリケーションであれ、

職員が納得して頑張れるようになるかどうか?

です。

 

したがって、導入のプロセスや、

「評価の判断を誰がどのようにするのか?」

つまり、そのアプリケーションに

適正な数値を入力できるのか?

こそが重要なのです。

 

それができなければ、

高い費用を支払ってシステムを購入しても

まったく職員の納得感が得られません。

 

納得できない評価をされることは、

職員の目には

「監視されている」

としか映りませんので、ご注意ください。

 

■なお、人事評価においては、

「結局、主観評価になり、

公正な評価はできないのではないか?」

という懸念がつきものです。

 

しかし、

「結局、人が評価するのだから、主観評価しかできない」

という考え自体が間違いです。

 

「どれだけモチベーションが高いか?」

「どれだけコミュニケーションが活発か?」

「すぐれたリーダーシップを発揮しているか?」

「ホスピタリティをつねに向上しているか?」

「風通しの良い職場を創れているか?」

などの、

マインドや目に見えないことなどの

情意面について、

客観的に定量評価することは可能です。

 

情意面を定量評価するための最もシンプルな方法

「HIT-Bit」

については、また別の機会に掲載します。

 

■いわゆる接遇マナー研修を受けたことがあるでしょうか?

 

言葉遣いは大切なので、

たとえば、

ラ抜き言葉や敬語についても、

研修では大抵教えられていますが、

なかなか身につくことはないことは、みなさんも

ご存知のことでしょう。

 

語学の勉強も同じで、

学んだだけでは、使いこなせるようにはなりません。

 

この「表現力」という能力は、

日々の実践の中でしか習得できないものなのでしょう。

 

■ところが、昨今、

人々の表現力は、ますます落ちていることも

痛感されているでしょう。

 

職場においては、部下職員の行動について聞いても、

「なぜそうしたのか」

を言えない、ということも珍しくありません。

 

事実を話すこともできないくらいなので、

まして、

自分の微妙な気持ちを表現することもできない人が

たくさんいます。

 

以前は、

「話せばわかる」

と言われていましたが、

これからは、話してもわからない時代になってきました。

 

これは組織運営上もとても困った時代ですが、

そもそも、

表現できない人は、その本人たちが不幸になるのです。

 

なぜなら、人間は、

わかって欲しい生き物だからです。

 

もし、自分の子どもに、

「多くの人にわかってもらえる人間になって欲しい」

と願うなら、

幼い頃から多くの書物に親しみ、

機微な心情を伝えることができる表現力を身につけさせることを

お勧めします。

 

人の気持ちのわかる人間にもなってもらいたいものですが、

それはその後のことです。

 

まず自分の心を言語化できなければ、

他人の心を理解することも難しいからです。

 

■ところで、組織経営者にとっても、

これまで以上に

職員の表現力が必要な時代になりました。

 

▶︎まず、昭和の製造立国だった時代には、

夕方に積み上がったモノや、お金の集計を見れば、

仕事の成果がすぐにわかりました。

 

しかし、こんにちのように複雑・多様化し、

変化の激しい時代には、

職員一人ひとりからの情報が必要です。

 

職員が状況を理解し、判断し、説明をしてくれなければ、

上層部に必要な情報が上がってきません。

 

「患者さん、大丈夫でした」

という説明だけでは、

本当に納得して帰ってゆかれたのか、

時間がないから引き上げただけなのかも、わかりません。

 

その温度を感知し、伝えてくれる能力が、

職員に求められる時代なのです。

 

▶︎また、職員が自分をきちんと組織から評価されたいのは、

今も昔も変わりありません。

 

しかし、そのためには、

職員が自分から仕事ぶりや思いを表現できる力が必要です。

 

職員が自分の心や立場を守るためにも、

表現できなければなりません。

 

人間は、言語化できない概念は、理解できません。

 

自分の感情も、患者さんの感情も、

言語化できなければ、

心に寄り添うと言うこともできないのです。

 

▶︎組織の上層部・管理職にも表現力が必要です。

 

これまでは、

「なんでわからないんだ!」

と上司が部下に無茶を言う光景も、ごく当り前でした。

 

いまでは、そんな理不尽なことを言えば

パワー・ハラスメントになってしまいます。

 

▶︎部下を納得させてやれないならば、

辞めてしまうだけで済むかもしれませんが、

 

今の時代は、世間も黙ってはいません。

 

個人が容易に社会に発信できる時代になったので、

うかつな対応をすれば、

社会から想像を超えた非難を受けることにもなりかねません。

 

それなりの根拠があって寄せられる不満に対しては、

「門前払いをすれば済む」

という時代ではなくなりなったのです。

 

にも関わらず、いまだに

「取り合わない」

で押し切ろうとする古い感覚の人種がたくさんいます。

 

