P0-01: パナ、免許取得す!
1990年3月・・
パナは大学受験に落第してしまいました。
某教育学部受験の視力矯正のためにせっかく買ったメガネ・・。
ついでに!という事で高校卒業前に自動車学校へと通ったのです。
2週間程度の教習をクリアし、晴れて免許をゲットしました。
パナは早速、車が欲しくなりました。
なので、浪人生となりましたが、予備校へは通わず。
自宅で勉強しながらアルバイトに明け暮れていました。
アルバイトは早朝の新聞配達と、夜の玉子豆腐工場。
いずれも父の車(スズキ アルト)を借りて勤務先まで通っていました。
夜の卵豆腐工場のバイトが終わるのは、24:00頃。
その後に帰宅して就寝。
更には早朝に起床して新聞配達・・。
・・というスケジュールがいささかツラくなってきました。
ある日など、大寝坊!
日曜日の朝9時半頃から新聞配達したこともありました。
そこで!
昼夜逆転させる作戦を実行することにしました。
玉子豆腐工場が終わってから、新聞配達まで寝ないで待機するのです。
確か、新聞配達の事務所付近にゲーセンがあったはず!
近づいてみると、ゲーセンには
「24H」
の看板が。
車も沢山止まっています。
おおー、ラッキー!
よし、ここでゲームしながら待機しよう。
車を駐車場に入れます。
・・と。
駐車場内に止まっている車をよく見ると・・・。
あ・・あれ?!!
黒塗りのベンツさんが目立ちますね。
それに、皆さん・・
お店に入らず、なぜ車の脇に立ってらっしゃる?
・・というか、なぜ・・背広?
・・・いやー。
このゲーセンの隣は
「新潟刑務所」
でして。
しかも、ゲーセンですが・・実は、店内の電気消えてます。
「24H」は、24時までオープンの意味だったのかぁ!!
慌てて、駐車場を出ると、職場付近へと向かったのでした。
その後、玉子豆腐工場は辞める事にしました。
身体が持ちません・・。
契約期間の半分で辞めてしまったので、給料を半分にされてしまいました。
その際に工場長から言われたお言葉
「世の中、全てギブ&テイク!」
未だによく意味がわかっていません。。
====================
原著も読みましたが、個人的にはコチラのコミック版の方がイメージしやすくて良かったです。
新自由主義の行き着く先の世界とは・・
TPPをはじめとした、自由貿易の是非が議論される昨今、カネが自由に動ける状態とはどういう事なのかを考える機会になる1冊と思います。
オススメいたします。
全ての調達仕様書は英語で書かねばならない、なんてのがユニクロ・楽天は何と言うか知りませんが、本当にあるべき姿なのだろうか?
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II は、政治家やマスコミのスポンサーは、結局のところ一部の大企業であるのでそれに逆らえるハズもなく、全てカネで動くのである・・という結論に至る1冊です。
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プロローグ・ゼロ
かなりご無沙汰しております。
「パナカー列伝 」は1stシーズンとして、大学卒業時で一旦中断し、
続いて連載した「Y道荘の隣人 」ですが、実はまだネタがいくつかあります。
記憶がハッキリしている部分の執筆はほぼ終わっているのですが・・
・記憶がハッキリしていない部分が含まれる話
・大学時代の友人に取材しないと執筆が難しい話
の執筆に難航しています。
その結果、最近ではほぼ執筆停止状態でした。
「Y道荘の隣人」が終わらなければ「パナカー列伝」2ndシーズンが執筆できない・・
と思っていたのですが、余りに間が空きすぎました。
そこで、大学時代以前の車・自転車の話「パナカー・ゼロ」を執筆したいと思います。
大学入学前からこんな調子でしたので、大学時代のハチャメチャ振りである、
「パナカー列伝 」
「Y道荘の隣人 」
のような状態になったのも、至って当然だったのかもしれません。
・・というわけで、「Y道荘の隣人」は一旦終了します。
思い出したもの、友人との会話で記憶が蘇ったもの、取材することで執筆可能なものについては
「続・Y道荘の隣人」
として後日執筆することにします。
というわけで・・「パナカー・ゼロ」連載スタートします。
Episode 22: 先進的なJKリフレ
1991年10月頃。
パナがジプシー生活を経てY道荘へと引っ越してしばらくした頃の事。
N駅前にて、怪しいチラシを手にしたのです。
そこにはこんな事が書かれていました。
「手をかざすだけで奇跡が起きる!」
1) ケガが治った!
2) ガンが治った!
3) ナスの漬物が美味しくなった!
4) タイヤのパンクが直った!
・・などなど。
3)はともかく、1)2)は薬事法違反ですし、4)はコメントのしようが無いわけですけれども・・。
また、同時期くらいにS大学の学園祭に行ったのですが。
そこでは手かざしサークル主催の展示会みたいのをやってました。
レモンを2つの切って、片側に手かざししたところ・・
・・手かざしした方にはカビが発生した!
→これはレモンに含まれる防腐剤のような毒素を分解したためだ!
