ウサギがカメの鈍さを嘲って、山の天辺まで競争しよう、と申し出る。


  カメ  「いやだよ」

  ウサギ「負けるのが恐いんだろ?」

  カメ  「何を言ってるんだ? 僕は、これが無意味な事を知ってるんだよ。よく考えて御覧よ? あそこに在るロ ープウェイを使用すれば、両者とも同時に到着するんだから。それとも、君は、あの乗り物よりも速く移動できるのかい?」

  ウサギ「あれは、人間どもの乗り物だよ。俺達なんか乗せてくれる訳ないだろ?」

  カメ  「遣り方次第さ。動物愛護の精神を刺激すれば、、、、そうだ、どちらが人間を癒せるか、っていう勝負なら受けてやってもいい。ロープウェイに乗りに来る客に取り入って、早く山の天辺まで連れてって貰った方が勝ちだ」

  ウサギ「・・・プライドは無いのか・・・?」

  カメ  「馬鹿だな。この地球上は、今や、人間が牛耳ってるんだ。それに逆らうのは、順応性が乏しく、生き物としての本質を欠いている。そんな種は滅びて然るべきだ。ま、ウサギの寿命なんて、精々、6~8年だし、どうせ野原を駆け回っている内に死んでしまうんだろうから、何一つも学べぬまま、子孫に寄与できるような働きとしての、進化の要素を築き上げられないのに違いないね」

  ウサギ「じゃあ、お前寿命は、どの位なんだよ!」

  カメ  「論点がずれちゃってるんですけど・・・。でも、“亀は万年”と云われているんだ。つまり、君の千二百五十倍は少なくとも長生きできる計算だ」

  青ざめ 「嘘だろ!!!」

  亀  「ホントさ。自分でも、今、何歳なのか分かんないなあ。何時の頃からか、数えるのも億劫になっちゃてて、、、。だから、僕の経験値は、君のなんかのよりも、ずっと、ずっと、ずっと、ずーーーっと高いし、知恵も相応に身に付いている。運動能力は、君の方が確かに上かも知れないけど、それを補って余りある、豊富な識見を備えている訳だ。どう? 敵わないだろ?」

  ウサギ「・・・・・・うん」

  カメ  「如何なる時代で在っても、君達は敗ける、そういう運命なんだよ」




アングロサクソン系の人間が日本の大相撲を見て、「あんなに体格差の有る者同士を戦わせるのは、フェアじゃない。階級制を取り入れて、それぞれ、部門を分けるべきだ」という感想を述べたりする。(若しくは、主張を掲げたりする)


しかし、西洋人の論理って、どうして、こうも中途半端なんだろう? 筋道立てて、まともに反論するのも億劫だし、損した気分になり兼ねないので、敢えて、感情的な反駁にて返すと、、、、


 「だったら、オリンピックとかの百メートル走は、黒人と、それ以外の人種とに分けて、実施すればいい。圧倒的な能力差に於いて、あの勢力図を覆すのは、舞の海が小錦を倒す確率の比じゃなく、困難だろう?」


でも、不可能じゃないよね。

 とある動物園の園長が、突如、肉類を食べなくなったらしい。

 友人と食事に行っても、サラダしか採らない。獣肉に限らず、魚肉も含めて、一切、口にしないのだ。


  「文字通り、宗旨替えしたかな?」

  「いや、今でも、日曜、教会に通う姿を見掛けるけど、、、、その辺、プロテスタントって大丈夫な筈だよ

  「やっぱり、動物園を経営している立場上、配慮し始めたんじゃないの?」

  「今更・・・?」

  「ダイエットしてるだけだろ? あの歳で独身だし、焦って、モテようとしてるんだよ」

  「その成果が全く見られないじゃないか。屹度、虫歯の治療中なんたって」


 友人たちは、様々な憶測を立てたが、どれも不確かで、説得力を欠いていた。

 こうなれば、直接に聞くのが手っ取り早いので、本人を呼び出した。


  「一体、どうしたっていうんだ?」

  「心配を掛けたみたいだな。何、大した事じゃないんだ。ただ、ここんところ、うちの動物たちが立て続けに死んでしまって、、、、しかも、その中に、象が二頭も入っていたんだ。・・・とてもじゃないけど、食べ切れないんだよ」



