What is the cage? 1-1 | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

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 act.1 Run in the underground.





 1.




 古い油のような臭いでセト・ケイジは目が覚めた。
 ギルドからあてがわれた部屋は自分のがさつな性格もあって、雑多な荷物とガラクタで足場が埋まっている。その結果寝るために唯一きれいにしているベッドが海に浮かぶ孤島のようになっていた。
 これが地下都市アングラのテイマーズギルドが誇る上位業績者トップランカーの住まいなのだから、現実とはいかに残酷なのか分かる。
 夢もへったくれもない。結局、地下市民はどこまでいっても地下市民なのだ。尤も、地下市民でなければ得られぬものも実際あるので別段不満には思わないが。
『覚醒を確認したぞ。早急に顔洗って、着替えろ』
 電脳から直接聴覚野に声が入る。視野の中では小猫のようなビジュアルの「電子の怪物デジタル・モンスター」が牙を剥いて怒りを露にしていた。気持ちは分からなくもないが、糞生意気な使い魔サーヴァントテイマーに吠えるのはどうかと思う。
「今日は 仕事ビズの予定はないんだからゆっくりしても良いじゃねえか」
『No.4として、後輩に見せつける態度があるだろ』
「んなもん1から3とか5から10にでも任せりゃ良いだろ」
『その中にまともな奴が何人いるよ?』
「あ……すまん」
 寝惚けた頭でも分かる事実を出されては反論も不可能。そもそも使い魔サーヴァントの言う意味での「まともな」輩はこの地下で探すのは砂漠から蟻のコンタクトレンズを見つけるのに等しいレアケースなのだ。まともな輩はわざわざこんなところまで堕ちては来ない。地下にいる時点ですでに変人のレッテルが貼られているのと同じことだ。
 共同の洗面所まで行って水で顔を洗い、備え付けの鏡を見てみる。
 数か月手入れしなかった黒髪は案の定ボサボサでボリューミィ。ところどころ灰か白かが混じっているのはフケか何かだろう。完全に開ききっていない目の下には、前時代の野球選手の 太陽光対策アイブラックのような隈が出来ていた。
 なるほど。これはひどい。
 思えば最近は 電脳空間サイバースペースに数日に渡って 没入ジャックインしての 仕事ビズが多かったので、身辺に最低限の気配りをすることもなかったのだろう。次回以降は気をつけた方が良い。
 そんなことを他人事のように考えながら洗顔料で顔を洗って、櫛を使って簡単に髪を整える。そこまで綺麗にはいかないが、ある程度まとまっているように見えたら十分。
 要は最低限の見た目が出来たらそれでいい。自分で言うのも何だが素材は悪くないので、後は自室で着替えれば多少見られる物にはなるはず。両手両足と違って完全な天然素材の顔だ。美容整形などには興味はないので弄くったことはない。
 ある程度納得はしたのか、使い魔サーヴァントは騒がしくすることもなく呑気に生物じみた欠伸をする。半分悪ふざけで組み込んだアクションだったが思いの外精巧に出来ていると自画自賛したくなった。




 本日の予定

 11:00 インの店で機械義肢サイバーウェアのメンテナンス ←最重要
 
 以降予定なし


 視野に浮かぶたった三行のテキストを読んで、ケイジは人工皮膚の張られた右手で頬を掻く。
 最重要も何もそれだけしか登録した予定は無く、改めて今日がとてつもなく暇なのだと思い知った。連日の仕事漬けから一気に開放されたは良いが、自由と言う名の海に単身放り出されたに等しい。やはりもうちょっとゆっくり寝てても良かったのではないかと使い魔サーヴァントに訴えたくなる。
 とはいえ、たまにはこういう日も良いかもしれない。一応外出の予定はあるのだから、適当に辺りをぶらついてみるのも一興。精神と肉体を切り離せる電脳化が進んで「肉体は精神を縛りつける檻だ」などと揶揄する者も出てきたが、肉体仕事も多いケイジにはそんなこだわりはない。




