「回想」 その45 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

信用金庫からの融資を受けることが出来て、いよいよジャンクヤードの移転計画は前に進み出した。
 

時は、西暦2000年。
 

世間では、ミレニアムという言葉が盛んに使われるようになった年のことだった。

 

 

手始めは、、、お腹が大きくなり店に出るのが難しくなってきた悦ちゃんの東町の店の返却準備から。
 

一年足らずでの閉店は全く予想外だったが、、「勿体無いなぁ」 と思いながら、ついこの間作り着けた看板や商品棚を壊して外し、荷物はいつでも移動できる状態になった。
 

それから次は、いよいよ2つの店の一斉引っ越し。
 

久米川店には大型の家具やショーケース、機械類などが満タン状態で詰まっていて、、こちらはとても二人や三人の手に負える仕事ではない。
 

かといって、引っ越し後の当面の懐具合を考えると、、プロの引越屋を雇う余裕はなかった。
 

ということで 「持つべきものは友達」 とばかりに二軒隣のバーでいつもの飲み仲間に相談したところ、、有難いことに、みんな一肌脱いでくれると言う。

 

 

引っ越し当日は、活きのいい助っ人6人が早朝のジャンクヤードに集合。
 

クレーン付きトラックで現れた重機屋のOHちゃん、國學院久我山ラグビー部OBで俳優のKAW(最近売れてきました)、現役ラガーマンのAKとバンドマンのYUとDA,そして最後に眠そうに目を擦りながら現れたのは、、、6人掛けのディナーテーブルを一人で抱きかかえて運ぶことのできる、大男のJY(身長191㎝)

そんな頼りになる連中がチームワーク良く何から何まで片付けてくれて、、引っ越しミッションは無事、一日で完了したのだった。

 

 

ヤマキビルに荷物が入ってから、無我夢中の一週間が経過。
 

店内が一通り形になったところで、ベランダに看板を取り付けた。

木製で、縦長の箱形。
 

道行く人の目に入り易いよう、全面が下に向かって傾斜させてある、岩田の力作。
 

そして前面には、緑の地に白の文字で
 

『Masa,s Pastime』

 

 

10年間親しんだ屋号を変えたのには、2つ理由があった。
 

一つには、その頃同業者に 『ジャンク』 と言う店があり、、、店を取り違えた問い合わせの電話が少なくなかったこと。
 

もう一つは、元々アンティークや雑貨全般をやっていた頃のジャンクヤードのイメージが、時計屋になって何となく合わなくなってきたことがあった。
 

ちなみにPastimeで辞書を引くと 「気晴らし、 娯楽」 などとなっている。
 

そしてこれは音的に past time、つまり 「過ぎた時間」 或いは 「過去の時計」 という言葉と近いので、、、それらも掛けた名前のつもりだった。

 


商売の拠点も屋号も新しくなって、心機一転。
 

店内を見渡せば、これまた岩田の作った本格的な作業台が5台。
 

それぞれに時計旋盤や顕微鏡が備え付けてあり、、スタッフが増えた時にも備えてある。

 

 

そんな風に 「マサズ パスタイム」 はようやっとスタートラインについたのだが、、しかしホッとしている間は全く無かった。
 

融資の返済は既に始まっていたし、長女の誕生も3ヶ月後に迫っている。
 

これからの経済的な負担は、ジャンクヤードの頃と比べ物にならないだろう。

 

それに、早くからジャンクヤードを支えてくれた 「Hさん」 が吉祥寺への移転を機に退職したこともあって、店にいるのは私と岩田の2人だけ。

 

つまりお金だけでなく、人手も足りない状態。

 

出来るだけ早くに店を軌道に乗せつつ、スタッフを増員しなければ、。

 

 

 

新しい作業台に腰かけて、改めて店内を見渡す。

 

大分店らしくはなったが、、これで本当にお客さんは来るのだろうか?

 

お金の残りを考えれば、、ダメだった時は、、そう長くはもたない。

 

 

それまでの数か月、吉祥寺に夢を抱いてがむしゃらに事を進めてきた私は、、、急激に襲ってきた不安に、押しつぶされそうになったのだった。

 

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

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