第四十七話「憤怒の剛腕」② | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 撃ちだされる弾丸の総量はコマンドラモンの分隊が一斉に発砲する量と等しい。質に関しては、どこかネジが外れているとしか思えない程に尖っているものばかりだが、いずれも貫通力に関してだけはお墨付きだ。
 つまり、仮にそれらを完璧に使いこなし、一斉に放ったとなれば標的はもれなく蜂の巣になることは必至。――ガンレイズリガルモン自身、そう確信していた。
「なン……」
 目を見張る。以前と同じように盾にした黒翼は確かに蜂の巣になり、その奥の腹にもいくつもの弾痕が見て取れた。言語として認識できない断末魔のような叫び声も確かに聞いた。
 だが、それでもデーモンは血走った眼でこちらを見据え、振り下ろした左腕を強引に戻している。それは引き絞った弦のようで、拳はその張力を与えられる矢だ。自分の痛みすらも糧にして、デーモンはその矢に自身の怒りを籠める。その姿はまさしく捨て身。
「食らいなさい」
 放たれる剛拳。ガンレイズリガルモンが反射的に交差させた腕ごと彼の腹に深く食い込む。衝撃はポンチョの素材特性でも緩和しきれず、強化外骨格パワードスーツのフレームが悲鳴を上げてぐしゃりと歪む。
「ご、ブ……ッ」
 転がり、跳ねて、転がる。まるでゴムボールのようだ。
 冷静を装う思考がそう自嘲するのは、激痛から逃れるため。炎の壁も突き破って地面に身を投げ出すと、今度は打ち捨てられたごみのような気分になる。
「ぐ……あく……」
 立ち上がろうにも左足は折れたために立膝が限界。内部機構の一部が故障したため、強化外骨格パワードスーツに強引に引っ張ってもらうことも不可能。
 顔を上げると自分はどこまで飛ばされたのかよく分かる。デーモンが仕掛けた炎の壁も通り抜け、充が前に居た場所すら前方に見える。
 尤もまともに移動することすら叶わない今の自分にはあまり意味の無い情報で、それよりも火急に考えるべきなのはデーモンの追撃にどう備えるかということ。先のレベルの一撃をもう一度食らえば、本気で身体が潰れかねない。
「ち……」
 炎の壁が完全に消失し、デーモンがゆっくりと闊歩する姿が揺らいで見える。掲げたその左手には彼の怒りを糧に緋色の炎が煌々と燃え盛る。それがこちらを仕留める武器という訳か。
 五十メートルほど進んだところでデーモンは振りかぶる。どうやら射程距離に入ったらしい。その間明確な対抗策を提示できなかったガンレイズリガルモンには、その一挙手一投足を捉えながら手元の銃火器を雑に撃ち放つことしかできない。
「これで終わり、です」
 デーモンの左手が弧を描く。その先から火種が放たれる。――その直後、地面に四本の光線が走った。
「仕込みは上々。そしてこれが仕上げ」
 その光線がデーモンを囲むように方陣を描いたことに気づいたのは、仕掛け人が最後の一発をデーモンの真上に撃ったとき。
「強襲弾、ピラミッドパワー改」
 放たれた弾丸はデーモンの頭上五メートルの位置で滞空し、その一点に向けて方陣の頂点から光線が伸びる。方陣の頂点は先に地面に撃ち込んでいた充の弾丸。五つの弾丸を頂点として形成されるのは四角錐ピラミッドの結界。
「何を……アグ、グガアアアアッ!?」
 デーモンが放った火種、そこから噴きだす業火は結界に阻まれ、放ったデーモン自身に返ってくる。四角錘の中は炎がうねる熱地獄。炎は術者自身を蝕み、その痛みと理不尽による怒りが糧となり、さらに炎は勢いを増していく。
 それは怒りというエネルギーを消費して産んだ炎を浴びることで、その理不尽さに対する怒りでより大きなエネルギーを作り出す閉じた機関。本来永久機関にならないはずのそれは、箍の外れた感情をシステムに組み込むことによって、ただエネルギーを保存するだけでなくその総量を増やしていた。それは無論、糧として生まれる炎の熱量も同じく。
 怒りと炎が作り上げる螺旋。その果ては中心であるデーモンの自滅へと繋がっている。
「後は僕らが手を下さずとも勝手に……む」
