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自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所)

結果にコミット! みずから活性化し進化する組織を実現します。

■経営者からすると、

「ある部署が硬直して、思うように動かない」

ということがあります。

 

また、職員からすると、

「上層部によって、理不尽なことが行なわれて困る」

ということがあります。

 

そして、それは大抵、

「あの職員が問題児だ」

「あの人が身勝手にやっているからだ」

と、人に原因があると捉えているのではないでしょうか?

 

しかし、

組織運営の観点から言えば、

「人のせい」

にしていては、問題は解決できません。

 

なぜなら、

人はさまざまな価値観を持っているものであり、

今後も同じような人が入ってくる可能性があるからです。

 

その都度、

「困った」

「あの職員のせいだ」

と悩んでいては、組織は良くなりません。

 

また、今いる職員も、

何らかの原因で、問題児化することもあるのです。

 

このように属人的な要因に原因があると

結論してしまうと、

解決する方法がありません。

 

そうしているうちに、

現場の雰囲気が悪くなったり、

コミュニケーションが希薄になったり、

あるいは、理不尽なことが行なわれることで、

職員のモチベーションが下がって、

退職が続くようになってしまいます。

 

■そして、時々

「あの職員には手を焼いているんだよ」

「あの部署は以前からこうなんだ」

と、その状態のまま、

1年も2年も悩み続けている現場がありますが、

これではもはや、

組織運営ができているとは言えません。

 

その部署が充分に生産性を発揮できない中、

職員に問題が感じられているならば、

組織は適切な手を打たなければならなず、

1年も2年も是正できないのは、

もはや組織づくりを放棄しているのと同じなのです。


いつまでも上層部が介入せず、

そうなっている現場も珍しくはありませんが、

職務放棄と言わざるを得ません。


その被害で多くの職員が苦悩したり、

モチベーションや生産性を下げ、

退職と補充を繰り返すなど

しているのですから。

 

■ただし、こうした問題を、

「属人的な要因」

が原因だと考えてしまうと、

「その人を矯正する」

という発想になってしまうことでしょう。

 

しかし、

「属人的な要因」をもった人は、

これからも入職してくる可能性があります。

 

また、これまでそうでなかった幹部職員が、

役員間のパワーバランスが変わったことで、

急に変異して「属人的な要因」を見せるようになることも

あります。

 

これまでの役員がいなくなった途端、

幹部の一人が、自分勝手なことをやりだした、

といったケースを、

ご存知の方も少なくないのではないでしょうか。

 

その時に、

「この人は、どのように矯正すればよいのか?」

と考えることは得策ではありません。

 

なぜなら、

問題児はそれぞれ異なる個性を持ち、

その個性に応じた矯正方法を講じようとすれば、

キリがないからです。

 

それよりも、

どんな問題児が現れても、

それを受け付けない職場環境をつくる発想を

持つ方がよいのです。

 

これはちょうど、

風邪を惹いた時に、

その時々の異なる個性を持った雑菌に効く薬を

探しても、

雑菌の種類は無数にあるのですから

キリがないのと同じです。

 

それよりも、

どんな雑菌が襲ってきても、

それを撥ねつけられるようにする発想を

持つ方が良いでしょう。

 

みなさんも、日々、

「風邪を惹いて苦しまないようにするためには、

風邪を惹かない頑健な身体をつくる」

ようにしているのではないでしょうか。

 

では、組織づくりの場合、

風邪を惹かない頑健な身体をつくるとは、

どういうことでしょうか?

 

どうすれば、

個々の職員の属人的な要因にとらわれず、

そすいた要因を撥ねつける組織体質をつくることができるのでしょうか?

 

普段やっつけている雑菌が風邪に進行してしまうのは、

雑菌にとって、

喉や鼻といった粘膜が居心地がよく、

のびのびと増殖してしまうからです。

 

同様に、属人的な要因を持つ職員が問題児化してしまうのは、

彼らにとって、

居心地が良い環境があり、

のびのびと増長してしまうからです。

 

その、

「居心地の良い環境」

とは多くの場合、

「密室」

だと考えられます。

 

人間にとって、

密室ほど、気楽に過ごせる場所はないでしょう。

 

物的環境という意味での密室なら、

誰にも見られないので、

靴下を脱ぐのも、

おやつを食べながら作業するのも自由にできます。

 

そんな状況にいると

人は誰でも自分勝手なことを始めてしまうものです。

 

職場においては、

そんな空間に収まってしまうことは

あまりできないものでしょう。

 

ということは、

職場でよく見受けられるのは、

「人的環境という意味での密室」

の方なのです。

 

つまり、

  • その人だけで決めてしまう
  • その人しか知らない情報がある
  • その人だけのルールがある
  • その人だけが決裁する

といったように、他の役員や職員が

関与していない、あるいは関与できない状況のことです。

 

そんな状況にいると

人は誰でも自分勝手なことを始めてしまうものです。

 

いじめ

体罰

DV

幼児虐待

セクハラ

パワハラ

……などなど、

密室になると、強者が弱者を追い詰める傾向があるのが

人間の恐ろしいところです。

 

人はそれぞれ

「自分は正しい」

と考えていることもあり、

なおさら歯止めが効かず、

エスカレートしてしまうことがあるのです。

 

そして、ある時、

密室の壁が剥がれて、衆人の眼さらされた時、

世間から、

「非常識だ」

「ひどい」

と非難を浴びるまで、

自分の姿に気づかないということがあります。


そして、その時、世間から

「お山の大将だ」

「裸の王様だ」

と非難されます。


時々

「裸の大将だ」

と間違えがちで、

和んでしまうので気をつけましょう。


密室で暴走した例が、

以前テレビを賑わせた、

日大アメリカンフットボール部の暴行問題や

日本アマチュアレスリング協会の恣意的判定などです。

 

密室ではダメになる性質を持っているのが人間だ

と、自戒しておいた方が良いでしょう。

 

人は密室という居心地の良い所にいることは、

雑菌が粘膜という居心地の良い所にいることだ、と

考えておいた方が良いでしょう。

 

■では、どうすれば良いか?

 

雑菌が風邪に進行しないよう、

粘膜という居心地の良いところに居させないのと

同じように、

職員が問題化しないよう、

密室という居心地の良いところに居させないことです。

 

物的環境という意味での密室というよりも、

重要なのは、

人的環境という意味での密室に居させない、

ということです。

 

シンプルに言えば、

「すべてガラス張りにする」

ということに尽きます。

 

すなわち、原則として、

  • つねに誰もが見にこれる。
  • つねに誰もが関与できる。
  • つねに誰もが情報を得ることができる。
  • つねに誰もが周囲の職員の話を聞くことができる。

……というルールにしてしまうということです。

 

■この公開化を行なうと、

以下のような、

密室化による問題が予防・解消できることでしょう。

 

密室化による問題の典型例は、

主に以下のようなものです。

 

1. 時間や権限の私物化が発生する。

  • 自分の仕事を他人に見せないので周囲が困る。
  • セクハラ・パワハラが起こる。
  • 利権や地位に固執。
  • 仲の良い仲間だけが良い思いをする。
  • などなど……。

