どうやら兵庫県知事選挙は斎藤元彦氏(元兵庫県知事)と稲村和美氏(元尼崎市長)のふたりが支持を集めているようだ。

先日のReHacの討論会では、斎藤元知事が公益通報者保護法に違反していたかどうかで、立花孝志氏が火を付け、三人のバトルがあった。

 

YouTubeの1:09:00~1:46:20の30分あたり。

 

 

 

対立点でそれぞれが根拠にするのが、「不正の目的」に該当するのか、「真実相当性」に該当するのかという発言だった。

 

斎藤候補の見解は、渡瀬元県民局長の匿名の告発文書は、不正の目的であり、真実もない。それをマスコミや県議会議員など不特定多数に送った。だから、その文書がどこから発信されたものかを調査し、ある職員が書いたものだと特定したので懲戒処分にした。途中から公益通報として窓口に通報したので、それからは公益通報として扱ったというのものだ。

 

それに対して、稲村候補は、書かれている真実相当性が問題であり、マスコミなどに配布されたものでも初期から第三者委員会などで調査すべきで、最初から公益通報として扱うべきだったという主張だ。

 

このことを法的に考えてみる。

 

 

1.告発文書は何をどのように告発していたのか?

 

告発文書の写真がある。

 

 

 

これはマスコミや県議会議員に配布されたので、知事側近にその問い合わせがあって発覚したものだと思われる。

文書の中身を要約すると以下のようなものだ。

 

〈1〉片山安孝副知事(当時)が「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の五百旗頭真理事長(故人)に、副理事長2人の解任を通告し、理事長の命を縮めた。
〈2〉前回知事選で、県幹部4人が知人らに斎藤知事への投票依頼などの事前運動を行った。
〈3〉知事が24年2月、商工会議所などに次の知事選での投票を依頼。
〈4〉視察先企業から高級コーヒーメーカーなどを受け取った。
〈5〉片山副知事(当時)らが商工会議所などに補助金カットをほのめかし、知事の政治資金パーティー券を大量購入させた。
〈6〉23年11月の阪神・オリックス優勝パレードの資金集めで、片山副知事(当時)らが信用金庫への補助金を増額し、企業協賛金としてキックバックさせた。
〈7〉複数のパワハラ。「20メートル手前で公用車を降りて歩かされ、どなり散らす」「気に入らないことがあると机をたたいて激怒」「幹部のチャットで夜中・休日など構わず指示」など。

 

 

 

そして、斎藤元知事の指示をうけて、片山元副知事のもとで調査が始まった。

その過程で片山元副知事は「クーデター」「革命」など現政権の転覆を狙った告発者の「不正の目的」を発見し、不正の意図を確認する。

 

 斎藤知事と片山前副知事がこのような初期対応になった経緯ですが、2024年3月、報道機関に「告発文」が配布されると、片山前副知事は知事室に呼び出され、斎藤知事から「徹底的に調べてくれ」と言われたといいます。百条委員会で片山前副知事は、それを「“告発者捜しの指示が出た”と受け止めた」と答えています。

 また、百条委員会の証言などによると、当初複数の幹部職員が「第三者委員会を立ち上げるべきだ」と進言していましたが、斎藤知事が「時間がかかる」と拒否したため、『内部調査』で告発者の特定を進めたということです。

 

 

 

そして、県知事サイドは3月25日に渡瀬元県民局長の公用パソコンを押収し、中身を調べる。

3月27日には斎藤元知事が、記者会見で「ウソ八百」と疑惑を否定する。

人事当局は渡瀬氏の懲戒処分を検討する。

4月4日に渡瀬元県民局長は、公益通報の窓口に通報する。

その後、この案件は公益通報として扱われ、片山元副知事も一切の関与から離れる。

人事当局は懲戒処分は待った方がいいと進言するが、5月7日に懲戒処分が言い渡される。

 

 

 

7月7日、百条委員会で証言することが決まっていた渡瀬元局長が死亡しているのが見つかる。

 

 

2.公益通報者保護法からの法律の論点はどこにあるのか?


百条委員会で、山口利昭弁護士という専門家が公益通報保護法について講演している。

この人は、2015年から消費者庁公益通報者保護制度検討委員会委員に就任し、2020年の法改正にも政府側として関わっている。

 

1時間20分ほどの講演だが、2022年の法改正を踏まえて、今回の事例を細かく解説している。

 

(1)「怪文書」の配布は公益通報として法的に保護されるのか?

 

まず、公益通報者保護法の指針で通報先は3つに区分される。

 

(1)事業者内部(法律事務所等、事業者があらかじめ定めた者も含む。)
(2)行政機関(通報対象事実について処分・勧告等の権限を有する行政機関。当該行政機関
があらかじめ定めた者も含む。)
(3)その他の事業者外部(通報対象事実の発生等を防止するために必要であると認められる
者 例:報道機関、消費者団体等)

 

兵庫県の斎藤元知事側は、顧問弁護士の助言で、今回のケースで元県民局長が4月4日に県の公益通報窓口に通報するまでを、公益通報として扱わず、名誉毀損の文書がばらまかれたとして副知事が調査を行うこととしてた。いわば「怪文書」の調査だ。

 

しかし、山口弁護士は今回のケースで、まず、外部通報も法の保護対象であるとして、公益通報として扱うべきだったと言っている。

先のガイドラインでは、1号が事業者の公益通報窓口、2号が行政機関、3号が事業者外部で、今回は3号通報と呼ばれるものになるのだ。
もちろん、公益通報者保護法第二条で「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく」としているので、不正の目的があった場合には公益通報として対応する義務はないことも述べた。

これまで百条委員会で、真実相当性があるかないかが公益通報として扱うかどうかと言われているが、真実相当性は民事上の通報者の保護用になるだけで公益通報にあたるかどうかの判断とは違うとも言っている。
そして、真実相当性は通報者側の立証責任になるが、不正の目的の証明は事業者側にあり、相当厳格な調査をしなければ立証は難しいとも言った。
 

 

 

(2)「不正の目的」と告発内容の「真実相当性」は法的にどこで問題になるのか?

