いくつかのテーマでブログを書いています。
気軽にコメント・メッセージください。きっと喜びます。
1.【 パナカー列伝 】 : 車生活の珍回想。
大学4年間に乗り換えた車は8台。
学生時代の車生活について特殊な経験を積み重ねた主人公「パナ」によるノンフィクション作品。
恋愛あり、メカトラブルあり、事故あり、免停あり・・などなど。
その経験から得た重要な教訓(?)を書いています。
いくつかサンプル・・
- 第四話 「パナカー1でデート!の巻
」 : 念願のあの子といよいよドキドキのデート!のはずが・・
- 第十七話 「パナカー4、スピンターン失敗する!の巻
」 : 突如現れたカタカタ音の正体は?
- 第二十四話 「朝日に輝くパナカー6!の巻 (前編)
」 : 徹夜で陸送。夜明けの光に包まれ・・
- 第二十七話 「Time Crisis!パナカー6!の巻
」 : 突如襲った腹痛。更なる不運が襲う。
- 第四十五話 「パナカー8、富士急へ!の巻
」 : 友人のデートに付き合ったパナだが・・
2.【 Y道荘の隣人 】 : 激ヤバな寮生活
大学時代に住んだ学生寮「Y道荘」。
自他共に認める不夜城。
犯罪スレスレの遊びを楽しむ住人はヒトクセもフタクセもある学生ばかり。
全てノンフィクション。
いくつかサンプル・・
- Episode 2 「煙幕の最終形は・・?
」 : 抜け駆けデートをした仲間にオシオキしたハズが・・
- Episode 4 「炸裂せよ!リンゴ爆弾
」 : 夜な夜な開発した「リンゴ爆弾」炸裂させた場所とは・・
- Episode 5 「最初で最後の主犯(前編)
」 : 夜中に苛められっ子を呼び出すのがエスカレートして・・
- Episode 9 「殺人拳の最後(前編)
」 : 自称「殺人拳」の使い手K氏。最強のハズだったが・・
3.【 パナカーより愛を込めて 】
昨今のニュースを読んで感じることを、たまに書いています。
・ニュースについて物申す!「パナカーより愛を込めて 」(ココログ)
4.【 パナカー・ゼロ 】 : 大学より前のお話
・・執筆中(かなり停滞中)。
風力・太陽光発電を考える
更に、電力の品質が下がらなかった国があるなら教えて欲しい。
品質の良い電気とは何か。
電線を流れる電子に品質はありません。
電気を家庭が安心して使えるのは、
「電線を流れる電気が一定量で安定して流れているから」
であって、品質の良い電気とはつまりそのような事です。
電線を流れる電気が少なければ、電力需要を満たせないので停電します。
一方是非電線を流れる電気が多すぎれば、電線やその周辺設備には電流のキャパシティに上限があるため電気関連施設は壊れ、結局停電します。
従って、各社が勝手に好き放題に送電しまくる事はできません。
更に発電量は、概ね時間帯あたりの概ねの電気需要と等しくなければなりません。
膨大に電気が余ると、余った電気は熱となってしまい、これまた電力関連施設が破壊されます。
余った電気を熱にせずに位置エネルギーに変換する設備が揚力発電です。
余った電気について、池の水をダムの上に持ち上げるのに使います。当然、揚力発電にもキャパシティに上限があり、それを上回るような事態になれば、送電設備が破損するのです。
このあたりの需要と供給バランスは、現在、電力会社の職人技でコントロールされています。
このような状況ですから、晴れた!風が吹いた!で、太陽光発電や風力発電で発電した電気を好き放題に送電網に流し込む現在のFITは、完全にナンセンスです。
大規模な風力・太陽光発電が電力網に接続され、その発電量が誤差範囲として無視できない場合、晴れた・風が吹いた、と言う理由で風力・太陽光発電の出資者が自分の儲けのために送電網に大量の電気を流しまくった場合どうなるか。
キャパシティを超えて電気が流れ込むと送電関連施設は破壊されてしまいますから、送電網を抱える電力会社は既存の火力や原子力発電を急いで止めるしかありません。
一方で、曇った・風が止まった、と言う理由で電気が流れなくなると、今度は急いで火力や原子力発電を行わねばなりません。
しかし、火力や原子力のようなベースロード電源の燃料の燃焼はそんな急激なコントロールができません。
では現在どうしているか。
燃料の燃焼はずっと行い続けていますが、タービンだけは回さずに発電を止める訳です。
要するに【空焚き】です。
自然エネルギーは、化石燃料や核燃料の消費を抑えるために!と言う名目で支持を得て普及が進められたハズです。
しかし実態は、インフラの性質に合っていないため、ちっとも貢献しないのです。
その証拠に、自然エネルギーの普及を計るベンチマーク(KPI)は「化石燃料や核燃料の消費をいかに削減したか」ではなく、「自然エネルギー導入率」になっています。
導入率で見るのは完全に詐欺です。
政府は地方創生戦略において地方公共団体にKPIの設定を指示しています。しかしながら政府も含めて、設定したKPIがとても妥当なものとは思えないものが多いし、設定したそのKPIが妥当であるか検討するプロセスも見たことがありません。
自然エネルギーが数%ならまだ無視出来るのですが、増えれば増える程、職人技では対応できません。
このまま風力・太陽光発電の普及政策を推進するのであれぼ、当然、全ての送電線を見なおして、キャパシティを例えば倍に増やすでしょう。揚力発電も倍以上にする必要があるでしょう。
当然、電気代に上乗せして国民からカネを徴収し、工事します。
注意して欲しいのは、既存の送電網でも充分に電流需要を満たせる点です。
こんな意味の無い事をやってはなりません。
もっと酷い事に、これは化石燃料の消費増大や原発推進に繋がります。
電流需要が100だとして、自然エネルギーの最大供給力が150になりました、としましょう。
従来の送電網のキャパシティが100とすると設備が壊れてしまいますから、電気代に上乗せして送電網のキャパシティを200に建設し直します。
でも、曇って風の無い日は供給力ゼロですから、火力や原子力発電で150を賄います。
つまり、原子力発電を増やさないとダメです。
で、自然エネルギー導入率は50%!とやるのが見え見えです。
電力自由化をやるなら、送電網も業者毎に完全に別な物を建設しないと、本当に意味がないシステムになってしまいます。
太陽光発電についても電力網に接続せずに家庭でやっている分には問題が殆ど無いと思います。
同じ自然エネルギーでもバイオマスや地熱発電のように、出力をコントロールできるようなものは良いと思います。
自然の気分に任せて出力が変動する自然エネルギーを電力網に接続する事は、百害あって一利なしだと思います。
断固反対致します。
お金の価値を考える
1998年より2016年9月現在もなお、デフレーションは継続中です。
デフレーションとは国民が貧しくなる現象ですから、
「自分の生活を守るためにまずはお金だ(貯金だ)!」
という意思が全国民的により強く働きそうです。
その結果として、国民全体として拝金主義に陥りやすいのも止むを得ない部分もあろうかと思います。
あるいは今得た金銭こそが「明日あるいは今日の糧」を左右するような方も増えていくという面もあると思います。
