What is the cage? 1-2 | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 2.




 メンテナンスを終えたケイジは インの店を出て、ギルド近くの露店の集まりまで戻ってきた。後で来ようとは思っていたが、まさか別件込みで来ることになるとは思わなかった。
「さて……」
 昼間から酒をかっぱらう暇人の群れからコータを見つけなければならない。 インはとりあえず露店の方に向かった、と言ったが細かい場所までは知らなかった。だが、手段がないわけでもない。

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 電脳からコマンドを与え、探知用のプログラムを起動。特定のトークンを持った電脳にだけ反応する信号を飛ばし、その場所を示すプログラムだ。当然、トークンは(本人は存在すら知らないだろうが)あいつしか持っていない。GPS経由のものはあちらが位置情報送信時にプログラムを噛ませて改竄している可能性が高かったので、より確実な手を用いた。
 じきに結果が視野に浮かぶ赤い矢印として表れる。成功したようだ。絡んでくる酔っ払いを払い除けながら、まっすぐ矢印の場所へと向かう。たどり着いたのは他と何ら変わらない合成肉の揚げ物の屋台。粗雑な椅子に腰掛ける客は黒いコートを着て帽子を目深に被った男一人だけ。
「すいません。人を探してるんですが」
「はあ……もしかして全機械義体フルボーグの元ギルド所属のテイマーですか?」
「その通りです。何故お分かりに?」
「いえ、何となくです。実は私も人探しをしていて……そう、ちょうど貴方くらいの背丈で両手足が機械義肢サイバーウェアの男なんですが……」
 男がそう言いながら右手をコートから出すのを視認しつつ、こちらも右手を体から離し指を折り曲げて握り拳をつくる。鋼鉄クロームの腕は物を掴んだり端末を操作するのには優れた 駆動部マニピュレータだが、結局は金属などの塊。一撃の重みもそれ相応のものだ。
「へえ、それは……偶然ですねっ!」
「まったくですっ!」
 振り向きざまに同時に拳を振りかぶり、左足を前に出す。忘れようのない赤目を視界に捉え、拳を前に一気に突き出す。
「はあっ!!」
「ふんぬっ!!」
 コツン。
 二つの拳は思いのほか軽い音を出して二人の間でぶつかる。衝突、というのにはあまりに静かで衝撃はほとんどないに等しい。
「久しぶりじゃねえか、コータ、ええ?」
「そっちも元気そうで何よりだ、ケイジ。また、使い魔サーヴァント様にどやされてんのか?」
「うっせえ」
 いつのまにか、殴るというよりは拳をつき合わせる感じに変わっていて、厳しかった目は無邪気な子供のように輝いたものになっていた。
 こんな身内受けしかしないノリに付き合ってくれるのは目の前の旧友しかいない。生脳を除いたすべてを機械に変えたからといって中身が変わるわけではないという代表例になれる逸材、それがイリノ・コータだった。
「まあ、とりあえず座れよ」
 コータはニッと笑って、左手で椅子の隣の部分を叩く。本人は軽く叩いたつもりなのだろうが、材質があまりよくないためぎしぎしと椅子が悲鳴を上げていた。さっきの細やかな速度調整が嘘のような粗雑な動きだ。
「おう、失礼」
「いいぜ、いいぜ。どんどん食え、どんどん飲め」
 適当に串を掴んで揚げ物を頬張る。一応肉のかたちを取ってはいるが何となく大豆や魚の風味が混じっている気がする。大方一般的な合成食材だろう。衣で揚げて濃いソースを絡めることでカモフラージュをしようとしているのだろう。まあ、不味くはないし、むしろそれなりに美味しいと思うので文句はない。