 

あくまで、「真実相当性」や「不正の目的」は、告発時点での判断となり、今回のケースでも告発時点で、中立性のある「監事(監査委員)」か「第三者委員会」で調査を始めるのが適切だったろうという見解だ。

 

3月20日に斎藤元知事が告発の内容を把握した時点で、情報源を調べようとしたのは、名誉毀損などの疑いがあったということだと説明しているが、2022年の法改正に伴うガイドライン改正では、外部通報があった場合も公益通報としてどうする体制をとるか、誰が担当すべきかを定めることになったとのことだ。

そういう意味では、いまだに兵庫県は法令違反の状態だと山口弁護士は言っている。

 

 

 

 

さらに、ガイドライン改正後、今回のような情報源という通報者の探索をしたことも法令違反であり、むしろそういうことを行った知事側が懲戒処分になるだろうと山口弁護士は言っている。

 

 

しかし、今回、兵庫県からの法律相談に乗り、特別弁護士を務めている藤原正広氏は一連のことをこう述べている。

 

・3月の時点では、懲戒処分を行うには裁判で裁判所が事実認定をしてその処分が覆されないという判断を述べた。

・居酒屋での情報源だけで作った告発文書は公益通報で扱うような真実相当性はないので扱わなくてよいと助言した。

・懲戒処分を行う目的だけなら第三者委員会の設置は必要ないと言った。

・片山元副知事が調査の責任者をしたという認識は今もない(片山副知事は信用保証協会の理事長を務め、藤原弁護士はこの協会の顧問弁護士だった)。

・真実相当性が認められない → 不利益取扱は禁止されない → 懲戒事由がある → 懲戒処分は可能である という論理構成で、後は人事課の判断である。

・公益通報者保護法での保護される真実相当性がなければ、保護対象となるが、裁判では認められないと助言した。

・懲戒事由の4つで今回の懲戒は問題にないと助言した。

 

 

 

 

 

3.裁判でないと決着しない問題が含まれる

 

百条委員会でのふたりの弁護士の講演、証言を聞いて思うのは、これは裁判でも争われる案件だということだ。見解が異なる。

この委員会での発言を聞く限り、山口弁護士は公益通報者保護法には詳しいが、行政法にも労働法にもあまり詳しくないという印象だ。

それに対して、藤原弁護士は公益通報者保護法にそれほど詳しくはないが、労務関係や行政法には詳しそうだ。

公益通報について、改正後のガイドラインで判例の蓄積もまだない。

 

2022年の法改正にともなう指針の改正に今も兵庫県は対応していない。

対応いれば、今回、むしろ元県民局長を懲戒処分にした知事側が懲戒の対象になっていたと山口弁護士は言っている。

 

しかし、藤原弁護士は、通報そのものを懲戒事由にしたわけではなく、3月に噂話を配布し、誹謗中傷したことなどを対象にしているので適法だと言っている。

 

今回の怪文書配布が公益通報保護法の対象となるということは山口弁護士の解説からわかる。

兵庫県はすぐにも通報の種類ごとに対応手続きと体制をまとめるべきだろう。

今回、その措置をとることの不作為は県側に瑕疵があるのだろう。

 

その上で、「不正の目的」としてこの「怪文書は」公益通報保護法の対象となるのかならないのか?

また、書かれていることの「真実相当性」がなく、懲戒処分は有効なのかどうか?

 

この二点については法律の素人が論じて断じられるものではないのだろう。

 

行政の判断は、裁判になれば、最終的には司法判断を待つしかないのだと思う。

 

このことが争点になっているとしたら、一票の選択を兵庫県民はそれ以外の政策で判断するしかないのだろう。

 

 

〇公益通報者保護法と制度の概要ページ

「公益通報ハンドブック」より

 

 

【参考】
公益通報者保護法第 11 条第2項の規定
「事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。」

公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき
措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(抄)


第2 用語の説明
「公益通報」とは、法第2条第1項に定める「公益通報」をいい、処分等の権限を有する行政機関やその他外部への通報が公益通報となる場合も含む。 「公益通報者」とは、法第2条第2項に定める「公益通報者」をいい、公益通報をした者をいう。
「内部公益通報対応体制」とは、法第 11 条第2項に定める、事業者が内部公益通報に応じ、適切に対応するために整備する体制をいう。
「通報者の探索」とは、公益通報者を特定しようとする行為をいう。
 

第4 内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第 11 条第2項関係)
2 事業者は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置をとらなければならない。
 

(1) 不利益な取扱いの防止に関する措置 
イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための
措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
 

(2) 範囲外共有等の防止に関する措置
□事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。


○ 公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第 118 号)の解説(抄)


第3 指針の解説


Ⅱ 内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第 11 条第2項関係)


 2 公益通報者を保護する体制の整備


(1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
 ③ 指針を遵守するための考え方や具体例
 法第2条に定める「処分等の権限を有する行政機関」や「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。


 (2) 範囲外共有等の防止に関する措置
 ③ 指針を遵守するための考え方や具体例 通報者の探索を行うことを防ぐための措置として、例えば、通報者の探索は行ってはならない行為であって懲戒処分その他の措置の対象となることを定め、その旨を教育・周知すること等が考えられる。

(1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。