※この記事は、本日8月8日に発信すると、決めていました。

 

実は、スリランカへ行く前からの2ヶ月間

書こうと思うたび、なにか重しが乗っているようで

筆が進まず、かなりモヤモヤの日々。

7/30~8/1の八ヶ岳、諏訪への旅を経て、ようやく

まとまってきました。

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

 

諏訪大社からすこし離れた、元伊勢ならぬ、元諏訪

とも言えるわたしの大切なサンクチュアリ。

 

こちらのご祭神のうちのひと柱
(神さまを数える単位は柱なのです)

 

国之常立神(クニノトコタチノカミ)

または

国常立尊(クニノトコタチノミコト)

 

と呼ばれる神さまです。

クニトコタチとは、日本の国土の床

(とこ、土台、大地、底)の出現を表し

地震や雷、火、水に深く関わり、かの日月神示では

艮の金神とされています。

 

 

※ちょうど今、タイムリーですので、

ビビっと来た方はwikiをご覧ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%B9%8B%E5%B8%B8%E7%AB%8B%E7%A5%9E

 

2015年に諏訪のサンクチュアリにて

はじめて国之常立神さんにご挨拶したときに

わたしのからだの真ん中を一陣の風が吹き抜けました。

 

 

味わったことのない、しかし、とてつもなく懐かしいような

(矛盾してますねチューあせる

 

以前に玉置神社の国之常立神さんにご挨拶していますが

そのときは、ここまでの感動は覚えませんでした。

 

胸の真中を風が吹く

https://ameblo.jp/payoco/entry-12395440241.html

 

にも書きましたが、いちばん最初に頂いたお言葉は

 

いつも
どこにいても
誰といても
何をしていても

 

わたしの胸の真ん中を
この、そよ風が気持ちよく
吹き抜けている

 

そんな在り方をしていれば
もうなんでもいい。
すべてしたいように。

 

でした。

これは、わたしだけではなく

すべてのひとへ共通する言霊のようです。

 

そして、ここから先のメッセージは、

じぶんとしては珍しく

どうしても今日2018年8月8日につづる必要があると思い

これまでブログに載せていませんでした。

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

諏訪のサンクチュアリ、国之常立神さんのお社の前で

降ってきた言葉を箇条書きにします。

※これらはバイブレーションをわたしの感性で切り取り、

読み解いたものなので、聞き漏らしている部分も

あるかと思います。

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

火(雄)の龍(北海道を頭にした龍)と

水(雌)の龍(九州を頭にした龍)の動きが凄まじく

激しい火と水の交差(クロス)が自然現象を産む。

2頭の龍の交わる(ジャンクション)に諏訪がある。

 

火と水、交差(クロス)するところ

時間軸、空間軸、交差(クロス)するところ

その真中に座する 国之常立神

 

國の土台、底を創り、その上に建つもを

下、裏で支える

クロスの中心を支える

 

ひとりひとりが持つ四つの魂(珠)

 

荒珠(勇)~あらみたま~

和珠(親)~にぎみたま~

幸珠(愛)~さきみたま~

奇珠(智)~くしみたま

 

これらをつなぐジャンクション

真中、中心へ可及的速やかに、還ること

 

今、つねに幸せなじぶん

そこに在ることの象徴として

じぶんの真中の風を感じること

 

とくに導き手、繋ぎ手の方々

両眼のうち、片眼曇り、霞む者が多い

真中に座すには、両極を繋ぐには

いまいちど、

両眼、清浄に、明らかにしておくこと

 

諏訪から戻ってからも

ジャンクション、継ぎ目、繋ぎ目、中心

という言霊がつねに周囲にあります。

 

バラバラになったもの。

中心をしっかり継げ、ということなのでしょうか。

それこそが、継ぎ、続ける(継続)である、とも

受け取れます。

ただし、何度も言いますが、これはわたしの観念体での

読み解き、切り取りであるということを重ねておきます。

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

全体的に感じることは

水、地震、噴火、土砂災害など

わたし達人間にとっては非常につらいことです。

しかし国之常立神のバイブレーションには

 

真中(まなか)に立つこと

中心に座すこと

バラバラを再度継いでいくこと

 

という文言が何度も繰り返し

随所に篭められていて

 

これはみんながそれを意識することで

かなり次元が変わってくるのでは……

 

ということを思いました。

キリギリスのように生きているわたしでも

なにか、ひしひしと感じました。

 

そしてこれを、じぶんの周囲に伝えようと。

 

真中に立つということは

個人的にも、國の民、集合エネルギーとしても

 

じぶんがどこに立っているか

どこを目指しているか

どう在りたいか

 

を指し示していると思います。

そして真中に還るためには

過去の見直し、片眼の曇りをクリアにする

そして 今、つねに幸せであるじぶんを

今すぐに意図することがマストであるように

思えました。

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

わたし自身も今すぐそれをしよう!と決めたので

 

