Episode.25 "鉄の身体、空の炉心"
黒木場秋人が弟切渡に急襲を仕掛けてそのまま二人とその契約相手だけの別の戦場を作ったところで、元の戦場は和平交渉を結んで平和解決なんてことはあり得ない。想定通りの展開には双方とも目にもくれず、残った敵だけを見据えて己の役割を果たすだけ。
そもそも秋人も無鉄砲に渡とのタイマンに強行した訳ではない。渡自体が無視できない相手なのは確かだが、自分が抜けても戦えるという信頼と目算があったからこそ独断専行ができた。
前提としてレジスタンスにはデクスという数の力がある。生産は一時的に停止しているが、今回を大一番と決めた以上出し惜しみはしない。奴らを率いる主戦力として元トラベラーの面々からは究極体のアポロモンを筆頭に、面制圧と搦め手が得意な完全体を二体ほど選抜した。獅子頭の太陽神を指名したのはこの場の指揮役たるアルの判断だ。かつてトラベラーの主戦力として猛威を振るったアルティメットブラキモン。その巨大戦力を贔屓目なく戦力として考慮できる程度にはその巨体の扱い方にも慣れたようだ。
対するトラベラーの戦力は三つ。ルートから未来予知の特権を与えられた、白田秀一のオメガモン。怨念渦巻く骨の大刀を担いだ神人タイタモン。全身に電磁バリアを纏う守護者ライジルドモン。契約モンスターの頭数も戦力も世代を踏まえた単純計算ではレジスタンスに分がある。そこにデクスの数の力が加われば戦力差は明確なはずだった。
「流石というべきか」
それでもアル達は詰めきれずにいた。寧ろ辛くも拮抗していると言った方が適切だとすら思えた。アルティメットブラキモンの巨体も既に何歩後退したか分からない。
聖剣からセルの滓を払うフィンの顔に疲れはない。完全体相当のデクスを斬ること六体。一体一体の性能は完全体に劣るとはいえほとんど肉壁にしかならない。いや、肉壁程度には役に立っていると割り切るべきか。
今転がった死骸を踏み越えて第二陣が突撃。その鼻っ柱を凍結弾がへし折って瞬時に凍らせる。自ら射線上に飛び込んだような形に見えても、その実は進路上に弾丸を置いたと言ったほうが適切だ。問題なのはそれが予知の必要のない愚直な突進だったこと。その結果は踏み台にしたデクスを含む二体分の高さの氷像が三つ生まれただけだった。
フィンの予知が必要だったとすればそれは正面以外からの攻撃。例えば頭上。上空に陣取った三体のデクスが投下した鉄球。フィンの左右と後方を包囲するように放たれた鉄球のうち、フィンが迎撃できたのは左右の二つだけ。残りの一つが背後を陣取るのを奴は割り切ったが、こちらは他の二つが意味なく砕けることは許さない。重力で砕けた左右の鉄球に追いつくのは産み落としたデクス自身。自らの身体が凍てつくのに怯むどころか、他の死骸同様ただの体積が大きいだけの塊として使うためだけに文字通り身を投げた。
デクスの武器は数と体積。手品のように産みだす巨大鉄球も人間を数人乗せられる自身の図体も進路を阻む障害物にはなる。いくら未来が読めようとも、その進路を制限してしまえば容易には抜けられない。気づけば、フィンは自らが産み出した死骸に四方を囲まれていた。
「朝陽、頼む」
「やっちまえ、バルドル。――ソルブラスター」
包囲したところでそれが何秒持つかなど、アルは最初から期待していない。確実に包囲したという事実が成立するより僅か先に追撃を仕掛けさせていた。
契約相手の声とともにアポロモンの背中で煌々と燃える火炎球。そこから放たれるのは自らの分け身に等しい太陽球。安易に上に逃げようとしたところで意味はない。火炎球は事前に仕込んでいた一手の起動を命じるトリガーでもあるのだから。
選抜していた完全体の一体はボマーモン。文字通りの爆弾魔の性質を持つ白布の怪人が爆弾を仕掛けたのは、第二陣として突撃させた三体のデクスモン。それも起爆時間と火力がトレードオフである二種類の爆弾のうち火力に特化した方の爆弾だ。太陽球の超火力で誘爆する極限の爆発は死骸もフィンも関係なく、包囲していた領域内の悉くを爆発炎上させる。
「これでもとはな」
鉄球は溶け落ち、死骸は灰に変わる。それでもなお中心に立つ白騎士をアルは呆れたように賞賛する。
奴は僅か一手、右手の砲塔から撃った凍結弾だけで凌いでみせた。それも標的はアポロモンの「ソルブラスター」ではなく、ボマーモンが爆弾を仕掛けた三体のデクス。太陽球が直撃を狙ったものではないと看破した上で、自身の一発は三体分の爆弾の威力を抑えうると見切った最低限の一手だった。
ならばとアポロモンに追撃をさせようにも、いつの間にか距離を詰めていたタイタモンに阻まれて難しい。この包囲を突破できることを織り込み済みで予め指示を飛ばしていたのだろう。
目下最大の標的への道筋はできた。このタイミングで秀一はフィンをアルへと――彼を背に乗せたアルティメットブラキモンへと走らせる。その進路上に既に罠を仕掛けているとも知らずに。