 それに酒の肴と考えれば十分過ぎる。安酒を屋台の親父に頼んでコータと乾杯。
「で、結局お前一年間何してたんだ?」
 確かコータは行方不明になる直前、ギルドから直接依頼を受けて 仕事ビズで上層社会に行っていたと聞いた。それから今までの一年間地下都市アングラに戻ってきていなかった。
「いや、それがいろいろあってよ。やっと戻って来れて俺も気が楽になったわ」
「なんだ、今までずっと 仕事ビズだったのか。期間が延長したんなら連絡くれればいいのに」
「ああ、まあ…………悪かったな」
 一瞬だけ変な顔を浮かべたコータだったが逡巡の後ふっと笑って謝る。なんだか数年ほど若くなったようなやり取りに二人とも気恥ずかしくなり、ほぼ同時に吹き出した。二人そろって笑いながら揚げ物の串を頬張り、アルコールを口に流し込む。
 そこからは酒の勢いも相まって取りとめのない支離滅裂な話で盛り上がった。過去の失敗談を話していたと思えば、いつのまにか性的趣向の論議になっていて、はたまた新しい 道具ツールなどの専門分野についての話。
 身のある話をしているように見えて実はしていなかったり、その逆で身のない話かと思えばまともな論議になっていたり。
 ただ、この時間そのものが二人にとって重要なものだということだけは断言することができた。
「今の今まで上に居たんだからよ。なんか上で変わったこととかおもしろい話とかねえのか?」
「そうだな。……あ、アースガルズ社が『ヴァルハラ』とかいう胡散臭い計画プロジェクトを立ち上げてるとか小耳に挟んだな」
 アースガルズ社は上層社会のこの地域を牛耳る巨大企業メガ・コーポ。元々は兵器会社だったのだが、前世紀の戦争での急発展を足掛かりに多分野に手を広げてそのほとんどで成功。結果、数十年近く世界の中心に近い場所を陣取っている。
「『ヴァルハラ』?」
「なんでも前世紀の人工爆発の反省点を踏まえて、溢れた人間が住まうための仮想世界を作るとか何とかっていう奴らしい。名前はなんだか物騒だけどな」
「確かに。ラグナロクに行かなきゃならなさそうだ」
 社名に合わせてそれらしいのをつけたのだろうが正直命名者の神経を疑う。上層社会の一般層にアピールするつもりはないのか。いや、もしかしたら本当の標的は――
「まあ、上のお偉いさんの考えることはただの地下市民には分からんがね。……で、そっちはどうなのよ」
「え、ああ。そうだな……」
 そこまで考えたところでコータの声にストップを掛けられた。深く考えるのは後にしよう。そう決めてケイジは自分と地下の近況について話しはじめた。
「っぶはあっ。十杯目ぇ」
「甘いな。こっちは十一杯目いくぞ」
 数十分後。二人のやり取りはいつのまにか飲み比べになっていた。親父は文句を言わずに酒を注いでくれて、陽気な笑顔で若人二人を眺めている。そもそも全機械義体フルボーグ相手にこんな勝負を挑むのは前世代の言葉で言う「無理ゲー」に分類されるものなのだが、本人達にはそんなことなどどうでもよかったし、そもそもの始まりもコータがその「無理ゲー」を話題に挙げてケイジを煽ったからだった。
「んぐふぅ……十五杯目」
「おうおう。元気だねえ。……ところで、お前数日暇か?」
「んぐ……ん?」
 脈絡のない突然の問いにケイジは戸惑い変な声が漏れた。杯を下ろして酒を中断。独特の昂揚感と体のバランスが不安定になり、足が地についているのに風に流されそうな妙な感覚。吐き気を催さない程度ではあるが、相応のアルコールが蓄積しているようだ。
「俺らに手を貸して欲しいんだ」
「ん……なかなかに唐突だな」
