GWがきましたねー

 

仕事を始めて1か月、ほぼ毎日パニック発作を起こしていたから、パニック発作がほとんどない今は本当に平和です。

 

それでも、朝起きるたびに気分が悪くなるのは、もはや習慣化してしまっているのか、この病気の不明な点でございます。

 

 

 

この1か月の間、めっちゃ怒鳴られてきましたよ。

 

私の仕事を覚える要領が悪いのが第一に、また職場の先輩がヤンキー上がりな人が多いのもあるのかと思います。

 

また仕事の内容上、危険を伴うような仕事が多いので、安全のために怒鳴られるのもわかる気がします。

 

でもずっと「お前」呼ばわりされる日々も悲しいものがありますね・・・。

 

いい年しながら、怒鳴られるのは悲しいものがありますが、上記の要素があるため仕方がないのかもしれないです。

 

 

 

分かってはいるのだけど、シンドイ日々ですね、おまけにパニック発作がついてくる。

 

仕事の内容上、管轄の道路をマッピングして覚えることも必要だし、クルマが絶対に必要になるため、運転技術も要求されます。

 

私はずっとペーパードライバーできたので、その点は特に大変ですね。

 

入社6か月間は運転資格はもらえないから、同乗しているだけなんですが、この6か月の間になんとかせねばなりません。

 

先輩方はヤンキー上がりの人が多いためか、クルマ好きの方が非常に多いです。

 

この年になるまでペーパードライバーの僕がいまいちピンとこないようですね。

 

先月、レンタカーで練習してきました。

 

明日はペーパードライバー講習を予約しまして、修行予定です。

 

せっかくのGWですが、講習中に発作を起こさないように、講習前に予備発作を起こしておく必要があるかもしれませんね。

 

 

 

ヤンキー先輩たちは、仕事の上ではめちゃめちゃ怖いのですが、ふだんはそうでもないです。

 

それどころか、めっちゃ私の気を使ってくれる方もいます。

 

こないだ、たまたま飲みに呼ばれたのですが、笑いかけて話してくれたり、私の仕事や運転技術が不足している悩みを聞いてくれたり、「絶対辞めんなや!」って言ってくれたりしました。

 

仕事とふだんの表情が全く違うのも、それだけ仕事に対して真剣なんだと思います。

 

私はその姿勢を見習わなければなりません。

 

どんどん仕事の勉強をしていかなければ、特に運転技術は同乗者の命や、その家族にまで迷惑がかかりますから、私も真剣です。

 

 

 

でもやっぱり、私はつくづく社会不適合者だなあと思います。

 

いつまでたっても、仕事へ行くことが、まるで戦地に向かうかのように嫌だし。

 

こうして休日を過ごしていても、今を楽しむことができず、仕事のことばっか考えてしまうし。

 

というか、なにか社会という異質で巨大なものに相対すること自体、普通の人以上に怖がっているのだと思います。

 

やはり社会不安障害なんでしょうかね。

 

 

 

でもなにかしらないけど、自分の「あした」のためには、どこかで挑戦していかないといけないんでしょうし、挑戦しなければ挑戦しないで、不安の海に投げ出されることも知っています。

 

完全に音を上げるまでは、毎日ゲロを吐こうが挑戦していきたいと思います。

 

 

 

スナフキンの言葉に心打たれます。

 

「おだやかな人生なんてあるわけがない」

 

「何か試してみようって時には、どうしたって危険が伴うんだ」

 

「いきるってことは、平和なものじゃないんですよ」

 

 

ムーミン「義務ってなんのこと?」

 

スナフキン「したくないことを、することさ」

 

 

 

パニック症を持つイサです。

 

 

働き出しておよそ1か月、この1か月で体重が4キロ落ちました!

