第四十七話「憤怒の剛腕」③ | 秘蜜の置き場

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「確認だけど、君はどの辺りまで知っているんだ?」
「ルーチェモンの思念は度々入ってきたので、今回の戦いにおける彼の動向までは把握しているつもりです」
「そうかい。それはありがたい。その辺りも含めて二点ほど聞かせてほしい」
 手負いのセラフィモンには申し訳ないが、そこまで知っている情報源を見逃すことはできない。だからせめて要件は短く、シンプルに。
「まず一つ目。ルーチェモンがこの世界の破壊を望む理由は?」
「単純に言うなら憎悪です。残念ながら詳しい理由は分かりませんが、彼は管理者を――管理者が創ったこの世界を心底嫌っていました。……ああ、暴言を吐く際には、偽物とか箱庭などという言葉をよく口にしていましたね」
「偽物に箱庭、ね」
 そういえば充達の前に初めて姿を現したときも自らを「『紛い物の箱庭』を導くべく作られた光の神子」などと宣わっていた。その時は充も随分大仰な名乗りだと思っていた程度だが、今ならその言葉は皮肉のような意味合いを持たせたものなのではないかと感じる。
 ただあまりに抽象的過ぎて現状で結論を出すには早すぎるだろう。そう早々に割り切って思考を打ち切り、充は次の質問を口にする。
「二つ目。一度は本拠地まで攻め込んでおきながら、そこまで嫌っている管理者の提案したゲームにルーチェモンは何故乗ったんだい?」
 質問しておきながら、充自身その理由が思いつかない訳ではない。
 そもそも中枢カーネルまで侵略できたのなら、世界を滅ぼすことくらい管理者が自分達を呼び寄せるまでに達成できたことではないのか。敢えてしなかった、ということはあり得ないだろう。ならば、中枢カーネルに侵略しても世界を丸ごと滅ぼすことはできなかったと考えた方が妥当。――例えば、世界そのものに干渉する力を手中にできなかった、とか。
「それはイグドラシルの全権にアクセスするためのマスターキーを入手するためです。管理者の元に侵攻した際には、既にそのマスターキーは管理者の手元に無く、四つに分割されて別の形となって隠されてしまったらしいです。だから、侵攻の際には目的を達成できなかった」
 この世界においてはイグドラシルの全権にアクセスするためのマスターキーがそれに当たる。世界のすべての構成情報にアクセスできれば、世界を滅ぼすことなど容易いだろう。また、逆を言えば世界を滅ぼすことを妨害することも可能。
 ルーチェモンとしては管理者の証とも呼べるそれを確実に手元に置く必要があった。中枢カーネルに侵略したのも本当の目的はそれのはず。だが、それが達成されることはなかった。
「襲撃するよりも先に、管理者がマスターキーを上手く隠していたわけだね。そして、管理者が――ルーチェモンにはマスターキーを奪う舞台として――このゲームを提案し、ルーチェモンは渋々その条件を飲んで、管理者を世界の狭間に追い出した、ってところかな」
 それがこの戦いにおける裏事情。なるほどワイズモンは管理者がなんとかこぎつけたゲームだと言っていたが、案外最低限の根回しはしていたらしい。管理者に力づくの手段が通じない以上、ルーチェモンとしてもそれはそれは濃い苦汁を飲んだことだろう。
「で、さっきの話で気になったんだけど……そのマスターキーの別の形って、もしかして神器?」
「ええ。分割されたマスターキーは神器にそれぞれ埋め込まれ、ワイズモンに託されました。ワイズモンの空間に干渉する術を持たなかった当時のルーチェモンには手を出すことができなかったわけです」
 中枢カーネルには無く、ルーチェモンが襲撃後も辿り着けなかったところに保管されていた。四つに分割されて別の形になっている。
 それらを踏まえてこの戦いに関わりのあるものは……という推測だったが、正解だったらしい。
「オレもだいたい分かってきたぞ。ルーチェモン側からしたら、オレらを倒した数だけ、イグドラシルに近づくことができる。オレらは奴にとっての景品を振りかざして戦っていた訳だろ。そりゃ、ルーチェモンもさぞ気合が入っただろうな」