さすがに治安の良い日本において強盗事件などのような凶悪事件は依然減少傾向ですが、振り込め詐欺などの特殊詐欺の発生件数はうなぎ登りの状況です。
https://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
「お金さえ得れれば何でもやる」という傾向が蔓延しつつあるようです。
■
どうも拝金主義に陥った方々の傾向を見ると
「金額の数値を絶対値として崇拝する」
という特徴が見られるように思います。
まだ記憶に新しいと思いますが、昨年11月、アメリカで「時給を1,800円にセヨ!」というデモが発生したというニュースがありました。
http://jp.reuters.com/article/usa-wages-protests-idJPKCN0T000T20151111
>>
米ファストフード店の従業員は10日、最低賃金の15ドルへの引き上げと労働組合の権利を求めて全米各地でデモを行った。ニューヨークやワシントン、シカゴなどでは数百人がデモに参加。デモ主催者によると、270の都市でストが実施されるほか、さらに数百人が抗議に参加する。
>>
昨年11月といいますと、概ね1ドル=125円。
125円×15=1,875円
つまりデモをしている方々は、時給を1,875円にセヨ!と要求したのです。
ニュースに関するネットのコメントなどを見ると
「1,800円以上の時給ってどんだけだよ!オレなんか1,000円だぞ!」
のようなものが散見されました。
でもこの「1,875円」って意味が無い数字ですよね。
なぜならば民主党政権時代は概ね1ドル=70円の時期がありました。つまりほんの数年前は、
70円×15=1,050円
だったのです。
こんなの通貨レートによっていくらでも変わるではないですか。
金額の数値になんて絶対的な意味などありません。
■
更に先般、「年金を払う意味がない」などのようなネット記事を見かけました。
http://bazzoo.info/archives/6088?readmore
この記事によると、
「1940年生まれの人が貰う年金は、払った金額より3,090万円多く、1990年生まれの人は払った金額より2,240万円少なくなる!」
という記載がされていました。
これを見たネットのコメントも酷いものです。
「1940年生まれの人は貰い得!年金は自分が払った分だけにしろ!」
・・のような意見が殆どでした。
ちなみに1940年生まれの人の初任給って、恐らく5,000円とかですよ?
「初任給の金額を10年間1銭も使わず貯蓄した!」という人がいたとして、その額60万円。
これで10年間暮らせますか?
「金額の値」など、時間の前には何の意味もない事がよくわかる例だと思います。
高齢者は相応の生活が保証されなければならないため、現在の価値換算で年金が支払われる仕組みが必要なのです。
煽る側も、煽られて真に受けちゃう側も酷いものだと思いますね。
■
こうして見ると、「金額の数字」は場所や時間によって、思いのほか流動的に価値が変化するものだとわかるかと思います。
確かにデフレ期は「お金の価値」が相対的に向上するため、短期的には貯金に意味がありますが、デフレ期を脱した途端に意味が消滅する事もあるのです。
例えば「6,000万円を貯金している!」と言っても、その価値を誰も保証できません。
老後が安泰な金額だとか安心していても、ひょっとしたら40年後にはその価値がカローラ1台分になってしまう事もあるのです。
そして、その価値をコントロールしているのは何かといえば、それは「国家の経済政策」そのものです。
「資本主義システム」は緩やかなインフレーションを前提に設計されています。
様々な学説はありますが、概ね2%程度のインフレーションが好ましいと考えられているようです。
であれば、貯金は年々2%程度目減りするもの・・という理解が本来正しいでしょう。
すなわち資本主義が安定している世界ては、タンス貯金した金銭の価値が40年で概ね半分になるのです。
その際には、貯金はタンスや銀行に預けるのではなく、本筋からすれば年間2%以上の金利や配当を生み出す資産に移行すべきである事はこのことからも判ると思います。
ただし、それは国家の経済政策を見ながら進めるべきです。
政府がデフレーション推進政策を進めるようであれば(現在がまさにそう)、現金で保持すべきです。
政府が2%以上のインフレーション推進政策を進めるようであれば、インフレーションの度合いよりもやや高めの安定した資産に金銭を移動すべきでしょう。
政府が2%以上のインフレーション推進政策を進めるかどうかは、インフレギャップ/デフレギャップに対する政府の施策(予算額)を見ながら大まかな予想を付けることが可能だと思います。
”再度「コンクリートから人へ」”
>>自民党政権に戻ると、景気刺激のため従来型の公共事業に重点を戻した。
ウソを言ってはいけない。
実態は「公共事業費用は民主党政権時と大差無い」です。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=687871151313831&set=ms.c.eJwFwYENADAMwrCPJkWwQv9~%3BrPY0K~_xs7OmbpoGPUMUBZ38GZQ~-~-.bps.a.236228089811475.38834.100002728571669&type=3&theater
数字を用いた事実ベースで議論せずに、イメージやレッテルだけで議論することは感心しません。
”貧困層拡大の原因”
>>つまり貧困層が拡大するような政策がとられたことによって経済成長が止まったのではないか。
ハイ。その通りです。
そしてそのような政策とは・・他ならぬ「菅直人元総理が決定した消費増税」によるものです。
それを現実に実行したのは安倍総理です。
アベノミクス第二の矢である「機動的な財政政策」とは、実態として消費増税でした。
安倍政権の罪は免れません。
しかしながら、菅直人政権もその罪を逃れる事はできません。
民進党も自民党も、共に新自由主義政策を推進しているのは間違いないのです。
TPP推進等の自由貿易推進、消費増税、公共事業の削減などなど。
そもそも「マネー」の考え方からして民主党政権が新自由主義なのは明白でした。
その例が事業仕訳です。
滑稽なのはお互いに「どっちの新自由主義が誤っているか」という議論をしながら「我々は新自由主義ではない!」と言い張っている点です。
そもそも「新自由主義」の対義語は「リベラル」ではありませんから。
敢えて言えば「ケインズ主義」です。
「リベラル」の対義語は「ソーシャル」です(日本語に直せば「自由主義」の対義語は「社会主義」です)。
完全な自由主語も完全な社会主義も現実世界には存在しえないので、自由と社会のバランスのどのあたりが良いのかを議論するのが政治です。
都合が良い言葉を全て「リベラル」でパッキングしている団体の言葉など、政治を放棄した詭弁としか思えませんよ。
更に言えば、これは民進党だけの問題ではありませんが、「右傾化」ってなんなんですかね?