 ギルドから出て、改めて自分たちの住まいが異質なかたちをしていると理解する。上層社会のビルにも匹敵するほどの全長を誇るそれは地上との境目である 天蓋キャノピーに突き刺さっていて、その柱を通すようにドーナツ状のフロアが何層かに重なっている。上階にいくほど上位の業績を収めていて、部屋の質も左右されるということだが、ケイジ本人としては別に最低限の寝床があれば十分だった。
 ギルドの柱の部分には地上と地下を繋ぐ唯一のエレベータが存在し、二つの区間を移動する者は基本的にギルドの 記録ログに残るようになっている。
  組合ギルドとは言っても実際は公的機関のようなもので、上層社会が地下都市を監視するために発足時に暗躍していたという噂もある。だが、ギルドがあるお陰で地下都市アングラでの仕事には苦労しない面もあった。求人情報は常に貼られているし、登録すれば最低限の住居は与えられる。地下都市に散在する 任侠ヤクザ同士の関係にも基本中立で、仕掛けてきたときに返り討ちに出来る程度の戦力もある。来るもの拒まず、去るもの追わず、の姿勢はならず者上がりのケイジにとっては非常に好都合だった。
 ギルド以外の地下都市の建物は基本的に前時代の戦争で残った廃墟を直して利用したものが多く、素材を強引に張り合わせた継ぎ接ぎパッチワークが特徴的だ。露店を出しているところもあり、地下都市定番の安価な合成食材や何の動物かも分からない肉の揚げ物がよく売られていた。食品以外にもどう考えても違法なプログラムや、手軽と言うには些か物騒な銃火器を売っている店も見られた。これらには上層社会でやれば巡回警戒ドローンに見つかれば即刻電脳側から殺されるレベルのものも含まれている。
 目移りはするが、予定時刻までそこまで余裕もなかったので露店めぐりは唯一の用事を終えてからにする。
 出発してから十分。路地裏に入って少し進めば、知る人ぞ知る地下都市の 技術屋メカニック 闇医者ストリートドクの集う通り――通称「狂人窟マッド・グロット」に入る。最先端にして最尖端、最新にして最深と呼ばれる、変人では収まらない狂人の巣窟だ。
 予定として入れていたインの店はその深くにある。継ぎ接ぎのレベルを超えて 芸術アートにまで昇華してしまった店は「狂人窟マッド・グロット」の中でも異色。素材は仕事の端材を利用したため銀色が大半だったが、その多少の統一感を滅茶苦茶にするほどに奇形なデザインの装飾が多く、特に一番の拘りだという屋根についている三つの巨大な機械腕ロボットアームははっきり言って用途不明の産業廃棄物に思えた。
「相変わらず凄いな」
「オウ、ケイジ。機械義肢サイバーウェア、売りにきた? いい値、買うよ。ア、内臓、売りにきた? いい 医者ドク、知ってる」
「何かヘマを犯した前提で話すな」
 笑顔で物騒なことを言ってきたのがここの店主でケイジが贔屓にしている 技術屋メカニックイン。中国出身中国育ちの生粋の 中国人チャイニーズだが、本国で中華任侠チャイニーズマフィア相手にやらかして永久追放。何だかんだあってここに流れてきたらしい。翻訳ソフトを使わずあえてわざわざカタコトの日本語を使うのに妙に拘っていて、お陰でこのレベルまで意志疎通を図るのに時間が掛かってしまった。だが、彼本人の語学力はお世辞にもそこまで向上しているとは言えなかった。
「手足のメンテだ。悪いが改造アップグレードはしなくていいからな」
「本当、良いか? 良いパーツ、あるのに」
「むしろやったらキレるぞ。結果的に劣化ダウングレードされたら堪らん」
 文句を言いつつも、インはケイジが机に乗せた左腕の人工皮膚を剥がし、その中の 鋼鉄クロームの機構を露にさせる。ギルドに入る前に生身のものと入れ換えたこの機械義肢サイバーウェアの両手両足はインのところで頼んだ特注品オーダーメイドだ。
 自作の特化型マニアック機械義手でインはケイジの左腕に触れて何度か軽く撫でる。その間に掌から照射した放射線から機構内部の状況を3Dグラフィックスとして彼の視野に与える。3Dグラフィックスは彼の意思で回転、拡大縮小し、彼はそれを見ながら電脳内でメンテナンスリストの項目にチェックを入れていく。
「ウン、C2の シャフト、磨耗。替える、OK?」
「了解。頼むわ」
「そういえば、オレ、久し振り、見た」
「急に何だ。何を見たって?」
「ア……名前、出てこない。でも、ケイジ、知ってる。ケイジ、探してた、あいつを」
「俺が探してた奴? 誰だ? 思い出せないか」
「頑張る、れば、思い出せる、かも。……改造アップグレード、許可、くれれば、いける、絶対!」
 過去、今以上にインの顔を殴りたくなったときはなかった。したり顔というのか、ドヤ顔というのか、とりあえず腹立つ笑顔をこちらに向けて無言で「知りたかったら機械義肢サイバーウェアに手を加えさせろ」と圧力を加えてくる。
「チッ……分かったよ、改造アップグレードしたきゃすればいい。だから、さっさと教えろ」
『お前、本当押しに弱いよな。よく修羅場潜り抜けてこれたな』
(うるせえな。それだけ俺の実力があるってことだ)
 使い魔サーヴァントにはそう答えたが、押しに弱くなったのはギルドに入ってからだとケイジは思っている。その以前の数か月間は勤めていた職場が消滅した反動でかなり荒んでいた。今よりも電脳麻薬ドラッグに溺れていたし、荒事にも野次馬根性から参加した喧嘩ではいつのまにか当事者以上に暴れていた。
 それでも前の職場で筆頭の専門テイマーとして地下都市アングラでも一時期話題になった腕を買われて、ギルドに拾われたのはありがたいことだった。
「真面目、話、改良、必要」
「え、あ、ああ……そうか」
 最後に左足の 解析スキャンを行っているインの声で浮上する。急に声を掛けられて戸惑ったが、先程までより少し厳しい顔の彼にこちらも少し気が引き締まる。
「技術、進化、早い。世界、常に、変化してる。現状維持、腐るだけ」
「よく分かってるよ」
「ならいい」
 ケイジとてインと同じくらいに電脳と機械の技術の最前線で戦ってきた。彼の言葉の意味は痛いほどに理解している。前世紀の中盤まで効力を持っていた法則などはその良い例だ。
「修理、入る。神経接続、切る」
「了解」
 合意と同時にケイジの意思では左腕が動かなくなる。感覚のリンクも切れたのを確認し、インは自分の左手で右手の甲を押す。すると、中の機構により、人差し指の先から目視出来るか出来ないかという大きさの銀の小人が飛び出した。