 

 

今週は職場の健康診断がありました。

 

 

診察医に自分がパニック障害で困っていることを話すと、診察医(70代くらいのおじいちゃん)が私もパニック障害だったよとおっしゃった。

 

 

「私は発作のために電車を止めたことがあるよ」とおっしゃっていました。

 

 

医師のパニック障害の人は珍しいと思ってびっくりしました。

 

 

「でも今では薬も一切飲まなくなったし、パニック障害は治ったよ」と医師。

 

 

「健康な時に自室などで、認知行動療法によって苦手場面を想像し、どうやって切り抜けるかなどを何度もイメトレしてみるといいよ、苦手場面を思い出すのはつらいけどね」とアドバイスしていただけました。

 

 

そのおじいちゃん先生と話していると、パニック障害って治るんだとなんだか希望が持てました。

 

 

診察後、ありがとうございました!と勢いよく頭を下げて戻したら、仮部屋のテントとして立てられていた診察室の支柱に頭を勢いよくぶつけ、その支柱がおじいちゃん先生に倒れ込んでいってしまったというハプニングがありました笑

 

 

先生の膝に支柱が倒れ込んで、申し訳ございません!!!と謝りまくってしまったw

 

 

でも先生にケガなどはなく、逆に先生に「私は大丈夫だから、君もパニック発作をコントロールできるようにね!それが鍵だから」とおっしゃっていただけて、なんて良い先生なんだと感動してしまいました。

 

 

そして最近判明したことだけど、職場の同僚にも一人、パニック障害で長く悩んでいる方が偶然一人いらっしゃって、びっくりしました。

 

 

その方はサーフィンが趣味で陽キャラで、精神疾患とは無縁そうなのに、それがまた意外だった。

 

 

何度も奥さんに今の職業を辞めようと相談しては、2か月くらい休職したりとか、けっこう悩んでいたという話でした。

 

一生治らないんではないかと思っているみたいです。

 

 

意外に身近にパニック障害の方ってけっこういるのだなあという驚きと共に、みんな頑張って乗り越えるようにしているんだなと思ったら、私も少し勇気が湧いてきました。

 

 

最近では一度だけだけど、電車の中で乗客に気づかれずに、静かにパニック発作を起こしきることができました。

ゴエエエって吐く音をわずかに立てながらも、音に気付かれなかったし、実際に吐くことはなかったですし、その場を乗り切ることができました。

 

 

私の場合、一度発作を起こしてしまうと、前のブログでも書いたように、当分は発作も予期不安も起きなくなりますし、気分もすこぶるよくなりその場を乗り越えることができました。

 

 

これは大きな進歩のように思います。

 

 

電車で発作が起きたとしても大丈夫だという成功体験です。

 

 

ただし、列車が動き出して、ガタンゴトンという周りの雑音に消されたから音が聞こえなかったのであり、列車が走り出す前の静かな時間であったり、満員電車だったらバレていたかもしれませんw

 

このまま音を立てず、嘔吐もせずに発作を起こしきる練習ができていけたらいいなと考えています。

 

 

 

 

また、最近になってパニック発作の認識が私の中でまた変わってきました。

 

 

結論から言うと、実はパニック発作とは体に不必要ものではなくて、実は発作によって体の不安や緊張をほぐし体を楽にするための、自身の心や体が楽になるための緊急手段として発作が発動している、必要なものではないかと思えてきたんです。

 

 

なぜなら発作に至るまではシンドイけど、発作を起こしきってしまえば、あとはすこぶる気分が良くなるから。

 

 

体が緊急避難として発作を求めているのではないでしょうか。

 

 

私のパニック発作は嘔吐として反応するタイプであり、そのメカニズムは酒酔いや車酔いのときの状態によく似ていて、発作の直前に起きる予期不安の状態とすこぶる類似しています。

 

 

みなさん一度は経験したことがあると思いますが、ひどい酒酔いや車酔いで吐きそうになったことはあるでしょうか?

 

 

私の発作の直前の状態というのは、まさにその状態とそっくりで、その状態になってしまうと地に足がついていないような感覚になって、汗が吹き出てきてドキドキして、フラフラになり、体の末梢が冷たくなり、ふるえが出始める状態です。これはもうすこぶる気分が悪い!!!