このところの総理大臣や財務大臣が

「再調査をしない」

と言い張ったり、

諮問機関からの都合の悪い答申は

「受け取らない」

と言ったり、

「責任は私にある」

と言いながら、一切まともに対応しないなどの態度は、

 

「門前払いで済む」

という昭和の時代の感覚を丸出しにしていると

いうよりほかありません。

 

門前払いで乗り切ろうとする雑な態度が

自治体や大手企業などよく見られるのは、

これまで、それでやってこれた体験によって、

その感覚が染み付いているからでしょう。

 

しかし、

昨今は、そうもいかなくなってきましたから、

組織の経営陣・管理職も、

理解を得られるように釈明できる表現力を

身につけなければならない時代になったことを

自覚した方が良いでしょう。

 

大のおとなが、自分が退職するときに、

安易に退職代行業者を使っていては、

ますます表現力が損なわれる一方です。

 

■さて、本題です。

 

表現力は、

日々の実践の中でしか習得できません。

 

とはいうものの、

経営陣・管理職が、

「最近の人間は」

と嘆いているだけで、なるように任せていては、

組織は成長できないばかりか、

職員が病んだり辞めたりして、

組織の生産性も落ちる一方となってしまいます。

 

ということは、

意図的・作為的に

コミュニケーションの機会を設けなければならない、

ということです。

 

昨今の働き方改革のあおりで、

必要以上のコミュニケーションはしない、という

流れになってきていますから、

経営陣のトップ・ダウンで、

コミュニケーションを設けなければならないことになります。

 

そのための

1日5分だけのコミュニケーション・モデルが

患者サービス研究所の提唱する

「HIT-Bit」

です。

 

職員のコミュニケーション能力を高めて

柔軟で強い組織を創るためには、

日々の表現を実践する場を設けることが不可欠でしょう。

 

日常のコミュニケーション・モデル

「HIT-Bit」

の具体的な内容については、

また別の機会にご紹介します。

 

■研修会社に相談すると、

それはそれは、大きなつづらを背負って、

さまざまな研修プログラムを持ってくるでしょう。


「どれかを買ってもらいたい」

と考えるからです。

 

すなわち、

「若手職員研修」

「3年目フォロー研修」

「主任職研修」

「管理職研修」

「中堅職研修」

などなどと、必要以上のセグメントをしていますが、

品揃えを豊富にしているに過ぎません。

 

また、

リーダーシップ研修では、

自己分析をして、

自分がどんなタイプのリーダーになるか?

を決めさせる研修があります。

 

しかし、

リーダーのスタイルはそんなに簡単なものではないでしょう。

 

さらに、

部下を4〜6のタイプに分けたうえで、

タイプごとに適したコミュニケーションの方法を学ぶという

研修もあります。

 

いわば、

「部下の取扱説明書」

研修です。

 

と書いてみて、わたし自身も、つい

「面白そう!」

と思ってしまいますが、

意味のない研修であることは明らかでしょう。

 

というのも、

「〜〜の取扱説明書」

という本を買ってみても、

面白がって読んではみるものの、

それ以来、付き合い方が上手になるということには

まず、ならないことは、

すでにみなさんもご存知の通りでしょう。

 

このように、

研修会社は、

「どうやったら売れるか?」

を考えて、いろいろと工夫するのです。

 

「どうやったら、現場が良くなるか」

に関心がある研修会社は、あまり見かけません。

 

ともあれ、最も重要なのは、

「面白いか?」

ではなく、

「現場実務に役立つか?」

であることは言うまでもないでしょう。

 

■そこで、考えてみると、

そもそも、

「部下のタイプを見極めろ」

と言う発想自体に、問題があるのではないでしょうか?

 

なぜなら、

もし苦労してコミュニケーション方法を習得したとしても、

上司自身か部下のどちらかが異動したら

もう役に立たなくなってしまうからです。

 

また、部下にとっても、同じことが言えます。

 

上司の個人的なこだわりに付き合わせてしまうのは、

ロスが多いのです。

 

部下の方も、内心、

「あなたが気になるだけでしょ?」

と思いながら、振り回されてくれているとすれば、

気の毒な話です。

 

■というわけで、

職員の個性にとらわれるなど、

微視的になっていてはなりません。

 

反対に、巨視的な観点が必要です。

 

すなわち、

上司が部下の個性に振り回されず、

部下も上司の恣意に付き合わされず、

生産性の高い組織を築くためには、

やはり

「大義」

を大切にすることではないか?ということです。

 

上司や部下のパーソナルな価値観ではなく、

「組織にとって、どうしても必要なことに集中しよう!」

という号令です。

 

こうした大義のもとでは、

真面目な部下は、本気で着いてきてくれるはずです。

 

真面目じゃない部下は、居場所がなくなるだけです。

 

しかし、それは致し方ないでしょう。

 

組織にとってどうしても必要なことに賛同してくれない職員は、

他の職員に負担を及ぼしてしまうことにもなるので、

いつまでも一緒に働くことはできません。

 

その代わり、

どうしても必要なことにコミットして

力を発揮してくれる職員には、

組織も、

きちんと報いて上げることができるでしょう。

 

みなさんの現場における大義は、

どんなものでしょうか?

