男の子と女の子ひとりずつだ
9歳と7歳
世界で恐ろしいニュースがあって
日本でも恐ろしいニュースがあって
男の人も女の人も当事者になる
母親なら一度は想像したことあるんじゃないだろうか
自分の子供が被害者になったら?
加害者になったら?
本当に嫌だけど
想像するよね
わたし今日も想像してみました
詳しくは書きたくもないけど
気付いたことがあります
こう思うの私だけかもしれないけどね
男のほうが死の近くにいるね
そう感じます
男のほうが死に近い
死に近づいていきます
そう感じます
娘は
死ぬ気がしません
変な話でしょ
命は一緒なのに
娘のことを思う時
「こわい事件」の被害者になること
そちらについて考えるのがベースになってて
生きるとか死ぬとか考えないんです
女は死から遠いです
身体的に精神的に傷つけられることへの怖れはもちろんある
でも死までは遠い
女のほうが生に執着心があると思います
世界のどこかで戦争がはじまったとき
嫌だな、平和がいいなって
子供の時から思ってました
でも息子が産まれてからはそんなんじゃないんです
絶対にとられない
絶対に許さない 行かせない
恐怖です 戦争が
本当にこわいです
絶対にとられない、って強く思う
もう当事者なの
男は
産む性じゃないから
自分の子供と「みなされる」とされます
私は、男がもつ
一番になりたい!って思う心とか
勇敢さとか
誰かの役に立つんだ、頑張るんだっていう強い心
女が子孫を形として残せることに対して
生きる力になっているのは
確かなものを手に入れたいというピュアな志
男のそういうパワーが
この世の中を動かしていると思っています
そのことをすごく尊敬しています
女はベースに産む性がある
男はない
これは大きな差です
男が形になったり数値化されることにこだわることが多いのは
このことが関係あると思っています
そこが満足しないといけないんです
雑な言い方ですが
ぽっくり死ぬのも
自殺するのも
男性が多いです
捕虜になるのも男です
それも私が男の方が死に近いと感じる原因
逆をいえば
実際、死に近づいていることそのものとも言えます
ちょっと話がそれました
想像してみると
男のほうが死に近いです
命を賭して何かしようとします
死に近づきます
今まで何か大きなことを成すとき
幾度となく男が死んだでしょう
自分の意志で
それが私にインプットされてるから
男は死に近い
そう思うんだろうね
死に近い
それは生に対する執着が薄いともいえる