2. マイルール、ローカルルールつくりたい放題。

  • その結果、本人たちに都合の良いルールがどんどんつくられる。
  • この業務はこの病棟ではやりません
  • この作業はわたしたちはやりません
  • 有給休暇の希望はわたしたちが先に出す
  • などなど……。

3. 外部と戦わない

最大の問題は、視野が狭くなることです。

  • 本当の敵は、病院の外部環境であるにも関わらず、
  • 内部で派閥争いをする
  • 弱者に矛先が向いた場合にはいじめ
  • 上司に矛先を向けて新しいことを拒む
  • 人事評価に抵抗する
  • などなど……。
■上記のような症状の気配が見受けられたら、
それは、
「密室」
という問題児化の温床を与えてしまっているから
と考えられます。
 
一刻も早く、
公開化することをお勧めします。
 
「あなたの部署を公開化する」
という介入では角が立つことが多いでしょうから、
「組織全体のことを職員全員が自分事としてとらえられるように」
といった大義をもって進めると良いでしょう。
 
また、
「密室になると暴走するのが人間だ。
そんな自分たちを自分たちでうまくコントロールできるように、
公開化を原則としよう」
と、
わたしなら明言して進めます。
 

■部下に充分満足している経営者・管理職は、

稀でしょう。

 

我が国で、

「もう少し、こうなってくれたら」

というぼやきが聞かれない日は、ないことと思います。

 

しばしば、聞かれるのが、

 

「もっと努力してほしい」

 

「もっと病院全体のことを考えてほしい」

 

「それは私の仕事じゃないなどと言う」

 

「自分の置かれている状況に感謝する気持ちがない」

 

「もっと学ぶ姿勢があっても良いはずだ」

 

……といった言葉でしょうか。

 

このように聞いていると、

「その部下たちは、置物か?」

と思うほど、動かないように感じられます。

 

業務はしているので、動かないことはないでしょうから、

正確に言えば、

「変化しようとしない」

ということだとわかります。

 

■つまり、

あれこれ要望を挙げてみたものの、

本質的な問題は、

部下が

「変わろうとしないこと」

であることが明らかでしょう。

 

そもそも、部下職員が、日頃から

「より良く変わりたい」

と思っていれば、

当然、自分自身で努力することになります。

 

もっと変えてゆきたいと思えば、

当然、病院組織全体のことを考えるようになります。

 

自分の仕事かどうかは、関係がありません。

 

むしろ変化とは、

仕事を作り出してでも広げてゆくことです。

 

そのように自分を出せる環境に感謝しない人はいないでしょう。

 

■したがって、組織においては、

職員一人ひとりが、みずから

「変わりたい」

と思わないその体質が問題なのです。

 

経営者や上司から指示・命令をされなくても、

部下職員がみずから

気づき、考え、話し合い、行動する

「自律進化組織」

となれば、こんなに生産性の高い組織はありません。

 

そして、

みずからの思いと考えで行動できる職員自身が、

なによりも自己実現でき、

幸福な職場となることでしょう。

 

組織の生産性を上げるためにも、この

「自律進化組織」

を目指さない手はないでしょう。

 

■では、その前提として、職員一人ひとりが、

「変わりたい」

と思うためにはどうすればよいでしょうか?

 

もちろん、

教育や研修をしてはなりません。

 

人は、押し付けられるほど、

やらされ感を覚え、

反発したくなってしまうからです。

 

そのため、押し付けられて始めたことは、

クオリティの高いものにはなりません。

 

また、たとえ一旦始まったとしても、

長続きすることはありません。

 

これが、

日本全体が陥ってきた人間形成の最大の間違いです。

 

押し付ければ押し付けるほど、

相手の目は死んでゆき、

心が暗くなってゆくことに、

わたしたちは、もう気づかなければなりません。

 

指示、命令、教育、研修、指導、管理・・・といった

昭和の時代には組織運営の常識とされてきた

「押し付け文化」

を徹底して排除しましょう。

 

そして、

相手の目が輝き、

心が明るくなるためにはどうすれば良いか?を

探究しなければ

これからの時代において、

職員を活性化し、

組織の生産性を上げてゆくことは不可能でしょう。

 

■では、教育・研修をしないならば、

どうするか?

 

それは、

「視野を広げさせる」

ことに尽きるでしょう。

 

そもそも、人はなぜ

「変えたくない」

のか?と言えば、

「現状に問題を感じていないから」

にほかなりません。

 

重要なのは、

「何と比べるか?」

です。

 

視野が狭いと、自分の見てきた

先週や昨日の自分としか比べないので、

まったく問題を感じることはありません。

 

しかし、そうやって、日々小さな変化を続けるうちに、

気がついたら病状が進行していた、

ということになってしまうのです。

 

そして、自覚症状が出た時には、

すでに手遅れ、ということになります。

 

自分や他の職員や組織のことについて、

問題を感じて

「変えてゆきたい」

と思うためには、

何よりも効果的なのが、

「他の施設と比べること」

です。

 

自分たちよりもはるかによい病院を見れば、

「うちは大変なことになっている!」

と知らされ、

「なんとか変えなければいけない」

と感じることでしょう。

 

自分たちよりもひどい病院を見れば、

「うちはずいぶん恵まれている!」

と知らされ、

「もっと報いなければいけない」

と感じることでしょう。

 

つまり、

外部講師に高いお金を払って、

もっともらしい講釈を

職員に聞かせるといった

教育・研修はもうしなくてよいと言うことです。

 

それよりも、

経営者・役員がつてを辿って、

他の医療機関に相談して、

職員を見学に赴かせる方が、何倍も効果的でしょう。

 

あるいは、各職員自身が、

みずから学びたいテーマに従って、

他の医療機関に自分で依頼をして、

見学させてもらってくれば良いでしょう。

 

そして、

そこで起きている問題や、

そこで働く職員の様子を見ることこそ、

もっとも臨場感のある学びとなるのではないでしょうか。

 

外部講師に支払っていた経費があるならば、

こうした研修ではない施策に費用をかけた方がよいでしょう。

 

研修講師を呼ぶ代わりに、

他の病院から、話をしてくれる人を呼ぶのも良いでしょう。

 

他の病院に行って、

できることをさせてもらう

インターン体験を申し込むこともできるかもしれません。

 

他の病院を見学するだけでなく、

他の業界に学びにゆくことも良いでしょう。

 

閉院した病院や、買収された病院の

職員だった方から話を聞かせてもらえれば、

深い学びを得られることでしょう。

 

あるいは、地域住民の方の中で、

協力してくれる方から話してもらうことも得るものが大きいでしょう。

 

いまや、病院には、

職員を職員旅行などのレジャーに行かせるほどの余裕は

ないでしょう。

 

あるとしても、

必ず意味のある施策に使われなければなりません。

 

ならば、

研修会社の講師に払うのをやめて、

本当に意味のある施策を講じることをお勧めします。

 

■押し付けでなく、

視野を広げさせることです。

 

そして、視野が広がった職員は、

おのずと課題を感じて、

みずから気づき、考え、話し合い、行動するようになるはずです。

 

それが、「自律進化組織」です。

 

