私ががんになる前、私の子どもが喘息で入院したことがありました。
私の子どもが入院していた病院では、5歳以下の子どもには、親が付き添って入院する事になっていました。当時、私の子どもは3歳だったので、私も子どもと一緒の病室に泊りこんで付き添っていました。
6歳以上の子どもたちは、親でも面会時間にしか面会できません。
お父さんやお母さんでも、面会時間が終わる20時になると帰らなくてはなりませんでした。
小児病棟の入り口にはドアがあり、子どもが勝手に外に出られないようになっていました。
毎日20時になると、面会者と離れがたい入院中の子どもたちが、ドアのところで面会者の手を握り、
「帰らないで」とか、「一緒に帰る」と言っては泣いていました。
見ているこちらがかわいそうで、見ているのがつらくなるような光景でした。
病室の中にいても、20時になると、毎日、病棟のドアの方から子どもの泣き声が聞こえました。
小児病棟内には、食事・水分制限のある子どももいるので、病棟内での勝手な飲食は禁止されていました。 付き添いの親も食事をとる時は、病棟の外にある休憩室みたいなところで、食べました。
そこには、よく、一人で塗り絵をしたり、折り紙をしたりしながら、遊んでいる子がいました。
私が声をかけると、小児病棟に入院している子どもの兄弟だと言っていました。
お母さんが、兄弟の面会に行っている間、一人でここで待っていると言っていました。
小児病棟は、病気で抵抗力の少ない子が多いので、10歳以下の子どもは、どんな菌を持っているかわからないという理由で、小児病棟の中に入ることを禁止されていました。
外からの菌の持ち込みを防ぐためでした。
だから、入院している子どもの10歳以下の兄弟は、お母さんと一緒にお見舞いに来ても、病棟に入ることができず、病棟の外で待っているしかないのでした。
子どもと一緒に留守番してくれる人がいない場合、お母さんも子どもを一緒に病院に連れてくるしかなく、
かわいそうだと思っても、病棟の外で一人で待たせているしかないのでした。
1時間以上、一人で待っている子もいました。
入院している子も、入院している子の兄弟もたいへんでした。
その小児病棟には、子どものがん患者かなと思われる子が何人かいました。
抗がん剤の影響か髪が抜けていました。
そのうちの一人の病室には、真新しいランドセルがあり、小学校の先生、友達からの寄せ書きの色紙が壁に飾ってありました。
小学校一年生だそうですが、一度も小学校に行ったことがないと自分で言っていました。
早く行けるようになりたいと言っていました。
もう一人の子は小学3~4年生くらいでしょうか、 やはり髪の毛が抜けていました。
ある日の夕方看護婦さんのところに来て「気持ち悪い。」と訴えているところを見ました。
本当に調子が悪そうでした。
看護婦さんがその子に「先生に吐き気止めもらってくるね。」と言っているのが聞こえました。
抗がん剤治療を受けているのかなと思いながら、何とも言えない気持ちで見ていたのを覚えています。
その他にも、お母さんと一緒に、がんのため無菌室に入院していた4歳の女の子もいました。
一度、病室のドアが開いていて、無菌室の中にいる女の子が見えました。
本当に、本当に、かわいい女の子でした。
私の子どもと同じ病室には、白血病と診断されたばかりの、1歳半の男の子もいました。
お母さんも付き添っていましたが、白血病と診断されたばかりだったので、
お母さんは子どものそばで、いつも泣いていました。
何もわからない子どもは無邪気にベッドの上で遊んでいました。
どれもこれも忘れ難い光景でした。
生まれてわずか数年の、何も悪いことなどしていない小さい子どもたちが、なんでこんな理不尽な、ひどい目にあわなければならないのか・・・。
かわいそうで、かわいそうでたまりませんでした。
小児病棟には悲しいことがたくさんありました。
それから数年後、私ががんになりました。
がんの治療は大人の私でさえ、本当につらかった・・・。
そんな時、あの小児病棟で見た光景を思い出しました。
見ているのと、実際体験したのとでは、全然違いました。
大人の私でさえつらかった抗がん剤治療に子どもが、一人で耐えていたんだなと思うと、涙がでました。
小さな子どもたちが病気と闘っていた姿を思い出すと、今でも何とも言えない気持ちになります。
今でもときどき、あの時、がんと闘っていた子どもたちのことを思い出します。
病気がなおって、どこかで元気に暮らしていてくれればいいなといつも思います。