 管理者が選んだ面々が自分が欲しいものを持って戦いに来る。ルーチェモンからすれば、まさしくカモが葱を背負ってきたようなものだろう。
「いや……待った。僕らが景品を振りかざしているのなら、ルーチェモンがそれを目の前にして正々堂々と戦いに臨むのか?」
 そんなカモを相手にルーチェモンが何も法外行為を仕掛けてこないと誰が断言できるのか。奴は一度は中枢カーネルにまで攻め込み、後一歩で世界を潰すことが出来た存在。その最後のピースをカモが持っていて、尚且つそのカモが心底憎んでいる相手がけしかけたものだとしたら、果たして大人しく手段を選んでいるか。
 それはまず無いだろう。少なくとも、仕組んだゲームごとどんな手段を使っても叩き潰そうとするのが自然だ。ましてや、そのゲームそのものも管理者が仕組んだものなら、その潰し方はより悪どい方が良い。
「ルーチェモンは本当にただ苦汁を飲んでこのゲームを受け入れたのか? ルーチェモンは最初から真面目にやるつもりなんてないんじゃないのか? このゲームそのものを潰すつもりなんじゃないのか?」
 具体的な証拠のないまま状況の要因のみで立てた推測だ。だが、それは当然想定しておくべきことではなかったか。
「ルーチェモンが何か仕掛けてくるって言うのか?」
「既に仕掛けられてるかもしれないね。具体的な手段としてまず考えられるのは――やっぱり神器の強奪かな」
 真っ先に可能性として挙げられるのが、それ。カモが背負ってきた葱を先に強奪することは、目的に手早く近づくと同時に、管理者が作り上げた舞台を掻き回すのに十分過ぎるだろう。
「強奪って……この場には俺達とセラフィモンしか来れないだろ。だってこの空間の管理はワイズモンが管理しているんだから」
 だが、それはこの空間を管理するワイズモンに逆らうということ。それがルーチェモンには出来なかったからこそ、神器に埋め込まれたマスターキーを手にすることが出来ず、こんな回り道をする羽目になったのではないか。
「確かにそうです。ですが、今のルーチェモンには――」
「――あら、流石にそこまで感づかれては見過ごすことはできませんわ」
 その前提を嘲笑うように、充達の記憶にない声が聞こえる。
 蕩けるような甘さに澄んだ気品の籠った気を抜けば、ふらっと近寄ってしまいそうな声だ。だが、そこに籠められた言葉はこちらの恐怖を煽る呪詛でしかない。
 声の出処はガンレイズリガルモンの視覚の右端。そこにはいつのまにか黒い洞が発生し、その中から声の主がこちらを覗いていた。
 彼と充が戸惑い、動けぬ中で姿を現すそれは闇色のドレスを纏った毒と欲の女王。彼らが知るはずもないが、デーモンと同じ究極の善の存在が堕天させられ、産まれた魔王――色欲のリリスモン。
 ガンレイズリガルモンが銃口を向ける。その先には既にリリスモン姿は無く、彼女は長大な銃身の右に既に陣取っていた。これでは莫大な威力を秘めた大砲も、ただの大きく長いだけの棒だ。
 不意を突いての襲撃。そのアドバンテージを活かして、間合いを詰める足取り。そのどれもが事前に想定していた故の素早さだ。
「腕は要りませんわね」
「くっ……」
 ガンレイズリガルモンの右腕に狙いをつけ、右手の爪を振り下ろす。ほとんど反射的に大砲から両手を離して飛び退いため、幸い爪の毒が腕に回ることはなかった。
「あら、素早いこと。――では、これはありがたく頂戴します」
 しかし、大砲はリリスモンのすぐ近くに残ったまま。リリスモンは毒の無い左手でそれに手を乗せる。
「ちっ……ん? な、んだ……?」
 その瞬間、ガンレイズリガルモンを猛烈な脱力感が襲う。まるで力をごっそり持っていかれているような、立つこと以前に自分の姿も保てなくなるような、そんな感覚。
 現実として、その表現は実に的を射ていた。なぜなら、実際に彼はガルモンの姿へと退化していたからだ。
「何を、しやがっ……た?」
「ンふ。あなた方も言っていたでしょう。我が主が何か仕掛けてくると。――神器を奪いに来ると」
 通常のエネルギー切れによる自然な退化とは明らかに違う。こんな人為的なかたちの退化の原因など、大砲に触れたリリスモンの仕業以外は状況的にあり得ない。