という感じの展示がありました。
・・単にコンタミしただけと思いますけれども。
http://ejje.weblio.jp/content/contamination#GKJET
ともあれ、パンクまで直ってしまう「手かざし」とは何なのか?
これは是非体験してみる必要があると思ったのです。
幸いにして、チラシを配っているお姉さんが
「手かざしに興味ありますか?」
と聞いてきたので、
パナ 「興味あります!手かざしが使えるようになりたいです!」
と即答。
すると・・
早速、手かざしの事務所に連れて行ってもらうことになりました。
そこで「手かざしのパワー」について説明を受けます。
講師?の男性がパナの腕に手かざしをします。
講師 「ほら、手かざしした部分が暖かく感じるでしょう?」
講師 「これが【氣】(き)です。オーラと言ってもいい。」
な、なるほどー!!
しかし・・・
日常的に気温は20℃前後ですよね。
体温は35℃前後のわけで・・
手をかざせば温度差であたたく感じるのは当然では。。
などと思ったものの、それは言わず。
講師 「ではアナタの身体の中の毒素を分解しましょう。」
講師 「手かざしを始める前に・・」
講師 「まず、毒素がどこに溜まっているか調べます。」
と言われて、30分程度、肩から腰まで全身マッサージ!
おおー!気持ちいいー!!
その後30分、手かざし。
・・暇です。
・・と、隣で手かざしを受けている人を見ると・・
何と、マッサージ&手かざししているのは・・
女子高生じゃないですか!!
なんと、その人は女子高生からの全身マッサージを受けていたのです!
むむぅ・・
こ、これは・・
通わねば!!!!
と言うわけで、月に一度くらいあるマッサージ会・・
・・もとい、手かざし体験に足しげく通ったのです。
しかし、担当する講師?は、なぜかオッサンかオバサンばかり。
女子高生は、なかなか担当にならないのです。
そうこうしているうちに、Y道荘に電話がかかってきました。
講師 「15,000円でアナタも手かざしが使えるようになるセミナーがあr・・」
パナ 「一切、興味ありません!」
ガチャ!!ツー・ツー・ツー
散々、マッサージを無料でやってもらっていたくせに・・
カネの話が出た瞬間に電話を切りました。
そもそも電話番号も「自宅」ではなくY道荘共用のピンク電話です。
それ以来、一切あの会場へと向かう事はなくなりましたが・・
まさか・・
カネを払っていれば女子高生がやってくれていたのかー!!??
と思うと、昨今のJKリフレの価格を見るに・・
15,000円は実は安かったのかも?!
・・などとも思う次第なのでした。
Episode 21-6:N学生会創世記(その6)
1993年。
学園祭実行委員や倶楽部連合の中には、執行委員に対する不満が湧いていました。
予算や意思決定は全てS校舎の言いなりで、半強制的に学園祭実行委員や倶楽部連合を従わせる状況でした。
更には、仮に学園祭実行委員の提言がS氏の了解を得たとしても、代議委員を全員招集するのが一苦労です。代議委員会の承認を得ないと、全く何も進まないのです。
しかし。そもそも自分が代議委員であることを覚えていない学生もいる始末。
学園祭実行委員の中にはY道荘メンバーも含まれていました。
こうした事から、
・S校舎の言いなりであるS氏独裁体制を廃する
・S校舎的な執行委員、代議委員、監査委員という体制を廃する
・よりN校舎の実態に即した体制へと転換する
・・・という方針が、Y道荘メンバーを中心に水面下で画策されたのです。
まず、予めY道荘メンバーあるいはY道荘のメンバーの息がかかったメンバーが代議委員になりました。
次に代議委員を招集し、S氏執行委員会体制に対する不信任案が成立。
1993年秋に選挙になりました。
そしてY道荘関連メンバーが相次いで立候補です。
更に秘密裏に「当選させてはいけない人一覧」という紙面が校舎中にバラ撒かれていました。
当然、一覧に書かれているのは旧体制メンバーです。
これもY道荘をはじめ、学園祭実行委員会による根回しによるものです。
その結果、S氏をはじめとする旧体制メンバーは惨敗。
Y道荘関連メンバーが軒並み当選しました。
更に新メンバーは代議委員を招集し、
・執行委員、代議委員、監査委員というN学生会の体制を廃する。
・Nコミッションという一元化組織の元に、キャンパス創造委員会、クラブ連合、学園祭実行委員会、広報監査委員会の4組織という体制とする。
・・を承認。
こうしてN校舎が閉校となるまで続く新体制となったのです。
この体制は他の校舎とは一線を画し、小さい校舎ならではの機動性に優れたものでした。
自らの環境は自らの手で切り開く人々が沢山いたのが、N校舎での一番の魅力だった・・私はそう回想します。
(おしまい)
Episode 21-5:N学生会創世記(その5)
1992年の1月頃。
大ヒットした学園祭を終え、学生会執行委員は落ち着きを取り戻しました。
・・とはいえ、既に参加する委員は殆どおらず。
委員長AG氏はもはや参加しませんでした。
S氏とO氏を中心に、時々パナやG氏が参加する程度です。
