第四十七話「憤怒の剛腕」① | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 例えば、自分の住まう場所が更地になっていた世界。
 例えば、自分達を虐待した者が英雄として祭り上げられた世界。
 例えば、――自分と同じ姿をした者が悪逆の王となって圧政を敷いた世界。
 それらの存在を覗き見たのはほんの些細な偶然だったが、その存在を確認したのは自分達の技術の賜物だった。
 これも僕らの尽力によって、世界が平和と発展を謳歌することが出来るようになったからだ。そんなことを学会の挨拶で言っては、毎度のことかと半ば呆れるように笑われた。戦争が技術を発展するのだとしても、技術を発展させるのがそれ以外の要因であると強く信じたかったのだ。だが、どうにもその気持ちを分かってもらえている気がしない。
 さて、発展した技術の中でも最も注目されているものが構成情報に関するものだ。
 この世界を構成する情報にアクセスし、世界デジタルワールドに干渉し自分の望むように手を加える。
 それを基本とする構成情報による世界改変の技術は一個人が認識できる範囲を拡張し、意識をより外へと向けることに繋がった。自分は特にその技術に飛びぬけていたから、ここと似た世界デジタルワールドを認識することが出来たのだろう。
 だが、飛びぬけていたからこそ抱いてしまった疑問があった。
 それは観測した世界デジタルワールドのいずれも、構成情報という概念そのものが存在していなかったこと。
 最初は平行世界だと思っていた。だが、いずれもこの世界デジタルワールドの根底である概念が存在していないのなら、そのすべての世界デジタルワールドがこの世界デジタルワールドとは完全に別物の世界だということになるだろう。――いや、この世界デジタルワールドが、他のいずれの世界デジタルワールドとは別の根幹を持った世界だと考えるのが最も妥当か。
 そこまで思考を進めたところで、無意識のうちに動悸が激しくなっていたことに気づく。まるで熱病に浮かされたかのような、妙に熱く自分の居所が不安定な感覚。
 後一歩踏み出せば、足元から崩れ落ちるような。自分達の存在が、この世界そのものの正体が覆されるような。そんな感覚。
 ――ハ、ハハ。
 だが、そんな不安定さよりも鮮烈だったのは、そんな状況にすら笑みを零す自分が居たこと。これ以上謎に踏み込めば、知ったとしても傷つき迷うだけの真実を知ることになる。これ以上進んでしまったら、確実に取り返しのつかないことになる。
 それなのに心のどこかで渇望する自分が居る。知るべきだ、知らなければならないと叫ぶ自分が居る。その気持ちを抑えきれる程、自分は完璧な存在ではなかった。
 唯一自分より上の存在だと認める存在に初めて謁見する。――それが崩壊と決別の一歩になるとは分かっていたのだと思う。




 二十分。それが初めて石造りの観客席に穴を開けてから経った時間だ。
 管理者の命の元、戦場としてあてがわれたのは古代ローマのコロッセウムを彷彿させる古めかしい闘技場。ただ、そこには観客も来賓もおらず、自身の役割を果たしているのは闘技場の主役である闘士だけだ。
 挑戦者としての立ち位置に居るのは、時間的な意味でミスマッチな装いをしている充とガンレイズリガルモン。そして、彼らの挑戦を受けるチャンピオンとしての立ち位置に居るのは、闘士としては異形の存在だった。
 赤黒い体毛が覆う皮膚は血色がまったく感じられないほどに青白い。その一方でその筋肉は無駄なく引き締まっており、左右非対称の長さの腕の先にはルビーのように光る爪。しかし、ただの筋肉の塊という訳でもなく、肩に描かれた五芒星ペンタグラムと額の第三の目が鈍く光っていることから、何らかの魔術的な素養があるのも見て取れる。だが、それら以上に奴の素性を克明に示しているのは、やはり一対の闇色の翼と捩じれた灰色の角だろう。
 率直に言うのなら、奴は純然なる魔物デーモン。そして、憤怒の罪を冠するその名もデーモン。
「ち……」
 知らずガンレイズリガルモンは舌打ちを漏らしていた。というのも、どうにもこのデーモンという相手。見た目以上に不気味で厄介な輩だったのだ。
 近すぎない程度の射程距離を維持しつつ、ポンチョの隙間から覗かせた短機関銃サブマシンガンを連射。デーモンの意識の隙を突いた攻撃は目論見通りデーモンの脇腹――ではなく、彼が咄嗟に庇った左の翼の表面を削る。
 そこまではいい。片翼だけで防がれていることは気に食わないが、まだ許容できる。だが、それ以上にガンレイズリガルモンが眉を潜めたのは、デーモンの表情の変化だ。
「私に傷をつけましたね。――許しません! 許しませんッ!!」
 まず沸点が異様に低い。常に眼鏡を付けている者が裸眼で見ても分かるほどに青筋が額に浮かび、それを隠そうと顔に当てた右手は力んで顔に食い込んでいる。誰が見ても怒り心頭なのは分かる。
