「マサズ劇場」その107 蒼黒 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

苦節10年ののちにたどり着いた最初の時計が「凪 なぎ」であることは、前回ご紹介した通り。

 

これはムーブメントMP1は岩田、ケースや文字盤はオールラウンダーの虎太郎(清水)との協力で完成した時計だが、その後、辻本と進めたもう一つのモデルが「蒼黒 そうこく」だ。

 

実のところ、これは10年前スイスの巨匠フィリップデュフォーさんに指摘された「日本のテイストが感じられない」という言葉に対する私なりの答えとして完結した時計といえる。

 

 

ご存知の通り、以前から辻本はカスタムウォッチや「那由他モデル」で、文字盤を作っていた。

 

日本の伝統工芸である刀装具の彫金をこよなく愛する辻本にとって、文字盤の数字を彫る、ムーブメントに彫りを入れるという作業はお手のものだし、マシンを使ってギョーシェ模様を入れる仕事も、散々こなしてきた。

 

でも今回、もう一本の時計に私が欲しかったのは、辻本が、今までうちでやっていない「何か」だった。

 

 

一見簡単なことのようで、日本的な佇まいを時計で高度に表現するというのは、実に難しい。

 

やたらめったに和彫りをいれまくったり、桜や富士山のようなシンボルをモチーフにしたりしたら最後、、それは元来日本人が持っていた美意識から離れ、観光地や空港で売っている外国人向けのお土産品になり下がってしまうから。

 

だから当初は辻本と、今までやっていた黒染めの赤銅ギョーシェを少し変えた感じで何かないかな?みたいな話しをしながらデザイン画を起こしたものの、、うーん、90%、、100%の納得には至らないまま中断。

 

 

「凪」の追い込みでしばらく意識が離れていたある日、辻本がうちから小さなサンプルを持ってきた。

 

「これ、どうですかね?」

 

「ん? なにこれ?」

 

見れば小さな赤銅のカケラに、手彫りの模様が並んでいる。

 

「これは今自分の刀装具の作品でやってるやつで、、麻の葉を手彫りしてバリを立ててから上から押して、表情をつける手法なんですよ。これでギョーシェのような仕上げにしたら面白いんじゃないかと思って。」

 

「どれどれ、、うん。 たしかに面白いけど、、これを文字盤に彫るのに、どのくらい時間掛かる?」

 

「うーん、やったことないですけど、どうすかねー、2週間くらいかなぁ、。」

 

文字盤中央の彫りで2週間、、その他数字の手彫りやインデックスの彫り、別体で作るスモールセコンドにも同じような手間が掛かるとなると、、「文字盤だけで、丸々、一ヶ月は掛かるかな。 特別な針も合わせて作るとなると、、」

 

「、ですね。」

 

 

それではあまりに高額になりすぎるという気がして一度は私が保留した仕様だった。

 

しかしある時、香港から来ていたあるディーラーに見せたところ、「素晴らしい!」

 

「そうなんだ。だけど、ちょっとコストが掛かりすぎるからね。」

 

そういう私に、「マサ、こういうの分る人は、値段ななんか気にしないよ。 やったらいいのに、これ。」

 

 

よく考えれば、値段が高いからと注文が入らないなら諦めがつくけど、出来がつまらないからダメというのでは、一生後悔が残る。

 

よし。 やるしかないな。

 

辻本に文字盤を任せる間、私自身はMP1の仕上げも蒼黒仕様を考えながら試し、最終的には、テンプ受けにも文字盤と同じ彫りを入れてもらうことに。

 

試作品ができた時には、辻本も私も、心に一点の曇りもなく、100%納得のいく時計になった。

 

 

そんな風にして、私たちの長い闘いは、一旦は終わった。

 

今、2つの完成品を前にして思い返せば、本当に長い道のりだったと思う。

 

 

本日、オリジナルウォッチ「凪 なぎ」と「蒼黒 そうこく」リリースしました。

ご興味のある方、是非ともご覧ください!