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京都・宇治といえば抹茶。抹茶といえば茶だんご。
いろいろなお店がありますが、今日は私が好きな総本家大茶萬をご紹介
- オススメする理由
- 原材料・賞味期限
- オンラインショップの通販
- お店へのアクセス
などについてまとめたいと思います。
総本家大茶萬(そうほんけおちゃまん)とは
団子にお茶の粉末を練り込んだ「茶団子」は京都宇治の銘菓。
宇治のさまざまな和菓子屋さんで売られていますが、元祖といえるのは、この総本家大茶萬なのです。
大正8年創業の老舗和菓子店
今をさかのぼること100年以上前、大正8年(1919年)に、創業者の須知万吉さんが初めて茶団子をつくりました。
以来、創業当時からの懐かしい味わいと、素材の風味を大切に、保存料・添加物を使用せずに伝統の味を守っています。
京都府産の石臼挽き抹茶を使用
原材料の抹茶は、京都府内の提携茶園で茶だんごのためだけに調合したものを使用しているそうです。
昔ながらの製法「石臼挽き」で、ゆっくり時間をかけて丁寧に挽きあげられた抹茶は、粒子が細かく香りも豊かです。
100%国産米粉を使用したグルテンフリー
だんご生地には小麦粉を使わず、全て国産米粉でグルテンフリーとなっています。
おだんごを手作りしたことがある方はご存じと思いますが、米粉って水分量の調整が難しいんですよね。しかも京都は、季節によって気温差がとても大きい土地です。
気温や湿度によって水分量を調節し、モチモチの食感を出すのは、まさしく職人芸!
おすすめする理由
私が大茶萬さんの和菓子を好きな理由は、無添加で甘すぎないこと。
シンプルな原材料は安全安心ですよね。
そして、抹茶の味と香りをしっかり味わえるところが好みです。
宇治にはたくさんの抹茶スイーツ店があり、中には観光客が行列しているお店もありますが・・・
大茶萬さんは地元のお客さんがかなり多い!
宇治平等院や宇治橋にも近いので、観光客もたくさん立ち寄っていますが、地元民がお茶請けや手土産を買いに来る、地域密着の和菓子屋さんでもあります。
元祖茶だんごの原材料
総本家大茶萬の元祖茶だんごは、抹茶とほうじ茶の2種類があります。
抹茶の原材料は「米粉・砂糖・抹茶(国産)」
ほうじ茶の原材料は「米粉・砂糖・緑茶(国産)」
と、大変シンプルです。
※同工場内で小麦・卵・乳を使用とのことです。
通販(冷凍便)は日持ち2週間
保存料を使っていないため、賞味期限が短い元祖茶だんごですが、オンラインショップでは16本入りを冷凍便で購入可能。
その場合の賞味期限は、製造日を含め14日間になります。
オンラインショップはこちら
その他の和菓子&カフェスペースも
京都では毎年6月30日に、氷をかたどった「水無月」という和菓子を食べる習慣があります。
私が前回行ったときは、ちょうど6月だったので、水無月も買ってきました。
大茶萬さんの水無月は、抹茶・白・黒糖・ニッキの4種類があります(今回は抹茶2個買ってます)
これも甘すぎず私の好みに合っていまして
その他にも、さまざまなお菓子が販売されています。
総本家大茶萬インスタグラム
また、店内には小さいカフェスペースがあり(2人席×3、4人席×1)、抹茶パフェ、抹茶ソフトクリームを始めとするメニューを、店内で休憩がてら食べることができます。
総本家大茶萬|店舗案内(下の方にカフェメニューがあります)
私は自転車で行くから、ついついイートインしてしまいますね
《宇治川サイクリングの記録》
お店へのアクセス
〒611-0021 京都府宇治市宇治妙楽160-13
JR宇治駅から徒歩5分
京阪宇治駅から徒歩15分
定休日・営業時間は公式サイトをご確認ください。
宇治はなぜお茶の名産地?
宇治市の小学校の蛇口から宇治茶が出てくるのは有名な話ですが、そもそも京都宇治は、なぜお茶で有名になったのでしょうか?
気候・地理条件がお茶の栽培に適していた
宇治茶は800年ほど前、13世紀初め(鎌倉時代)から栽培されていますが、
- 雨量が比較的多い(年間1500ミリ程度)
- 宇治川の流域なので、土壌の水はけがよい
- 周辺にあった宇治川・巨椋池のおかげで朝霧が発生しやすく、茶葉栽培の大敵である「霜害」を防ぎやすい
- 日除けの材料になるヨシが、宇治川周辺にたくさん自生している
- 朝廷や将軍家など、お茶の消費地が近い
- 京都は大都市だったので、肥料になる下肥えが豊富に手に入った
といった理由が複合的にはたらいて、宇治はお茶の産地として発展したと考えられます。
室町時代から安土桃山時代まで~千利休が茶の湯を大成
14世紀半ば(室町時代)に喫茶の習慣が広がり、茶の産地を飲み当てる「闘茶」や、座敷装飾や茶道具を鑑賞する「茶の湯」も登場しました。
15世紀には、京都栂尾(とがのお:現在の京都市右京区)と宇治が茶葉の大産地となり、16世紀後半に宇治で「覆い下栽培(茶の木を日除けで覆う栽培法)」が開発され、濃緑色でうまみの強い、日本特有の抹茶が生まれました。
覆い下栽培(画像出典)京都府
千利休が茶の湯を大成する中で、宇治抹茶の品質向上も追及され、宇治ブランドが確立されていきます。
江戸時代~万福寺の僧・隠元が煎茶を伝える。宇治で玉露の開発も
徳川家は茶の湯に造詣が深く、三代将軍・徳川家光は、宇治の上林(かんばやし)家に命じて朝廷&将軍家用の高級茶をつくらせ、江戸まで新茶を運ばせました(お茶壺道中)
JR宇治駅前の茶つぼ型郵便ポストは、宇治の待ち合わせ定番スポット(画像出典)京都府
そして17世紀の初め、宇治の万福寺の僧・隠元が、お茶の葉を湯に浸して成分を抽出する「煎茶」を中国から導入し、日本に広まります。
蓮!
— 黄檗山萬福寺_まんぷくじ【準公式】 (@manpukuji_350) June 18, 2023
呟かずにはいられないッ!#まんぷくじ https://t.co/hDzxlWOQnq pic.twitter.com/b1030ItAJd
江戸時代後期には、宇治で最高級茶「玉露」が開発され、京都の文化人たちに煎茶・玉露を飲む茶席が広まったそうです。
幕末から明治時代にかけては、宇治茶栽培が輸出産業として発展し、宇治だけでなく京都府南部の和束町・南山城村などが茶畑として開墾され、壮大な茶畑の景観がつくられました。
和束町の茶畑(画像出典)文化庁|日本遺産ポータルサイト
ちなみに宇治茶の登録商標上の定義は
だそうです。京都府産に限られていないのは意外ですね!
《宇治茶の歴史を学ぶならここ!》
参考
というわけで、今日の記事では、京都宇治「総本家大茶萬」の元祖茶だんごと、奥深~い宇治茶の歴史をご紹介しました。
宇治に来られることがあったら、宇治茶と抹茶スイーツ、ぜひご賞味くださいね
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