この度、8月11日の獅子座新月(部分日食)に

無料一斉遠隔式で

モノリナによる四魂(珠)ジャンクションワークと

9月いっぱいまでそれに基づいた個人セッション等
キャンペーンを張ることにしました。

 

無料一斉遠隔およびキャンペーン

詳しい情報は今夜未明UPしますね口笛メラメラ波

 

2018.8.8

ぱよこ@KEYMASTER

 

 

 

 

なんでもない、ありふれた時間
刺激があっても、楽しくはない時間

 

じぶんとふたりっきりでいるときを

つまんない、変化がない、楽しくねー

の連続で過ごしていると

 

じぶんひとりでいる=つまんない

じぶん=つまんない

 

になっていくのは道理ですよね―


このよーに

上手に隠しまくったじぶんの実相が

あまりにもくっきり見えちゃって

軽く死にそーになりましたwチュー

 

が、同時に これはなんぞ使えるビックリマーク

とも思いまして。ここはせっかくだし、ちょっとした実験をしてみようと。

 

ひとりの時間(じぶんとふたりっきりの時間)に

もしも、あーくそつまんね 真顔 とか

チッ ムキー と思えるような場面に出会ったら

そこから別方向へ展開させてみよう実験です。

 

コミットしたら、チャンスはすぐやってきました。

 

前記事でも書いた 巣を追い出された
(※鍵を忘れて閉め出された)騒動のときのこと。

 

も――あせるなんだよ~~バカ―ん ゲロー

 

と、野菜を抱えてエントランス付近をうろうろしていたら

自転車に乗ったおばあちゃんが、ふいに道を尋ねてこられたので

あたしはここぞとばかりに

懇切丁寧に、道を案内してさしあげるという形で

巣を締め出され困惑してるエネルギー量をそのまま、まるっと別ベクトルに方向転換したのです。


じぶんの説明能力の高さは日頃から自認しているので、おばあちゃんにはとても感謝されました。

 

いいことをすると、なぜか気分がアガります。

これはイケる口笛 と思ったので、そっから先は

つまらんとき、なんか気分が乗らないときは

とにかく誰かを見つけて、ちょっといいことをする作戦に出ました。

 

電車の中で笑顔で席を譲るとか、そんな程度のことですが、落ちているときは優しくする余裕がなくなりがち。そこを、あえて今のじぶんの周波数と遠い行動をとることで周波数は割と瞬時に切り替わります。


これは、怒ってたり、泣いているこどもをびっくりさせると、一瞬で機嫌がなおってしまうのと同じ理屈ですかね。

 

いいことをする機会に恵まれないときは

笑えるネタはないか、あたりを観察することに注力しました。

そーすると、なかなかのヤツに遭遇するんですーキョロキョロ

 

一昨日、整体に行くため電車に乗ってたら

目の前にお母さん、男児(小1くらい)、兄(小5くらい)が

横並びに座っていて、真ん中の小1が明らかに飽きちゃってる様子だったの。

 

ギャーギャー騒いでみたり、母親に注意されて一度は黙るけど

すぐに耐えられなくなり、隣の兄の顔をベシベシ叩き始め(!)

 

これは……まちがいなく鉄拳制裁を食らうだろう

と思って観ていたら、そのお兄ちゃん

まったく動じず、されるがままにしているの。

 

リアクションがないのがつまらなかったのか、兄の帽子を奪い

顔面に押し付けるなど、次第にエスカレートしていく弟の仕打ち。

ついには帽子で顔を塞いだまま、頭を叩き始めるではないですか。


息があせる  せめて息はさせてあげて〜チーン


お母さんはスルー。

むしろ、兄弟の隣に座る、赤の他人のお姉さんの方が心配そう。

 

観ているこっちが

お兄ちゃん、大丈夫? がまんは溜め込み過ぎると毒だお!

と、声をかけたくなるレべルだったのですが。


そこで事件は起きました。

 

一方的にやられているお兄ちゃん

やおら帽子をじぶんの顔から引き剥がすと

弟に、ぶちゅ―――――ちゅードキドキ と

濃厚すぎるキスをお見舞いしたのですびっくり

 

弟、不意打ちに仰け反り、逃げようとするも適わず

お兄ちゃんにガッチリロックされ、顔中にキス攻撃

を食らっています。

必死にジタバタする弟、嬉しげに弟の顔面を吸う兄。

完全に形勢は逆転していました。

 

あたしは……

 

腹筋が崩壊するかと。

 

最後にトドメを刺したのは母親。

エスカレートするふたりの頭を、突如、おもむろに。

まるでコントのように

スパーンドンッ スパーンドンッ って

リズミカルにしばいたのです。

手にハリセンをお持ちかと思うような

小気味好い音を響かせながら、無言。

顔はあくまでも無表情です 真顔

 

