久々の更新です。
ちょっぴり過ぎてしまったんだけどHalloweenネタです
毎年、10月後半に仲良しFamily達(5~6家族)とHalloweenPartyをしていたのですが、今年は色々有りまして開催されなかったんです。
パルタがっかり
しかぁし
近所の【こども交流センター】でHalloweenイベントをやるらしいと聞き、一気にテンション
当日二日前………
衣装は去年の魔女が有るから良いよね
と聞くと、友達にあげちゃった… とパルタ……
何ですと
どーすんのどーすんのよ
んじゃ、ウサ耳カチューシャでも着けて行け。
と言いましたら。
パルタごねるごねる…
『悪魔が良い!悪魔になりたい!!』
充分アナタは悪魔ぢゃないですか
何て言葉は無理矢理飲み込んで…
『じゃあ明日、百均へ行ってみるか!』
翌日、仕事が終わってからパルタと百均へ行って探してみたものの、店内はすっかりクリスマス
HalloweenGoods何てもう無かったんです。
仕方なくオモチャコーナーへ行って丁髷ズラでも買って茶を濁そうと思って居たら…
パルちゃん【ジョーカー】と書かれた帽子に釘付け
急遽ジョーカーに変更
何か変に火が付いた私……
帽子だけじゃ物足りなぁい
大判のフェルトを三枚購入
製作費用(帽子別)¥300-
製作時間 3時間
ジョーカー完成
その後どうなったかは聞かないで下さい……
イベント?
コンテスト?
パーティー??????
期待した私達親子が馬鹿だった。
そもそも、まだ余り浸透していないイベントだし…
この辺じゃ特に……
何を期待していたんだ…
着用時間
僅か30分…………………
来年はちゃんとやろうね
ごめんねパルタ
火葬の前日、姪っ子と甥っ子とボッチの元嫁様が圭次郎さんにお線香をあげに行ってくれた。
その後、近くのファミレスで皆で夕食を食べた。
こんなにも愛しい人達…
何故、一緒には居られないんだろう。何て考えてしまう。
父と母が保ち続ける事が叶わなかった形、“家族”
形こそ家族では無くなってしまったが確かな血の繋がりを感じる事が出来た気がした。
久しぶりに元気な彼女達の姿を見て、たえさんも安心した様だ。
沢山食べて、沢山しゃべって。
時間が経つのが早かった。
翌日。
それまでは良く晴れていた横浜。
その日は朝から雨が降っていた。
葬儀の後、そのまま北陸まで帰るので、朝からバタバタと支度に追われていた。
最近めっきり気弱になったマミーに8月の再会を約束して、久保山葬儀場へ向かう。
ここは㍉のおばあちゃん(たえさんの母)を送って以来。
ボッチと甥っ子が先に着いていた。
やがて、葬儀社から遺体が到着したと案内が掛かった。
棺がゆっくりと運ばれて来る。
その後をゆっくりと進み炉の前に着く。
棺の蓋が開かれる。
ぱるたにとっては、初めましてとサヨウナラ。
ぱるたも棺に花を入れてくれた。
〔お父さん、㍉の娘だよ。貴方の孫だよ。〕
心の中で語りかけてみた。
係りの方が『何か棺の中に入れるものはございませんか?』と声を掛けてくれたが、入れるものは何も無かった。
静かに蓋が閉ざされる。
炉の中に入っていく棺を見て〔ニドトアエナイ〕事を噛み締める。
横浜愚連隊としても生ききれず、夫としても失敗し、父にも成り切れなかった漢が空へ還る。
煙りが雨に包まれ雲に溶けて行く。
お経も無い、たった五人だけで見送る式だった。
それでも彼はきっと納得しているに違いない。
何故だか、そう思えてしかたがなかった。
全て終わり、あの大きな身体が小さい箱に納められボッチの腕に抱かれていた。
お骨を引き取ると言ったボッチにたえさんが『慌ててお墓に入れようとしなくて良いよ。小さい棚を買って自室に置いておく人も増えているみたいだし。』
ボ『うん。でも本当は、どうしたかったのかな…』
そう言って鼻を啜った。
もう、“本当”は何処にも無い。
彼の幸せだった時期はどの位有ったのだろう
形見として写真数枚と、あの本を持って行く。
圭次郎
享年八十二歳
彼に関わった全ての方に
有難うございました。
アパートを出てボッチの後に付いて、中華街に在る葬儀社に向かう。
裏通りに小さな佇まい。
約十五年振りの対面だ。
当初、『私は見ない。』 と言っていたたえさんも一緒に棺の前へ。
お線香をあげ、手を合わせる。
棺の中を覗くとそこには、随分とおじいさんになった“圭次郎”が静かに横たわっていた。
何故かたえさんの父(㍉のおじいちゃん)にそっくりだった。
た『お父さん、子供達が来てくれたよ。良かったねぇ。』
静かに呟いた。
外に出ると、街には灯が燈り始めていた。
ボッチと翌日の打ち合わせを済ませ、ぱるたとマミーの待つ葉山へ。
ぱるたはすっかり暇を持て余し、ダラダラ~ウロウロ~としていたらしく、
ぱ『明日はウチも行く!掃除手伝う!』
鼻息も荒く宣言していた。
その夜、やっと眠る事が出来た気がする。
翌朝、バッチリ快晴
お掃除日和
抜けられない仕事が有るボッチは午後から合流。
三人で取り掛かった。
とは言うものの、ぱるたは頭数には……
まあ何とか形にはなってきた。
片付けも終盤、ゴミを一カ所に集めて拭き掃除をしていて気が付いた。
㍉㍑の写真、無かったなぁ。
そこまで考えて思い出した。
離婚してすぐの頃、㍉達は南区へ引っ越して父だけがそれまで住んでいた家にいた。
㍉は転校せずにを乗り継いで中学に通っていた。
学校に近い為、昼間は仕事で留守のその家で良くサボっていた。
その時に、父の持ってる㍉の写真は全て捨ててしまったのだ。
父が持ってる訳が無い。
何と自分勝手で残酷な事か。
18歳の時、父の戸籍から抜け、自分一人の戸籍を作った。
役所の人に『一度抜けると元には戻れませんよ、財産分与からも外れますが、それでも良いですか?』
と念を押されたが、何の躊躇もなく『はい。』と答えていた。
父を捨てたのである。
㍉の写真が無い等と拗ねる資格など持っていなかった。
幼い頃、お父さんが大好きだった。
年間七日位しか逢えなかったが、帰って来た時は沢山面白い話しを聞かせてくれたっけ。
小さな子供と同じ目線で一生懸命遊び、年配者と真剣に語り、面白い事を難しく難しい話しを面白く、どんな相手にも分け隔てなく接する事の出来る“漢”だった
器量の良くない㍉をお父さんだけが『㍉さん綺麗になったねぇ!』『別嬪さんだよ!』と言ってくれたっけ。
子供心に嘘だとわかって居ても、はずかしくって擽ったくって嬉しかった。
アパートの片付けが終わると、三日後の火葬である。
勿論、墓を持っている筈もなく本家の墓に入れて貰える訳も無い。
つまりは、これが彼の生き様なんだと理解した。
つづく