 だが、正常な判断を求められる状況となれば、ケイジの思考は通常の冴えを取り戻す。電脳側からの信号により、肝臓の活動が急激に活発になり、意識が血中のアルコール濃度も激減。意識もはっきりして冷静な思考力を取り戻させる。使い魔サーヴァントに仕組んだプログラムの一つが正常に働いたようだ。
「簡単に言えば、 仕事ビズの話だ。それもギルドに通さない、個人的な依頼だ」
「ほう。で、内容は?」
「まあ、焦るな。ちゃんと説明してやる。依頼内容は――」
 とある 任侠ヤクザに潜入して、ある機密情報を盗むこと。
 その機密情報は 任侠ヤクザと上層社会のある会社との繋がりを示す証拠となるもので、上層社会で公になれば一波乱起きかねないほどの代物らしい。スタンドアロンの端末に隠されているため、電脳を介しての遠隔地からのクラッキングは不可能。実際に潜入して端末に繋ぎ、直にソフトウェアを奪取する必要がある。
「他に協力者がいるから分け前は三割程度にはなるが、それでも普通のと差は出ない。目標が目標なだけにな」
「なるほど。で、なんで個人的な依頼なんだ?」
「あ……ギルドを通さないのは俺の面子が掛かっているから、としか言えん」
「上では失敗したのか。珍しいな」
「うるせえ」
 どうやらまだまだ詰めの甘いところが残っているらしい。まあ、こちらとしても個人的な復讐と考えれば分かりやすいし、正直依頼者の細かい事情に興味はない。
「どうだ。手伝ってくれるか?」
「ん……そうだな。いいぜ」
 一瞬迷ったが、数日は予定もなく、久しぶりに旧友と 仕事ビズが出来ると考えれば受ける気になれた。決して、目標である 任侠ヤクザと個人的に因縁があることは関係ない。




 次の日、コータは一人の小柄な女性を連れてケイジの前に現れた。
 黒いレザージャケットを着て艶やかな黒髪を一つに纏めている彼女は必要以上に距離を詰めてこちらを見上げている。遠目では無表情に感じていたが、至近距離になるとその眼の鋭さや宿る意思の強さがよく分かる。
 例えるなら烏。手を汚していながらもその根底にある聡明さは輝いて見えた。
「彼女はモリイ・リオン。俺の仲間でフリーの女忍者ニンジャ。基本活動は暗殺者アサシンがメインだったが、今回はお前の護衛……というか接触者の電脳クラッキングをメインに担当してもらう」
「なるほど」
「見た目はちんちくりんだが実力に関しては保証できる。 魔術師ウィザードとまではいかないが、ギルドの中堅程度じゃ勝負にならないレベルだから安心しろ。見た目は子供みたいなちんちくりんだけどな」
「うるさい。刺されたいの?」
「悪い悪い」
「あ……まあ、よろしくな、リオン」
「ん」
 リオンは言葉にもなっていないほどの短さで答え、ケイジが差し出した手を握り返す。彼女に失礼なのは承知だが、ケイジは可愛げがないなと思ってしまった。
「で、俺は何するんだ? 目標の端末のアイス砕いて、その機密情報とやらを盗めば良いのか」
「ああ、その通り。話が早くて助かる」
「そりゃ、どうも」
 侵入対抗電子機器Intrusion Countermeasure Electronics――通称「ICE」、「 アイス」。攻性防壁とも呼ばれるその火の壁ファイアウォールを破る。それはケイジとその使い魔サーヴァントが担うに相応しい役目だ。大方予想していたこともあって、ケイジは二つ返事で引き受けた。
「端末までの道のりはリオンと俺で切り拓く。と言っても、俺は遠距離から施設にクラッキングを仕掛けるんだがな。なに、無駄に騒ぎを大きくするようなことはせんさ」
「分かった。任せる」
 それぞれの大まかな役割は分かった。後は細かいところを詰めて、必要な道具ツールを揃え、本番に備えるだけ。
 久しぶりに自分の根底から熱いものが湧き上がる感覚を覚え、クリスマスを待つ子供のように胸が高鳴っている。楽しみなことがあるというのは実に良いものだ。