「マサズ劇場」その108 時計の価格  | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

「あ、また国内の方から申し込みありました!」

 

「どれどれ。 あ、本当だ! 凪の方だね。」

 

「と思ったら今度はアメリカの方ですね。 えーと、蒼黒でも凪でもどちらでもよし、できれば2本とも希望、と。」

 

「へー、、やっぱりアメリカ強いねー。」

 

 

オリジナルウォッチの抽選応募が始まって、3週間経過。

 

さすがに開始当初ほどの勢いはなくなってきたが、それでも日に何本かづつかは応募をいただいている状況。

 

 

本当にありがたい。

 

長年苦しみながらようやく完成させたオリジナルの時計、なんて大風呂敷を広げたところで、欲しいという方がいなかったら、まったくの自己満足。

 

それどころか、、そのためにつぎ込んできた時間もお金もすべてムダになり、店の屋台骨を揺るがす事態になっていたはず。

 

内心、零細商店のオヤジとしては、ヒヤヒヤドキドキだったのだ。

 

 

おかげさまで予想外に多くの申し込みをいただいて、その心配はなくなった。

 

だけどそうなると、今度は、別の悩みが、。

 

 

年間で、合計10本の製造。

 

それでも相当にギリギリだけど、、欲しいと言って下さっている方は、その何倍もいる。

 

できれば一つでも多くの注文を受け付けたいところだけど、どう作業時間を計算しても現実的に限界で、大勢の方のご注文をお断りしなけりゃならない。

 

心苦しいこと甚だしい。

 

 

実際、これが「完全自社生産」の辛いところ。

 

既存のムーブメントに改造を加えて組み立てる方式なら、はるかに多くの時計ができる。

 

年間何十本、いや、100本だっていけるかもしれない。

 

でもそれなら、うちじゃなくても、やっているところは山ほどあるのだ。

 

 

心苦しいのは、価格に関しても同様。

 

計画の当初は、馴染みのお客さんたちに「300万円くらいで発売できるといいなーと思ってるんですよ」なんて言っていたのに、。

 

何年もやっているうち、「ここはこうしたい。 こっちもちゃんとしたい。いやー、ぺったんこの穴石はありえない、歯車はゴールドトレインでしょー、ネジは溝の面取りまで全部研磨、テンプはベリリウムにK18のウエイト付けて」なんて感じで、どんどん仕様が厳しくなる。

 

そのうえ、昨今の、金をはじめとした資材の高騰が重なった。

 

 

実を言うと、価格の設定に関しては、最後の最後まで後回しにしていた。

 

気の済むまでやることをやって、完成したら最後に計算すればいいや、と。

 

で、いよいよ時計は完成したけど、、気がつけば、店のスタッフ9人のうち6人が束になって掛かっても、月に一本作るのが精一杯なんて時計になっちゃった。

 

 

待てよ、いったい、いくらだったらいいんだ?

 

いよいよソロバンをはじいてみる。

 

えーと、、私を含めた6人の人件費、家賃や保険、機械のリース代や電気代、材料や資材の仕入れ、その他諸々の一年分を合算し、それを10本の時計で割ってみると、、、「あれ、、?!」

 

出てきたのは、当初の心積もりとは、かけ離れた数字!

 

試しに「300万円」の設定で試算してみたら、、1年もたずに会社は倒産することがわかった。

 

 

「凪」が、税別950万円(K18)、「蒼黒」は、1100万円(K18)。

 

できあがったのは、、作っている自分たちにはまったく手の届かない時計。

 

これでも正直、さしたる余裕はない。

 

来年も同じ値段でできるかどうかは、一年やってみなきゃ分からないのだ。