 

 

でもこの状態というのは、発作じゃなくても前述したひどい酒酔い、車酔いのときの症状とほとんど同じと言っていいくらい似ているのです。

 

 

そして酒酔いや車酔いのときの解決方法はトイレに行って吐くことですよね。

そしたらあら不思議、吐き切ったあとはすごく元気になれますし、なんだったらまた酒を注文して飲めるくらいになりますよね。

 

 

この点も私のパニック発作とものすごく似ていて、発作を起こしたあとは元気に復活できます。

 

 

酒になどに酔って気持ち悪くて吐こうとするのは、体がそれを求めているからですよね。

 

 

吐いたら楽になれると。

 

 

吐きたくなるのは、体が「助けてくれ!元の元気な状態に戻りたい!」という緊急サインなんです。

 

 

自己防衛手段ですよね。

 

 

発作を敵だと思うのではなく、体を元気にしてくれる味方と考えてみる、逆転の発想はどうでしょうか。

 

 

発作は実は自分の体に必要なものであったと。

 

 

ホメオスタシス(生理機能が一定に保たれる、また一定に保とうとする性質)の一種みたいなものではないか。

 

 

そもそもパニック発作みたいな、人類が生きていく上で非常に障害となる機能がついているのは不自然ではないか?

 

 

だから考え方を変えて、人類にとって必要な機能として、発動してしまう人たちがいると考えるのはどうだろうか。

 

 

あまりにファンタジーのような考え方になってしまうだろうか。

 

 

でも少なくとも、私はこの1か月のほとんどの日をパニック発作と共に過ごしてきた。

 

 

一日に何度も何度も発作を起こした時もあった。

 

 

でもおかしなもので、こう毎日のように発作を起こしていると、だんだん発作を起こすこと自体の怖さに慣れてくるのです。

 

 

ほら、たまに居酒屋で「ちょっと飲みすぎたから吐いてくるわ」と気軽に吐いてくる人とかいるじゃないですか。

 

 

小学校のとき、給食の嫌いなおかずを腹の中に一気に流し込んで「ちょっとトイレ行って吐いてくるわ」と気軽に吐きに行く生徒もいたし。

 

吐くことって、そうとうシンドイことだと思うんだけど、たまに吐くこと自体にそんなに抵抗が無い人っているんですよね。

 

 

軍隊にでも入隊して訓練でも受けてきたのだろうか?

 

 

これは毒物だ、すぐに吐き出すぞ!みたいな

 

 

私もそこまで吐くことが気楽になったわけではないが、慣れてきたのか、以前より吐くことの恐怖が確実に薄くなってきたと思う。

 

 

とはいえ、人前で吐いたりするのはやっぱり、絶対いやだけど。

 

 

少なくとも、電車を止めてまで発作に抗おうとまでは思わなくなったのは確実だ。

 

 

発作は敵ではなく味方。このまま発作と共存して、上手く人生を生きていくことはできないだろうか。

 

 

逆に発作を利用して、ふだん絶対苦手なことにチャレンジできたりするかもしれない。

 

 

たとえばバンジージャンプやスカイダイビングなんてお金もらったってやりたくないけど、発作を起こした直後ならそんなに抵抗なくチャレンジできそうな気もする。ロケットで宇宙へ行ったりとかw

意外と発作直後は、まるで賢者タイムのように恐れが無く冷静だから、それを利用して普段できないことをやるのも面白いかもしれない。

 

 

とはいえこれらのことは全部、希望的観測にすぎなく、こうであったらいいのになあという話だけど。

 

 

今のところ口だけで、何も有言実行できてないけど。

 

 

でもやっぱり希望がある未来のほうがいい。

 

 

発作と共に楽しく生きる道というのを、試して実証していくのも面白いかもしれない。

 

 

と言いながらも、今は目の前のことですべてが精いっぱいで、やっぱり発作も怖いけど;;

 

 

朝起きたら仕事が嫌で嫌で、不安で不安でしょうがないけど・・・

 

 

一歩ずつだ

 

 

一歩ずつ進んでみよう

 

 

今はそれだけだ

 

 

あとはなるようになるしかないよね・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事に通いだし、10日ほど経っただろうか。

 

状況はというと、毎日発作の嵐です。

 

いつも大事な場面の前に、一通りの発作を思い切り意図的に起こしておくことで、大事な場面を乗り切るというやり方で、今までいろんな仕事を乗り越えてきたが、今回はそれがだんだん通用しなくなってきた。

 

この方法は、パニック発作の出現のしかたが嘔吐型な私だからこそ、このやり方で上手くやってこれたのかもしれない。

 