■企業であれ、病院であれ、

我が国の組織は、人材育成・組織開発において、

アメリカなどで流行った新しい手法に

すぐに飛びつき、

「さまざまな手法を導入するものの、

結局、形骸化する」

ということを、

幾度となく繰り返してきました。

  • コア・コンピタンス
  • OODA
  • クレド
  • Good & New
  • 360度評価
  • フィッシュ哲学
  • サンキュー・カード
……などなど、挙げればきりがありません。
 
しかし、
定着したものは稀で、
たとえ定着しても
「形骸化している」
という声が多いのが実情です。
 
この記事をご覧くださっているみなさんなら、
「なにか、本質的なことが見落とされているからだ」
と、お気づきでしょう。
 
■最近、流行っているのは、
(もしかしたら、みなさんも
試しに導入されているかもしれませんが)
1 on 1 ミーティングでしょう。
 
これも、
アメリカのシリコンバレーで始まり、
「ヤフーやグーグルといった躍進する大企業が実施している」
という触れ込みを聞いて、
矢も盾もたまらず導入した、という
日本企業が多いようです。
 
しかし、
「上司と部下が1対1で面談をする」
といったことは、
古くから行なわれてきたことで、
取り立てて新しいことではありません。
 
上司が気になった部下に
「ちょっといいか?」
と声をかけて、
いろいろ話を聞いてやる、といったことは、
部下を持つ上司なら
誰でも普通にやっていたはずです。
 
また、部下の方も、上司に
「たまには一杯連れていってくださいよ!」
とわがままを言って、
居酒屋で愚痴を聞いてもらった、
ということが珍しくありませんでした。
 
それがいまは、
部下は上司に接触したがらない傾向があります。
 
上司も気を使ってか、
部下へのアプローチをためらいがちです。
 
たしかに、
昨今の社会人は、コミュニケーション下手なので、
そんな面談を自然にできない人も多いのかもしれませんが。
 
■1 on 1 ミーティングは、
部下が自分の意思で、上司に依頼して、
ミーティングの機会を設けてもらうのが原則です。
 
ということは、もともと、
「飲みに連れて言ってくださいよ〜」
と、上司に持ちかけるタイプの部下は、
1 on 1 ミーティングという名前になっても、ならなくても、
遠慮なく申し出るでしょうから、
心配ありません。
 
一方、もともと、
「飲みに連れて言ってくださいよ〜」
と、上司に持ちかけなかった部下が、
1 on 1 ミーティングという名前がついたからと言って、
「課長、お願いします」
と申し出るはずがありません。
 
そして、そもそも、
一番問題なのは、
1 on 1 ミーティングという名前であれ、
面談という名前であれ、
上司に積極的に接触したがらない部下の方なのです。
 
そして何よりも、医療現場では、
「そんな時間がない」
というのが、最大の問題です。
 
働き方改革の影響で、
研修の時間すらとれないのが現実です。
 
まして、
「ちょっと聞いて欲しいんです」
といった対話のために時間を取るなど、
とても無理、と誰もが感じていることでしょう。
 
上司も部下も、
そんなことに時間を割くことについて、
お互いに、また、他のスタッフに対して、
罪悪感を抱きかねないのが、
こんにちの医療現場の実態でしょう。
 
なので、医療現場には、
1 on 1 ミーティングは、
そもそも馴染みにくいかも知れません。
 
とは言うものの、
「では、どうやってコミュニケーションを図るのか?」
という課題は無くなりません。
 
上司は部下とコミュニケーションを取りたいが、
部下は、それほど上司とコミュニケーションをとりたがらない。
 
では、どうするか?
 
■つまり、
本質的な問題は、
1 on 1 ミーティングという名前にするかどうかではなく、
「みずから面談を申し出ない部下とのコミュニケーションを
どうするか?」
の方なのです。
 
そして、みずから申し出ない職員に対しては、

「1 on 1 ミーティングは部下から申し出るもの」

などと言って、本人の意思を尊重していては、

永遠にコミュニケーションができないということです。

 

さりとて、

上司が強制的に部下の時間を奪うというのも、

良い関係を築くこと人はつながらないので、

やめたほうが良いでしょう。

 

せっかく声をかけたのに、

気が進まない部下から、

「なんですか?」

「いいたいことはありません」

「いまじゃなきゃいけないですか?」

「なぜ私だけなんですか?」

と、冷たい反応を示された経験がある方もいるのではないでしょうか?

 

部下というものは、

上司がコミュニケーションを取ろうとすれば、

「忙しいのにこっちの気持ちも考えてくれない」

と不満を言うものですが、

 

かと言って上司が部下に遠慮して、

コミュニケーションを取らなければ

「関心を持ってくれなかった」

と拗ねる、

……といったわがままなものです。

 

なので、

なんらかの形でコミュニケーションを設ける必要があります。

 

しかし、得てして

「コミュニケーションを取りたいのは上司の方だけ」

です。

 

そのため、

1 on 1 ミーティングなる手法を導入しても、

「1 on 1 ミーティングをお願いします」

と部下が申し出なければ、

何も始まりません。

 

また、最初は面白がって

1 on 1 ミーティングが実施されたとしても、

継続することは困難です。

 

なぜなら、人間は飽きる動物なので、

自分の意思で

なにかを習慣化することは至難の技だからです。

 

ときどき、

「現場でやってみれくれている職員がいる」

と、新たな施策が自然発生的に始まることもありますが、

自然発生したものは、かならず自然消滅するものです。

 

本人たちに決定権を委ねれば、

必ず飽きが来て、辞めてしまうものだからです。

 

■しばしば、

「やってくれる人がいた頃は、行なわれていた」

という言葉を聞くことがありますが、

これは、

やる・やらない、続ける・やめるが、

本人たち任せなので、

「属人経営」

に該当します。

 

そして、これは、

組織がコントロールできていないので、

組織づくりとは言えません。


■つまり、

1 on 1 ミーティングのように、

「部下からの申し出があった時だけ行なう」

という手法は、やがて廃れてしまうので、

限界があります。

 

また、

申し出てこない部下を

組織に巻き込んでゆくことはできないという限界もあります。

 

ではどうすれば良いか?

 

■部下の意思を尊重しつつも、

組織による強制力が必要です。

 

意図的に行なわせることが必要です。

 

また、放っておけばやがて行なわれなくなってしまうので、

意図的に続けさせることも必要です。

 

ただし、

職員本人たちの中に、なんらかの

「このコミュニケーション、楽しい」

および

「このコミュニケーション、大切だ」

という動機がなければ、

やらされ感一色になってしまい、

良いコミュニケーションが行なわれ続けることはありません。

 

■部下の自由に任せていては、

良いコミュニケーションは生まれず、

まして継続されることはありません。

 

しかし、

強制しても、

やはり良いコミュニケーションにならず、

良い関係性が築かれることもありません。

 

1 on 1 ミーティングでないとすれば、

どんな方法があるでしょうか?