 それを狙っていた。それを願っていた。――だが、螺旋が産みだす熱量はその目論見の中で収まる程度のものではなかった。
「これは……駄目かな」
 結界が軋む。ぴしりと亀裂が入ったような音が鳴り、火花が各所で散る。綻びから火の粉が噴きだし、断面が爛れる。
 結界の中に閉じ込め、その中で際限なく燃料が投下される炎で自滅させる。その策は炎に結界が耐えきれるという前提があってこそ。つまり、デーモンと結界の忍耐勝負に掛かっていた。そして、その軍配は今デーモンに上がろうとしている。
「ルザガアアアアアアアアアッ!!」
 決壊。溢れだした熱量が熱風となって一気に吹き出し、砕け散った結界の破片を鎌鼬のように押し返す。思わず顔を覆った両手が熱した鉄鍋に触れたように熱い。結界を破壊するのに消費した熱の余波だけでこれなのだ。炎を直に浴びていたデーモンのダメージは推し量れまい。その地獄の中で蓄積した怨嗟も。
「アアぁ……許しません。許しませんよ」
 デーモンの姿はそれはそれは痛ましいものだった。身体を覆っていた赤黒い毛の九割は消え、青白かった肌は黒ずんでいたり少し爛れてしまっている箇所もある。それでも原型を保っているのだから、本当に底知れないタフさだ。
「おいおい、そこは大人しく倒れておいてくれよ」
 満身創痍。後何発か上手くピンポイントで当てれば確実に仕留めきれる。それほどに疲弊している相手を前にしながら、ガンレイズリガルモンの声には言葉とは裏腹に一切の余裕がない。当たり前だ。なぜなら、デーモンをそこまで傷つけたもの以上の火力の炎がじきに自分達を襲うからだ。
「くそっ……」
 碌な狙いもつけずに可能な回数だけ、両手のビームライフルの引き金を引く。それでも放たれた光弾はすべてデーモンの身体に当たり、彼を仰け反らせる。足に掠めて、膝を着かせることもできた。だが、どれだけ当てようともデーモンが掲げた左手は、その掌で次第に熱量を増す火種は一切崩れ落ちない。
 まるで自分を貶めた敵を殲滅するための機械になったようだ。例え左手を撃ち抜いたとしても、その先の火種は臨界点を迎えるまで煌々と燃え続けるだろう。
「私を怒らせたことを後悔して死になさい」
 その時は来た。火種は主であるデーモン自身と同じ大きさにまで燃え上がった。半ば崩れ落ちそうな腕を振り下ろし、デーモンはその巨大な火種を投げ下ろす。
「フレイムインフェルノ」
 地面に落ちた瞬間、火種は爆ぜる。内に秘められた熱量が一気に暴発し、周囲三百六十度を炎に包む。まさしく煉獄。かつて結界内で再現されたものの比ではない程の地獄だ。
「塵も残らず燃えましたか。……ああ、やってしまいました。手加減できないのも考え物ですね」
 炎と灰と煙。それしか存在しない。相対する者の姿もまるで最初からいなかったかのように消えている。
 デーモンには勝利を喜ぶ素振りは一切無い。寧ろ目的を達成できなかった、二度と達成できないような状況にしてしまったことを悔やんでいるようにも見える。そのため、勝利はあくまで冷静に淡々と受け止めている。
「――何のことかは知らないけど、きっと心配の必要はないよ」
「ッ!?」
 もう聞こえるはずの無い声に、デーモンは慌てて振り返る。その視線の百メートル先で、塵も残らず燃え尽きたはずの少年と獣人がこちらを見据えていた。
「あなたは死んだはずだ、なんてことは言わないでね」
「あなたは死んだはずだ!?」
 彼自身、情けない質問だと分かっている。それでもデーモンは問いかけてしまった。相手が溜息一つ吐いて、指を上に向けるような返答をしようとも、それで納得できるのなら問題はなかった。
 充の指差した先。彼の頭上には金の枠で縁どられた円形の門。一瞬後ろを再度振り返って、同じ門が中空に浮かんでいるのを確認して納得せざるを得なかった。
 ホーリーエンジェモンが持つ亜空間への門を構成する技「ヘヴンズゲート」。その応用手段として実空間の二点を繋ぐ技を使った者が居たという。そして、それは現在デーモンが相対している者の仲間だった。
「亜空間を通り抜けたと言うのですか? それで無事で済むはずが……」