 だが、ただ沸点が低いというだけで、ガンレイズリガルモンは不気味だとは思わない。
「あ、がアアアアッ!! あぁ…………ふぅ。いけませんね、熱くなっては」
 そう、ガンレイズリガルモンが不気味に思っているのは、このあからさますぎる感情の変化。怒りに限ってオンオフの切り替わりが異様に早い。
「では、これがお返しです」
「づッ!?」
 一転して冷静になったデーモンが左腕を振るう。ガンレイズリガルモンはそのリーチを把握して位置を取っているため、その腕に直接払われることはない。だが、その余波が熱波を纏った鎌鼬となって、距離を取っているはずのガンレイズリガルモンの身体を大きく吹き飛ばす。ポンチョには切り傷が多く入り、その奥の装甲を削る。
 この位置取りで仕掛けたのも、その度にデーモンが反撃として腕を振るったのも一度ではない。しかし、その余波が届くことはなかった。そもそも知覚できるほどの余波が産まれたのも今回が初めてだ。――それはつまり、腕を振るう筋力やその腕に纏った魔力が以前より増しているということ。
 デーモンを傷つける度、肉体を動かす筋力と彼が行使する魔術の火力が上がっているのは、脳筋の自覚があるガンレイズリガルモンでも体感的に理解できていた。
「怒りによる自身の上書きオーバーライト、か。ダークウィルスの逆転の発想かな」
 その様子を遠方から眺めていた充もその変化に気づき、一つの仮説を立てていた。
 過去に実在したデーモンは、構成情報に干渉して感情を操るダークウィルスを用いて軍団を形成したということは事前に調べていた。だが、その情報通りの力をこのデーモンが持っているとはこの戦いの中では到底思えなかった。過去に存在した魔王そのものの再現という訳ではないのなら、ルーチェモンが別の力を与えたと考えるのが必然。
 そんな状況でのデーモンのこの変化だ。デーモンが持つ感情に関わる異能を外ではなく内に展開させるようにしたと考えるのが妥当。
 大方、デーモンが抱いた怒りの感情を純粋なエネルギーに逐次変換し、肉体に取り込んで上書きするように仕組まれているのだろう。先ほどの場合、デーモンにダメージを与えれば与えるほど、その際に抱いた怒りが即座に彼の力を底上げする、という寸法だった。
「ふぃー……いちいち怒ってリフレッシュするのは何なんだ? こっちの癪に障る」
「システムとしての条件だと思うよ。どうやら依存しているのは相手の火力ではなく、自身の感情らしいし」
「文字通り怒りを力に変えるってことか」
 吹き飛ばされた勢いで後退したガンレイズリガルモンとデーモンの特異さに対する認識を共有し、充は自分の推測がおおよそ正しいと確信する。
 受けたダメージをエネルギーに変換するのとは少し意味合いが違う。あくまで怒りを消費して力を底上げする。つまり、すべてデーモンのさじ加減次第だということ。
「ちまちました攻撃は寧ろ逆効果かもね。僕なら大きな一発貰うより苛々する」
「それ、オレの攻撃手段の半分否定されてるようなものなんだが……ま、奴さんが充と同じ感性持ってるのか、もっかいだけ試してみるか」
「仕方ない。許可するよ」
 会話を続けながら、ガンレイズリガルモンはデーモンとの位置取りを確認。短機関銃サブマシンガンの射程からは少しばかり遠くなってしまった。距離を取ってもらっていた充の少し前に居るのだから当然と言えば当然。手の先の感覚だけで比較的射程の長い自動小銃アサルトライフルを掴み、ポンチョの中からその銃身を突き出す。
 ドラムを乱暴に叩くような音に合わせて、薬莢が大量に足元に落ちる。銃身が揺れる度に弾丸が打ち出され、デーモンに向かって走る。
「む」
 だが、それらが終着点に辿り着いたかを確認することは叶わない。不意にデーモンの前に炎が渦巻き、壁となってその姿を隠したからだ。ガンレイズリガルモンが仕掛けるようと動く間、デーモンが何もしていなかったという訳ではなかったのだ。
 炎の渦が鎮まる。その奥のデーモンに傷一つついていないことから、撃ち放った弾丸すべてが悉く焼失したと分かった。探るように仕掛けた攻撃だったが、それは前提条件を成立させることすら叶わなかったらしい。
「奴さんも否定する側らしいね」
「うるさい」
 充の軽口にも唇を尖らすことしかできない。どうやら実弾での攻撃は牽制に使えるかも怪しくなってきた。攻め手にするにも工夫が必須か。例えば完全に壁の無い隙を作るとか。
「冗談はさておき――ちょっと試したいことがある。また軽く遊んでおいてくれ」
「へいへい。……実弾は控えめにするか」
 ふわりとポンチョを揺らしながら左前方に走りつつ、観念したように右手でライフルを軽々持ち上げてその引き金を引く。放たれるのは先程までとは違い実弾ではなくエネルギーを凝縮した光弾。
「フッ」