 

これからの

職員を活性化し組織の生産性を高めるための

組織開発においては、

その新しいコミュニケーション・モデルが

必要となると考えられます。

 

そのコミュニケーション・モデルについては、

またの機会に述べます。

 

■医療機関においては、

義務づけられた研修もあるでしょう。

 

しかし、

企業も医療機関も、

研修という施策には、

実効性が乏しいことを、

そろそろ理解した方がよいのではないでしょうか。

 

▶︎まず、

研修は一方通行なので、

受講者が内容を吸収しにくいのが現実です。

 

みなさんも、一方的に

本を読まされても、

セミナーを受けさせられても、

身が入りにくいので、

そこから学ぶことは、少ないのではないでしょうか。

 

もちろん、昨今では、

グループ・ディスカッションをさせるといった

一方通行ではない研修もありますが、

職員が

「別に今、ディスカッションしたいわけではなかった」

という本音であれば、

実質的には、一方通行の時間に他なりません。

 

▶︎むしろ、

現場の職員の方々は、

「話を聞かされたい」

と思わず、

「聞いてほしい」

感情の方が圧倒的に強いものです。

 

したがって、

現場を活性化するならば、

職員に対するIN-Putをできる限り排し、

職員からのOUT-Putに徹することが必要です。

 

▶︎また、

研修は一時的な企画なので、

現場実務に反映されにくいものです。

 

日常と切り離された時間と空間で学び、

日常に戻ればまた普段の感覚になってしまい、

研修とは日常とは別の時間となっていることが多いのではないでしょうか。

 

▶︎さらに、

研修は、講師1人が、多くの受講者に訴えかけるので、

想いが伝わることは困難です。

 

みなさんも、部下と1対1の面談でも、

想いが充分に伝わらず、

価値観を理解してもらうことがどんなに難しいことか、

ご存知のことと思います。

 

まして、1人の講師が、

何十人もの受講者に訴えて、

想いが伝わるはずがないのは、

考えてみれば、当然のことでしょう。

 

▶︎また、研修を実施した場合に、

その研修から、どれだけ現場実務が変わったのか?

といった効果測定をすることは、稀でしょう。

 

効果測定しない研修に、

実効性が現れないのは当然です。

 

「意識しましょう」

「心がけましょう」

では、人は動かないものです。

 

▶︎また、

研修は頻繁にできないので、

受講者の意識に残りにくく、

まして行動を変えるには至らないものです。

 

人が行動を変え、それを持続することは、

そもそも、至難の技です。

 

みなさんも、新しい習慣を身につけることが

いかに難しいことか、ご存知でしょう。

 

まして多くの職員に、

新しい習慣を身につけさせたいのに、

頻繁にできない研修で、なんとかなるはずはありません。

 

■まとめていると、研修とは、

  • 一方通行である
  • 職員に対するIN-Putである
  • 日常と切り離された一時的な施策である
  • 「1対多数」で伝わらないものである
  • 効果測定がなければやりっぱなしになる
  • 習慣化にはつながらない

……といった施策だということになります。

 

つまり、

「研修では組織を変えることはできない」

ことが明らかでしょう。

 

それでも、まだみなさんは、

「研修でなんとか変えよう」

としますか?

 

もし、

組織体質・組織文化・組織風土をを変えるならば、

ことごとく、その逆の施策を選択しなければなりません。

 

すなわち、

  • 双方向
  • 職員からのOUT-Putに徹する
  • 日常の中で継続できる施策であること
  • 一人ひとりが尊重される機会があること
  • 組織体質向上の進捗を効果測定できること
  • マインドが永続する習慣化が可能である

……といった施策を選択しなければ、

組織づくりに取り組んでも、無駄になってしまいます。

 

ぜひ、

上記のような条件を満たした施策を選択され、

「うちは変わった!そして今もそれが続いている!」

と言えるような、

組織づくりを実現されることをお勧めします。

 

■なお、

こうした条件をすべて満たした施策、

それが、患者サービス研究所が提唱する

「HIT-Bit」

です。

 

「HIT-Bit」

については、1Dayセミナーを行なっています。

 

本当に効果が永続する組織づくりを実現したい方は、

ぜひご参加ください。

◆ 2020年3月29日(日)13:30〜16:30【東京】

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については、

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1部800円となります。

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■医療現場の方々からは、

さまざまな研修のご相談をいただくことがあります。

 

「若手の意識を高めたい」

 

「ベテラン層の規律を整えたい」

 

「主任職のモチベーションを上げたい」

 

……などなど、

さまざまにカテゴライズをして

研修をしたいという要望を聞きます。

 

たしかに、

対象を特定して、

その対象にあった教育をしたいと思う気持ちは

よくわかります。

 

ただし、その前に

もっと大切な啓発すべきことがあることを

振り返っておいた方が良いでしょう。

 

■そもそも、

何事においても、

本質はたった1つ」

であり、

本質は、どんな人にも共通して重要なことです。

 

したがって、

ものごとの本質に関わる重要なことほど、

カテゴライズせず、

すべての人が対象となります。

 

一方、

対象になる人もあり、ならない人もある用件は、

ひとそれぞれの用事であり、

つまり本質的な問題ではない、ということです。

 

その用件があっても、なくても、

元気にやっていけるということです。

 

■というわけで、

若手だけのやる気スイッチがあるわけではありません。

 

人間としてのモチベーションの本質に働きかけたことで、

目が輝いた時には、

そこに若手の悩みや課題に応じた研修があれば、

目を輝かせて、

その研修に臨むので、

「若手としての意識」

がより一層、高まることでしょう。

 

反対に、

人間としてのモチベーションの本質を揺り動かすことなく、

目が輝いていない時に、

どんなに若手に向けた研修を設けても、

死んだ目で受講するので、

人間の湧き上がるモチベーションも意識も

高まることはないでしょう。

 

同様に、

ベテランだけのやる気スイッチがあるわけではありません。

 

人間としてのモチベーションの本質に働きかけたことで、

目が輝いた時には、

そこにベテランの規律に関する研修があれば、

目を輝かせて、

その研修に臨むので、

「ベテランとしての規律に対する関心」

がより一層、高まることでしょう。

 

反対に、

人間としてのモチベーションの本質を揺り動かすことなく、

目が輝いていない時に、

どんなにベテランに向けた研修を設けても、

死んだ目で受講するので、

人間の湧き上がるモチベーションも規律への関心も

高まることはないでしょう。

 

そして、若手もベテランも、

モチベーションの本質が突き動かされ、

目が輝いた時には、

経営陣やみなさんがあれこれメニューを考えなくても、

みずから、

自分たちの課題を見出し、

その課題に応じて、

テーマや切り口を考え、

講師を探し、

研修を企画して、

みなさんに提案を挙げてくるはずです。

 

もしくは、

みずからセミナーを探し、

外部に学びにゆくはずです。

 

もっと行動力のある職員は、

みずから他の医療機関や企業にアポイントを取り、

見学や社会人インターンをしに行くはずです。

 

■部下職員本人たちから頼まれてもいないのに、

経営陣・上層部の方々が、

「若手だから、若手にわかりやすい研修を」

「ベテランには、ベテランの興味を引く研修を」

「主任職には、主任職のレベルにあった研修を」

……などと、

わざわざ気を使って、研修を構成しても、

相変わらず目が死んだままの職員が受講するだけに

なってしまいます。

 

そして、経営陣・上層部の方々は、

「どうも、うまく啓発できなかったようだ」

と思い、

また別の切り口で研修を企画する、

……という循環を繰り返してしまうのではないでしょうか。

 

経営陣・上層部の方々が、

みずから責任を負って、

部下職員の機嫌をとる構図になっています。

 

部下職員は、

「大事な研修は、上が企画する」

「忙しい中、受講させられる」

とますます依存的になります。

 