 

「なんとしても、これを進めなければならない」

という絶対不可避な課題・・・・

 

それは、

地域医療計画の中で、

自分の病院単体として生き残ることでしょうか?

 

あるいは、

近隣の公的病院・民間病院との統廃合を経て

生き残ることでしょうか?

 

採用広告費を使い続けて、

穴の開いたバケツに水を貯めようとするような病院を

卒業することでしょうか?

 

今後の施設基準をどのように定めてゆくか、をベースに

現在の建物をどのようにするか、

正しい判断のもとに、

柔軟に変容できる組織になることでしょうか?

 

■医療現場の職員の方々に、

「できたら、こうしようよ」

はありません。

 

多忙を極める現場では、

「どうしても必要なことならやるが、

どちらでも良いことならやる余裕などない」

というのが、

ほとんどの職員の方々の気持ちだからです。

 

そんな現場の職員の方々も、

「そういうことなら、ひとつやろうじゃないか!」

と向き合ってくれるための

「大義」

は何でしょうか?

 

■病院界にも、

いよいよ待った無しに組織改革が必要な時機が

訪れたことを、

みなさんの多くが感じていることでしょう。

 

とりわけ、

昨年2019年の9月26日には、

再編を検討するべき424の自治体病院・公的病院の

リストが突如公表されたことは、

その状況を示していると考えられます。

 

もはや、猶予はありません。

 

どんな改革が必要か?といえば、職員一人ひとりが、

みずから気づき考え話し合い行動する、

「自律進化組織」

となること、

 

それぞれが今、病院と地域のためにできる限りのことをする

全員参加の総力経営であることは、

改めて言うまでもないでしょう。

 

■ところが、

しきりに多くの病院の上層部から聞かれるのは、

「医者も看護師も資格職だから、経営には関心を持ってくれない」

「病院が潰れても、自分たちは他にいくらでも働き口があるからだ」

「協力してくれない」

「無理を言ったら辞めてしまう」

……といった言葉です。

 

たしかに、

そういう資格職の方々もいるでしょう。

 

世の中全体が医師不足であることに便乗して、

医師が

「救急を見てくれない」

「難しい患者は受け付けない」

という例も、実際に見受けられます。

 

そのため、

職場に失望した看護師の方々が、

モチベーションを損なったり、離職したりして、

病院が

地域からの信頼を失っています。

 

このまま病院では、

当然ながら、再編の波に飲まれて

存在そのものが危ぶまれるのも当然でしょう。

 

しかし、

「医師や看護師がわがままだから仕方ない」

と、黙って再編に応じて良いのでしょうか?

 

いつまで遠慮しているのでしょうか?

 

■これからの病院は、いよいよ

「ダメなものはダメ」

「必要なものは必要」

と言い切れなければなりません。

 

さもなければ、

そんな理不尽な、報われない職場は、

他の職員から愛想をつかされてしまうことでしょう。

 

もはや

「医師は動いてくれない」

「資格職は気難しい」

といって諦めていられる時代ではないのです。

 

これ以上、緩やかににやっていて、

病院を維持・存続できる時代はもう終わっているのです。

 

病院経営の軒先に、火がついていることに

気づかなければなりません。

 

■そもそも、遠慮している方々は、
一部に非協力的な医師・看護師・職員がいることで、

全部の医師・看護師・職員が非協力的だと思い込んで

勝手に萎縮しているだけではないでしょうか?

 

▶︎第一、そのように萎縮していることが

「医師や看護師に失礼」

だということに気づかなければなりません。

 

話してみれば、

同じ問題意識を持っている医師・看護師・職員も

たくさんいるはずです。

 

医師・看護師・職員のすべてがみな、

「病院がつぶれようと、改革したくない」

と考えているわけではありません。

 

資格職にも、非資格職にも、

「変えてゆこう」

と改革に賛同的な人もいれば、そうでない人もいる、

それだけのことです。

 

▶︎また、

組織改革の手を打たなければ、

「遅かれ早かれ潰れてしまう」

ことが事実なのです。

 

この客観的事実を直視すれば、

協力してもらえようともらえまいと、

できる限りのことをした方が良いのではないでしょうか。

 

これまでV字回復を遂げてきた病院の多くも、

やはり、

危機感を共有した職員全員が

できる限りのことをしたからこそ、

立て直しに成功してきたことを見ればわかるでしょう。

 

▶︎なによりも、

「情報を出さずに悩んでいても、危機感が伝わるわけがない」

のです。

 

