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犬、猫、鼠が、同じ領域にいます。


本能からすれば、犬は猫を食べますし、猫は鼠を食べます。


猫は犬を警戒して、鼠を襲えません。


そうしている内、此の領域から、犬が離れます。


猫は、警戒する必要が無くなったので、鼠に襲い掛かろうとします。


しかし、鼠は冷静に、一旦、猫を制して、次のように話します。


「犬の奴は、頭が良いから、君が僕を食べるのに夢中で、隙を見せた、その背後から、君を襲う積りなんだよ」


猫は悔しそうに、元の位置に戻ります。


すると、犬も戻って来て、又、同じ状態が続いていきます。だから、鼠も逃げません。



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↑これは、自分の、以前の記事の中から抜粋したものですが、、、、僕は、童話の類には詳しくなくて、、、、はっきり言うと、嫌いで、その理由は、一方的に、勝ち組と負け組とに分けられがちな性質が馴染めず、子供の頃も、何故か、“負け組”の側に感情移入し、自分を常に置き換えながら、批判的な思いを向けていました。



童話って、『正直者と不正直者との対比がスタンダードに描かれる形式のジャンルだ』と思うのですが、、、、正直者と不正直者との区別に付いて、これは、果して、正当の評価なのでしょうか?



お話の中では、大抵、不正直者が駆逐されるパターンですから、事の経緯については、恐らく、生き残った正直者の方が語り継ぎ、伝達されていくもの、と推察されます。もう、お解りの通り、これは、都合の良い解釈に拠って、真実の内容が歪められている可能性も高く、否定できないのです。



まぁ、こんな屁理屈を述べるまでも無く、、、、この手の寓話は、子供への、道徳的な教材に生かされていたのも、又、事実なのでしょう。



しかし、幼少時代の僕には胡散臭く感じられ、反発心が拭えなかったようです。酷く穿って、現在の言語表現を借りれば、「大人が子供を牛耳り、管理し易いよう、野心=悪の図式を教え込ませ、逆らわないようにする事の処置として、洗脳を施さんとしている」みたいな感じに、端から疑って掛かってました。



『子供には、素直に育って欲しい』とか、『子供は、従順であるべきだ』とか、こういう思いの現れとして、結果、押し付けられる諭旨なのでしょうが、少なからず、その反動も必然でしょう?



但し、現代の親達の目論見は別にして、昔ながらの童話には、教訓のみならず、風刺を込めた内容が多分に含まれており、それも一概に言えない事を、つい最近、知ったばかりです。



つまり、僕の見識自体、批判としてはスタンダードながら、実際のところ、不当で、尚且つ、偏向的で有った訳ですね。でも、子供の頃の価値観を引き摺っていただけなので、当然、許して貰うとして・・・。



最初の文は、誤解していた段階で、『正直者と不正直者との対比が無い』事を狙った、結局、フラット過ぎて、クソ面白くも無い、僕の創作です。見せしめの為に掲載しました。



その、僕の目を開かせてくれたのは、、、、<ガリバー旅行記>と、【宮沢賢治】です。




<夜の電車>というタイトルの記事を読まずに、ここを訊ねられた方は、是非、<次のページ>へ移動し、そちらを先に御覧下さいますよう、お願いします































































































             





























































































































































































































                         


































































































































































































































今、あなたの後ろに立っています。
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夜遅く、電車に乗ります。後方にて、扉が自動的に閉められると同時、思いの外、静かなのに気付きます。



田舎のローカル線で、一車両のみながら、誰も乗り合わせていない状態、、、、普段なら、疲れ切っていて、万が一にも、人と接触する気遣いの無い環境を歓び、ホッとするところですが、この日は寂しく感じます。運転席を覗ける筈のガラス窓には、何故か、カーテンが設えられてあり、運転手の存在が窺えません。



車両内を一通り見回した後、その帰結として、ふと、正面を見遣ると、反対側の自動扉の手前に、一足の靴が置かれていて、その上にも、手紙らしき、一枚の封書が添えられてありました。




「悪質な冗談だ・・・」




そう、考えたいところです。実際、崖の上に在る物なら未だしも、電車から飛び降りるのに、態々、靴を脱ぐ必要など無い筈です。いや、崖から飛び降りるにしても、それは同じ・・・? いや、身を海に投げれば、死体が揚がってこない場合も有り得る、、、、“自分が飛び降りたんだ”と知らしめる為にも、やはり、必要な事でしょう。走っている電車からの身投げでは、遺体が発見される可能性は極めて高いですし、、、、何より、走行中、電車の扉を開けられるとも思えません。緊急時用の仕組みとして、手動での開閉は可能なのかも知れませんが、今、現在は閉められている状態で、実際、誰かしらが飛び降りたのなら、ご丁寧にも、その当人が閉じて行った事になりますし、必然性が認められません。そもそも、不可能でしょう。




「何にしても、めんどうには巻き込まれたくない・・・」




しかし、遣り過ごして、後、思い煩わずにいられる程、人の記憶は、自在では無いのです。



確かめずにはいられません。近付いて行き、表面には何も記されていない、靴の上の、真っ新な封書を取り上げます。丁寧に開いて、中身を取り出します。折り畳まれた一枚が入っていて、それを緩と広げます。




馬鹿が見る~




記されていた文句を読んで、憤慨するよりも先に、安堵します。文書から外れて、目を上げると、何時の間にか、正面の、電車の扉が開け放たれていて、その眼前には、夜の景色が広がっていました。







残される展開は、もう、限られますよね? それでは、次の内、AかBかを選択して下さい。



A.後ろから押されて、電車の外に突き落とされる   
B.前から掴まれて、電車の外へ引き摺り出される



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