これも言葉の定義があいまいなまま、イメージの悪いレッテル貼りに使われているだけのように思えます。
「右」=「保守」だとするのであれば、「保守的になっている」と「急進的に憲法を変えようとしている」というのは同じ意味ではないと思いますけれども。
軍備増強をたくらんでいると指摘するのであれば、右傾化などと言わず、軍国主義化とハッキリ書けばよい。
民進党や社民党が復活するためには、まず自民党の「新自由主義政策」への対立軸として「ケインズ主義政策」を打ち出すこと。
そのためには、マネーの考え方等の根幹からケインズ政策について学ぶこと。
そしてかつて新自由主義政策を推進してきた菅直人元首相、野田元首相をはじめとする有力者が引退すること。
・・だと思いますよ。
言葉の定義について
最近、言葉の定義と対義語の定義が非常に大切だと最近思っています。
「言葉の乱れは世の乱れ」などという言葉もよく聞きます。
あるいは「言霊」などという言葉もあります。
使う言葉によって、醸成される社会や対話相手との関係性が変わってくる側面もあると思います。
ビジネス面で言えば、例えば
【捉えるべきは「市場」ではなく「需要」】
などでしょうか。
さて本題。
政治の面において言葉の定義が曖昧なままで議論されるシーンをよく見かけます。
例えば民主党などで顕著ですが、「新自由主義」の対義語として「リベラル」をよく用います。
https://twitter.com/nagatsumaakira/status/258480096715874304
なぜこれらが対義語になるのか。
民主党の長妻議員に直接問い合わせたところ、
「新自由主義は小さな政府で、リベラルは大きな政府だ!」
という意味だとする回答を得ました。
・・本当にそんな意味があるのでしょうか。
そもそも、「新自由主義」は日本語表記なのに対して、「リベラル」は外来語表記。
この時点で比較を難しくしていると思います。
勘ぐれば「敢えて比較を難しいようにしている」という意図すら感じます。
まずはこれらの表現を統一していただけませんかね?と言いたいと思います。
更に、例えば民主党内部についてもが「保守」と「リベラル」が対立していると言います。
http://diamond.jp/articles/-/82070
http://www.sankei.com/politics/news/150406/plt1504060035-n1.html
どうも外来語を用いることで、
【概念を抽象化して都合に合わせて解釈を変更できる】
という使われ方がされているように感じます。
そこで対義語について僭越ながらワタシなりにまとめてみたいと思います。
1.「保守 (コンサバティブ:Conservative)」と「革新(プログレッシブ:Progressive)」
保守:既存の価値や概念を大切にしながら可能な限り微修正で対応していく考え
革新:既存の概念では対応できないとして抜本的な変更で対応していく考え
ここではリベラルかどうかは関係ありません。
したがって、保守とリベラルという対立構造自体がおかしいと考えられます。
本来の意味では「保守」が「右翼・右(Right)」であり、「革新」が「左翼・左(Left)」です。
したがって共産主義やリベラルが「左」というのも基本的には誤りだと思われます。
対義語として、双方アルファベット表記の語尾が物事の本質の振る舞いを示す「ive」となっている点にも留意したいです。
問題は「保守」の考え方です。
「保守」の軸をどこに据えるか?が問題になります。
・現行制度について軸を据えるのであれば、「現行憲法を守れ!」こそが「保守政党」となります。
・明治時代から昭和初期に軸を据えるのであれば、「自主憲法を取り戻せ!」が「保守政党」でしょう。
この2つを見てもまるで反対ですよね。
また一方で、江戸時代以前から脈々と受け継がれた価値観に軸を据えるのであれば、
「日本が積極的に西洋式を取り入れた結果、日本が悪くなった部分を排除して本来の姿に回帰しよう」
という主張が「保守政党」でしょう。
ならば
「アメリカやイギリスのやり方(例えば武力を背景とした外交や経済的な野心に基づく覇権の拡大)には追従しない。」
「かつての朝鮮半島をはじめとするアジア諸国への砲艦外交は誤っていた。謝罪すべきだ。」
「国学の祖である本居宣長の思想を見直すべきだ。」
などになりましょうか。
日本は、明治維新、第二次世界大戦の敗戦というタイミングで、2回も「焚書坑儒」に相当する過去の価値観否定が流布されました。
日本の政治の困惑における根源がここにもあるような気がしています。
「保守」と名乗るのであれば、何も上記の3択ではないと思いますが、どの価値観を「保守」するのか明示すべきだとワタシは思います。
2.「自由主義 (リベラリズム:Liberalism)」と「社会主義(ソーシャリズム:Socialism)」
自由主義:各個人や法人は社会的な権威からの制約を受けるべきではなく、可能な限り自由であるべきだという考え方
社会主義:各個人や法人は私利・私財を目的とした活動を抑制する必要があり、社会的な権威により制約すべきという考え方
対義語として、双方アルファベット表記の語尾が「ism」となっている点にも留意したいです。
完全なる自由主義と完全なる社会主義はそれぞれ存在し得ないと、個人的には思います。
完全なる自由主義とは「無政府」「カオス」「無法地帯」そのものとなります。
完全なる社会主義を体現しようと試みたのが「共産主義」です。
共産主義の司令塔を例えば完全なる人工知能を有するコンピュータが担えば実現できるのかもしれませんが(だとしてもワタシはゴメンですが)、情状酌量などの人間性(芸術性や感性など)の理解までできるような人工知能など、遠い将来までそのようなものは出現しないでしょう。
