徒然時事日記 -18ページ目

フランス第5共和制6人目の大統領誕生~戦後フランスの政治概略~

 ニコラ・サルコジ保守与党・民衆運動連合(UMP)総裁がフランス第5共和制6人目の大統領に当選した。彼はハンガリーからの移民の2世である。移民系の大統領はフランス史上初めてである。投票率は83.97%、決選投票における各得票率はサルコジが53.06%、対戦相手のセゴレーヌ・ロワイヤルが46.9%だった。包括的に述べるならば、今回の選挙は現代フランス政治の安定と継承が国民から期待された結果である。


 サルコジの政治的勝利は、ド・ビルマンの若者に対する雇用政策(CPE)の失敗が導火点としてあり、フランス革命以来の伝統的ともいえる暴動に対するド・ビルマン首相の頓挫があったと言えよう。当時のサルコジ内相が、公の場で暴徒を「ラカイユracailles(社会の屑)、ヴォワユvoyou(ゴロツキ)」と呼び、暴動を刺激して一部メディアの不評をかったものだったが、国民の一般意思の帰趨するところは政治の安定と継承であったのだ。


 サルコジは斯く言う。"Jeune homme ? Monsieur ? On l'appelle un voyou parce que c'est un voyou". "Quand je dis il y a des racailles, eux-memes s'appellent comme cela. Arretez de les appeler des jeunes"(「若者か?ムッシューか?いやそうじゃない、奴等はゴロツキだからゴロツキと呼ぶんだ。」「私が『ラカイユがいる』と呼ぶのは、彼ら自身が自分たちのことをそう呼んでいるからだ。奴等を『若者』なんて呼ぶのはやめろ。」)と。


 「jeunes des banlieues(郊外の若者)」のうちで週末に車を燃やして遊んだり、堂々と万引きしたり、ところ構わずマリファナを吸い、消防士や警官に対して高層団地の上から洗濯機を投げ落としたりするヴォワユvoyou(ゴロツキ)に対するサルコジの厳しい対応がフランス国民の支持を得たともいえる。


 フランスあっては大きな社会的・政治的の節目に暴動が起こっている。フランス革命は言うに及ばず、第二次大戦後ではド・ゴール政権の崩壊を早めた「5月革命」があり、最近では2005年の移民系青年暴動がある。


 さても、フランスのデモクラシーは「フランス革命」から紐解かねばならないが、紙片の都合で割愛してド・ゴールの第5共和制以後を回顧する。


 フランス第4共和制は、共産党の台頭で混乱しその上アルジェリア独立問題で機能マヒに陥っていた。フランスはアフリカに多くの植民地を持っていた。戦後植民地は相次いで独立を果たしていった。その最後の植民地アルジェリアの独立には国の存亡がかかっていた。フランスは一触即発の内乱の危機に陥っていたのだ。元軍人・右翼・利権者などが強硬に反対する中、ド・ゴール将軍はこの難局を乗り切り、アルジェリアを独立させてフランスの瓦解を阻止したのだった。ド・ゴールは国民の圧倒的支持の下、第5共和制を開始し、大統領の権限を大幅に強化した。ひとつは首相を「副官」として扱えることができること、二つめは大統領に下院(国民議会)解散権と国民投票付託権の大きな権限を与えたことである。ド・ゴールはたびたびの政治的危機を国民投票によって乗り越えたことがわれわれには記憶に新しい。


 ド・ゴール将軍の大きな功績のひとつは1941年、ロンドンに逃れ、対独徹底抗戦を呼びかけ、フランスの名誉を守ったことである。ふたつ目は1958年にアルジェリアの危機を救い、共和国を再建したことである。ド・ゴールはカリスマ性をフル活用して戦後のフランスを強烈に牽引したのである。


 その後フランス第5共和制は、ド・ゴールの後を継いだジョルジュ・ポンピドゥーが大統領となり、ジスカール・デスタン大統領、フランソワ・ミッテランへと受け継がれた。ミッテランは1981年の大統領選において51.8%の得票率で勝利、第4代大統領に就任した。彼は労働法制の改正、ラジオおよびテレビの自由化、死刑制度の公式廃止、社会保障費の拡大政策を実行し社会主義的施策を取った。しかし、1986年の総選挙で社会党が大敗を喫し、右派政治家ジャック・シラクが首相に選出された。第1次コアビタシオン(保革共存)が成立したのだった。1991年にはエディット・クレッソンを首相に抜擢し、フランス史上初の女性総理を誕生させた。しかし、1993年の総選挙で右派が再び勝利を収めてバラデュール内閣が発足して、第2次コアビタシオンが成立したのだった。1995年5月、フランソワ・ミッテラン大統領は2期14年を終えてここに退任したのであった。