「管理者が提案し、刃坊巧が形とした形態。あなたの大砲もその原理を利用したものでしょう。その原理は武装を用いて、神器の縮小版を作るもの。――つまり、その武器には神器としての核となる部分が集中することになります。そこを押さえれば……後は自明でしょう?」
 均等に纏った神器としての力を一点集中させることにより絶大的な力を得ることが、突風弾による形態変化の効果。力が一点集中するということは神器の核たる部分もそこに集中するということに他ならない。知らず知らずのうちに、諸刃の剣を振りかざしていたのだ。
 マスターキーを入手することを望んでいたルーチェモンには、それが埋め込まれている神器に干渉する力を持っていても不自然ではない。リリスモンは与えられたその力で神器を奪った。
「さて……ここでの要件は済みましたし、他の方はもう私の担当ではありません。時間に余裕が出来てしまいましたわ。ン――折角ですし、お手合わせ願えます?」
「心の底から遠慮したいね。それに貴女には元々相手が居たはずでは?」
「あら、つれないのですね。そんな態度を取られると、私も『元々のお相手に関してはご想像にお任せします』としか言いたくありませんわ」
 憂慮していた事態が現実となってしまった。しかも、神器を奪われた時点でこちらに打つ手は無い状態にも関わらず、リリスモンはやる気満々だ。彼女からすれば格好の玩具だろうが、こちらとしては本当にやってられない。
「さて、どうするか」
 充達に取れる選択肢は二つ。策や弾丸を仕掛けて神器を奪い返すか。或いは隙を突いて逃げるか。
 奪い返すなら、戦力は充の弾丸と手負いのセラフィモンだけ。それで即死レベルの技を持つリリスモン相手にどうやって隙を作るのか。順当に考えるならセラフィモンにリリスモンを抑えてもらうのがベターだが、はっきり言ってそれも長く持つとは思えない。だが、明確な目標が存在するだけまだましだ。
 逃げる場合、その目標すら存在しない。この閉鎖空間のどこに逃げ道があるというのだ。仮にあったとしても、充達にはそれを使うことができない。
「骨折れるは、進化解けるはで散々な俺が言えた義理じゃないが……腹括るしかないだろ」
「やっぱりそうなるのかな」
 結局、退路が無い以上、僅かなチャンスを狙って戦うしかない。分かってはいたが、ここまで絶望的な状況は今まででもそうそう無かった。
 D-トリガーを握る手に汗が滲む。ゆらりと近づくリリスモンに視線を固定したまま、思考を加速させる。少しでも気を抜けばやられる。集中を切らさずに、リリスモンに意識を常に割く。
「ふふ。嗜虐欲をそそる良い顔です。それではさっそ……あら?」
 そのリリスモンが不自然に足を止める。隙が出来た訳ではないが、明らかな行動の変化だ。こちらを流し見しながら、彼女はその場で左手を耳に当ててしばし固まる。そこを仕掛けられることもなく、充達はリリスモンが数回見えない誰かに対して頷くのを眺めていることしかできなかった。
「残念。申し訳ありませんが、別件ができました。また会うことがあれば、お手合わせ下さいまし。――では」
 左手を耳から話した彼女が口にしたのはそんな言葉。予想だにしない展開に戸惑う間に、リリスモンは懐から一枚の黒いカードを取り出し、真横に翳す。その直後に現れるのは彼女が姿を見せたときに使ったものと同じ門。一方的に戦いを吹っ掛けられた充達を嘲笑うように、彼女は反応を伺うこともせずにその内へと消えていった。
「な、なんだったんだ。あのアマは」
 まるで嵐のような展開。突然現れて神器を奪い、そのまま勝負を吹っ掛けたと思ったら、別件が入ったと早々に姿を消す。こちらとしては危機を逃れたのでありがたいが、何もかも不明瞭で安心はできない。
「とりあえずこれではっきりしたよ。――ルーチェモンは神器の強奪を仕掛けている」
 現実として自分達がその被害者になったら流石に確信を持たざるを得ない。このまま見過ごせば、ルーチェモンにの前に立つ前に神器を根こそぎ奪われ、勝敗を決められてしまう。
 ルーチェモンが管理者が仕組んだルールに大人しく従わない。それが現実として明確に示されたのだ。
「そっちがその気なら、こっちも打つ手を多少変えるさ」