よく自由主義と社会主義の討論において、二項対立的な議論がなされます。
「共産主義はケシカラン!だから社会主義は誤っているのだ。」
というものです。
自由主義も社会主義も背反ではありません。
すなわち本来の議論としては
完全な自由主義社会 <-------------> 完全な社会主義社会
この中間のどのあたりの社会が望ましいのか?という話です。
「社会的な価値を高めるために個人の資産や活動に制約を与える」のは当たり前であり、例えば殺人や泥棒を国家権力により抑制する事がない社会が望ましいとは思えません。
【どこまでを社会のために制約させてどこまでを自由にするのか】という、要するに度合いの問題だと言えるかと思います。
民主党からよく聞こえる議論である
「自民党は新自由主義(ネオリベラリズム:Neo-Liberalism)だが、民主党はリベラル(=自由主義:Liberalism)」
は何の議論にもなっていない事がわかります。
このような議論に対して「近年よく知られる考え方では・・」という見解を聞きます。
これは正確には
「近年(、為政者が自らの正当性を訴えるために都合よく解釈を変更して流布した情報として)よく知られる考え方では・・」
に相当し、これこそがまさに「言葉の乱れ」そのものという感じがします。
3.「民主主義 (デモクラシー:Democracy)」と「貴族政治制度(アリストクラシー:Aristocracy)」
民主主義:国民全員がそれぞれ国家の意思決定に関わる権利を持っているシステム
貴族政治制度:一部の特権階級のみが国家の意思決定を行うシステム
民主主義とは、「主義(ism)」ではなく、あくまで制度ないしシステムを示します。
これは語尾が「支配権、政治、階級」を示す「cracy」である事からも判ります。
本来、民主主義システムとは
【 国民の民意→選挙による議員選出→立法府による法の検討→行政府による執行 】
となっているハズです。
しかしながら実態は
【 特権団体の要望→官僚による法の検討→行政府による法の根回し→立法府が承認 】
となっているのです。
しかも立法府を構成する議員の多くは、国民の民意ではなく選挙の支持母体たる特権団体の意見で動いています。
だから選挙戦も浮動票ではなく、「いかに固定票(=特権団体の表)を確定させるか」が鍵となるわけです。
したがって、日本においては依然と貴族政治制度が継続しており、「民主主義」とは
【国民に政治責任を押し付ける事に成功した貴族政治システム】
というのが本質的なところなのだと判断できます。
ならば「本来の民主主義」を取り戻すべく民衆が立ち上がる事こそが、あらゆる民主主義に求められると思うのです。
あるいは、特に「リベラル」を標榜する政治家や団体などはこの動きを行うべきなのだと思いますが、なぜかそのようにはなっていないのが不思議です。
対義語として存在する「システム」については二項対立の対象となるかと思います。
現行の貴族政治システムをメンテナンスしていくのか、あるいは民主主義を取り戻すのか。
このあたりの議論はあっても良さそうに思います。
4.「新自由主義 (ネオリベラル:Neo-Liberalism)」と「ケインズ主義(ケインジアニズム:Keynesianism)」
これは主に政治思想というよりも、経済に特化した思想と言えるかと思います。
新自由主義:あらゆる経済活動は、世界的な規模で政府の規制から自由であるべきだ。なぜなら供給活動を高める事こそが経済を活性化させる事であり、政府は可能な限り供給に規制をかけるべきではない。
ケインズ主義:経済活動(特に金融経済)は政府により積極的に規制される事で最適化されるべきだ。なぜなら需要を高める事こそが経済を活性化させる事であり、政府は需給バランスを取るべきだ。
したがって、よく聞かれる
「新自由主義は格差を拡大して貧しい人を虐げる考え方だ!」
というのは結果論であって「新自由主義」自体がそのような概念ではないと考えられます。
結果論を持って新自由主義が誤りなのであると主張するのであれば、ケインズ主義に基づいた経済政策を推奨すべきです。
ところが「リベラル(=自由主義)」を標榜する民主党は、デフレ期にも新自由主義政策を進めました。
・公共事業の削減
・TPPによる自由貿易の推進
・消費増税による需要縮小
・株主減税の継続
「自由主義」と「新自由主義」は包括の関係なのでさもありなんという結果ですが、その自由主義をもって新自由主義に反対を表明するのは詐欺というものでしょう。
新自由主義に反対するのであれば、ケインズ主義者を支援すべきなのです。
5.「資本主義 (キャピタリズム:Capitalism)」と「共産主義(コミュニズム:Communism)」
これらの語尾は「ism」になっていますが、本質としてはシステムの違いだと思います。
たまたま現行のシステムとして、個人の資産保有の是非を争点とすれば対義語になるのですが、そもそも方式が全く異なりますので微妙に対義語ではないような気もします。
WindowsとMacが対義語でないようなイメージです。
しかしながらシステムの問題なので議論は割と二項対立的になると思います。
感情的議論で行われる政治
塩村あやか議員がブログで「動物殺処分」について論じていました。
http://shiomura-ayaka.com/2015/10/30/report-1340.html
氏の主張を概ねまとめるとこんな感じです。
-----
前半:(殺処分と決定した)動物が殺処分される手続きを淡々と写真つきでリポートします。