不意に轟音とともに巻きあがる土煙。それも一度や二度の話ではない。フィンとアルティメットブラキモンを結ぶ一直線上で連鎖爆発が発生する。フィンの身体は黒煙の道によって覆われた。
三秒、姿は見えない。五秒、僅かに音だけが聞こえる。十秒、煙が晴れるのと同時に真正面から飛び出す白い影。
「美衣香、頼む」
「侵しなさい、アセビ。スプラッシュトキシン」
契約相手の声とともに引き金を引く射手の種族名はラミアモン。獲物である紅の傘、その銃口から放つのは濃縮した毒の激流。可憐な蛇人の本領は狙撃手ではなく毒のエキスパート。直撃すれば苦しむ暇すら与えない程の猛毒は、飛沫を浴びても致命傷に至る。――尤も、それは飛沫が飛ぶ範囲内に存在していればの話だが。
毒は命中した物体を跡形もなく溶かした。フィンが煙の中から蹴り飛ばしたただ大きいだけの瓦礫を。囮にまんまと食いついた愚か者を横目に、フィンは右方から抜けていた。
ラミアモンがそれに気づいて身体を向けたところで、既に目の前に氷結弾が迫っている。寸でのところで傘を展開して盾代わりしたが、それは命の代わりに武器を捨てたに等しい。障害としての価値すらなくなった相手に構うことなく、フィンはアルティメットブラキモンへと迫る。
「結局はこうなるか」
ラミアモンが引き金を引いた段階で、既にアルティメットブラキモンはフィンが来る前提で動きを作っていた。体を少し左に向けて、全身の筋肉と機構を最大の近接武器を振るうために動かす。
それは長大な尾、そしてその先端の両刃斧。得物が長くて大きいということは単純に攻撃範囲が広いということ。横薙ぎの振りであえて刃を地面に対して垂直にしたのは、刃の下に潜られるのを避けるため。フィンは僅かに停止して尾を見送った後で反撃に掛かる。
ここまでの動きは予想通り。予知でも予測でもない。経験と誘導、後は少しの勘で組み立てた流れ。そしてここから先はその少しの勘を前提とした賭けでしかない。
フィンが左腕の剣を中段に構える。今からこの剣で標的を解体するという意思表示。小さな剣一本でこの巨体に傷がつけられるのか……などと侮るつもりは最初からない。懐に潜り込まれた段階で正面からは勝てないだろうとすら思っていた。――だからこそ、仲間の力に賭けたのだ。
「……神経毒の類か」
「効き目はもちろん、熱に強くて遅効性なものを仕込んでもらった」
「さっきの爆風に紛れて吸わされたか」
可憐な蛇人の本領は狙撃手ではなく毒のエキスパート。フィンの進路上に仕込んだ爆弾の火力に耐え、その煙に紛れる神経毒の毒溜まりを用意することが可能だと確信していた。アポロモンとボマーモンが前線に出ているとはいえ、戦いの中の片手間で可能であることも。
フィンの未来予知を超えた事実は契約相手の顔が物語っている。それはつまりその能力が万能でないと同義だ。
アルティメットブラキモンまでの距離を詰める段階では、それより前に仕込んでいた毒が煙に紛れて浴びる未来を読めなかった。
連鎖爆発を真正面から切り抜けると判断した段階では、その爆発に紛れた毒によって、後で自分の身体が動かなる未来を読めなかった。
観測できる未来の範囲。観測できる対象の範囲。再発動までのタイムラグ。細かい仕様までは分からない。それより重要なのは致命的な隙を生んだこの瞬間の現在。
賭けに勝つ前提で動いていたからアルティメットブラキモンの身体は既にフィンと正対し、展開した胸部の砲門は標的を捉えている。体内のエネルギーも臨界点間近で号令を上げる時を待っている。
「アルティメットブラスト、発破」
未来が読めるのなら、読んだところで避けられない攻撃を加えればいい。最初から変わらない愚直な方針を元に、今持てる最大火力を叩きつけた。
何度目か分からない爆発だが、今回のものはこれまでの爆発とはスケールが違う。大気を震わし地面が揺れる程の衝撃とともに、この戦場一帯を吹き抜ける嵐の様な熱波。契約による加護がなければ人間など塵のように飛ばされている一撃を経て、この場に居る人間は全員ただ正確に現状を認めていた。
アルティメットブラキモンの前で未だにフィンは膝を着いている。着ける膝も、武器と一体化した腕も、それを支える身体もすべて残っている。そして、その視線の先には己の身を守った雷の盾があった。その守りは格上の攻撃をまとめて受けようとも耐えきるほどの強固さを誇る。
「……そっちもいい仲間を持っていたようだな」
「スラッガーのフルスイングで守護神を送って貰うってのも変な話だが」
ライジルドモンはその優れた防御力の代わりに俊敏性には優れていない。アルティメットブラキモンと似た特性を持ちながら、アルティメットブラキモンのように自らに元に誘い込むのではなく、自ら赴くことができたのはタイタモンによって骨剣の峰で殴り飛ばされたため。文字通りのパワープレイで勝利の一手を引き寄せた。