 土俵を変えるのなら、こちらも同じかそれ以上のものを選ばせてもらう。手段を選ばないというのなら、そのために打つべき手は十分にある。
「どうするつもりですか?」
「他のみんなの安否は気になるし、不安もある。でも、正直僕らはもうこれ以上戦えない。だったら裏で暗躍するのがベターだろう。僕的にもそっちのほうが性に合ってるし」
 正攻法で戦わない相手に正攻法で挑む奴を馬鹿だとは言わない。ただ、充達にはそれが無理で、自分達の力を活かせる手段が別にあるのなら、そちらを取った方が良い。自分の持つコネを活かして立てる明確な手段があるのなら尚更。
「とは言っても核になる奴を説得するには、もう一枚カードが欲しいところだけど……あ、そういえばルーチェモンはワイズモンの空間には干渉できなかったはずだよね。なら、なんであのリリスモンは自由にこの空間に出入りできたんだ」
 不意に充が振った話は唐突ではあったが、確かに疑問に思うべき内容だった。
 ワイズモンの空間に干渉できず、その中の神器を持ちだせなかったから、ルーチェモンは管理者の提案に乗った。この前提自体は真実だろう。
 だが、リリスモンがこの空間に自由に出入りしたことは、その真実である前提を否定するようなものだった。
「彼女の乱入で言いそびれましたが、今の・・ルーチェモンならワイズモンの空間に干渉することは可能です」
「それはどういうことだい?」
 その答えを示すようにセラフィモンが取り出したのは一枚の黒いカード。それが何なのかは最初は分からなかったが、直近の記憶で思い当たる物が一つだけあった。
「確か、リリスモンが門を開けるのに使ったものだよね」
「ええ。七大魔王の内ルーチェモン含む四人が持つこのカードは空間と空間に裏の経路チャンネルのようなものを作るものです」
「こんな物があるんなら、神器の在処を知った段階で、すぐに神器を奪いに行けただろ?」
「いや、当時のルーチェモンは持っていなかったんじゃないかな。多分このカードの力の元になったのは……」
「はい。ズィードミレニアモンの残骸に残った時空に干渉する力がベースになっています」
 ピースが埋まった。タネが割れた。なんてことは無い。ただ思った以上に、ミレニアモンという存在がルーチェモンに良い様に使われていただけの話だ。
 ズィードミレニアモンの死後、その破片はある一点に昇っていった。その先にルーチェモンが居て、ワイズモンの空間に干渉するための道具へと作り変えた訳だ。
「納得したよ。――うん、それは良い交渉材料になりそうだ」
 充の口が不気味に歪む。それは懸念していたカードが文字通り手に入った故のこと。反撃への足掛かりが掴めたことを確信した故のもの。
「覚悟するといいよ、ルーチェモン。――本番はここからだ」
 借りる手は借りる。尽くす手は尽くす。――そして、貸した物は必ず取り返す。
 反撃のための、充の静かな戦いがここから始まる。




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 一か月に一回投稿を目処にしているものの、最近リアルがここ四年の中で一番厳しいので結構辛くなってきた感が否めません。一応今年中には終わる予定なんですけど……本当に終われるのか、というか続き書けるのか不安になってきました。辛い現実から切り離される時間でも、ちゃんとメリハリをつけたいところですが。

 とまあ、愚痴だけ言っていても仕方ないので、本編に関しても多少は触れておきます。充&ガンレイズリガルモンVSデーモンはまあ残り二組にまで絞られたので、予想はされていただろうな、と。一時期は組み合わせ変えてガンアクション対決、なんてのも考えていましたが。

 で、今回のデーモンですが、バルバモン並に戦い方どうすんのか迷いました。というのも、雑魚からラスボスまで幅広くこなしながら結構出演機会があるものの、「公式のストーリーで具体的に戦っている描写ってあんまり無くね。というか炎まき散らしている印象しか無いんじゃが……」みたいな感じでした。まあ、悩んだ結果あんな感じになりました。

 あ……十分あれば後書き書けるかと思ったがそんなこと無かったぜ。とりあえず今回はこんなところで。次のマッチングのケリが着いたら、本格的に締めに入ります。