後半:このような残忍な行為の主因である無責任な飼い主の対策を行うために、ペットショップに制限をかけるべき。
-----
本件、塩村あやか議員は、殺処分の現場は見ても行政の現場を見ていないのではないか?と疑わしく思いました。
塩村議員の主張に反論すると・・
○ 殺処分動物に純血種はまずいません。
→この時点でペットショップは殆ど無関係。
○ 殺処分動物で、無責任な飼い主から運ばれたものも殆どいません。
→この時点で「無責任な飼い主論」は誤り。
塩村議員の主張するような「高齢な飼い主の止むを得ない事情で持ち込まれた」ケースも、最近顕著というよりも、それ以外のケースは禁止されてきたので、高齢者からの持ち込みが残っているという表現が正しいはずです。
それに高齢者から持ち込まれた動物の多くも純血種なので基本的に貰い手がすぐに付きます。
従って多くのケースではまず殺処分にはなりません。
(末期がんの犬とか、老化が進んで既に立てない犬とかは除く)
■
殺処分される大半は、「飼い主不明動物」です。その多くは野良猫です。
このあたりは環境省のページにデータがあります。
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html
猫は縄張り意識が強いので通常それ程エンカウントせず、その結果として繁殖しません。
ところがエサを与えると縄張りが無くなるためエンカウントし、爆発的に増えるのです。
このあたりは環境省も啓発を推進しており、詳細は以下のページなどに詳しいです。
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h2706h.html
殺処分動物の7割近くは猫。そのうち6割は産まれて間もない赤ちゃん猫です。
大量な赤ちゃん野良猫を何とか生きさせようと、自治体職員は必死で格闘しています。
しかし赤ちゃん動物は弱いので衰弱死や病死したり、また引き取り手がいなければ折角がんばって生きさせているのに殺処分・・というのが現場のはずです。
そしてこの活動に多くのパワーが割かれているのです(あと大きなパワーを割かれるのが、野犬の捕獲)。
これらの事実から導き出される「動物殺処分の最大の原因」は、【飼い主ですら無い人】が無責任に野良動物にエサを与える事なのです。
■
野良猫が殆どいなくて野犬も殆どいないような首都圏の自治体では、殺処分も殆どゼロですが、収容動物がゼロのわけではありません(東京都は殆どゼロに近いですが)。
収容動物がそれなりにいるのにどうして殺処分がゼロかといえば、自治体職員のパワーがある程度余っていれば、数年間程度は愛護センターの裁量で飼養し続けることができるからです。
要するに「保健衛生」から「愛護」に行政を振り向けることが可能になるのです。
不細工な動物などは長い時間かけて住民と触れ合ってもらって、その動物の性格の良さや魅力等を理解してもらって引き取ってもらうしかありません。
しかしそれも余力がなければできない事です。
塩村議員の主張するようなケースは超レアケースです。
超レアケースの根本治療も良いですが、それでは殺処分数は全く減りません。
無責任なエサやりの罰則強化とか、野犬対策とかが本来実施しなければいけないことです。
■
ここからは塩村議員の主張の正当性について述べたいと思います。
おさらいしますと
前半:(殺処分と決定した)動物が殺処分される手続きを淡々と写真つきでリポートします。
後半:このような残忍な行為の主因である無責任な飼い主の対策を行うために、ペット販売に制限をかけるべき。
・・という主張でした。
ショッキングな画像や情報を提示した直後に、感情論をもとに誤った政策へと導こうとする手法は極めて悪質にすら感じます。
また塩村議員の主張は詭弁を多く含み、論理が成り立っていません。
一番酷いロジックは、殺処分のショッキングな話に次いで、根拠を示さずに「無責任な飼い主が主因である」というあたかも断定された原因であるかのように述べている点です。
次いで、仮に無責任な飼い主が主因であったとしても、どうしてペットショップの制限が最善の政策なのか、これも全く説明がありません。
本来の課題解決のプロセスは、
「(1) 問題の発見」→「(2) 原因の調査・断定」→「(3) 対策の検討」→「(4) 対策実施によるインパクト調査」→「(5) 対策の決定」→「(6) 対策の実行」
であるべきです。
(1)→(5)という主張はあまりに短絡であり、政治家の資質として疑問を持たざるを得ません。
#菅直人元総理をはじめ、多くの政治化(特に左巻き)が(1)→(5)のロジックで議論をしているようにも見えますが。
(1) シリアで難民が発生!→(5) 日本も受け入れを! という議論も同様ですが、対策の検討は机の上の感情論ではなく、論理的な思考に基づいて検討していただきたいところです。
それが人権(塩村議員の主張は動物の権利?)に関わる事ならなお更です。
アベノミクス新3本の矢を添削する
今までアメブロでは過去の回想録を書く感じにしておりましたが、時事ネタもいくつか書いていきたいと思います。
まずは補正予算(があれば)以降にその性格をあらわにして行くであろう、アベノミクス新3本の矢「一億層活躍社会」について検証していきたいと思います。
全文はコチラ。
https:/
■はじめに■
アベノミクスによって、雇用は100万人以上増えた。2年連続で給料も上がり、この春は、17年ぶりの高い伸びとなった。中小・小規模事業者の倒産件数も、大きく減少した。
もはや「デフレではない」という状態まで来ました。デフレ脱却は、もう目の前です。
■ここまで■
ウソつくな!