どんな組織であれ、相手が誰であれ、

経営陣・管理職が情報を伝えていなければ、

他の医師・看護師・職員が

危機感を抱くことはできないのです。

 

「わたしがどう思っているかではなく、

これは客観的な事実なのだ」

と、情報を開示すればよいはずです。

 

勝手に萎縮して、情報も開示していなければ、

やがて経営が傾いた時に、

「なぜ、これまで開示してこなかったのだ?」

とかえって責められるだけです。

 

組織運営においては、

耳の痛い情報であれ、

冷静に淡々と共有しておくことが大切です。

 

■もう、

医者も看護師も資格職だから、経営には関心を持ってくれない」

「病院が潰れても、自分たちは他にいくらでも働き口があるからだ」

「協力してくれない」

「無理を言ったら辞めてしまう」

といった声に対して、

「それ、もう聞き飽きた!このままじゃ潰れるよ」

と、

みなさんが

痺れを切らさなければならない時機です。

 

せめて、民間の企業が当り前にやっている経営努力を

しましょう。

 

▶︎たとえば、

人事評価制度が入っていないなどということは、

企業からすれば、考えられません。

 

もし、社長から経営を任された幹部職員が、

社員の評価制度を設けていなければ、

社長から

「職務放棄だからクビ」

とされても、文句は言えない。

 

それが世間の感覚です。

 

▶︎一刻も早く、

みなさんの病院だけでも、

公正公平な人事評価制度を導入して、

「ここは、頑張った人が報われる病院だ」

と思ってもらえる病院をつくることです。

 

そうすれば、

いまいる職員も、働き続けてくれるでしょう。

 

また、何よりも、

そうでない病院から医師も看護師も集まるはずです。

 

さらに、頑張っただけ報われるならば、

「もっと頑張ろう!」

という前向きな職員が、

ますます力を発揮してくれるはずです。

 

こうして、

全員参加の総力経営を実現した病院では

人が集まり生産性が向上する一方、

そうでない病院からは

人が去り、残る職員の生産性も下がります。

 

つまり、

これからは、急速に二極化してゆくことになります。

 

勇気を持って、組織改革に乗り出し、

生き残れる活性化した病院になるのか?

ますます苦しい病院になるのか?

 

いまなら、選択することができます。

 

■なお、現場職員の間から、

このような

「組織改革をしよう」

といった話が湧き上がることはありません。

 

なので、

経営陣が決断するか、

もしくは、毅然とした信念のある一部の幹部職員が

集まって改革に乗り出すしかありません。

 

みなさんの病院では、

生き残るために抜本的な組織改革に着手するのか?

従来の延長上で茹でガエルになるのか?

 

「いま選択してください」

 

……と、お勧めします。

 

■医療現場の経営陣・管理職の方々と話すと、

「なぜ、職員がもっと自発的に動いてくれないのか?」

という声をよく聞きます。

 

看護部長職の方からは、

「もっと看護師を元気にさせてあげたい」

という声も、よくあります。

 

そのためには、

頭ごなしに指示・命令をする組織のままでは、

変わることができません。

 

人は、自分の価値観を解放できる時、

心が明るくなり勇気と元気を持てるようになるからです。

 

反対に、自分の価値観を抑圧されていれば、

心が暗くなりやれることもやれなくなってしまうものです。

 

■そこで、患者サービス研究所は、

指示命令をされなくても、

職員がみずから気づき考え話し合い行動する

「自律進化組織」

をつくることをお勧めしています。

 

どんな教育・研修や、

組織論、リーダーシップ論を持ち込むよりも、

職員の価値観を解放するコミュニケーション・モデルが

重要だからです。

 

そのコミュニケーション・モデルとして

「HIT-Bit」

を提唱しています。

 

HIT-Bitを行なうと、

間もなく現場に会話や笑顔が増えたり、

やがて、

これまでにない問題提起や改善提案が上がるようになります。

 

まさに、

「どこまで問題提起や改善提案を引き出せるか?」

こそが、

「どれだけ職員を元気にできるか?」

なのです。

 

■ところが、

こうしたコミュニケーション・モデルについて

話していると、

病院経営陣の方々や看護部長職の方から、

以下のような質問が上がることが多々あります。

 

▶︎典型的な質問の一つは、

「言いたいように言ってもらうのはいいけれど、

すべて聞き届けてあげられるわけじゃない。

いずれ職員から

『言っても変わらないじゃないか』

と言われてしまうのではないか?」

です。

 

この記事をご覧になっているみなさんなら、

「上司のその発想が、部下職員の自律化を阻んでいる」

ということをご存知でしょう。

 

そもそも、

「言われたら聞き届けてあげなければならない」

「言われたらなんでも変えてあげなければならない」

という発想が、上司の陥りがちな間違いです。

 

もとより、つねに解決できない問題があるのが現場なのです。

 

また、問題を解決するのは、職員自身であって、

上司がなんでもやってくれるというわけではありません。

 

