エラリー・クイーンへの愛を作品の端々で叫ぶ有栖川有栖さんのデビュー作。
新本格といえば『京大ミス研』が有名ですが、有栖川さんはお隣の同志社のミス研出身。
作者と同名の主人公、有栖川有栖(アリス)がワトソン役を務め、
彼が所属する英都大学推理小説研究会の部長、江神二郎が探偵役となり、
サークルの仲間と共に事件の謎を追う『江神シリーズ』の1作目です。
今作ではサークルの夏合宿で山でのキャンプを行い、現地で出会った他大学の生徒達と打ち解けるが、
突如山が噴火してしまう。
更に、共にキャンプを張っていたメンバーの1人が遺体となって発見されるが
噴火の影響で外との連絡も取れず、下山も出来ない。。
というタイムリーなクローズド・サークル物です。
ミステリを読む方の中には意外な推理・真相や、
叙述トリック等による驚きを求める方も多くいると思いますが、
この作品にはそういった要素はありません。
また、緻密な推理を組み立てて犯人を暴くといった趣向でもありません。
では何がイイのかといいますと・・・
自分の将来や恋愛、謎多き江神部長の事で思い悩むアリス
多くは語らないが博識でどこか悟ったような江神部長
ミステリを読み込み、知識は豊富だが少々頭でっかちな望月先輩
愛知育ちだが関西に染まりきっているイケイケな織田先輩
と、非常に主人公チームが魅力的。
ミステリには名前と役割を与えられただけで印象の薄い登場人物をよく見ますが、
主人公の心情描写や仲間の人間性が垣間見られる場面が多く、青春小説としても楽しめます。
また、推理小説マニアが集うサークル内でのミステリ談義も見物です。
国内外の巨匠の作品について議論したり薀蓄を語ったりと、ミステリ通はニヤリとするでしょうし、
私の様な駆け出しファンには“次に読む本選び”の参考にもなります。
ミステリ部分に関しては、散らばった手がかりを推理で繋いでいって最後には1本の線になる様な
爽快感ではなく、江神部長が関係者の前で犯人を名指しするシーンに力が入れられています。
探偵が最も輝く瞬間にスポットを当てており、
飯城勇三さんの『エラリー・クイーンの騎士たち―横溝正史から新本格作家まで』にも
書かれていましたが、ヒーロー物としてのミステリになっていると思います。
“読者への挑戦”も挿入されているので、犯人を推理しながら読むという楽しみ方も当然出来ます。
読み落としの無い様に細かく読み込んでいくというよりは、
事件に巻き込まれた主人公達の揺れ動く心を追いながら、
なかなか進展しない捜査から探偵の真相解明宣言、そして全てを関係者に明かす山場
といった物語の波を楽しめるミステリです。
英都大学は同志社大学をモデルにしている様で、大学メンバーが関西弁で喋るのも魅力の1つです。
今出川通りや白河等、周辺の地名も出てくるので
京都在住の方は情景を頭に浮かべながら読むとより楽しいでしょう。
アリスがサークルに入るきっかけや、大学周辺が舞台となる事件(日常の謎)が描かれた
短編集『江神二郎の洞察』も併せて読むのがオススメです。
ネタバレ感想
アリスの心情描写やEMCの掛け合いが面白く、事件とはあまり関係ない部分でも楽しめる
といった所が他の作家さんには無い楽しさだと思います。
たった1回の出番ながらも強烈なインパクトを残すルナ然り、魅力的なキャラクターを生み出し、
物語のメリハリが上手くつけられていて重要な場面では一気に引き込まれる所からも、
有栖川有栖さんはどのジャンルでも活躍出来そうだなと感じる作品でした。
いきなり噴火シーンから始まるので、少々面喰いましたが(笑)
正直謎解きの部分(マッチや懐中電灯)ではもう一押し欲しいとは思いましたが、
淡々と事件を解決する手腕を見せる職業探偵物では無く
ドラマを経て、真相というクライマックスに辿り着く青春とミステリのハイブリッドといった感じで、
読み終わった時はとても満足感がありました。
そして何といってもEMCによるミステリ談義です。講義でもありますよね。
全てでは無いでしょうが、作者の本音も書かれているのでしょう。
作家ならではの見方はとても参考になります。
「ポワロの推理には納得がいかない」
「エラリー・クイーンでさえダイイング・メッセージを扱うと途端に怪しくなる」
といった過激な発言も飛び出しますが、それらは作者の所信表明かなと受け取りました。
好きで好きで読み込んだからこそ、そして尊敬する巨匠を超えたいという志が見える気がします。
有栖川さんの作品からはミステリへの愛が溢れています。