「再配分と瞬間強化を使った。この意味、分かるな」
「契約相手の身体に鞭打つ……これがスパルタ教育って奴か」
「死体で遊んでいる相手に言われる程ではない」
神経毒の効力を抑えて立ち上がるフィンの姿は不格好なマリオネットのよう。これならどれだけ鈍重な動きでも攻撃を当てることはできる。そこに最大火力を防いでみせた盾さえ存在しなければ。
文字通りライジルドモンを盾にフィンが砲門目掛けて走る。巽恭介のマメゴンならともかく、そのデッドコピーでしかないこのアルティメットブラキモンでは、尾の一撃でも防がれるかもしれない。その前提で振るうべき一撃は最大重量の一撃しかあり得ない。
「撃ち落とせ、アルティメットクエイク」
全筋力を賭した一振り。ライジルドモンが仮に耐えたとしても、地を揺らす衝撃はフィンを地面に縫い留めるには十分だろう。
その推測は正しかった。ただ、相手は同じ結論に辿り着いたうえでその先の解答を用意していた。
ライジルドモンが電磁バリアで尾の一撃を受け止めたのは三秒だけ。その後は自らの身体ごと受け流し、アルティメットブラキモンの尾は地を割った。ただその座標には既にフィンは居らず、その身体は二つの黄色い腕に引きずられてアルティメットブラキモンの胸部に縫い付けられていた。腕の正体はロケットパンチの要領で射出されたライジルドモンのもの。すべては本来の標的への元へ辿り着くまでの障害を排除するため。
フィンが聖剣をアルティメットブラキモンの砲門へと突き刺す。ただ空洞に刃を埋めただけ。それでもこれで決着が着いたのだと、この場の全員が理解してしまった。
「そろそろ亡霊は失せろ。――オールデリート」
聖剣が瞬き、アルティメットブラキモンのすべてを文字通り消去する。存在感があった巨体がきれいさっぱり消失するまでに数秒も掛からなかった。
「あの巨体から落ちて無事だったのか。悪運が強いと言うべきか」
「契約の残滓って奴だろうさ。その点はあんたのところの大将に感謝するよ」
後に残るのは契約者だったアルのみ。フィンに剣を突きつけられながらも、堂々と所感と事実を述べる姿に秀一は敬意すら覚えた。
「吸収するより先に消えたが、リボーンズって奴の特性か?」
「ああ。死んでも餌にはならないって覚悟と実利の兼ね合いだ。――おかげであんたのフィンも痺れたままだ」
「毒の生産者を取り込めば治るって相場が決まっているだろう。――それに人間一人殺す分には問題ない」
だが敬意は殺意を鈍らせる動機にはならない。今回の戦いにおいて契約解除で強制送還が確約されるトラベラーと違い、アルのような現地人は端末があれば再契約が可能だ。今さら契約できる相手も知れてはいるが逃す理由もない。それがルート直下のトラベラーとして特権を与えられていた者の役割だ。それを放棄するだけの情も資格も秀一にはない。
「俺の方も一つだけいいか。あんた実はまだ底を見せていなかったりするか?」
「あったとして素直に答えると思うか。それくらい自分で判断できるだろう」
「いい奴だな。おかげで安心したよ」
斯くて白騎士は聖剣を振り下ろす。アルはただ自らに起こることを瞬きひとつせずに受け入れた。
黒い魔弾と光の矢の衝突がこの戦場の開戦での合図だった。
空中のゲートから飛来する十の赤いデクス。そのうち二体は空を翔ける骸骨の馬――アンヴァルモンに死角から突き飛ばされ、三体は虚空から突然現れた巨大な口に呑まれる。
残る五体は口を生み出した黒の冥府神――プルートモンを脅威と定め、三体は突進による直接攻撃を、残る二体は頭上に陣取って二秒の時間差を開けて二つの巨大鉄球を投げ落とす。
仲間が落とした巨大鉄球に潰されることも厭わずに翔ける質量弾。仲間ごと無慈悲に圧し潰す質量兵器。そのすべての重量がプルートモンに襲い掛かった。――はずだった。
「不要でしたか」
「いえ。無駄な労力を使わなくて済んだわ」
紅の獣の牙も巨大質量の鉄球もプルートモンには届かない。すべてが不条理な護りに弾かれた後、その護りを与えた重騎士のシドによる魔的な槍捌きによって斬り刻まれた。
「今さら騎士気取り?」
「護れる者は護れた方がいいだろ」
真壁悠介がシドにプルートモンを守らせたのも、その後に契約相手の静流と短いやり取りを交わしたのも今のリタには癪に障ったなら思惑通り。計算ですらない嫌がらせで少しでも判断が鈍ればなおよし。
「ノクス……プルートモンは俺とペオルがやる」
「頼んだわ、烈司」
その思惑に関して言えば効果はほぼなかったらしい。あくまで冷静に戦況を見て仲間の助言も聞き入れる度量もある。峰原烈司の契約相手のペオルの種族名はベルフェモン。それも怠惰な眠りから目覚めた破壊の権化としての姿だ。冥府神プルートモンを相手取るのに不足はないだろう。
「通す訳ないだろ」
「あんたの相手はこっちでしょ」