「諸事情あってゲートには多少精通しててね。一夜漬けみたいな知識でも案外役に立つものだよ」
 彼に勝利に浮かれている様子はないのは事実だった。だが、遺体の確認を怠る程度には勝利を確信して油断していた。それがこの結果だ。
「オーバーライド――突風弾ブラストバレット
 充の弾丸を受け、ガンレイズリガルモンはデーモンを裁くための兵器を組み上げる。ポンチョが空中に巻き上がり、強化外骨格パワードスーツが露わになる。二つのビームライフルを並列に繋げ、二つの砲口が横並びになる。一つとなったビームライフルの最後部のコネクタを胸部のコネクタに接続。最後に空中から降下したポンチョが砲身を覆い、一個の兵器として完成する。
 それは二つの砲口を持つ大砲。ガンレイズリガルモン自身へと直結することで、彼の持つエネルギーすべてを一発に注ぎ込むことができる。
「ク……ッ!」
 再度火種を用意しようとデーモンが左手を掲げる。しかし、もう遅い。既に大砲はエネルギーの充填を終え、引き金が引かれるのを待つだけだ。
「オルトロスバースト」
 大気が割れる。地面が軋む。二つの砲口から放たれた閃光は混じり合って一つの奔流となる。デーモンにはそれを避ける術などなく、大きく開いたそのあぎとにただ呑まれる。
「ガ、ハ……」
 圧倒的なエネルギーによる一方的な蹂躙。受けたダメージに対する怒りを更なる糧にするデーモンと言えど、怒りを産む気力ごと押し潰されてはどうしようもない。
 膝を着いたデーモンからは体毛がごっそり抜け落ちていた。角も片方折れ、翼も原型を留めていない。そこに魔王としての威厳は既に無く、敗者の称号こそが相応しかった。
「さて、そろそろ正体を見せてもらうよ。――浄化弾」
 ルーチェモンが用意した七大魔王はデジモンを素体として作った偽物。その一人であるデーモンの姿は戦闘中に看破することは叶わなかったが、それはそれで自分にとってそこまで関係のない存在だったという情報になる。
 自分達の冒険の間、或いはそれ以上の期間を割いてルーチェモンは用意していたはず。素体選びにも相応の拘りがあるはずだと充は考えていた。
 そして、その答えが白光の弾丸によって今明かされる。
「ガ……カハ、あ……あぁぁ」
 呻き声を上げるデーモンの身体が白い光に包まれる。灰の角も黒の翼も崩れ落ち、その姿を本来の物へと戻していく。
 獣そのものだった外皮は蒼銀の鎧へと変わり、その背中からは黒い翼の代わりに十枚の金の羽が広がっている。面には十字架、腹には希望の紋章。
 その容姿が示すのは先ほどまでの姿と対極に位置する存在。――例えば天使の最上階級、熾天使セラフ
「彼の正体は……セラフィモンか。なるほど。名前の通り三大天使の一人に数えられるお偉いさんが堕とされていた、と」
「む……返す言葉もありません」
「あれ、もう意識が戻ったんだ。あ、さっき言ったことは気にしない……訳にはいかないよね」
 あそこまで傷つけられてすぐに意識を取り戻す辺り、腐っても流石は三大天使ということか。ルーチェモンが目を付けるのも納得だ。
 曰く中枢カーネルを護ることが三大天使の役割。その中枢カーネルを襲撃されて管理者が無様に逃げたのなら、残った三大天使の処遇などルーチェモンの自由になって当然。侵略者が敗残兵をどう扱おうが、それを咎める者など居なかったのだ。
「調子はどうかな? もし可能なら、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「ええ。万全ではありませんが、休めば大事には至りません。話をする程度問題はありませんよ」
「そうかい。ならよかった。こっちもガンレイズリガルモンの応急処置をしなくちゃいけないから、片手間で全然構わないよ」
 そんな処遇も既に過去の話。とはいえ、その過程で負ったダメージも相当なはず。本来ならばその容体に気を遣うべきなのだろうが、充達には彼に聞きたいことが山ほどあった。あくまで中立なワイズモンでは知らない、かつて管理者の側近として働き、先ほどまでルーチェモンの尖兵となっていたセラフィモンだからこそ知っていることが。