「どんなとこ探してんの?」
そう聞かれた私は、そのおじさんを見て一瞬戸惑った。
ドーンとした、スーツ姿の力士のような風体。
ズボンのベルトを覆う、巨大な肉の塊。
上を見上げれば、ポマードで固めた白髪混じりのオールバックにくわえタバコで、、なかなかの迫力だ。
ん、この人は店の人?
それとも物件探しをしている人?
でも 「お客さん~」 と話し掛けてきたところをみると、、やはり店の人なのか。。
「いやぁ、店を探しているんだけど、、なかなかいいのがなくて、。」
ざっくばらんなおじさんの口調に、私もそんな風に答えたように思う。
「ああ店舗ね。 いくらかあるよ。」
おじさんは吸っていたタバコを道端にボンと放り、ガラスのドアを開けて私を中に入れた。
店に入ると、カウンターの奥にはロール状になった絨毯がゴロゴロと置いてあり、隣の部屋のガラス面には沢山のカーテンのサンプルが掛かっている。
吉祥寺駅のホームからもよく見えるこのビルは、その最上階に 「インテリアの◯◯◯◯」 という大きな看板が掛かっていて、、不動産屋というよりは、内装屋が本業に見えるのだ。
店の存在自体は知っていながらそれまで私がそこに入らずにいたのは、、そんな見た目のせいだった。
「H.Yです。 お客さんは何屋をやるのかな? 箱の大きさはどのくらい?」
オバサンが淹れてくれたコーヒーがカウンターに運ばれてくる前に、おじさんは名刺を出しながら質問を浴びせてきた。
相変わらず、友達に話し掛けるような気さくな口調。
そしてカウンターに伝わるほどの、激しい貧乏揺すり。
さっき捨てたばかりなのに、手にはもうタバコを持っていて、ブカブカ。
そして太っているせいなのかタバコを吸いすぎているせいなのか、、呼吸が少しハーハーしていた。
私は、東村山と吉祥寺の東町に店があり、今それを全部まとめようとしていること。
商売はアンティーク時計屋であること。
今まで散々探し回ったがダメで、、今日見つからなかったら国分寺の物件に決めようと思っていること。
それから、駅からの距離や家賃の条件など、、、順を追って話した。
もっともこれは、もう嫌になるほど何軒もの不動産屋でしたのと同じ話しだったが、、家賃だけは、当初の 「30万」 から、ええいとばかりに 「40万」 に増額してあった。
何しろ、今日だめなら明日には家賃35万円の国分寺の店に決めるつもりでいたし、、もしラストチャンスの吉祥寺でいいところが見つかるなら、少々無理をしても構わない、と、、。
やはり私の心の中には、、どうにも吉祥寺を諦めきれないところがあったのだ。
実に意外なことに、せっかちそうな貧乏揺すりのHYさんは、私の話しを最後まで口を挟まずにウンウンと聞いてくれた。
そして、私の話しが済んだことが分かると、、ギャング映画の親分のように歯を噛み締めたままニカッと笑い、携帯電話を取り出してどこかに電話し始めた。
「ああどうも、まいど、HYです。 あの~、例の山ちゃんのところの上、まだ空いてる? ああ、そう、良かった。それじゃあ、これからお客さん連れて行きますよ。」
そして電話を切るなりこちらを向き直り、得意そうにこう言った。
「私はこう見えても、この界隈じゃちょっと顔が広いんですよ。 お客さんにピッタリのところがあるから、今から行きましょう」
部厚いポーチを小脇にはさんだHYさんは、カウンターに手を付いて、ヨイショっと立ち上がった。
私の胸は高鳴った。
今まで散々歩き回ってかすりもしなかったが、、ようやっと運が向いて来たか!
一方で、いや、でも待てよ、、親しそうに話していたけれど、同業者の仲間とグルになって、いい加減な不良物件を押し付けようとしているんじゃなかろうか、という心配も。
でもまあ、見てみてダメなら断ればいいだけの話しだし、。
そう思って立ち上がった私の目の前に、、「ちょっと待って!」
気が付けば、HYさんの背後、事務スペースの奥から、、、小柄なお爺ちゃんが、ヨチヨチといった感じで現れたのだ。
(続く)