 一瞬は先程と同じように炎の渦によって阻もうと動こうとしたデーモンだが、銃口からちらついた光が先程と別種と判断するや否や、その手に火種を拵えたまま左方に跳躍。その挙動に眉を潜める狼人に魔王は魔術によって作った火種を放り投げる。
「くそッ」
 標的から五十メートル程の位置に落ちた火種は花のように多方向に炎を伸ばす。その一つがうねりながら自分に襲い掛かるのをガンレイズリガルモンは忌々しく思いながらも、即座に対処に移る。左手のライフルを振り回しながら、炎の先端に向けて光弾を二発。それで一瞬動きが止まったところで右手のライフルの引き金を引いて火種を狙い撃つ。核を失ったことで魔術によって生まれた炎は消滅。その様子を見ることもなく、ガンレイズリガルモンはデーモンへと視線を戻す。当然左手のライフルの銃口も既に同じ方向を向いている。
「遅いですよ!」
 だが、それでもデーモンの方が早い。走りながら紡いだ呪文は詠唱を終え、既に彼の魔術は発動している。
 ガンレイズリガルモンの前方の空中に描かれる赤い五芒星ペンタグラム。妖しい光を放った瞬間、それは小さな門となる。そこから出るは黒色の毛に覆われた物体。神殿の柱に相当する太さのそれが巨大な腕だと理解したのは、先端の拳が自分を潰そうと落ちてきたから。
「くッ」
 前に踏み出そうとした右足をすぐ真下に落として跳躍。半ば転がるように横に飛んだガンレイズリガルモンは、ポンチョが突然真横で巻き上がった土を被るのを甘んじて受け止める。二秒後、立ち上がり視線を再度標的へと戻すも、無意識に彼は眉間に皺を寄せた。
 その理由はデーモンが両手から放ったものが何なのかをすぐに看破できたから。自分の左右五メートルの位置に落ちたのは二つの火種。先に見た火種と似た種類のそれは即座に炎の触手となってガンレイズリガルモンの背後に回り、アーチ状の壁を作る。これが直接的な攻撃ではなく、退路を断つことを目的としたものだということは誰が見ても明らかだった。
「この……」
 背後は既に炎同士が結びついて壁として完成している。だが、アーチの両端は今も触手を伸ばしている。円形に囲まずに伸びているのはデーモンまでの一本道を作るため。互いに逃げ場の無い状況を作られた場合、不利になるのがガンレイズリガルモンだということは彼自身が一番よく分かっている。だが、逃げ道を求めようとすれば必然、デーモンとの距離も近くなる。
 両手のライフルから光弾を放ちながら土を蹴る。デーモンはそれを避けもせず、翼を盾に前進し始める。打ち寄せる波のように激しい表情の変化はそれだけデーモンの力が上がっている証拠。彼の右手の拳を叩きつけられた場合、その威力が本来のものからどれだけ水増しされているだろうか。一瞬想像しようとしたその思考を、ガンレイズリガルモンは本能的に破棄した。
 炎の触手との徒競走は自分がリード。仕掛けるべきは今だと判断し、左にステップすべく右足に意識を割く。
「ふ……なッ!?」
 その一瞬、デーモンも動きを変化させていたことには、自分が彼の腕の射程距離に入っていたと気づいた時に思い至った。
 単純に足運びを工夫しただけではないだろう。魔術による肉体強化。それを自分が意識を逸らした僅かな一瞬に使ったことで、瞬間的に距離を詰めたというのがガンレイズリガルモンが立てられた推測だ。
 振り上げられる剛腕。迫力は先に魔術で召喚してみせた巨大な腕よりも劣るが、秘められた力はそれを上回る可能性も大いにあり得る。――要するに、直撃したら自分が原型を保っていないかもしれないということ。
 後退すべく踏み出した右足を前方の土に突き刺す。だが、その筋肉を伸ばし後方に飛んだとしても蝿のように叩きつぶされる未来しかガンレイズリガルモンには見出せない。
「強化弾、クダモン――絶光衝」
 どんづまりの未来を切り拓いたのは比喩でも何でもなくあまりに眩しい光だった。ガンレイズリガルモンの後方から放たれたその閃光は彼と相対する者の視界のみを塗りつぶし、振り上げた剛腕の軌道に狂いを齎す。デーモンが何とか制御しようとすることが逆にその速度を低下させ、標的が退避するための猶予を与えることに繋がる。
「ナイスアシスト」
 ガンレイズリガルモンは左後方に一回転し、立膝でデーモンを見上げる。その過程で目の前に地面に落とされた右腕を視界に入れたが、意識には入れない。既に攻守は交代しているのだ。
 ガンレイズリガルモンが両手を突き上げ、ポンチョを巻き上げる。その奥に隠されていた銃器が、強化外骨格パワードスーツに仕込まれていた火器が姿を現す。両手に構えたライフル含め、それらすべての銃口がもれなくデーモンを標的として捉えた。
「全砲門解放」
 両手の人差し指を内側に折るのと時を同じくして、強化外骨格パワードスーツの様々な個所で引き金が引かれる。仕込まれていた火器が、アタッチメントによって繋がれた銃器が、一斉に唸りを上げる。
「ハウリングブラスト」