「言ったらやってくれるのが上司」

と、自動販売機のように思ったら大間違いだ、と

職員には明言しなければいけません。

 

その前に、経営陣・管理職自身が

「言われたらやってあげなきゃ」

という感覚を捨てましょう。

 

上司が過保護な感覚のままでは

部下が自律化することなど永遠にありません。

 

▶︎また、HIT-Bitは、1日5分の対話を習慣化する

コミュニケーション・モデルです。

 

すると、経営陣・管理職の方々が

「あの部署は難しいのではないか」

「この部署のリーダーは向いていないのではないか?」

と、心配になり、

「できない部署はどうすればよいのか?」

と質問されることがあります。

 

定常的にコミュニケーションをとらないので、

組織がバラバラになるのであり、

それを回避するために設計されたのが、

このコミュニケーション・モデルです。

 

なので、

「うちの部署で、どうしたらできるか?」

はその部署を最も知るその部署の職員が考えれば良いことです。

 

重要な課題を現場職員と共有することは重要ですが、

手段の検討にまで介入することは過保護です。

 

手段にまで上司が介入すると、

部下は責任を手放せるので、依存的になってしまうからです。

 

自律化させたいならば、

上司は、方法にまで介入してはいけないのです。

 

▶︎さらに、経営者・管理職の方々は、

1日5分のコミュニケーションのファシリテーターを

「各部署の管理職がやってくれるだろうか」

と心配することが多々あります。

 

そもそも、管理職は、

職員を活性化して部署の生産性を上げる意志のある人

でなければなりません。

 

経営陣は、

職員活性化・部署の生産性向上にコミットした人だけを

管理職に任命しなければならないのです。

 

管理職が、進化する医師のある人でなければ、

その部署は永遠に自律化しないからです。

 

にも関わらず、医療現場では、

経営陣が、

コミットメントを取らないまま管理職に任命してしまうので、

後になってから、

「部署を引っ張って行ってくれるだろうか?」

と悩まなければならなくなっている、

というケースが珍しくありません。

 

というより、大多数の組織が、

「職員活性化・部署の生産性向上がミッションだ」

ということにコミットメントをとらずに

管理職に任命しているように見受けられます。

 

そんな管理職を、

経営陣が、

「なんとかして、意識を育ててあげよう」

と考えるのも、甚だしい過保護と言わざるを得ません。

 

管理職が

「自分がこの部署を変えるのだ」

という当事者意識を持ってこそ、

「なんとかして良いファシリテーションをしたい」

と考え、

最善のパフォーマンスを生み出してくれるはずです。

 

それが最良の自律化ではないでしょうか。

 

▶︎もとより、

「1日5分のコミュニケーションといっても、

職員が発言してくれるだろうか?」

と心配する経営陣・管理職の方々も少なくありません。

  • 風通しの良い職場であること
  • 発信しなければ自分の価値観を解放できないこと
  • 人間関係は与えられるものではなく自分たちで作るもの
  • ふだん発信していなければ自分の仕事ぶりは伝わらない
  • 発信していなければ適正な評価を得られない

……など、発言する目的が理解できていれば、

職員は、みずから発言することでしょう。

 

「発言しない自分が損をするのだ」

と俯瞰させて、

「損をしないために、積極的に発言しよう」

と思えるようにすることが重要です。

 

目的を充分に共有することなく、

「どうしたら話しやすいだろうか?」

「楽しく話せるだろうか?」

と心配するのは、

気の遣いどころを間違えていると言わざるを得ません。

 

■ここまででお判りの通り、

「現場で職員が困るのではないか?」

と心配してあげることが、

過保護であることに、気づかなければなりません。

 

もともと、

現場には困ることが山ほどあり、

職員には、

「それを自分たちで乗り越えていくのが当り前」

と思ってもらうようにしなければなりません。

 

にも関わらず、一緒になって

「どうすればよいか?」

「これなら無理がないか?」

「ああすればやりやすのではないか?」

などと、介入してあげてしまうと、

現場は、

「やり方もすべて上が決めてくれる」

「必要な部品も、全部上から与えてもらえる」

と依存的になってしまうばかりです。

 

やり方がわからなければ、

自分たちで話し合って、

最良のやり方を開発したり、

部品が足りなければ、

自分たちでどこかから手に入れてくるか、

自分で手作りしてでも、

運用してゆく組織になってもらうようにしましょう。

 

そのように自律化できず、

現場職員が依存的のままであれば、

今後も予想もしない問題が降りかかってきた時に、

対処できないからです。

 

今後、予想もしない問題が降りかかっても、

現場職員がみずから気づき考え話し合い、

改善して行けるようにするためには、

何よりもまず、

経営陣・管理職が、

「過保護を卒業しなければならない」

のです。

 

いまも、日々、無意識に

過保護な組織運営をしているかもしれません。

 