そんな戦力を一対一でぶつけさせる道理はない。愚直なまでの突撃を魔楯の絶対防御で防ごうと前に出たシドに襲い来る光の矢。迎撃する手段はなく、ここで絶対防御を使えばベルフェモンを受け止めるタイミングが合わない。
「提案を受けましょう。大丈夫、私も負けるわけにはいかないから」
「……すみません」
静流とプルートモンの誘導に乗ってベルフェモンが動いたのを見て、クレニアムモンは絶対防御を発動。十五もの光の矢を受け止めた後でマスティモンと相対する。
「あの娘とやるのか。なら、俺も混ぜろよ」
「ロリコン呼ばわりに言い訳つかなくなりますよ、射場さん」
シドの視線を遮るように割り込むのは黒き竜人のガンマンのビリーとその契約相手の射場正道。戦いの流れでリタに背中を撃たれたものかと思ったが、仮にそうだったとしても飄々と生き延びてそうな軽口で戻ってきたのが少し気味が悪い。有り体に言えば嫌な予感すらしてきた。
「で、逆に今まで何してたんですか?」
「こいつらの相手だ。手数が多いのも大変でな」
「引き連れて来ないでくださいよ。馬渕さんの加勢に行ってまとめて片づけてくれてもよかったのに」
「こいつらも押し付ける気か。随分偉くなったな」
「先に自分の敵を片付けておいてくださいよ」
そういう予感は大概当たるもので、正道が今までやり合っていたであろう相手も二組ほどおまけのようについてきている。揃って赤いデクスの背に乗って飛んできているのは合理的だと思う反面、率直に言えばシュールだった。
一体は大きな筆を薙刀のように構える狐の道士――タオモン。もう一体は女体の上半身と蜘蛛の下半身を持つ赤い絡新婦――アルケニモン。どちらも完全体相手なら片づけてから来てほしかったのが悠介の本音だが、裏を返せば世代差のごり押しで片づけられる程度の相手ではないということだろう。
「随分余裕ね。究極体が二体揃ったから?」
「そっちこそ片手間に何かしていたみてえだな」
「別に。どっかのギャンブル馬鹿がせびってきたから、泣く泣く財布を開いただけよ」
「嬢ちゃんはチンピラ相手に泣くようなタマじゃないだろ」
その目算が正しいことは奴らを増援として迎えるリタの態度が示している。そもそもこんな状況まで残っている連中は悉く容易には曲げられないエゴとそれを通す実力がある者ばかりだ。単純な世代差で侮った瞬間に足元を掬われるだろう。
「あら、アンタも私を買ってくれてるのね。意外と秋人と気が合うんじゃない?」
「かもな。あれで堅気だってんなら、俺は心の底から尊敬するよ」
「その言葉は地獄で本人に言ってやんなよ」
「巻き込んでやんなと言いたいが、確かに奴さんも天国に縁が無さそうだ」
くつくつと笑って正道はリタを見据える。彼女の言葉が賞賛なのか挑発なのかはどうでもいい。重要なのは射場正道なりのやり方を貫き通す覚悟だけ。
「じゃ、一足先に行っとく?」
リタが指を鳴らすのを合図に降り注ぐのは御札と子蜘蛛の雨。
御札は何らかの呪法が織り込まれているのか、凍ったように一切よれず風に流される素振りもない。板切れだと思った方が適切で明らかな指向性を持って標的目掛けて落ちていく。
子蜘蛛は子蜘蛛でアルケニモンに丁寧に躾けられたのか、風にさらされるどころか風を利用して軌道を乱しながら獲物までの道筋を作っている。何なら御札を抱えた形で突っ込んでくる変わり者までいた。
「どいつが救いの糸を作ってくれるんだ?」
「アクタガワだっけ? 椎奈から聞いたことあるわ。そういうことも言えるなんて意外」
「嬢ちゃんほどじゃねえやい。ありがたい御札までつけやがって」
正道が軽口を叩く裏で、ビリーが五指から放つ魔弾が奇妙な組み合わせの落下物を撃ち落としていく。御札に絞れば百発百中に近い命中率。それは裏を返せば、子蜘蛛の方はいくつか撃ち漏らしているということ。
器用なことに子蜘蛛が軌道を変えるのに利用しているのは、風と糸だけではない。同様に落下している札を一時の足場にし、それを狙い撃つ敵の魔弾の爆風すら利用して致命的な一撃だけは避ける。
「そっちにばっかかまけていいの?」
「お前のことを気にしない訳ないだろ」
「気持ち悪いくらいアツい視線ありがと」
ビリーが頭上の敵の迎撃で手が空かない状況はリタからすれば二体を狙い放題だ。悠介も当然それを許すはずはなくシドをビリーの前に立たせて光の矢を捌かせるが、この状況が根競べとしては分が悪いことは理解していた。
「ほらほら。さっさとなんとかしないと足元がグロいことになるよ」
無事降下を終えた子蜘蛛達は二体の周囲に糸を張り巡らせながら、包囲網を形成していく。リタの挑発がただの事実に変わるまで猶予はない。たかが子蜘蛛の糸とはいえ数が重なれば馬鹿にはできない。何より、子蜘蛛の身体に巻かれていた御札から彼らの最後の仕事にもおおよそ見当がついてしまうのが最悪だ。
「しゃーない。目の上のたん瘤から先に片づけるか。悠介、力を貸せ」
