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問題解決の扉

生活の中での創意工夫に努力しています

 

 
桜の開花を喜び、お花見を楽しめるのは幸せな事です。
 
若い時は桜にはほとんど関心がありませんでした。
 
子供が小さな頃に毎日通う公園に桜が咲いても、何とも思わず、公園が混むことが嫌だっただけでした。
 
その後、高齢になった親を花見に誘うようになりましたが、「行くのが大変だからもうやめる」とある年から中止になりました。
 
病気の友人が残した日記には「来年の桜は見ることができない。今年は窓のない病室で過ごさねばならない。昨年の桜が見納めだった」と書いてありました。
 
これを読ませてもらった時から、どうしても桜と別れがセットに感じられます。
 
二年前、ケアハウスから母を花見に連れて行きました。
 
穴場の公園で桜を独り占めできました。
 
昨年はお天気の関係で行けないまま終わってしまいました。
 
今年は入院したので行けませんでした。
 
私は八重桜が好きで、今年もどうしても見たかったので、夫と見に行きました。
 
夫はやっとの思いで何とか、と言う状態でした。
 
一年の重みを感じるのが悲しさの原因でしょうか。
 
 

 

 

 
園内のところどころにこのような若い木が植えられていました。
 
この木の成長をどこまで見届ける事ができるでしょうか。

 

 

 

 

母と夫。

 

介護と言っていいのかわからないレベルですが、時間と神経、交通費だけはすり減る日々です。

 

それでも、ゆっくりと終わりに向かっているのは確実な事。

 

必死で現状維持を心がけても、何かが起きてしまうはずと思っていましたところ、来ました。

 

自分に。

 

朝、起きたら首、肩に激痛。

 

理由はわかりませんが、とにかく激痛。

 

おまけに肩甲骨まで激痛。

 

一瞬、脳梗塞から来ているのではないかと怖くなりました。

 

何かを塗っても、薬を飲んでもよくならず、とうとう寝込み、すきを見て簡単な食事を用意してまた寝込み。

 

ようやく蘇ってきました。

 

寝込む時間もないのですが。

 

 

久しぶりに頭の中であの歌が繰り返されています。

 

「きっと来る、きっと来る、きっと来る」

 

映画は観ておりませんが。

 

グループホームみたいな所は自分が行くところではない。

 

だって、「そんな所に行くなんて可哀そう」と皆に言われたもの。

 

母はそう言って、退院後もケアハウスに戻りました。

 

ケアハウスは「自立した生活が送れる」が条件なのですが。

 

退院したその日に「エアコンのリモコン知らない?」と電話をかけてきました。

 

入院中に部屋に置いてある目薬を病院に届けた私がなくしたと思ったのでしょう。

 

翌日に聞くと「テーブルにあった」そうです。

 

翌日には「休んでいたけど、デイサービスの迎えはくるのか」と電話をしてきました。

 

「ケアマネさんが連絡をしておいたと言っていたでしょう。来るから時間になったら玄関で待っていて」と答えました。

 

高齢者の腸閉塞は繰り返す確率が高いと聞きます。

 

また腸閉塞になってしまうか、転倒するか、妙な言動をくり返し、施設を移るように言われるか。

 

再び深夜に電話がかかってくるかもしれないし、気が休まりません。

 

日々、ホラーです。