なので、日々、意識的に、

過保護を卒業して、

現場職員を突き放して、

自律化を促してゆくことをお勧めします。

 

突き放すことは、

一見、厳しいように感じられて、

実は、

職員の依存体質を変え、

当事者意識を育み、

足腰の強い組織を作り、

職員の活性化、組織の生産性の向上を実現するのです。

 

ぜひ、来週からすぐ

「過保護」

を卒業してください。

 

■しばしば、研修を依頼をいただくことがあります。

 

時間や予算やタイミングなどの制約がある中でも、

「なんとか、少しでも現場を変えたい」

というご要望です。

 

一般に、研修会社は、

「研修で変わります。この研修をお勧めします」

と売り込むことでしょう。

 

それが商売ですから。

 

しかし、

「研修会社が、『この研修で組織が変わる』と勧める

研修を導入する」

ということから始まると、

絶対に、組織は変わりません。

 

なぜなら、

それはちょうど、

「予備校が、『このカリキュラムで志望校に入れる』と勧める

カリキュラムに申し込む」

という発想と同じだからです。

 

カリキュラムに申し込んだ後、

自分が頑張って勉強しなければ、

学力が上がり、

志望校に入ることはできません。

 

予備校が代わりに勉強してくれるわけではないことを

忘れてはなりません。

 

同様に、

研修会社の研修を導入した後、

組織や職員が頑張って実践しなければ、

病院が良くなることはありません。

 

研修会社が代わりに病院をよくしれくれるわけではないことを

忘れてはならないのです。

 

■そこで、患者サービス研究所では、まず

「研修で変わることはありません。

研修には限界があります」

とお伝えするところから相談が始まります。

 

この点は、みなさんも、むしろ

賛同していただけるのではないでしょうか。

 

「研修を受けさせても受けさせても、なかなか現場が変わらない」

と感じているとすれば、

それは正しいことです。

 

なので、

その点についてコミットした上で、

「そのうえで、今回は、その制約の中で、

変わることにつながるよう、できる限りのことをしましょう」

とお引き受けしています。

 

■研修では、組織は変わらない。

 

とすれば、どうすれば良いのでしょうか?

 

「研修で変われる組織になりましょう!」

という研修をするのでしょうか?

 

昭和の時代にはそんな研修が世間中に広がっていましたが、

もう卒業することをお勧めします。


■そもそも、

なぜ、

研修を受けただけでは変わらないのでしょうか?

 

なぜ、

学んだだけで、身につかないのでしょうか?

 

それは、端的に言って、

「必要に迫れていないから」

です。

 

たとえば、わが国では、

小学生に始まり大学生になるまで、

英語の授業を受けていますが、

会話力は一向に身につきません。

 

というのも、

忠実で従順な国民をつくるために、

大学受験をはじめとして詰め込み教育が行なわれてきた結果、

勉強は、IN-Putでしかありませんでした。

 

しかし、語学は、

OUT-Putによって始めて身につくものです。

 

しかも、

「いま目の前の人に自分の考えを伝えたい」

という内発的な必要性に駆られた時、

頭脳がフル回転して、徐々に話すことができるようになるのです。

 

なので、

10年以上学校で教わって

山ほどの英文を読んでも書いてもほとんど喋れないのに、

アメリカに行って2,3週間もすれば、

なんとか買い物をしたり、

道を聞いたりしなければならないなど、

対面で話したいという衝動が働くので、

カタコトが話せるようになる、というわけです。

 

伝えたいことがなければ、

話せるようにはならないのです。

 

■つまり、成長させたければ、

「必要に迫られる環境に放り込むこと」

です。

 

確かに、集めて話を聞かせるといった研修形式よりも

手間がかかるでしょう。

 

昭和時代の経営陣や管理職の中には、

そんな手間をかける必要があるのか?

(研修ではダメなのか?)

という方もたくさんいるでしょう。

 

しかし、組織づくりをして、

職員に思うように動いてもらうようになるためには、

手間がかからないはずがないのです。

 

幻想を捨ててください。

 

その代わり、必要に迫られた時、

人はびっくりするくらいの底力を発揮して、

成長してくれるはずです。

 

アメリカの街に2,3週間置き去りにしましょう。

 

2,3週間後に迎えに行った時には、

かなり話せるようになっているはずです。

 

ぜひ、

「この部下にとっていま、

どんな状況に放り込むのが、最も良い学びを得てくれるのか?」

を探して、

「必要に迫られる環境」

を見つけることをお勧めします。

 

ただし、部下本人が

「必要に迫られる環境に追いやられた」

と感じてしまうと、みなさんを恨むことになってしまうので、

そうせざるを得ない口実を設けておく方が良いでしょう。

 