ものごとの当事者にならないので、

死んだ目が輝くことはありません。

 

カテゴライズして研修を企画してあげることが、

もとより過保護な状態なのです。

 

■そもそも、

カテゴライズしてあげようとすれば、

「勤続4年以上の職員を対象に」

「既婚者を対象に」

「通勤に90分以上かかる職員を対象に」

「子どもがいる職員を対象に」

……などなど、さまざまな分類に応じなければなりません。

 

さらには、

「勤続4ヶ月から1年未満を対象に」

「結婚予定の人を対象に」

「婚約者にふられた人を対象に」

「子どもがいないが子ども好きな人を対象に」

「子どもよりペットが好きな人を対象に」

……などなど、キリがありません。

 

親切に人間をカテゴライズしていては

キリがありませんから、

過保護がすぎると、

結局、最終的に、

一人ひとりを対象に個別具体的に

対処することになってしまいます。

 

しかも、

モチベーションの本質を突き動かすことのない

アプローチとなり、

労多くして、実り少ないことは明らかです。

 

さまざまな研修をしても、

研修の内容が浸透せず、

なかなか現場が活性化しないの場合、

その原因は、

カテゴライズした丁寧な研修をしていないからではありません。

 

その前に、

職員が人として

「目が輝ける職場」

になっていないことにあります。

 

そもそも職員の目が輝いていないのに、

それぞれの特有の事情を配慮しても、

的外れになるだけです。

 

■もし、

みなさんの奥さまがパートタイムの仕事に出た時に、

給与が提示されていないのに、

「いろいろあるけれど、やりがいのある仕事だから頑張ってね」

と励まされても、

奥さまの目が輝くこともなければ、

普段以上の力を発揮して頑張れるということはないでしょう。

 

またもし、

みなさんのお子さんが、予備校に入ったものの、

「どの大学を目指すか」

という意思確認もなしに、

「今日は英文法です。複雑だけれど、これをマスターした方が、

グッと力が付きます」

と励まされても、

お子さんの

目が輝くこともなければ、

普段以上の力を発揮して頑張れるということはないでしょう。

 

何よりも重要なことは、

モチベーションの本質にアプローチしていることです。

 

職員に過度に気を遣い、

カテゴライズして、

あれこれ企画してあげることではありません。

 

職員の目が輝くよう、

職員と組織にとって一番大事なことに

コミットすることから始めなければ、

職員が、

学んだこと以上の興味関心を持ち、

求められている以上の問題提起や改善提案を上げてくることには

なりません。

 

それでも、

わざわざ職員をカテゴライズして、

「◯◯対象の研修」

を企画してしまうのは、

「負責病」

の典型的な事例の一つに他なりません。

 

■健全な組織運営のためには、

職員満足度が高いことが重要であるとされています。

 

そのために、

古くはワークライフバランス、

昨今では働き方改革などという名で、

行政から労働現場に対してさまざまな提言がなされています。

 

また、

多くの医療現場で、

職員満足度調査をはじめ、さまざまな施策が講じられています。

 

しかし、なかなか効果が上がってないのは、

なぜでしょうか?

 

実は、

そうした施策を行なっている組織の上層部の中で、

目的とするゴール像に問題があるからです。

 

■そもそも、組織には、

「活きている組織」

と、

「死んでいる組織」

があります。

 

活きているか、死んでいるか、は、

「心が」

です。

 

言い換えれば、

「職員の目が輝いている組織」

「職員の目に死んでいる組織」

とがある、ということです。

 

もし、本当に職員満足度を向上し、

健全かつ生産性の高い組織をつくりたいならば、

「心が活きている組織」

「職員の目が輝いている組織」

を目指さなければならないのではないでしょうか?

 

逆に、これまで多くの組織が、

「満足度の向上」

と言いながらも、

「心」

にフォーカスした取組が行なわれることは

稀だったのではないでしょうか?

 

その証拠に、

ワークライフバランスや働き方改革といえば、

とかく、

残業時間を削減することや、

有給休暇を積極的に取得させること、

さらには、

評価報酬制度の見直しや

ラダー制度の整備

……などに終始していました。

 

つまり、

身体の心配、

報酬、

技能、

といった「効率的に労働できる環境」の探究ばかりに

なっているのです。

 

これらは、

「ほら、労働しやすいでしょう?」

という取組ばかりであり、

職員の「心」にフォーカスしていないので、

職員の目が輝くことが無いのは、

言うまでもないでしょう。

 

■たとえば、親が

「自分の子どものモチベーションを上げたい」

と言う時、

どんな子どもの姿を理想とするかによって、

対処がまったく異なってきます。

 

家庭教師をつけたり、

習い事に通わせたり、

成績が上がればお小遣いを上げるなど、

「効率的に勉強しやすい環境」の探究ばかりをしていれば、

どうなるでしょうか?

 

子どもは、しぶしぶ勉強をするでしょう。

 

しかし、目を輝かせて、

活き活きと生活するという意味での

モチベーションの高い子どもにはなりません。

 

親は、

「子どものモチベーション」

と言いながら、

「ひたすら頑張って勉強に取り組む子ども」

にしたいのか、

「活き活きと目を輝かせてさまざまなことに取り組む子ども」

にしたいのか?

 

その

「目的とするゴール像」

を明確にしないままでは、

ただただ

「モチベーションを上げたい」

といっても、

行なわれる取組が、的外れなものになってしまいます。

 

■これと同様に、

組織の経営陣は、

「職員のモチベーション」

と言いながら、

「ひたすら頑張って業務に取り組む職員」

にしたいのか、

「活き活きと目を輝かせてさまざまなことに取り組む職員」

にしたいのか?

 

その

「目的とするゴール像」

を明確にしないままであるために、

医療現場では、

ただただ

「モチベーションを上げたい」

「満足度の向上が大事」

と言いながらも、

行なわれる取組が、的外れなものになっている

というわけです。

 

その結果、多くの現場で、

職員は、

「頑張って業務に取り組むけれど、目が死んでいる」

組織になっているのでしょう。

 

「目が死んだまま頑張って業務に取り組む職員」

が健全で、生産性の高い仕事ができないことは、

言うまでもなく明らかでしょう。

 

むしろ

「目が死んだまま頑張り続けること」

は、かえって、

業務効率の低下や、

メンタル疾患、

さらには退職を惹起し、

むしろ、

不健全で生産性の低い組織を実現してしまうことに

つながることになります。

 

まさに

「死んでいる組織」

をつくることになるのです。

 

■では、

「活きている組織」

をつくるためには、どうしたら良いのでしょうか?