「だいたい検討つきますけど……本当に脳筋だな」
ここから頭上の敵を片付けようにも射程が届かない。距離を詰めるために自由に空を翔ける能力もない。シドより強くルートの加護を受けた白田秀一のフィンならば、そのどちらかの手段はとれたかもしれない。
ここにない力をねだったところで意味はなく、打開するにはあり合わせの力でなんとかするしかない。幸いなことがあるとすれば、相対するリタもこちらの戦力を同様に見積もったうえで今の様な攻め方をしていること。届かないという彼女の予想を上回れば、それは逆転の兆しに繋がるはず。
「……正気?」
上空への迎撃はシドに任せたうえで、ビリーは前面の矢の対処もせずにただ天を見上げる。それが狙撃手が狙いを定めるのと同じ仕草だと気づいたリタの反応は上々。こちらの思惑を理解したうえでそれは不可能だと踏んでいる。
弾薬は脚部に装填されたものを流用。照準は定まったが多少のブレは後で調整すればいい。必要なのは自分自身を文字通りの鉄砲玉に変える狂気だけ。
「どうだろうな」
爆ぜる。ロケットのように上空へと舞い上がる人型の黒い弾丸。
五メートル。十メートル。勢いのままにぐんぐんと高度を上げる。
十四メートル。十八メートル。少しずつ伸びが鈍くなる。道半ばにしてピークが見える。
二十二メートル。二十三メートル。強化込みの単独で到達できる高度の限界。それは誇るべき性能の証明であり、そこが自由落下に転じる分岐点だという残酷な現実だ。――誇るべき性能がもう一つ存在しなければの話だが。
高度二十メートルまで吹き荒れる竜巻。不意に出現したそれが人為的なものでない訳がない。シドーークレニアムモンが誇る魔槍の演武「エンド・ワルツ」。産みだされた超音速の衝撃波は包囲網を形成していた小蜘蛛を蹴散らしながら、手荒い追い風となってビリーの身体を押し上げた。
追い風を背に再びビリーの足が爆ぜる。シドの支援の本質は再点火のための中継地点。どれだけ傷つけないように気を使ったところで追い風の本質は衝撃波の嵐。それにもう一度爆発をぶつけるのだから衝撃は図りしれない。それでも標的を仕留めるまでは執念で持たせる。
三十メートル。四十メートル。そして、四十三メートル。四十二メートル地点のゴールに居る、紅い翼を持つ実験体とそれにしがみつく狐と絡新婦を見下ろす。
先に顔を上げてこちらを認知した狐の腹を踏み抜きそのまま射殺。余波で致命傷を負って落下を始める足場を蹴り飛ばして次の足場へ。勢いのまま右手を絡新婦の腹に突き刺して内部で魔弾を炸裂させる。これで空の仕事の大半は終わった。
後は残った足場をどうにか躾けて降下するだけ。失敗すれば紐無しバンジー確定の度胸試し。契約相手からの無茶ぶりとその勢いでこんなところまで来た事実に思うところがあったのか、ビリーの顔はどこか恍惚に歪んでいた。……それが唯一の慢心の証だった。
ビリーが気づくのと同時にその身体を束ねる白く太い糸。アルケニモンの最後っ屁は断じて安全のためのバンジー紐ではなく、寧ろ絞首台で首を括るためのものに近い。
真上に異変に気付いたデクスが暴れ出すのと、この状況で振り落とされては叶わないとビリーがつい手を出してしまったのはほぼ同時だった。結論から言えばビリーはデクス共々地上四十メートルからの垂直落下を敢行することになった。
「友香!? 和奏まで消えた。……アンタらの親玉の仕業?」
「上の決着が着いたんだ。契約相手は退場して然るべきだろ」
「そ。あえて感謝しとくわ。……じきにアンタも居なくなるだろうけど」
本来この時代の人間でないものは契約相手を失った段階で元の時代に強制送還される。当然の摂理のように正道が口にする新たなルールがどれだけ温情に満ちたものであるかはリタも即座に理解できた。大詰めとはいえルートから提案するとは思えないとの契約に誰が一枚噛んで成立させたのかも見当はついた。
「今のうちに、こっちの決着もつけるのはどう?」
「望むところだ」
それでもリタが敵に温情を与える理由にはならない。ありがたい自己満足だと嘲笑ったうえで己の願いに従って敵を叩き潰す。そういう態度でいてくれることが悠介にとっては何よりありがたかった。
誰かの温情で止められるのは御免だ。互いに互いを許せない敵として認めているのだから、抱えたものを向ける相手も互いでしかない。互いの契約相手を無意識に一歩踏み出させているのも、その衝動を抑えることに限界が来たからに他ならない。――自分達は契約相手ごと互いに個人的な怒りをぶつけるためだけにこの場に居るのだから。
「後悔するなよ」
「そのまま返すわ」
マスティモンとシドが同時に一歩ずつ前へと進み始める。歩みが走りに変わるタイミングも同じ。互いの武器を前面に出すタイミングも同じ。違うのは取りだした武器のレンジ。
マスティモンの武器は両手にそれぞれ灯る光と闇のエネルギー。それらを束ねて放つのは異次元へのゲートーー「カオスディグレイド」。