置き去りとは言うものの、

「置いていかないで」

と泣いてすがるのを振り払って

「おまえだけ、2,3週間残って英語を身につけなさい。

わたしは先に帰る。

おまえのためだからな」

と言ってしまったら、関係が悪くなります。

 

「どうしてもわたしだけ先に帰国しなければならなくなった。

緊急事態だ。

現地での用件が残っているので、

おまえ一人でなんとか役目を果たしてきて欲しい。

お前を一人残してゆくのは断腸の思いだが、

いま会社を救えるのはおまえだけなんだ。

どうだ、やってくれるか?」

と言った方が、

 

本人も、不安もある一方、

「ヒーローになれるなら、いっちょやるしかないか」

という前向きな気持ちで開き直れることでしょう。

 

■そしてさらに、

そんな体験をした部下は、

帰国してから、

「自分の守備範囲が広がった。

これからもっと広げるためにも、

やっぱり、きちんと英語を学びたい」

と、自分から学ぶようになるはずです。

 

みなさんの現場の職員も、

必要に迫られる環境を体験すれば、

いかに学びが大事か、身にしみてわかることでしょう。

 

そして、これまでみなさんが心を砕いて

さまざまな研修を催してくれていたことに、

心から感謝するはずです。

 

■昭和から平成の時代の社員教育の悪いところは、

この

「必要に迫られる環境」

も何もなく、頭ごなしに

押し付け教育を施すことが、

世の中全体の常識になっていた点です。

 

みずから考えない、忠実で従順な人間をつくってきた、

つまり、

人を人として尊重も活性化もしてこなかった古い時代は、

それでもよかったのかもしれません。

 

これからはその感覚を、

一日も早く捨てましょう。

 

そして、職員が

目を血走らせて、

あるいは

目を輝かせて、

みずから成長しようとするよう、

その環境を設計することをお勧めします。

 

そのための具体的な方法は、

また別の機会に掲載します。

 

■「職員一人ひとりが、

みずから気づき考え自発的に行動する、

そんな組織になってほしい」

 

と、多くの経営者・管理職の方々が言います。

 

それは、まさに「自律進化組織」です。

 

昭和の工業立国だった時代には、

決められたことを忠実に果たしてくれる

指示命令組織で充分だったでしょう。

 

しかし、

こんにちのように、

世の中の流れが早く、

複雑化し、

事業が多面的になっている時代には、

「自律進化できるか、どうか?」

が、病院も企業も、生命線となるからです。

 

ところが、

そんな職員ばかりになることは稀で、

大抵の組織は、

そうでない職員の方が圧倒的に多い、というのが

実状でしょう。

 

なぜか?

 

■職員も、さまざまなはずです。

 

確かに、一部には、

「そういうことには関心がない」

という人もいますが、

 

一方、話してみると、

「あれはおかしいと思う」

 

「あんな施策は無駄ではないか」

 

「もっと情報を知りたい」

 

……などなど、

みなさんが部下職員の立場だった時にも、

さまざまな考えを持っていたことを、

覚えておられることでしょう。

 

そこには、

素晴らしい意見が眠っていることもあれば、

組織が孕んでいるリスクを指摘してくれるなどの

重要な提言もあります。


全員参加の総力経営が実現することを通じて、

職員自身のモチベーションも上がり、

組織の生産性も向上するためにも、

ぜひ、職員の方々には、

積極的にそうした発言をし、

また、行動してほしいところです。

 

そこで、みなさんも組織も、

職員からの意見箱を設置したり、

会議の場でも積極的な発言を促したりしていることでしょう。

 

しかし、

会議で激論が交わされることは、まずありません。

 

いつも行儀の良い、反省会のような会議をするよりは、

たまには、

朝まで生テレビのような激しい議論をしてもらった方が、

健全なのではないか、

とさえ感じるものです。

 

また、

職員間の風通しをよくするために、

ディスカッションを多く取り入れた研修を行なってみると、

職員から、

「ふだん話すことのない他職種の職員と

対話できる機会があって良かった」

といった感想が聞かれることもあるのではないでしょうか。

 

しかし、新鮮味はあっても、

一時的な研修では、組織の風土を変えるには至らないことは

ご存知の通りです。

 

■このように、

職員にも胸に秘めた考えや思いがあり、

経営者も管理職も、組織としても、

さまざまに発言することを勧奨しているにも関わらず、

なぜ、

発言が増えないのでしょうか?

 

なぜかみんなが発言しない、

という状態が続き、

その様子を見て、

「みんなが発言しないから」

と、発言を差し控える人が増えます。

 

みんなも自分も発言しないことで、

「発言しないのが普通」

「意見をぶつけ合って不快な思いをしたくない」

という心理が働き、

そもそも問題意識そのものが無くなってしまうこともあります。

 

課題や違和感に対して職員が無関心になることが、

こんにちのような

世の中の流れが早く、

複雑化し、

事業が多面的になっている時代には、

組織にとっての

「命とり」

となってしまうことは、言うまでもないでしょう。

 

■なぜ、発言しないのか?