日本はまだまだ深刻なデフレの真っ只中です。
GDPデフレータ
http://
2年連続で給料が上がった?アベノミクスの影響で、実質賃金はひたすら下がり続けたの間違いだろう。
実質賃金
http://
要するにアベノミクスは失敗したのです。
しかして、その「アベノミクス第二フェーズ」とはいかなるものなのか。
それこそが一億総活躍プランとのことです。
■ニッポン一億総活躍プラン■
目指すは「一億総活躍」社会であります。
少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も、人口1億人を維持する。
(中略)
第一の矢、『希望を生み出す強い経済』。
第二の矢、『夢をつむぐ子育て支援』。
第三の矢、『安心につながる社会保障』。
■ここまで■
現在は一億人のうち、あまり活躍している人がいない、と言う前提な感じのするネーミングですね・・。
まあそれはともかく、三本の矢の具現策が以下に書いてあるようなので読んで見ましょう。
■強い経済■
デフレから脱却し、力強い成長軌道に乗せるため、「生産性革命」を大胆に進めていく。大きな経済圏を世界に広げながら、投資や人材を日本へと呼び込む政策を、果断に進めてまいります。
(中略)
リニア中央新幹線が、本格着工となりました。東京と大阪を一時間で結ぶ「夢の超特急」であり、日本の最先端技術の結晶であります。北陸新幹線は、今年の春、富山から、金沢まで乗り入れました。更に、来年3月には、北海道新幹線が開業となります。
■ここまで■
いやー、これは酷すぎる。
とことん、安倍総理が新自由主義だと思い知らされる「経済」の説明です。
「生産量が多すぎるのに対して、皆がお金を使わないので消費されず、モノが余りまくる状態」 がデフレです。
なのに生産性革命とやらで、更に生産量を増やしてどーするんだよ!と。
歴史的に見ても、デフレの解消方法は公共投資をバシバシ行い国が仕事を作り出すとか、減税して消費を喚起するなどのケインズ的政策を行う以外で解消された事がありません(只ひとつを除いては)。
残されたひとつの方法とは戦争による特需発生と生産力の破壊です。
経済の事例として新幹線を挙げてますが、国の事業ではなく、JRの事業・・つまり民間投資じゃん。
極めつけは、資金や労働力を海外から呼び込む!ですって。
マジで勘弁して欲しいです。
日本には現在、2京円ものマネーが銀行にブタ積みされて誰も借りたくないのが問題で、デフレなのです。
なのに更に資金を海外から流入させて、マネーをこれ以上増やしてどうするの?呆
どうも民間投資があれば、生産力が向上してデフレが解消されるという思想のようです。
しかも労働力も海外から呼び込むですってよ。
賃金がどんどん低下する中で、労働者は職業を選べないという労働環境になりつつあるのに、外国人労働者をどんどん受け入れる?
日本人の給料は、現在に輪をかけて低下していきますよね。
一億総貧困プランの間違いじゃないのか?
■子育て支援■
誰もが、結婚や出産の希望を叶えることができる社会を、創り上げていかなければなりません。そうすれば、今1.4程度に落ち込んでいる出生率を、1.8まで回復できる。
(中略)
奨学金を拡充し、希望すれば、誰もが、高校にも、専修学校、大学にも進学できる環境を整えます。ひとり親家庭の支援も充実し、子どもの貧困の問題に取り組みます。
■ここまで■
誰もがって、残念な事に男性は出産できません・・と言う揚げ足取りはともかく。
その「誰もが希望を叶える事ができる」ための具体的な施策が一切語られていないのでは、全く共感できません。
せめて新自由主義的な手法で目指すのか、ケインズ主義的な方法で目指すのかくらいはハッキリすべきです。
まあ、ほぼ前者で確定でしょうけれども。
学費の話題で、安倍総理は奨学金について言及しています。
ワタシはこの話題で背筋が凍りました。
一見、学生への福祉充実に思われた方が多いでしょう。
しかし、学生への支援ならば何故「学費負担の低減化」ではなく、「奨学金」なのでしょうか。
現在の奨学金には、無利子で返済する第一種と、低利子で返済する第二種があります。
第一種は成績優秀でないと利用できませんので、ここで言う「奨学金の充実」とは第二種を指すと思われます。
正直、第一種でも入社したての安い給料から支払うのはかなりの負担と聞きますし、少なくともワタシはキツかったです。
昔は労働者の給料は年齢とともに上がったので、年々返済の負担は下がっていきました。
しかし小泉改革以降の現在では、若者の給料は殆ど上がらす、かなりの長い時間ずっと高負担が継続するのです。
第一種の無利子どころか利子付きの第二種ともなれば、返済が生活を脅かすケースも多いでしょう。
なんせ、社会人になった途端に500万円から1,000万円の有利子の借金を持つという事ですから。
この金額はフツーに自己破産申告に相当する金額かと思うのですけれども。
現在の大学生を取り巻く奨学金は既にこのような状況なのに、更に奨学金を充実させる??
・・実はコレ、アメリカが現在やっている「経済的徴兵制」そのものですよね。
アメリカで実施されている経済的徴兵制とは何か。
ネット上のコメントを見る限り、正しく理解されていないように見えます。
単に、
「生活に困った人を徴兵する制度じゃないの?」
くらいの認識の人が殆どではないでしょうか。
生活困窮者なオッサンを数年徴兵したところで、そんな素人兵士など現代兵器同士の戦闘にはむしろ足手まといでしてね。
必要なのは、屈強な肉体の若者兵士です。
そこで、奨学金や学資ローンをわざわざ国が拡大して、借金漬けにした学生に対して、職業選択の自由を実質的に無くし、借金免除をエサにして入隊させるのです。
入隊後も、防具をローンで購入させるなどして借金漬けにしておけば、数年で辞めてしまう事もありません(殉職や病気を除く)。
屈強な肉体の若者が自動的に入隊するシステムを、学費をエサにして作り上げるのが、アメリカ式の経済的徴兵制なのです。
安倍総理の主張は、どうもそちらの方向に思えてなりません。
再度問います。何故、奨学金の充実なのか?