他に出現の仕方が過呼吸型や、尿意・便意型など、発作に至る形はたくさんあるようだ。

 

 

私の場合、分かりやすく言うと、下ネタのような話になってしまい恐縮ですけど、例を出してみますね。

たとえば、一度性的オーガズムを迎えた人は、次に同じようなオーガズムに達するには一定のインターバル時間がかかることでしょう。

連続でオーガズムは迎えられない。少なくとも男性はそうで、女性は違う人もいるらしいけど。

 

いわゆる「不能期」と呼ばれるもので、この時間帯を賢者タイムと呼ぶ人もいますね。

 

 

私のパニック発作はこれと似た働きをします。

 

 

つまり、一度強烈に胃の中が空っぽになるまで発作による嘔吐を終えてしまうと、次の発作、または予期不安まで短くて半日、長くて1日中次の発作から解放されることになります。

このインターバル期間を利用して、会議や面接や仕事など大切な時間を無症状でなんなく乗り切るという荒業です。

この不能期のおかげで私は、大事な場面の前に意図的に発作を前もって起こすことで、発作をコントロールして無症状のインターバル期間を作り出し働いてくることができました。

 

ただし、この不能期であっても、パニック誘発物質のニコチンやカフェインなどの物質を新たに接種することによって、不能期の終わりが早まってしまうことが分かってきました。これは私の体を使った人体実験で実証済みです。

ニコチンとカフェインを同時に接種したら、さらに劇的に不能期が縮まることも分かっています。

 

 

私はこの不能期によって、ここ10年ほど助けられてきたのですが、どうも今回はそう上手くいっていない。

 

 

朝に意図的に発作を起こしたのに、しかるべきとき、つまり通勤で電車に乗ろうとした瞬間、予期不安から発作に襲われることが頻発してきている。これでは話が違うではないか!

 

 

おかげさまで、朝すっかり吐いてきたにも関わらず、最寄りの駅のトイレでまた吐いて発作を起こしている。

私はこの10日間本当に地獄の苦しみを味わいながら通勤している。

 

 

ところがあるとき、駅のトイレの個室がものすごく並んでいて、吐きにいくことができない日々が続いた。

 

 

並んで待っていると吐きそうになって、待ってられないし、遅刻だってしてしまう。

 

 

最終手段として、私は駅の構内で発作を起こした。

 


胃からは朝に無理やり飲み込んだエナジーINゼリーが喉元まで這い上がってきたが、それを押しとどめた。

 

 

しかも何度も波のように。

 

 

このとき発作のときに出る涙は止められない。

みなさん吐いてみたら分かると思いますが、吐くときって苦痛のせいなのか必ず涙も出ますよね。

 

 

しかし、何度かの波を乗り越えると、発作も予期不安も去り、無症状の時間が来て、電車になんなく乗ることができた。

 

 

これが数日続いている。

 

 

慣れてきたのか、発作を起こしながら歩いて改札を抜けることもできた。

 

 

移動しながら発作を起こすことができたのだ。

 

 

しかも嘔吐することなく、嘔吐に伴う音も出すこともなく。

 

これはわたしにとってとてもアドバンテージだった。

 

 

昔は発作を起こすたびに、しゃがみ込むなり、這いつくばるなりして発作を起こして吐いていた。

 

私はその姿を人に見られるのが嫌で、嘔吐しているところ、その音を聞かれるのが恐怖でたまらなかったのだ。

 

 

しかし、現在、訓練のおかげか、嘔吐すること、嘔吐音を立てることもなく、歩きながら発作を起こすことができるようになってきた。

 

だからといって、発作はやはり苦しいが、でも後に発作や予期不安から解放されることを考えれば安いものだ

 

 

それにたびたび発作を起こすことによって、その苦痛のひどさも低下してきている。

 

 

人は何にでも慣れる動物ということなのだろうか?