向かいの席で見守っていたサラリーマンふたりも

会話を止め、静かに腹筋を震わせていました。

 

結局、その家族が降りるまで

コントがひたすら続いたおかげで、40分の乗車時間が

光の速さでした。

これも相対性理論でしょうか。

 

そんな感じで、実験キャンペーン続行中です。

またなんかネタを拾ったらシェアするおっ口笛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪の風 シンクロ 生きもの偏

スズメバチの次は ウマ  ウマ です。

 

まず、諏訪におけるわたしのサンクチュアリ。

とある神社なんですが、今回足を踏み入れた際

馬糞?みたいなにおいが立ち込めていたんですよね。

肥料かなにかかな―とあまり気にしなかったんですが

そういえばこの神社の敷地内には昔の競馬場跡があります。

 

その夜ですね―

寝る前、枕カバーをセットしていたら

白黒映画みたいな映像が映し出されているのに気がつきました。映像を観るのは寝起きとか、寝る前とか、

子供の頃からたまにあるんですが

 

今回は、複数頭の馬がですね、猛スピードで走ってる。

競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬競馬DASH!DASH!DASH!

馬にはひとが乗っているので、まさに競馬。

先頭争いがはげしく、落馬して脱落する場面も観ました。

そんなに必死に争って、その先になにがあるんだろう……

 

と考えたとき、ビビッと来ましたね。

これはなにかのメッセージだなと。

とりあえず、自転車に乗るときは気をつけろ―

(先日転んだあせる) ってことか?


もひとつ、

大きな速い流れから振り落とされぬように  

 に加え、さらに、もっと抽象的に

ひとより、得するための 競争

という概念を強く感じた。
 

火星大接近中っていうのもあったかな。

でもこれは、じぶん⇔他人⇔比べる っていう

普遍的お題でもありまして。

 

花なら蕾のうちに奪えー

負けて落ちれば、泥っ

 

じぶんのいない場で

楽しいことが起こるのがイヤ。

出し抜かれるのはイヤ。

 

みたいなさ。

 

そんな連想ゲームをしているうちに

寝オチてしまったわけですが

翌朝、また同じサンクチュアリ神社に

参拝できるチャンスがありまして。

 

なぜか、馬糞臭はなかったです。

20時間しか経ってないのにふしぎキョロキョロ?

肥料なら翌日も臭いそうな気がするけど。

 

前々記事でも書きましたが

参拝のときにひゅ―っと心地よい風が

じぶんの中を吹き抜けて行き、そのときに

 

じぶんがいない場で楽しいことが起きるのがイヤ

楽しいことは、じぶんのいる場で起きるんでしょ?

 

というひらめきがおりてきて

昨夜の枕カバー映像を観たときのビビっアップ

の正体はコレだ―と思いました。

 

地元に戻ってからも、

馬、ペガサス、ユニコーン のシンクロが来てるので

(たった今もTVをふと見たら競馬シーンでした)

 

その捉え方でOKだお―チューおんぷ

 

とゆーことだと受け取っておく。

 

どーゆーことかというと

 

楽しいことは外やひとと会ったときに

すごくたくさん起こるんですけど

ある種、刺激的な楽しさであって。

 

それは、

なにかをしたから

だれかと過ごしたから

 

生じて、感じた楽しいこと。

 

だけどそれ以外の

たとえばひとりの時間。

なんでもない、記憶に残らない時間。

さらに、楽しいと反対のベクトルにいるとき。

 

☑くっそ暑い中、ぜんぜん来ないバスを待ってるとか

☑頚椎がだる重くてつらいとか

☑出費つづきで機嫌が悪いとか

☑気を遣いすぎて疲れるとか

☑電車で乗り合わせたやつがムカつくとか

☑頭痛で寝込んで、丸一日つぶしたとか

☑やる気が起きなくて引きこもってるとか

 

生産性のない時間、楽しい刺激のない時間

地味~~に通り過ぎる、ありふれた時間

見慣れた顔ぶれ、見慣れた場所、見慣れたじぶん

 

そういう一瞬一瞬に

じぶんが与えている価値がくっそ低い場合

 

楽しいことは、じぶんのいる場所で起きるんでしょ?

 

とは、ならないだろうね。

 

幸せは、絶対的・不変的というより

幸せだと感じる感受性だと思うんですが

 

なんとなく

じぶんとはちがうものにあこがれる。

近くより、遠いところばかり見てる。

ここにないものを欲しがる。

 

そんなじぶん

いや、じぶんというか 在り方 だろうか。

 

もしかしてそこを直視するの、

けっこう巧みにスルーしてきた気がする。

あらゆるテクニックを駆使し、避けてきたかも チュー

 

まさか馬からここまで展開するかな―

予想外でした。