左巻きの方々は集団的自衛権で徴兵制だー!などと騒いでいますが、本来はコチラを騒がねばならないのではないでしょうか?なぜ全く騒ぐ声が聴かれないのか不思議です。
■社会保障■
特に、仕事と介護の両立は、大きな課題であります。私は、「介護離職ゼロ」という、明確な旗を掲げたいと思います。
直近の調査で、介護離職者が、初めて、年間10万人を超えました。離職を機に、高齢者と現役世代が、共倒れしてしまうという悲しい現実があります。
(中略)
「介護離職ゼロ」を目指して、介護施設の整備や、介護人材の育成を進め、在宅介護の負担を軽減する。仕事と介護が両立できる社会づくりを、本格的にスタートさせたいと思います。
■ここまで■
その2でも書きましたが、ここでも論点の挿げ替えがあります。
「離職を機に、高齢者と現役世代が、共倒れしてしまうという悲しい現実」を無くすという目的で設立された制度こそが【介護保険】なのです。
すなわち総理のこの発言は、総理自らが介護保険制度の失敗を認めたことを意味します。
それならば総理大臣が述べねばならない対策としては公的な制度の見直し、即ち
「介護保険制度の大幅見直し」
でなければならないハズです。
ところが。
安部総理が述べた施策は「介護施設の整備や、介護人材の育成」でした。
しかも、文脈から公的な分配率の変更によるものではなく、民間投資を呼び込んで実現するという方向が明らかです。
現在はデフレであり、デフレから脱却できていないのに、やはり
「民間活力を用いて、供給力を増やす」
というデフレ促進事業なのです。
デフレを深刻化させて皆が給料が下がる中、元々給料の低い介護職なども給料が下がると思われるわけですが。
そのような中で介護の専門人材をどうやって確保するかといえば・・
自動的に「移民」が回答になります。
海外から安い労働力を日本に(という考え方自体がワタシは有り得ないと思っていますが・・一体人間を何だと思っているのでしょうか) !という思想だと思いますが、それを実施すれば労働者賃金は著しく低下していくでしょう。
すなわち【一億総貧困社会】です。
■おわりに■
この安定した政治基盤を大きな力として、長年手つかずであった、日本社会の構造的な課題である、少子高齢化の問題に、私は、真正面から挑戦したいと考えています。
■ここまで■
フツーに、ケインズ主義的な施策を実施すれば問題なく解決されていくであろう少子化問題について、新自由主義的な施策を実施すれば問題が深刻化するのは目に見えています。
アベノミクス(第一フェーズ)は、提唱された時には、以前に麻生元総理が提唱していたケインズ主義的な部分と、竹中ヘイゾー氏が提唱していた新自由主義的な部分がミックスされたものでした。
しかし実際にフタを空けてみると、完全に新自由主義的な政策のオンパレードでした。
消費増税、TPP、公共投資の削減、財政均衡、移民、派遣法改正による労働賃金低下・・・
そしてアベノミクス第二ステージですが。
これまで見てきたように、新自由主義政策の深化です。
それを一切具体性の伴わない社会保障の言葉でオブラートに包んでいるだけです。
実は、これは以前から竹中ヘイゾー氏が主張していたこと、そのままです。
彼は「私は社会保障制度を強く訴えている!だから新自由主義者ではない!」と主張しています。
この新自由主義的な具体的政策を、社会保障のオブラートに包んで実施する手法こそがアベノミクス第二ステージであり、要するに「真・ヘイゾーノミクス」という話です。
お願いだから、安倍総理にはもうお辞めになっていただきたいです。
代わりの人材は、是非ともケインズ主義な方にお願いしたいです。
このブログについて
今では他の方のブログにコメントするためのアカウントになってしまっていますが・・
本来、アメブロを自分の過去回想録を書くための場としています。
それ以外の話題ですと、mixi、ココログ(パナカーより愛を込めて )などで綴っている感じです。
過去回想録はいくつかのテーマに分けています。
1.【 パナカー列伝 】 : 車生活の珍回想。
大学4年間に乗り換えた車は8台。
学生時代の車生活について特殊な経験を積み重ねた主人公「パナ」によるノンフィクション作品。
恋愛あり、メカトラブルあり、事故あり、免停あり・・などなど。
その経験から得た重要な教訓(?)を書いています。
いくつかサンプル・・
- 第四話 「パナカー1でデート!の巻
」 : 念願のあの子といよいよドキドキのデート!のはずが・・
- 第十七話 「パナカー4、スピンターン失敗する!の巻
」 : 突如現れたカタカタ音の正体は?
- 第二十四話 「朝日に輝くパナカー6!の巻 (前編)
」 : 徹夜で陸送。夜明けの光に包まれ・・
- 第二十七話 「Time Crisis!パナカー6!の巻
」 : 突如襲った腹痛。更なる不運が襲う。
2.【 Y道荘の隣人 】 : 激ヤバな寮生活
大学時代に住んだ学生寮「Y道荘」。
自他共に認める不夜城。
犯罪スレスレの遊びを楽しむ住人はヒトクセもフタクセもある学生ばかり。
全てノンフィクション。
いくつかサンプル・・
- Episode 2 「煙幕の最終形は・・?
」 : 抜け駆けデートをした仲間にオシオキしたハズが・・
- Episode 4 「炸裂せよ!リンゴ爆弾
」 : 夜な夜な開発した「リンゴ爆弾」炸裂させた場所とは・・
- Episode 5 「最初で最後の主犯(前編)
」 : 夜中に苛められっ子を呼び出すのがエスカレートして・・
3.【 パナカーより愛を込めて 】
昨今のニュースを読んで感じることを、たまに書いています。
一度mixiで書いた日記について書き起こしたものなので、少し古くなっているかも・・。
・ニュースについて物申す!「パナカーより愛を込めて 」(ココログ)
4.【 パナカー・ゼロ 】 : 大学より前のお話
・・執筆中(かなり停滞中)。
気軽にコメントやメッセージください。
きっと喜びます・・。
P0-03: パナカーゼロ・消ゆ
1990年9月。
パナはしばしば、父の車で新潟駅前にある予備校まで通学していました。
朝、予備校付近に到着すると
少し離れたいつもの路上に車を駐車しました。
パナの目標はSDカードの入手です。
※SDカード:免許を取得してから無事故・無違反だと貰えます。
http://www.jsdc.or.jp/sd/get/index.html
お金が無いので駐車場に停める事はできませんが、
だからといって駐車違反で捕まるわけにはいかないのです。
そこで、駐車禁止ではない路上で駐車。
これが予備校から少し離れているのです。
駅前ですので、駐車禁止ではない道路等は殆どありません。
しかしこの一方通行道路だけは、辛うじて駐車禁止ではないのです。
・・・・・
予備校の講義が14:00頃には終わりました。
そして車を停めた道路に戻って来ると・・
無い!ナイ!!ないっっっっっっ!!!!
父の車が、駐車した場所に無いのです。
アレ?!!確か、ここに停めたハズ!!
記憶違いだろうか?
もう1本、隣だったかな?
まさか盗まれたのでは??涙!
等と思いながら、1時間近く探し回って、、
その結果、見つけたモノとは・・。
「東署まで出頭セヨ」
と路面に書かれたチョーク文字でした。
!!!!!