 

端的に言えば、それは

「言うのが恐いから」

に他なりません。

 

改善するということは、

ある意味において、現状を否定することでもあるため、

他の人に不快感をもたらすのではないか、という

ためらいを伴うこともあるでしょう。

 

また、生産性を上げたり、

患者さんへの対応をより充実したものにするには、

組織として前進したり

職員が成長するためには、

他の人に負荷がかかることを提案することになる、という

気兼ねが大きなブレーキになる傾向もあります。

 

かといって、

その提案に、どんなに信念を持っていようと、

匿名で提案しても

真意は伝わりません。

 

それどころか、

誰の提案か、判らなければ

上層部や上司に取り合ってももらえないでしょう。

 

実名では、

自分が不利益を被る可能性もあります。

 

しかも、シビアな指摘、

ドラスティックな改革ほど、

組織にとっては重要であるにも関わらず、

反発や非難を招く可能性が高いものです。

 

■シンプルに言えば、

「組織に対する心理的安全性がない」

ことに問題があるということなのです。

 

つまり、

いつもこの記事でお伝えしているように、

「なんでも話し合える風通しの良い組織」

とならなければならない、ということです

 

それは、職員同士が

「なんでも話し合える関係性」

を築かなければならない、ということを意味しています。

 

なんでも話し合えるようになるためには、

「お互いに、なんでも話そう」

という意識になってはなりません。

 

「この人たちには話せる」

という環境がなければ、

「話そう」

と言っても話せないからです。

 

ではどうするか?

 

なんでも話し合えるようになるためには、

「お互いに、なんでも聞こう」

という意識になることです。

 

「お互いに、応援し合う、味方になろう」

と言い換えても良いでしょう。

 

何を言ってもとりあえず聞いてくれ、受け止めてくれる、

という体験が日々あれば、

やがて、

「どうやら、この人たちなら話しやすい」

と、警戒心が氷解してゆくからです。

 

そのため、

患者サービス研究所のコンサルティングにおいて、

なによりも最初に、職員の方々にお勧めしているのは

このフレーズを口癖にすることです。

 

「なんでも言ってみて。

できる・できないは、後で決めれば良いのだから」

 

■ただし、職員一人ひとりが、

風通しの良い関係性づくりを意識しても、

多忙な現場でそれを維持し継続することは、至難の業です。

 

重要なのは、

「組織的に組織づくりをする」

ことが、必要不可欠だと言うことです。

 

つまり、

意図的・作為的に、心理的安全性を築くことです。

 

▶︎すなわち、

組織上層部として、第一には、

「なんでも言ってみて。

できる・できないは、後で決めれば良いのだから」

という言葉が飛び交う組織をつくる」

と宣言することです。

 

さらに

「なんでも言ってみて。

できる・できないは、後で決めれば良いのだから」

と率先して、日々職員に発信することが不可欠です。

 

▶︎第二に、

シビアな指摘が上がってきたときに、

その姿勢を積極的に評価してみせることです。

 

「手厳しい指摘には、結局回答もない」

となれば、

職員はみな萎縮して、

「やっぱり下手なことは言えない」

と、発言を差し控えるようになってしまうからです。

 

なので、その逆に意識的に、

耳の痛い指摘があったときにも、

「何も言わないよりも、はるかに意味がある。

組織として、発言してくれたことに感謝している」

という意思表示を、細やかにしてみせることです。

 

▶︎第三に、

「前向きな意見や提案をした職員が、

そのことによって不利益を被らないように組織が守る」

と宣言しておくことが、きわめて効果的です。

 

意見や提案をこころよく思っていない職員から

嫌がらせを受けるようなことがあっては、

いくら表面的に正論が伝えられていても、

陰で職員が萎縮させられることになってしまいます。

 

「そんなことは許さない」

という組織としての毅然とした態度を示しておきましょう。

 

自律進化組織になることは、

組織の維持・存続の生命線であり、

それを阻害することは、

決して許されないことだ、と意思表示することです。

 

前向きな意見や提案をした人を

「組織は守ってくれるのだ」

と感じられるようにすることも、

そうした場をつくる側が、

心理的安全性をつくる上で知っておかなければならない

初歩的事項なのです。

 

このようにして、日々、

「なんでも言ってみて」

と宣言し続け、

職員からの前向きな指摘や提案に対して、

組織が、細やかに敬意と感謝を示してゆく。

 

これによって、職員は、

「この組織が自律進化組織を目指しているのは、本気だ」

と理解することができ、

「では、自分もみずから気づき考え話し合い行動してみよう」

と思えるようになるはずです。

 

反対に、こうした組織の姿勢がなければ、

永遠に職員の心理的安全性は築かれないので、

新たな意見や提案が上がらず、

必然的に

自律進化が始まることはありません。