 

ただし、まだ列車内やクルマの中では、怖くて発作を誘発しないようにしている。

 

さすがに密室では嘔吐するにしても、押しとどめたとしても、嘔吐を見られたり嘔吐音が人に聞こえてしまうのが嫌だからだ。

 

 

公共の閉鎖空間の場でそれをオープンにする勇気はまだ無い。

 

するとしても、もう少し実験と訓練が必要だろう

 

 

また、この方法は弱点もある。

 

お腹いっぱいに食べた後の発作では、嘔吐しなくてもやり過ごせる保証などどこにもないし、もし大嘔吐を起こしてしまったら、周りの皆さんに大変迷惑で、こればかりは嘔吐を我慢できないかもしれない。

幸い私は、仕事の前や仕事中はほとんどお腹が減らないので、このような状態を懸念することは滅多にないだろう。

しかし、いずれ余裕があったら試してみて、訓練によって克服して、さらなるパニック発作の恐怖を薄れさせるための一因にできればと思う。

 

もう一つの弱点だが、おそらくこの方法は、パニック発作を繰り返してしまうという性質上、体に良くないと思う。

 

パニック発作をくり返してしまうことによって、おそらく今の私の自律神経のバランスは無茶苦茶になっていると思う。

 

またパニック発作を頻回に起こしてしまうと、経験的に体や脳にクセづいてしまって、発作グセのようなものがでてきてしまうのではないかと思う。これはあくまでも私の経験上の考えだが・・・

今回、不能期を利用する発作対策が上手くいかなかった原因の一端には、私が今回、発作を頻回させたことによって脳や体に発作がクセづいてしまったことが原因の一つに上げられるのではないかと考えています。

 

 

パニック発作を頻回に起こして、パニック発作は怖くないものだと慣れてしまうところまでいくのならば、この方法は有効なのかもしれないが。あまり覚悟がなく、できれば発作なんか起こしたくないという人にとっては、このパニック発作の誘発はやめておいたほうがいいのかもしれない。

 

これはあくまでもパニック障害患者の私個人としての意見にすぎず、多くの人は参考程度に見るまでにしておいて、主治医の判断による治療を受けることをお勧めしますので、この方法で起きた不利益に関しては、当方は一切責任を負いかねますのであしからず。

 

また、汚い話になってしまったことをお許しください。

 

これでも当人は死ぬ思いで真剣にパニック発作と向かい合っておりますので(;'∀')

 

 

余談ですが、20年以上前にナインティナインの矢部さんが、初めて27時間テレビにおいてダウンタウンと共演することがあったらしく、極度の緊張のあまり、番組が始まる前にずっとトイレでゲロゲロ嘔吐していらっしゃったという話をオールナイトニッポンの放送でご本人が話しておられました。

 

パニック発作のある無しに関係なく、多かれ少なかれどんな人物でも生きていく限り、不安と緊張と闘わなければならない場面に出会わなければならない時はあるのでしょうし、病気だけのハンディキャップに限らず、人生いろいろあるものだなと思いました。

 

WBCで活躍した大谷選手であったり、オリンピックで失敗が許されない場面に立つような選手もいるでしょう。

あのイチロー選手もWBCで決勝以外の試合で思わしい成績を残せなかったことが、自身の胃潰瘍を招き、次のメジャーのシーズンをしばらく休んでしまったといいます。あのヒーローのイチローでさえストレスに悩まされるんですね。

でも大谷選手はけっこう余裕だし、あの人は人類を超えてしまっているのかもしれない。

とはいえ、あの大谷選手といえど、私たちの知らないところで不安に頭を抱えてしまっている場面もあるのかもしれませんがね。

 

 

そんなことを考えると、大舞台に立つような人はいったいどのような思考と心臓をしているのだろうと思ったりします。

 

人は挑戦を続ける限り、安楽な生活から離れなければならない場面も多々ある。

 

人の人生とは、簡単なものではないし、私の知らない苦しみを背負っている方も星の数ほどいる。

 

そう考えると、そんな方々と比べると、低レベルな次元で奮闘している自分とはいえ、一生懸命生きていかなければならないのだと、勇気づけられる思いであります。

 

 

 

パニック発作に慣れることで、仕事を無事に続けることができるようになれるか

 

心身共に私が参ってしまって、仕事を辞めざるを得なくなるのが先か

 

どうなるのか、このさきの未来、本当に心配です。

 

 

 

失敗しようが、上手くいこうが、なるようになる精神でいくしかないのでしょうかね。