シドが握るのは愛槍「クラウ・ソラス」。振り回す衝撃波でビリーを上空に押し上げる程の力を秘めたシドにとって唯一無二の武器。
リタからすればどれだけの業物であっても槍は槍。異次元へと繋がるゲートと比べれば知れている。警戒すべきはもう一つの獲物――魔盾「アヴァロン」による全方位絶対防御の「ゴッドブレス」。だがそれも三秒間限定の話。直進する先に設置したゲートは三秒間の無敵時間でやり過ごせるほどお粗末な吸引力ではない。
「消し飛べ」
愚直な直進を続けるシドは予定通りにゲートへと到達し、「ゴッドブレス」を発動。絶対防御は異次元への誘いを頑なに拒む。たった三秒間で逃げれるものなら逃げてみろ。――そう吠えようとしたリタの声は魔槍の一突きでゲートごと捩じ切られた。
「舐めるな」
霧散するゲート。シドと悠介には元より退路は存在しない。リタが真に警戒すべきは盾ではなく槍の方だった。判断を誤った結果は最大の技を破られたという事実。その先にある敗北を与えるためにシドは進む。――はずだった。
「私らが? 冗談でしょ?」
標的は既に目の前に居た。シドの姿を本命の攻撃範囲の内に収めていた。左手に灯るのは空間にすら干渉する闇の力。それが己の腹に食い込むのを避けるには後手に回り過ぎていた。
「ダークディスパイア」――相手の身体に直接捻じ込んだ左手で電脳核を握りつぶす最もシンプルで確実な殺害方法。堅牢な鎧も腹の内で核を砕かれては裸も同然。「ゴッドブレス」が無暗に連発できる代物ではないことは看破している。……その「ゴッドブレス」の発動時間が想定より一秒短く、シドの鎧の至る所にひしゃげたような歪みがあることには気づかなかったが。
「……え?」
マスティモンの左腕の動きが完全に止まる。まるで時間を固定されたかのように指一本わずかに折ることすらできない。この変化を許さない感覚をリタとマスティモンは知っている。何せこの戦いでほんの十数秒前にも見た御業と同じもの。それは本来使えないはずのものであり、仮に使えたとしてもそれはマスティモンの左腕が刺さっている事実と相反する。
膠着時間は一秒。それでも決着をつけるには十分すぎる猶予だ。
逃げ場を失ったマスティモンに魔槍が振り下ろされる。その刃が確実に電脳核に到達したことは明らか。咄嗟に左手を引いてそれが斬り落とされるのを避けたところで、それを武器として有効活用するには残された命の期限はあまりにも短かった。
「電脳核だけは守らせてもらった」
「そんな器用な真似……」
悠介が明かした答えは絶対防御の部分展開。そもそもシドにとって魔盾はあくまで絶対防御の触媒でしかない。そうでなければ魔盾で隠せない範囲への攻撃を防ぐことはできない。そんなものは全方位の絶対防御とは呼べない。そうでなければルートからの特権たりえない。
「ゴッドブレス」が連発ができないのは事実。だから、見え見えの大技をしのぐのには少しでもリソースは残したかった。そのうえで瞬間強化を重ね掛けした結果、「電脳核を対象に限定した全方位絶対防御」を実現した。――半ば賭けのような形で生み出した一秒が勝敗を分けた。
「詰みだ」
「そうみたい、ね……」
「他人事みたいに言うなよ」
シドを見上げるマスティモンにもその背に悲し気な視線を向けるリタにも先ほどまでのような殺意は見られない。その態度が逆に悠介の感情を逆撫でる。負けを認めたというよりは解放されたかのような表情がどうにも耐え難かった。何より自分を見ていないどころか感情すらなくなったような目が気に食わなかった。
それでもやることは変わらない。一度殺した筈の相手の仮初めの命をシドがもう一度刈り取る様を粛々と見届けた。
「……椎奈ッ!」
その刹那にリタが叫んだ言葉の意味も、それに反応するかのようにマスティモンの両手が一瞬だけ輝いた理由も分からない。重要なのはマスティモンがもう一度死んだ事実と、敵の餌になるより先に存在を霧散させたリボーンズの特性だけだった。
「これで綿貫椎奈の痕跡は完全に消えた。……仲が良かったんだろう。後を追わせてやるよ」
負傷を補う餌を求めてシドはリタへと歩を進める。契約の加護は既に切れた。ここに居るのはただの無防備な少女だけ。その意味を唾ごと飲み込み悠介はシドに指示を下す。
「――そこまでにしとけ」
シドの進路を阻む一発の魔弾。足元に撃ち込まれたそれは今のシドにとって、二重の意味で直撃を避けたい類の弾丸だった。
「……無事だったんですね、ビリー」
「結局は電気信号のモンスターってことなんだろうな。少なくとも、そいつよりはまだ元気だぜ」
リタを庇うようにシドの前に立つのは、身体を縛られた状態で高高度からの自由落下を敢行しながらも、特に全身の機構に不具合のないガンマンとその契約相手。おまけにビリーの足場になっていたはずのデクスもなかなかの傷を負いながらもゾンビらしくしぶとく立ち上がってリタに寄り添っている。その存在のおかげで再契約でリタの命が多少伸びるのは確定した。