実際、昔のベトナムで、動物園の園長が象を捌いて、その肉を売った、そういうエピソードが在るらしいです。

また、アフリカの一部地域(ピグミー族)には、“象食”の習慣が見られるそうです。


因みに、象の肉には、危険な病原菌が潜んでいるみたいです。

マンモスが絶滅したのは、人類が食い尽くしたから、との説も有るらしいのですが、現在、象が生き延びていられるのは、その御陰なのかも知れません。


(殆ど、ある映画からの知識ですので、話半分に捉えていただきたく存じます。)

 火葬場にて。
 生花に囲まれて、安らかに横たわっている女性。
 その棺の傍らには、妻を亡くした、悲しみの老翁が佇んでいる。

 少し後ろに立つ男が、彼の耳元へと囁き掛ける。


  「父さん。僕が遣ろうか?」


 老翁は、自分の手に提げた把手付き紙袋の方に、視線は落としたものの、返答しなかった。


  「気持は解るよ。でも、母さんの宝物だし、持たせてあげないと・・・。形見だからって、父さんの手元に残しておきたがるのは、エゴだよ」


 手提げ袋の中には、生前、故人が趣味としていた俳句、その作品が綴られた、十数冊にも及ぶメモ帳が収められていた。
 老翁にとって、故人が何時も持ち歩いて、書き溜めては、一冊ずつ増え続けて行った其れは、もう、疾うに、我が妻の象徴だった。老後の生活に於いて、あらゆる場面に、二人は行動を共にしていたし、一句一句の全てに、自分との思い出が絡んでいたのだ。これをも失うのは、妻との繋がりを絶ち切られるような心持ちで、どうにも寂しく、息子の言う事は、理屈では解るものの、受け容れられないでいた。

渋る老翁に、もう一人、女性が話し掛けてくる。


  「お義父様。寂しくて、不安なのは、お義母様の方なんですよ。たった一人で逝かれるんですから」


 この言葉に、老翁は、少し戸惑った様子だ。


  「何もお義母様に持たせてあげないのは可哀そうです。こうしたら、如何でしょう? 以前、お義母様から御聞きしたのですけど、お義父様が大事なさっている万年筆、お二人が出会われた馴れ初めの御品なのでしょう? あれを一緒に持たせてあげるんです。天国でも俳句を続けるには、書く物が必要ですし、 お義父様の事も思い出せます。それで、繋がりも保てますでしょう?」
 
  「ちょっと待て。それじゃあ、父さんは失うばっかりだろ?」

  「でも、引き止める事が叶わないんなら、旅立つ相手には、自分の事を忘れないでいてほしいから、多くを与えて然るべきじゃない?」


 息子は父親に向き直り、改めて語り掛け始める。


  「父さん。使い掛けの一冊と、父さんの万年筆だけを棺にいれて、母さんに持たせよう。残りは、父さんが持っていればいい。そして、母さんの命日の度に、新しいメモ帳を一冊、お墓に供えてあげる事にしよう。それで、いいだろ?」

 直ぐには反応しなかったものの、老翁は緩と安堵するように、妻を亡くしてから初めて、優しく、温かい表情を見せた。




上記の話の中に、現実的に成立しそうも無い事柄が一つ含まれています。何でしょうか?

お気付きの方も(相当)いらっしゃるでしょうが、クイズでは無いので、正解を発表します。


 【回答】 遺体を火葬する際、棺の中には不燃物(この場合、万年筆)を入れられない。
 

火葬炉を傷める原因になるかららしいですが、“十数冊にも及ぶメモ帳”っていうのも、又、それが多過ぎるみたいで、実際、燃焼の妨げになって、萌え残ってしまう為、火葬場に拠っては不可だそうです。
非可燃物は、小さいものであれば、火葬後、骨壷の中に収めるのがベスト。

だけど、こういう制限が生ずるくらいなら、“土葬する”という選択肢も有って然るべきなんじゃないかな、と思います。

日本では、元々、貴族や僧侶以外、一般の人は土葬が多かったようですが、湿度が高い気候条件から、伝染病や害虫の発生に繋がり易いので、衛生面の配慮から、近年、火葬が広まっていったらしいです。

ただ、一部の大都市では、条例にて土葬が禁じられているらしいので、やはり、現状では、土地の浪費を防ぐ目論見も窺えますね。

自分では、全身が緑色の液体に溶け出して、消滅する死に方を希望します。