ナゼ?
近くを見渡しても駐車禁止の看板はありません。
交差点付近でもありません。
左右の壁からの距離も充分だったハズ。
でも、まずは東署まで行かなければハナシになりません。
東署か・・
かなり遠いな。。
仕方ない。
バスで移動だ。
・・・って、財布が車の中だよ!!!
仕方ないので1時間以上かけて徒歩で行きました。
クソー!違反してないのに、この仕打ちは何なのだ?!!
憤慨しながら警察署に入ります。
違反の内容として説明されたのは・・
[←] 一方通行
===========================
<■ ←パナカー
<■ <■ <■ ←他の車たち
===========================
この場合、パナカーだけが違反。
一方通行の場合、右側には駐車してはいけないのだそうです。
そんなの、教習所では習わなかった!
教科書にも書いてなかった!!
それに、新潟市の中心部な商店街は一方通行だけれども、
右側にコイン路駐な場所があるじゃん!
・・と主張しますと。
「コイン路駐がある場合は右側でもOK!」
と。
・・そんな、ご都合主義なぁぁぁ。
こちらは教習所の教科書知識で述べても、
相手は道路交通法をベースで語るので勝ち目はありません。
「ハイ、青切符。反則1点。罰金1万円ね。」
クソー!!痛い出費だ・・
「あと、レッカー代も1万円ね。」
なんと!!?
勝手に移動されて、そのカネも徴収されるのか?
「加えて、駐車料金が・・900円ね。」
キサマ・・
あんなところから歩けば、そりゃあ駐車料金かかるだろうよ。
ってか、財布は他ならぬ、その駐車場に持っていかれたんだよ!
意志に関係なく!!涙
・・実際のルールは教習所の教科書じゃない、
道路交通法で動いているんだ・・
そう知るには、随分と高い授業料だったと思いました。
こうして無事に初違反をしてしまい。
SDカードは免許取得後、半年もせずについえたのでした。
==========
民主党の馬渕議員が執筆された書籍
「原発と政治のリアリズム」
を読みました。
これは良書。
オレが!アイツが!という原発事故本が多い中、この書籍は三現主義に則り、客観的視点を交えて論理的に記載されています。
危機管理におけるマネジメントとは、政治家に求められる資質とは、に言及する1冊。
かなりオススメ致します。
【送料無料】原発と政治のリアリズム [ 馬淵澄夫 ]
|
P0-02: 免許番号の意味
1990年夏。
パナはバイトを辞め、予備校へと通う事にしました。
父から借りた車を駐車場に止め、新潟市の地下街「西堀ローサ」を歩きます。
う・・なんだか冷房が効きすぎてる・・。
パナは急激な腹痛に襲われました。
は・・早く・・トイレに行かねば・・。
かなり急いで西堀ローサ内のトイレに入ると、幸いにして個室は空いてました。
・・が、なんと、
わ、和式!!
パナは、後ろのポケットに刺してある長財布を取り出し、前のポケットに入れ替えます。
これには訳がありました。
春先の事です。
自宅の汲み取り式トイレ(和式)で大きな用を足す際に事件は起こりました。
高校時代からパナは後ろのポケットに折りたたみ財布を入れて活動していたわけですが・・
これが浪人生になって購入した長財布ですと、お尻を出してしゃがんだタイミングで財布が落下するのです。
あえなく、長財布は汲み取り式トイレに落下。
1万円程度入っていたのですが、二度と使用することが不能になったしまったのです。
それからと言うもの、パナは用を足す前には必ず、後ろポケットの長財布を前のポケットに移すのです。
ともあれ、無事に用を足したパナは、古町を散策します。
さて、気づくと・・免許証がありません。
無い!免許ケース毎無い!!
確か・・免許ケースは・・
長財布と一緒に、後ろポケットに入れていたハズ!
何と!
恐らくですが・・
あの免許センターからもらった安っちいビニールの免許ケースは長財布とくっついていたのでしょう。
長財布を後ろポケットから取り出した際に、一緒に取り出されて、トイレで落としてしまったのです。
慌ててトイレに行きましたが・・既に財布はありませんでした。
渋々、免許を再発行したのです。
・・・・・・・
さて予備校生活は、正直退屈でした。
講義をサボって、予備校の友人と海に行く始末。
今日はテトラポットにへばりついてるカキをゲットしてやるぜ!
などと言いながら(僕は食べれないのですが)、その場で採りたてのカキを海水でグっと食べて遊んでいました。
さて、そろそろ予備校に戻ろうか。
・・と、車に戻ると・・
車のドアが半ドアです。
・・ん?
うわー!全員のバッグが無い!!!
半ドアなのは、バタン!と閉めると音がしちゃいますので、車上アラシの常套テクニックとのこと。
幸いにして財布は身につけていたので金銭的な被害はありませんでしたが・・
予備校のテキストを盗まれ・・
更にはそのバッグの中には
免許証
も入っていたのです。
これまた渋々、再度の免許証再発行です。
再発行された新しい免許が配布されました。
配布された時、その場には免許を紛失したらしい方々が10名程いました。
警察の担当者はパナの免許を取り上げると・・
警察 「みなさん、免許証番号の最後の数字を見てください。」
警察 「この方の数字は2です。」
警察 「皆さんのは1ですね。」
警察 「これは無くした回数です。」
・・と悪い見本にされてしまいました。
以来、2より大きい数字は中々お目にかかった事がありません。
・・が、それを見たのはおよそその20年後
ウチの奥さんの「5」でした。
======================
危機管理のスペシャリストにして、浅間山荘事件の「突撃せよ」で役所広司 さんが役を演じた事で有名でもある「佐々淳行」先生の著書です。
昨今の情勢で普段バッシングの対象となっている公務員の方々。
彼ら顔が見えない方々の命がけの、誰にも表彰される事のない奮闘事例を紹介しつつ、
「危機管理の基本は人の心をマネジメントする事」
「信賞必罰の心得」
を説く、涙無しには読めない1冊。
オススメ致します。
【送料無料】佐々淳行の危機の心得 [ 佐々淳行 ]
|