 

何よりもまず、

「目的とするゴール像」

を明確にすることです。

 

すなわち、

「心」

にフォーカスし、

「職員の目が輝く組織」

を実現することを明確にします。

 

そして、最も重要なことは、

「どうしたら、職員の目が輝くか?」

を探究することです。

 

こう聞くと、

昭和型の古い感覚の経営陣・管理職の方々は、

「そんなことが組織にとって意味があるのか?」

「職場は遊ぶ場所じゃない」

「目が輝くかどうかは本人次第」

「仕事なのだから大変でも我慢して頑張るべき」

という考え方が脳裏に浮かんでしまうでしょう。

 

その昭和型の古い発想の人が多いからこそ、

「モチベーションを上げる」

と言いながら、

「目が死んでいる組織」

をつくり続けてしまい、

職員のメンタル疾患や退職を減少することができていない

という事態に陥っているのです。

 

なので、意図的に、

「どうしたら、職員の目が輝くか?」

を探究してください。

 

職員の目が輝く組織を実現すると、

職員が活き活きと働くので、

予期しなかった問題提起や改善提案が現場から上がったり、

驚くような取組が始まるなど、

「より良く変化することが当り前の組織」

すなわち

「自律進化組織」

が実現します。

 

では、

「具体的に、どのようにすれば良いか?」

 

「自律進化組織」づくりの

具体的な方法については、

また別の機会に掲載します。

 
 
 

■昨今の新型コロナへの政府の対応を見ると、

いつも以上に不満を感じる方も少なくないことでしょう。

 

ーーーー

政治は国の運営であり、

病院運営の大きなヒントが得られますので、

前半は、昨今の政治を振り返り、

後半に、病院運営について述べています。

ーーーー

 

早期にうまく対応を打ち出したり、

その後もITを駆使して感染拡大を防いだりと、

台湾はじめ諸外国の対応を見ると、

我が国の行政・立法が、

いかに普段から外国に学んでいないか、がわかります。

 

病院には、

BCPの計画策定を指示しているにも関わらず、

行政では

パンデミックへの対応策が講じられていないことが

浮き彫りになった一幕でもあります。

 

内閣・厚労省が、

早急に医療の専門家と相談して対策を講じていないこと、

さらには、

全国休校を要請したにも関わらず、

財務省とは相談ができていなかったことも

見えてきました。

 

官僚も国会も、満足に機能しているとは言えないでしょう。

 

元来、我が国では、憲法の柱の一つに

「民主主義」

があり、

みんなの力を出し合う建前があるにもかかわらず、

なぜ、このようなことが起きてしまうのでしょうか?

 

■それは、民主主義の前提として、

「国民一人一人の意思を尊重する」

ことを基礎としているあまり、

「みんなで決めたことが何より大事」

という幻想に陥っているからです。

 

そのため、

特に日本では、

国民の代表者の集まりである国会に絶大な権限があります。

 

国会が内閣総理大臣を指名し、

その内閣総理大臣が最高裁場所長官を指名し、

結局、

三権分立といいながら、

国会が根となって行政・司法をコントロールできるようになっており、

三権は事実上、分立していないのが実情です。

 

国会が内閣不信任案を決議することもなく、

内閣は、実質、自由になっているのはそのためです。

 

国会と内閣が一体となって各省庁の官僚人事にも介入し、

先日来、

検事総長の人事にまで強権的に関与して

社会問題になっています。

 

さらに日本では、

裁判所は、訴訟において論点になったことしか判断しないので、

実質的には

「意見を言うだけ」

で、

内閣・国会は、耳を貸さないことがまかり通っています。

 

こうしてみると、

「みんなで決めたことが何より大事」

が間違いだと言うことがお判りでしょう。

 

そもそも、

  • 誰もがみんなのことも考える
  • 誰もが将来のことを考える
  • 誰もがより良くなることを考える
  • 誰もが責任を伴ってでも意思表示する
……ということは幻想だからです。
 
人間はそれほど建設的とは言えません。
 
現実はその逆で、
  • 自分の利害を中心に考えるあまり他人をないがしろにすることもある
  • 目先のことばかりが気になって将来のことを考えず場当り的に考えることもある
  • より良くなってもならなくても自分の地位や利益を守ろうとする
  • 自分が責任を負うことを避けて他人に決めてもらおうとする

……というのが人間の本当の性質ではないでしょうか。

 

したがって、

「みんなで決めたことが何より大事」

に陥ってはならない、ということが明らかでしょう。

 

では、どうするか?


「みんなで決めたことに対しても、

積極的にチェックすることが大事」

であるはずです。

 

現に、

ドイツでは憲法裁判所が、

訴訟がなくても積極的に違憲審査をしてゆくようにしていて、

二度と民主主義が暴走しないよう

「高度な民主主義」

へと進化しています。

 

第二次世界大戦で多くのユダヤ人を虐殺した歴史から学んで、

高度な民主主義に進んでいるのです。

 

■さて、ここからが本題です。

 

我が国においても、

「民主」をうたう組織がたくさんあり、

病院の中にもそうした思想のある組織があります。

 

ところが、そうした組織ほど、

民主主義を大事にするあまり、

残念ながら、

我が国の戦後の民主主義と同様に、

「みんなで決めたことが何より大事」

という前時代の民主主義に陥っている傾向が見られます。

 

本部組織の役員、支援団体、病院職員の意思を尊重しすぎて、

「みんながやると言うならやる」

「みんなが乗り気じゃないならやらない」

という決定をする傾向があるのです。

 

換言すれば、

「みんながやると言わないことは、やらない」

という気の遣いようだということです。

 

これでは抜本的な改革は、生まれようがありません。

 

そのため、

「茹でガエルになっている」

という声が組織内部からも上がっていると聞きます。

 

■上記のような「民主」をうたう病院にしろ、

それ以外の病院にしろ、

多くの組織が、

「みんなの意思を尊重しているのに、

茹でガエルになり、うまくいかない」

のは、なぜか?

 

それは、人間観を誤っているからです。

 

前述の通り、人間は、

  • 自分の利害を中心に考えるあまり他人をないがしろにすることもある
  • 目先のことばかりが気になって将来のことを考えず場当り的に考えることもある
  • より良くなってもならなくても自分の地位や利益を守ろうとする
  • 自分が責任を負うことを避けて他人に決めてもらおうとする

……という心理構造を前提としたうえで、

「この組織体質を変える」

ことを考えなければならないでしょう。

 

つまり、

みんなに意思表示をさせて、

その意思表示を尊重する前に、

まず先にやらなければならないことがあるのです。

 

それは、まず第一に、

  • 誰もがみんなのことも考える
  • 誰もが将来のことを考える
  • 誰もがより良くなることを考える
  • 誰もが責任を伴ってでも意思表示する

……という建設的な組織体質をつくることです。

 

建設的な組織体質を築いてからならば、

そんな建設的なみんなに意思表示をさせ、

それを尊重すれば、

正しい方向へ進むことが可能となります。

 

そのためには、

「日頃から、職員が視野を広く持つ」

ように促すことが必要です。

 

つねに全職員が

「他の病院はどうだろう?」

「他の業界はどうだろう?」

「今後の業界はどうだろう?」

 

そして、

「いまもっとできることはないか?」

「もっと患者さんのためにできることがないか?」

「もっと他の病院・施設と協力できることはないか?」

「もっと新しい地域医療を設計できないか?」

と、職員がいつも

考えたり、

話し合ったり、

チャレンジしたりすることが当り前の

組織体質をつくることです。

 

■一言で言えば、職員の多くが

「変えたいことなら山ほどありますよ」

とつねに思っている

「変わることが当り前の組織」

つまり

「自律進化組織」

としてゆくことが重要でしょう。

 

なにしろ、

国民医療費が膨張の一途をたどり、

高齢化率が高まる一方の中、

病院は減床や統廃合といった

再編を余儀なくされているのですから、

 