 ミッテラン大統領の就任演説(1981年5月21日)には、『人民戦線,対独解放戦争に次いで,三たび民主的に選ばれたフランスの政治的多数派が,その社会的多数派と一致した今日,私はジャン・ジョーレスの忠実な弟子として,200年にわたる戦争と平和の期間を通じて,その汗と血でフランスの歴史を築いてきた無数のフランス人民の名において語りたい。(中略)。絶えざる緊張と利害対立のうずまく世界にあって,地球上の人口分の2が飢餓と侮蔑の中に生きている限りは,真の国際共同体は存在しないことをフランスは力説しなければならない。公正で連感に満ちたフランスが,すべての国と平和に生きようと努めれば,人間性発展の道を照らすことができる。そのためにはフランスはまず自分自身の力に頼らなければならない。(中略)。共和国万歳,フランス万歳。』とある。


 フランス人民の汗と血で勝ち取ったフランスのデモクラシーは、イギリスのデモクラシーとは異なる。イギリスでは王権に対して身分制議会が徴税権を勝ち取るプロセスにおける市民革命であった。幾多の選挙法の改正を経て、絶対王政の王権はかくて『君臨すれど統治せず』となったのである。一方のフランスはそれに対し、ブルボン王朝のルイ11世の言『朕は国家なり』にみられるように強力な絶対王政と封建的な旧制度(アンシャン・レジーム)が支配する封建的農業国であった。従ってフランス革命は、政治革命にとどまらず大社会革命でもあったのである。それは、マリー・アントワネットが断頭台の露と消えてしまったように苛烈を極めた血の革命であった。フランスのデモクラシーはここに原点があるのだ。ミッテラン大統領の就任演説には、このフランス近代政治史が深く投影されていると言っても過言ではない。


 以上、第5共和制の変遷を概略辿ったのであるが、サルコジは今後どの方向に舵を切るのであろうか。左に揺れ、右に揺れる。その都度フランス国民は揺り戻したのだった。フランス革命の末裔たちは中道右派と称せられるサルコジにどのような国家建設を託そうとするのであろうか。私は、ハンガリーからの移民2世であるサルコジ大統領が経済問題と絡む移民問題によって大きな失政を招くのではないかと危惧するのである。

『甃の上』を想う

『甃の上       

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らいあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほい
廂々に風鐸のすかたしづかなれば
ひとりなるわか身の影をあゆまする甃の上


三好達治』


私の大好きな抒情詩です。花の季節になるときまって想い出されます。この詩は、日本的詩情に溢れていると想うのです。特に、「をりふしに瞳をあげて」の一節がたまらなく好きです。「あはれ花びらながれをみなごに花びらながれ」る境内を歩む乙女らの姿が「をりふしに」によって更に「あはれ」となる。「しめやかに語らいあゆ」む「をみなご」が今まさに私の目の前を通り過ぎていく。「甃の上」には、時空を越える響きがあるのです。


そして、私は斯く想うのです。


《目を閉じて想う。花は桜散りゆく音がする。古人の息遣いが甍に聞こえ、風鐸のすかたをみなごに似て、み寺の春がすぐ。花びらそよぎてあわれさそい、はじらいのをみなごすそもながれ翳りなきみ寺の春。》

心にそよ風

 そよ風が実に気持ちよい。春の草花が一生懸命に咲いている。名前の知った花、知らない花。春は花である。3年前に長男が植樹した仙台枝垂桜が今年は立派に小粒の愛らしい花を咲かせた。あと3年もすれば、小屋根にとどくであろうそれは私たち家族の記念樹である。息子の思い出の木である。     

 

 初夏の訪れが確かに聞こえる。温州みかんの白い花がたくさん咲いた。花びらは少々厚ぼったいが、紀州の山々に咲いていたあのみかんの花だ。近くに寄るとそこはかとなく甘い香りが漂ってきた。懐かしい。

 

 五月の空には鯉のぼりがよく似合っている。吹流しが颯爽となびいている。真鯉、緋鯉が泳いである。今日はこどもの日だ。親の願いは子の健康と成長だ。

 

 霧島躑躅の色鮮やかな深紅は、我が家の誇りとする一木である。先人が植えたのであろうか。吉野躑躅が咲いた。三つ葉躑躅が咲いた。玄海躑躅も咲いた。みんな応えてくれているようだ。寒さの冬もずっと見続けていた。どうか、どうか咲いてくれよと。 

 

 遠くをながむると新緑の木の葉が目に優しくそして陽に中ってきらきらと耀いている。庭の落ち葉が目に付く。夜来の風があちこちから集めたに違いない。その下には、名も知らぬ新芽が芽吹こうとしている。そっと落ち葉を取り除いた。


 天気のよい休日は、早朝から忙しい。あの木、この木。あの花、この花。まるで主人の来訪を今か、今かと待ってくれているように思う。私の心のために手入れをし続けてきた庭の生き物よ。それなのになぜか、私を癒してくれる。私の心は花の精でうめつくされてしまう。私のその労働は、裏切られることはない。


 大型連休の終わりが近づいた。喧騒たるUターンが始まる。

 だが、我が家の庭は静かに一日を送る。