「それはよかった。――で、何のつもりですか?」
それらすべてを事実として受け入れながらも悠介に理解できないことが一つだけある。それは正道とビリーが立っている場所だ。
「また、ですか……そんなところまで真似たつもりですか?」
脳裏に過るのは自分の失言を切っ掛けに命を失った本来のトラベラー達のまとめ役。彼が裏でレジスタンスと繋がっていたのは事実でもその本心と考えは理解できた。ただそれは後になっての話で、知った直後の自分に受け入れるだけの余裕などあるはずもなかった。たとえ今このタイミングで同じようなことをされようとも、きっと溢れるものを抑えられない。それだけは分かってくれていると思っていた。
「巽の旦那ほど優しくも頭はよくもねえよ。舐めんな」
「じゃあ、なんで俺達の邪魔をするんですか!? その女は巽さんが死んだのにも一魔噛んでるんですよ! そうでなくても俺達の敵だ。仲間の死骸すら弄ぶような連中で、マスティモンが消えたのもそういう仕組みにしたからでしょう。仲間の痕跡を跡形もなく消しても心が痛まないような奴らなんだ!!」
堰を切ったように言葉が溢れる。今ようやく倒した相手は巽恭介を悪辣な殺し方で退場させた非道な存在だ。敵の死骸だけでなく死んだ仲間も余すことなく使い潰すような非情な集団だ。大義のためなら個人の願いも尊厳も踏みにじれるような愚図だ。そうでなければならない。そうでなければ今まで戦った意味も、これからする行動の正当性も揺らいでしまう。
「倒した敵が消えた以上、シドを回復させることもできなかった。……なら、そこにある手ごろな餌を」
「それ以上はやめとけ」
決定的なラインを超える言葉を遮る、驚くほどに冷たい声。顔を上げれば正道が不気味なほど静かな表情で熱のない視線を向けていた。まるで魂の中に閻魔大王でも潜んでいるのかと思うほどの恐ろしさがあった。答えを間違えた瞬間に、今まで掲げていた正当性など消失するだろう。
「で、お前はまだ戦う気なのか」
「当たり前でしょう。俺はトラベラーだ。願いを叶えるためにここに居る」
息を吞んで言葉を紡ぐ。それが今いる自分の立ち位置だと強く認識するために。自分が戦う理由を再定義するために。
「そうか。今のお前が願いだの何だと言うのか?」
「え?」
それ自体が既に手遅れなのだと正道は糾弾する。トラベラーとして最低限持つべきものが既に欠落しているという事実を突きつける。
「――なあ、お前は本当は何がしたくてこんなところに来たんだ?」
「そ、れは……」
「まさか今の今まで頭の中からすっぽ抜けてたなんてことを言うんじゃねえよなぁ?」
トラベラーとしてこの世界で戦うことを選んだ理由はある。それがどうしても譲れなかったから、戦いに仕組まれた真実を
知ってなおこの立ち位置を選んだはずだ。忘れることなどあってはならない。忘れていい筈がない。
「ち、ちが……ちゃんと憶えていますよ。俺は……駅のホームから飛び降りて自殺しようとした俺を庇って死んだ……弟を助けたかった」
ひとつひとつ確かめるように記録を繋げる。なんとなく閉塞感を感じていた中学三年の初冬。未来の設計図は理想よりも数段落ちて、プレッシャーからあらゆる人間関係で歯車が軋みだしていた。標準的な思春期の男子より器の小さい自分の視界は常に薄暗く、灯りを手に出口を探すよりも最も短絡的な終わりの迎え方の方が魅力的に見えていた。そうして考えなしに踏み出したのに今も無様に間違え続けている。
「いいじゃねえか。人間らしい立派な望みだな。――で、その弟さんはどんな顔をしてる?」
「そ、れは……」
思い出せない。それだけが今すぐに思い出せない。何よりも明るかったはずの灯りが見つからない。その認めがたい事実がじくじくと悠介の内側で赤黒い痛みとなって熱を持つ。
「な、なら、あなたや将吾はどうなんですか? 願いを放棄してまでみんなを助けてほしいって……そっちこそ何がしたいんですか?」
「将吾のことを言うのは野暮だろ。俺の場合の話なら――ま、元々の願いと比べて重いものが天秤に乗っちまったんだ」
逃げるように話を逸らしたところでようやく正道の顔に穏やかな熱が戻る。だが、久しぶりに見た気がするその表情が逆に悠介の傷口を深く抉った。鶴見将吾の思惑にも正道の言葉にもトラベラーとして、人間として考えた末に選んだ道としての重みがある。激情に支配されて馬鹿真面目に力を求めることしかしなかった誰かさんとは違う。
「俺、だって……」
「それ以上は弟さんに失礼だ。――それに兄貴なんだからちゃんと名前で呼んでやれよ」
「――あ」
薄っぺらな口を開いたことをすぐに後悔した。それでようやく自分が限界だったことに気づくことができた。
「……ごめんな、魁人。本当にダメな兄ちゃんでごめんな……」