「昨日と同じで良い」

時代は終わっているのです。

 

「昨日と同じにしている組織は滅んでゆく」

時代になったのです。

 

「民主」をうたう病院にしろ、

そうでない病院にしろ、

一日も早く、茹でガエルを脱却し、

「自律進化組織づくり」

に着手されることをお勧めします。

 

職員のすべての意思表示を尊重するのは、

その後です。

 

とくに経営者・上層部の方々は、

現場に気を遣い過ぎてはなりません。

 

現場がどんなに抵抗を示しても、

「現場職員がみずから気づき考え話し合い改善し続ける

自律進化組織をつくる」

ことをお勧めします。

 

そのための最もシンプルな方法

「HIT-Bit」

の具体的な方法については、

また別の機会にお伝えします。

 

■このたび、安倍首相が、

「3/2から、小・中・高等学校、支援学校の一斉休校するよう」

要請(という名の指示)をしました。

 

反対意見もあれば、大反対意見もあり、

世の中は、混乱の渦に巻き込まれました。

 

このやり方には、

組織論的にも、

リーダーシップ論的にも、

大いに学べるところがあるので、ここで共有します。

 

■最も大きな過ちは、

「とにかく休校にする」

という

「手段を押し付けた」

という致命傷です。

 

手段を押し付けられると、

指示・命令された側は、

それを実践しなければならないので、

さまざまな無理を抱えることになります。

 

子どもを学校に預けて働く親が

出勤できなくなるのはどうするのか?

 

それが医療従事者の方々だった場合には、

病院の運営にも支障が生じるのではないか?

 

……といったことがニュースで流れ、

実際、

即日、各医療現場で、

看護師の方々など職員の調整が困難となり、

医療現場が混乱を来たしています。

 

その他にも、さまざまな問題が発生しました。

 

そして、誰もが、

この展開に戸惑い、

不満を覚える結果となりました。

 

■ここには、

結論が一方的に押し付けられたことへの

「不服」

があります。

 

そして、

「不服」

を抱えながら、対処せざるを得ないことによる

さらに大きな

「不服」

が生じています。

 

その渦中に巻き込まれた人々は、

自分たちで選択した展開ではないので、

「勝手に、決められた」

という、決めた側に対する不満を抱くのは

当然でしょう。

 

そして、

「勝手に決めたからには、

これらの弊害も、なんとかしてもらわなければ困る」

「混乱の責任はとってもらいたい」

という反発心が生まれています。

 

これが、

「手段を押し付ける」

ことに対して必ず起こる報いなのです。

 

■こうならないためには、

決して、手段を押し付けてはなりません。

 

では、どうするか?

 

「目的を共有する」

ということです。

 

「学校は児童・学童・生徒が集合するため、

感染の危険が高い。

児童・学童・生徒を、

この感染の危険から、

可及的速やかに遠ざけるよう、全力を尽くしてほしい」

と発信する、ということです。

 

そうすれば、学校・教員は、

「子どもたちを、感染から絶対に守らなければならない」

という目的のために、

最善を尽くすことでしょう。

 

そこに、

「なぜ、そんなことをしなければならないのだ?」

という不満を抱く人はいないでしょう。

 

むしろ、

「大事な子どもたちを守りたい」

という思いで、真剣に取り組むことになります。

 

そうなれば、

「この場合には、こういうことに配慮すべき」

「今回は、こんな風にしよう」

「とすれば、あれが必要だ」

「その前に、こうした準備が不可欠だ」

「そこには、あの人の協力があった方が良い」

と、それぞれが当事者意識を持って考える結果、

さまざまな方策が講じられることになります。

 

そこには、

「こうして最善を尽くす苦労の責任をとってほしい」

と反発心を抱く人もいません。

 

しかも、

各現場の実情に即した最良の答案が

各現場から上がってくるのです。

 

■このように、

・手段を押し付ければ反発を買い、

・目的を共有すれば当事者になってもらえ、

その結果は、180度異なるものになります。

 

指示する側と現場との関係性も、

・手段を押し付ければ悪くなり、

・目的を共有すれば良い関係になり、

180度異なります。

 

そのモチベーションも違うので、

・手段を押し付ければ自発的な動きは生まれず、

・目的を共有すれば当事者視点の良い動きが生まれ、

180度異なる展開になります。

 

せっかく内容が良くても、

みんなから好かれないので、

みんなに渋々応じてもらうということになり、

結果的に借りをつくってしまう

……というケースは、

このように作り出されてしまうことがあるのです。

 

逆に、

同じく良い提案内容が、

みんなから喜ばれ、

みんなが前向きに力を発揮してくれて、

その結果、

力を貸してくれたみんなから感謝される

……という流れにすることも可能だということです。

 

その分水嶺が

明らかになったのではないでしょうか。

 

■とはいうものの、

すんなり今日からよい展開をつくれるか?

というと、

まずは、思考習慣を変えることが必要になります。

 

もともと、

人はとかく、手段を押し付けがちです。

 

昭和時代の、指示命令体質の名残かもしれません。

 

あるいは、自分の用事にだけ関心が向いてしまう、

人間の生来の癖かもしれません。

 

しかし、

これからは、そうとばかりも言っていられません。

 

手段の押し付けをやめ、

目的の共有に力を注ぐことをお勧めします。

 

職場においても、

「来週から、このようにしてください」

「委員会で、こんな風に決まりました」

と、

「手段の押し付けのコミュニケーション」

が、日々行なわれています。

 

これでは、

不満や反発ばかりが生まれ、

考えない職員が育ち、

最良の方法が生まれる現場になることはありません。

 

「本当は、こうしたい」

「こんな病院にしたい」

「患者さんにこんな風に向き合いたい」

「私たちならこんな看護ができるのではないか」

と、

「目的の共有のコミュニケーション」

を、日々、意図的にすることが重要なことは、

みなさんには、お判りでしょう。

 

とはいうものの、

「本当は、こうしたい」

「こんな病院にしたい」

「患者さんにこんな風に向き合いたい」

「私たちならこんな看護ができるのではないか」

といったコミュニケーションをしなさい、と言って、

自然に行なわれるようになることはありません。

 

■では、どうすれば良いか?

 

そのための

「目的の共有のコミュニケーション」

を日々、行なうコミュニケーション・モデル、

それが

「HIT-Bit」

です。

 

なお、

「HIT-Bit」

については、1Dayセミナーを行なっています。

 

本当に効果が永続する組織づくりを実現したい方は、

ぜひご参加ください。

◆ 2020年3月29日(日)13:30〜16:30【東京】

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◆参加費:1人当り4,000円

 

■自律進化組織が6ヶ月で生まれる方程式「HIT-Bitプログラム」

については、

ブックレットで概略をお読みいただくことも可能です。

 

A5判、76ページ

1部800円となります。

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■よく街中の中華料理屋さんに入って

食事をとることがあり、

わたしだけかもしれませんが、

どうも、

中国人の店員さんは、愛想がないことが多いように感じています。

 

話すときにこちらを見もせずに、

「こちらへどうぞ〜」

と席を指定し、

 

こちらも見ずに

「ご注文どうぞ〜」

 

少しでも迷っていると、

「決まったら注文お願いします〜」

とぶっきらぼうに言って、

離れてゆき、

 

首尾よくオーダーしても、

オーダーしたわたしには返事もせずに、

「◯◯、※$▽♩☆〜〜〜!」

と厨房に向かって叫ぶだけ。

 

料理を持ってくるときにも、

何も言わずに料理の乗ったお盆を

ガチャン!

