「あ、また国内の方から申し込みありました!」
「どれどれ。 あ、本当だ! 凪の方だね。」
「と思ったら今度はアメリカの方ですね。 えーと、蒼黒でも凪でもどちらでもよし、できれば2本とも希望、と。」
「へー、、やっぱりアメリカ強いねー。」
オリジナルウォッチの抽選応募が始まって、3週間経過。
さすがに開始当初ほどの勢いはなくなってきたが、それでも日に何本かづつかは応募をいただいている状況。
本当にありがたい。
長年苦しみながらようやく完成させたオリジナルの時計、なんて大風呂敷を広げたところで、欲しいという方がいなかったら、まったくの自己満足。
それどころか、、そのためにつぎ込んできた時間もお金もすべてムダになり、店の屋台骨を揺るがす事態になっていたはず。
内心、零細商店のオヤジとしては、ヒヤヒヤドキドキだったのだ。
おかげさまで予想外に多くの申し込みをいただいて、その心配はなくなった。
だけどそうなると、今度は、別の悩みが、。
年間で、合計10本の製造。
それでも相当にギリギリだけど、、欲しいと言って下さっている方は、その何倍もいる。
できれば一つでも多くの注文を受け付けたいところだけど、どう作業時間を計算しても現実的に限界で、大勢の方のご注文をお断りしなけりゃならない。
心苦しいこと甚だしい。
実際、これが「完全自社生産」の辛いところ。
既存のムーブメントに改造を加えて組み立てる方式なら、はるかに多くの時計ができる。
年間何十本、いや、100本だっていけるかもしれない。
でもそれなら、うちじゃなくても、やっているところは山ほどあるのだ。
心苦しいのは、価格に関しても同様。
計画の当初は、馴染みのお客さんたちに「300万円くらいで発売できるといいなーと思ってるんですよ」なんて言っていたのに、。
何年もやっているうち、「ここはこうしたい。 こっちもちゃんとしたい。いやー、ぺったんこの穴石はありえない、歯車はゴールドトレインでしょー、ネジは溝の面取りまで全部研磨、テンプはベリリウムにK18のウエイト付けて」なんて感じで、どんどん仕様が厳しくなる。
そのうえ、昨今の、金をはじめとした資材の高騰が重なった。
実を言うと、価格の設定に関しては、最後の最後まで後回しにしていた。
気の済むまでやることをやって、完成したら最後に計算すればいいや、と。
で、いよいよ時計は完成したけど、、気がつけば、店のスタッフ9人のうち6人が束になって掛かっても、月に一本作るのが精一杯なんて時計になっちゃった。
待てよ、いったい、いくらだったらいいんだ?
いよいよソロバンをはじいてみる。
えーと、、私を含めた6人の人件費、家賃や保険、機械のリース代や電気代、材料や資材の仕入れ、その他諸々の一年分を合算し、それを10本の時計で割ってみると、、、「あれ、、?!」
出てきたのは、当初の心積もりとは、かけ離れた数字!
試しに「300万円」の設定で試算してみたら、、1年もたずに会社は倒産することがわかった。
「凪」が、税別950万円(K18)、「蒼黒」は、1100万円(K18)。
できあがったのは、、作っている自分たちにはまったく手の届かない時計。
これでも正直、さしたる余裕はない。
来年も同じ値段でできるかどうかは、一年やってみなきゃ分からないのだ。