 call Grottemon

 インが電脳でコマンドを出すことで、その小人の表面に自動的にいくつかの色が着いていく。電脳から使い魔サーヴァントが小人の操作を得たというのを視覚的に分かりやすいように彼が細工したのだ。ケイジもこれは凄いとは思ったが、こういう凝り性アーティストな部分が変人、狂人扱いされる一因なのだろうな、とも思った。
「ジャ、始める」
 インは口で合図すると同時に電脳から小人――を操作する使い魔サーヴァント 命令コマンドを送る。

 repair -artisanal target-device

 土色の肌をした長鼻の小人は目に緑の光を宿らせて、ケイジの左腕の機構へと飛び込む。それから数秒ほどカチカチと軽い音が鳴り、いつのまにか先端に傷が入った細い金属棒が左腕の下に転がっていた。インがそれを回収して、代わりの新しい金属棒を置くと、その瞬間にその金属棒は消えて、また数秒ほどカチカチ音が鳴った後に小人が左腕から飛び出してきた。修理は完了したようだ。
「ジャ、次、改造アップグレード。今回、右手、する」
「ちょっと待て」
「安心しろ。お前、中の、愛刀、残す。むしろ使う」
「そこじゃねえよ。許可与えたんだ。誰に会ったか思い出したんだろ」
「……チッ、忘れてなかったか。面倒臭いな」
「お前、普通に喋れんじゃねえか」
「何、言ってる。幻聴、頭おかしい。 医者ドク、呼ぼうか」
「もう良いからさっさと教えろ!」
 どうやらこちらから聞かなければ話す気はなかったようだ。日本語を普通に話いていたように見えたのは気のせいだと思うことにして、まず優先すべきはインが誰を見たのか、ということについてだ。本気で腹が立ってきたが、ここは堪えておく。
「コータ」
「は……?」
 苛立ちが急に収まっていくのが自分でも分かった。それだけケイジにとって衝撃的な言葉だった。連想するのはたった一人の男。
 イリノ・コータ。
 一年前に姿を消したギルドの当時No.6。生脳以外を機械義肢サイバーウェアに替えた全機械義体フルボーグの彼はケイジと一番気の合う同僚だった。