「ホラ、少しスマホ眺めてる時間減らせよ! 目が見えなくなっちゃうぞ!」
「先輩から連絡来てるから、、。 それに目なんかこれ以上悪くなりようないよ。」
珍しくどこにも引っ掛からずにうちに帰ると、ソファでのけぞった長女がスマホにかじりついていた。
最近は他に何かしているのを見ることがないほど、スマホばかりいじっている。
視力が0.1以下になったのはスマホを持っていなかった中学生の頃だから目が悪くなったのはそのせいではないが、、こう四六時中デジタル画面ばかり見ていたら、更に悪くなるのは間違いないだろう。
「本当に見えなくなったら大変だからな! 知らないぞ。」
「わかったよ。 うるさいなー。」
来年成人を迎える長女は面倒くさそうに言い捨てるとそのまま自分の部屋に上がって行ったが、、部屋の電気が消えるのは、だいたい朝方なのだ。
缶ビール一本で遅い夕食を一人で済ませると、午後11時過ぎだった。
ちなみに私は、うちではロクに呑まない。
カミさんと次女は仲良く宝塚のDVDを観ていたから、私は流しの洗い物を片付けるついでに包丁研ぎを始めた。
先週の休みに研いだばかりの包丁はまだまだ普通に切れていたけど、、まあこれは既に趣味のようなものか。
シャカシャカシャカ。
中仕上げの砥石で全体をしのぎまで削り直し、細かな 「返り」を落としながら仕上げ砥で仕上げる。
「よしっ!」
片手でぶら下げた新聞紙がシャーっと切れるようになった頃には、既に日付が変わっていた。
顔を上げると、DVDを観終えた次女はテーブルにノートパソコンを広げている。
相変わらず宝塚のウエブサイトかなんかをみているようだが、、。
「もう寝た方がいいぞ。 12時過ぎちゃったし。 明日学校だろ?」
「うん。 もうちょっと、、。」
「中学生にはちょっと遅すぎだよ。 ちゃんと8時間くらいは寝ないとな。」
「分かってる。 あとちょっとだけだから。 」
やがて諦めたようにノートパソコンを閉じた次女は、小さな声で 「おやすみ」 と言いながら階段を上がって行った。
テレビやスマホ、パソコンがなければ早く寝るのかは分からない。
でも少なくとも自分の子供の頃のことを想い出すと、これほど毎晩、深夜まで起きている理由はなかったように思う。
長女は大学の少林寺拳法部、次女は部活動以外にも週に3~4回のバレエで、それぞれ身体は疲れている筈なのに、、。
風呂に浸かりながら色々考えを巡らすが、なんともうまくまとまらない。
言うまでもなく、デジタル画面の眼精疲労や成長期の睡眠不足を心配するのは本人の身体を心配してのことなのだが、、子供達にはシンプルに煩がられるだけ。
まあ今になってみれば若い頃の自分にも思い当るところは山ほどあるから、人の事は言えないが、、。
「親の心、子知らず」 は、永遠の課題なのか。
「おいおい、いつまで同じことやってんだよ。 おまえ、それじゃ―全然仕事になんねえぞ!」
「、、、、。」
「いつも言ってるけど、良く考えもせずにせっせと手を動かすから時間が掛かんだよ。 手を動かす前に、よく頭を使えっつーの。 そもそもなんで散々洗った部品を後から磨いて仕上げんだよ。 仕上げた後にまた洗うことになんだろ? そんなの順番をひっくり返しただけで、時間は半分になるじゃんか。」
「、、はい。」
よく考えてみれば、「親の心」 だけじゃなかった。
店にいても、私は煩がられる役なのだ。
もちろん店でガミガミ言うのは、親心ばかりとは言えない。、
決められた仕事が一定時間内で仕上がらなければ採算が割れるし、そうなると当然店として困るから。
でも正直、それだけでもない。
実際、時計学校の卒業生がすぐに利き腕の職人になるほど、アンティーク時計修復の世界は甘くない。
100年物の時計が一通りできるようになっても、200年物、300年物、更に複雑怪奇で厄介な時計はいくらでもあるし、ちょっと手入れが悪くて動かない時計なら直せるようになっても、、、あちこちの部品が無くなっているような時計を完成させるとなると、それは全く別次元の話なのだ。
だから最初の1~2年くらいは簡単な時計で躓くのも仕方ないのだが、、でもそれが 「のほほん」 といつまでも続いて、そのうち新たに入ってくる者にも抜かされたりするようになったら、少なくともうちには居られなくなってしまう。
そんなことになれば、我が子のために3年間、何百万円もの時計学校の学費を負担して支えた故郷の両親はさぞかし落胆するだろうし、心配にもなるだろう。
「就職決まったって喜んでたのに、あの子、大丈夫かなー、。」
その気持ちは私にも充分解るから、そうならないようにハッパをかけるのだ。
もちろん連中が心中 「うるせーなぁー」 と思っているのは承知の上、そういう意味ではうちの娘たちと同じ。
でもどういう因果か、私はそういう 「役」になってしまったのだから仕方ないと思っている。
と、口ではそんな風に言っていても、所詮、人間は弱いものだ。
「あ、マサさん、どうも。 今日は早いですね。 一軒目ですか?」
「うん。 今日はハモニカ寄らなかったからね。 とりあえずハイボール。」
うちでも店に居ても煩がられる私は、週の半分くらいは、それなりに(?)私を暖かく迎えてくれる場所に寄る。
日々闘い続けるために最低限必要な、自己肯定感を得るため。
決して無意味に呑んだくれているわけではないのだ。