感情が決壊する。ようやく思い出せた願いを噛みしめるように戦場の真ん中で無様に泣く。今だけは正道とビリーに甘えさせてもらう。ずっと甘えてばかりだったという現実も今だけは見ないことにする。
「シドもごめんな。駄目な契約相手で……」
スタートラインに立ち返って今からでも契約相手へと向き合おう。真正面から呼びかける悠介の声に対して、骸骨の鎧からの返答はどれだけ待っても返ってこない。
「……シド?」
「奴さん、仁王立ちでくたばってやがる」
「そう、か。――本当にごめんな。最悪な契約相手で」
またしても手遅れだった。シドの存在は既に崩壊と消失を始めていた。電脳核だけを守らせるなんて無茶が完璧に通るはずもなかった。
契約を維持するため、生かすために戦いには積極的に参加し、ルートの報酬として力も与えた。……だからといってシドと戦ってきた道のりを誇ることはもうできない。誇れることがあるとすればシド単体の強さだけ。その雄姿だけは二度と忘れないことを悠介は誓った。
「シドの残りを託します」
「いいのか?」
「まだ見送る人がたくさんいるんでしょう?」
既に存在が溶けつつあるシドにビリーが牙を立てる。存在の消失は加速度的に早まり、完全に崩壊する前に情報を吸い上げる。事が終わるのに数十秒も掛からなかった。
「これで俺は終わりですかね。……後で諸々の顛末を教えてください」
「おうよ。見届けてやるつも」
「――リタ、大丈夫か!?」
悠介の退場までは秒読み。そのタイミングでの闖入者に視線を向けた全員がそこに戦意を一欠片も込めなかったのは、そのまま奴がとびっきりの幸運の持ち主であることの証明だった。
リタが臨時契約を結んだのと同種の紅竜の背で見下ろすのは、白田秀一らと戦って――フィンに剣を振り下ろされたはずの――アルだった。
「アンタこそ。命の危機には間に合ったみたいね、アル」
「ああ。本当に死ぬところだった。リタがデクスを送ってくれたんだろ。おかげで逃げられた」
「そっか。……なら、少しは椎奈に報いられたのかな」
死骸を元にした契約相手を失った現地人。同じ境と遇同じ立場で付き合いの長いであろう仲間と話すリタの表情は今まで見たことの無いほどに晴れやかだった。そこには悠介が今まで彼女らを真正面から見ようとしなかったことを差し引いても別の大きな要因があるのだろう。それが分かる程度には悠介もフラットな目線でリタという一人の少女を見ることができていた。
「……なによ?」
「リタ、お前を許すつもりはないし、許せとも言わない」
「結局、何が言いたいの?」
だから、この時代から消える前の最後の言葉は彼女に向けたいと思えた。自分や仲間のために割り切った大人のようにストレートな物言いはできないけど、それでも自分の言葉を口にすることに意味があると思えた。
「俺への恨みが縁になるなら、それで惨めに長生きすればいい」
「絶対にお断り。――アタシにはアンタのことを考える余裕なんてないんだから」
初めて敵から笑顔を向けられた。それがどうにもおかしくてこちらも自然と笑みが零れた。だって、無様なリタイアにしては十分すぎる報酬だったから。
「ああ、きっとそれでいいんだ」
真壁悠介の存在がこの時代から消失する。その最後を悪意を持って見届ける者はこの場には存在しなかった。
「……で、アンタはまだ戦うの?」
「トラベラーであることには変わらんからな。せいぜいくたばるまでは見届けるつもりだ。……そら、ぼさっとしてると拾った命を刈りとっちまうぞ」
「おーこわ。デクス一匹じゃどうにもならないから大人しく引っ込んどきますよっと」
「感謝する。……それに巽恭介の件は」
「それ以上ほじくり返したら、本気でぶち抜くぞ」
退場者が数人出たところでこの場の戦いも、総力戦の大局も大きくは変わらない。それぞれのスタンスが明確になった今、正道がリタやアルと再び相対することもないだろう。
「なら、代わりに別の無礼で上書きしよう。――ただのモンスターでは、お前たちは絶対にデクスモンには勝てない。あの白騎士だろうとな」
「そいつは恐ろしいな。せいぜい俺達が泣きべそかいて帰るのを期待しておくんだな」
それでも分かれる間際までは敵として振る舞おう。時代も価値観も違えど、それだけはこの場で戦ってきた人間が持つ共通のスタンスだった。
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お久しぶりです。仕事で余裕なくなったのを言い訳にまた遅くなりましたが、一つの因縁は決着となりました。
やったらやり返される関係性の帰着としてはどうしても安易に許すオチにできず、他に優先度の高い動機を提示、実行させて解放させた形となりました。逃げと言われれば……はい、何も言えません。
仕事が一段落したなら次のマッチアップにも早々に手をつけて終わりへと走りたいところです。