と音を立ててテーブルの上に置く、

……といった、

 

ホスピタリティのかけらも無い、

と感じられることが、

少なくともわたしには、しばしばあります。

 

ところが、です。

 

対応がどんなに雑だったり、

冷たかったり、

失礼な感じだったとしても、

中華料理屋さんの定食に限っては、

ほぼつねに、

どこのお店でも、

小さな杏仁豆腐が律儀についてくるのです。

 

そして、

必ずしも甘味がなくても大丈夫なわたしは、

毎回、

「気を遣うところ、そこなの???」

と思うのです。

 

杏仁豆腐がなくても、

店員さんが感じのよう対応をしてくれた方が、

圧倒的に快適で、

「また来たい」

という動機になると思うのですが・・・。

 

■働き方改革という名で、

健全な職場づくりが推進されているようにも見えますが、

その具体的な内容は、

・残業を減らしましょう

・有給休暇をとりましょう

・福利厚生を充実しましょう

といった、制度設計がほとんど。

 

これらは、すべて

身体を気遣う施策ばかりです。

 

もちろん身体が楽になることも重要ですが、

身体よりも心を病んで、

退職する人がどれだけ増えていることか。

 

心のことも心配されていなくはありませんが、

一定以上の規模の職場に、

ストレスチェックが義務付けられているだけで、

肝心のメンタルトラブルの予防策は、

まったく講じられちえません。

 

身体が楽になれば、

心を病む人も減るはず、という理屈のようです。

 

しかし、

現在の医療現場は、

みなさんがご存知の通り、

拘束時間が長すぎることで身体を追い詰めていることは

多数ではありません。

 

それでも退職が減らないのは、

「人間関係で悩んで」

という理由であることはよく知られています。

 

退職の最大理由である

「人間関係の問題」

つまり、メンタルトラブルを未然に防止する策が

講じられることなく、

どこまでも身体への気遣いばかりが行なわれているのが、

いまの働き方改革の実状です。

 

そして、みなさんも、

中華料理屋さんで、

対応が冷たいくせに律儀に杏仁豆腐が運ばれて来た時のように、「気を使うところ、そこなの???」

とすでに感じていることでしょう。

 

世の中には、

「気を使うところ、そこなの???」

と思わざるを得ない

中華料理屋さんにおける杏仁豆腐のような例が
たくさんあるのです。
 
世の中にも、みなさんの現場にも、
「中華杏仁」
が、たくさんあるのではないでしょうか?
 
そんな時、
「ちょっと待て。
気を使うところはそこでいいのか?」
を振り返ることをお勧めします。
 

■組織を動かすには、

  • 目的の明示
  • 結果の検証

を徹底することが基本中の基本だということは、

みなさんはすでにご存知でしょう。

 

しかし、ほとんどの現場で、

これが驚くほどできていないのが実状です。

 

上司が、きちんと伝えていないにも関わらず、

「何度も聞くな、いい加減わかるだろう」

「自分で判断しろ」

と面倒がって

「何を、どこまで、いつまでに」

を伝えていないことが多々あります。

 

その一方で、

「こうしろ」

「ああしろ」

とプロセスに口出しをするという、

やってはならないことが多々発生しているのも見受けられます。

 

さらに、

「どのような結果になったか?」

を検証していないことも驚くほど多いのです。

 

その最も顕著な例が、

「研修の効果」

です。

 

「良くなった気がする」

「変わった気がする」

で検証したことにしている組織がいかに多いことでしょうか?

 

「気がする」

で良いくらいの研修なら、

やらない方が良いでしょう。

 

患者サービス研究所では、

「時間と費用と労力をかけて研修を行なうならば、

必ず効果測定をするよう」

お勧めしています。

 

効果測定なき施策は、

自己満足に過ぎません。

 

そうした自己満足のための研修を

販売する研修会社も存在するから、残念なことです。

 

「リーダーシップを向上する」

「ホスピタリティを向上する」

「コミュニケーションを旺盛にする」

「モチベーションを向上する」

などなど、

目に見えないことに関する研修ほど、

「結果を検証していない」

ということが目立ちます。

 

こうした研修は無駄以外の何物でもありません。

 

そればかりか、

「うちって意味のない研修多いよね」

と職員からの組織に対する不信を買うことにもなるのです。

 

■ここからが、本題です。

 

要するに、なにごとも

「具体的ではない」

ことに問題の本質があります。

 

「何を、どこまでに、いつまでに」

実現するのか?について、

具体的に明示することが必要です。

 

また、

それがどこまで実現したのか?についても

具体的に検証しなければ意味がありません。

 

しかし、残念ながら、部下職員の方から、

事前に

「具体的には、なにをこうしますね」

と申し出ることはありません。

 

また、

事後に、

「ここまでやりましたが、

この点だけは、

この基準に照らせば'70%、あの基準でも80%です。

なのでもう少し時間をいただけませんか?」

とより緻密に取り組もうという言葉が出てくることはありません。

 

人は、どうしても他者の基準よりも、

自分の視点で動きたいものだからです。

 

そのため、

どうしても抽象的なアピールをする傾向があります。

 

■いまの政権与党も、

 

「充分やっている」

 

「問題ない」

 

「しっかりやっている」

 

「丁寧に説明している」

 

「責任を持って当たる」

 

……などなど、

抽象的なアピールのオンパレードになっていますから、

 

「ほとんど出来ていない」

ということを意味していると考えて良いでしょう。

 

なぜなら、

もし、出来ていることならば、

時間・場所・基準などを示して、

具体的に説明するはずだからです。

 

なぜなら、具体的に説明した方が、

評価も上がるばかりか、

理解を得られやすいので、

その後の展開もしやすくなるからです。

 

にもかかわらず、

「頑張っています」

といった抽象的な言葉でアピールするということは、

「具体的な事実をあげてアピールできる成果がない」

ということを示していることがわかるでしょう。

 

組織内においても、

部下職員からは

「具体的にアピールさせること」

が重要です。

 

できるかぎり

時間・場所・基準などを示し、

具体的に説明してもらうようにしましょう。

 

そうすることによって、

「結果の検証」

も確実なものとなるのです。

 

■わが国では、人事評価制度も、

上司の主観でつけるという

主観評価が主流となっています。

 

本来、人事評価は、

具体的に、

「いつ、なにを、どのようにした」

といった具体的な事実をもとにした、

「客観評価」

でなければならないはずです。

 

主観評価が横行しているために、

派閥争いや

パワーハラスメント、

社内営業、

情実人事などがまかり通ってきたのです。

 

これでは、いつまでも

健全で、

職員がやりがいや誇りを感じる職場、

組織の生産性の最大化は、実現できる日は訪れません。

 

■したがって、

経営陣・管理職の仕事は、

「具体化すること」

ということが言えるでしょう。

 

まずは、

「なにを、どこまで、いつまでに」

を明確に伝えることから始めてみることをお勧めします。