しかし残ったメンバーで次の企画を進めます。
4月に新入生が入学します。
そのためのイベント「オリエンテーション」を実行すべく、「オリエンテーション実行委員会」を立ち上げたのです。
学園祭に実行委員として参加せずに歯がゆい思いをしていたパナは迷わずオリエンテーション実行委員として参加しました。
委員長はKZ氏。
なぜか学園祭実行委員会とはあまりメンバーが被らない状態でした。
そしてこのイベントも大成功に終わったのでした。
そして2年目の執行委員会選挙。
一期生からは、S氏、O氏、G氏、H氏、パナが再選。
二期生からは、EKD氏、OSM氏、MTH氏、KWI氏が当選。
・・とはいえ信任投票でした。
問題は、代議委員と監査委員。
クラスから1名以上選任しないといけない代議委員は各教室を訪れて説得することで無理やり選出するにしても、前回監査委員などは全員辞任する意向でした。
無理やりF施氏を留任させると、何とか体を保ったのです。
しかしS氏のワンマン経営に対して、G氏、H氏、パナは再度出席せず・・。
路頭に迷う二期生スタッフ・・という状況でした。
これを打開すべく、2年目も一碧湖キャンプをやったハズですが・・記憶がありません。
2年目も学園祭は実施され、一期生スタッフは去年と殆ど同様。
更に二期生スタッフも数名参加した体制です。
呼んだ芸能人は確か「ToBeContinued」。
#ZARDと異なり、こちらはヨミを外しましたネ。。
更に来年に向けた「オリエンテーション」ですが、KZ氏は再度委員長に就任すべく意欲に燃えていたのに・・なぜか弾かれてしまいます。
パナも参加しませんでした。
2回目のオリエンテーションがどのように実施されたか、これも記憶にありません。。
(続く)
Episode 21-4:N学生会創世記(その4)
1991年の夏休み。
その頃のパナはと言えば、N校舎の執行委員会には殆ど出席せず。
なぜか湘南地区にある校舎の執行委員の毎日のように顔を出していたのです。
(そもそも、この時期のパナは住所不定のジプシー生活でした)
僕と同じく厚生局長を担当されていたK坂氏をはじめ、かなり仲良く遊んでいたのです。
そんな8月のある日、大学の総長が死去したのです。
大学で葬式を行う運びになりました。
N校舎からは、副委員長S氏とI嬢が参加することになりました。
委員長AG氏はなぜか欠席。
I嬢が好きだったので仲良くなりたい!というヨコシマな気持ちも委員になった動機の一部だったパナ。
I嬢と湘南の校舎で会えるなんて!
と嬉しくなりました。
夕方にS氏の車で来るというので、ワクワクが止まりません。
・・ところが・・
来ません。
夜中の2時まで待っても来ません!
まさか・・事故・・?
・・・
翌朝・・かなり元気な様子で、2人揃って現れました!
多分、この外泊をきっかけにS氏とI嬢はお付き合いすることになったのです。
その晩、K坂氏は、今月の生活費が後1,500円しかないのに、
全部散在してパナに奢ってくれたのでした。
#食事代の請求は1,800円位で、300円程足りなかった。
・・・・・・・・
その後、「学生健保」の会議を箱根で行うことになり。
無料で箱根温泉旅行ー!!
しかし、会議の内容と言えばかなり退屈です。
まず、議題が不明、前向きな議論が皆無、そもそも議論になっていない。
そこで、パナが議論をけしかけ、議事を進行させます。
アイデアも色々出します。
誰も否定的な意見を言いづらい場が幸いして、今から考えると、偶然にもブレインストーミングになっていました。
このようにして、湘南の校舎だけではなく、複数の校舎にN校舎の力を示すことができたのです。
・・・・
この後、
AG委員長はもう出席しませんでした。
パナはビラを配布等の広報活動にも手を出し(と言っても厚生関連の話題に限定)。
S副委員長は学園祭の調整。
O氏は予算関連に忙殺され。
という状況。
委員会の活動場所も、校舎内からクラブハウスに引っ越すことになりました。
ここで、倶楽部連合の方々の協力を得て、かなりのチカラ作業も2日程度で完了!
・・しかし、パナは心が痛みました。
公約を反故にして、まさかの倶楽部連合には一切部費を出さないという内部での決定があったからです。
そしていよいよ学園祭の準備期間に入りました!
パナは立場上、バーの出展等のコンテンツ提供は行いましたが、準備作業を殆ど手伝いませんでした。。
準備作業は学園祭実行委員として、S副委員長、I嬢、H氏といった執行委員も参加しただけでなく、Y道荘メンバーも多く参加し。
学園祭をPRする地域のローカルテレビ局での生放送番組ではT城氏が、確か性器露出してたような・・
まあ、些細な問題はありましたが、ZARDライブをはじめとした各種イベントも初回とは思えないくらいに大成功となったのでした。
(つづく)
Episode 21-3:N学生会創世記(その3)
既に、AG氏と言えば形骸化した委員長な状態。
実態はS氏が執行委員会を運営しているような状態になっていました。
しかしその根拠や自信もないのにS氏の独断的な判断が連続。
その手腕を受けて、徐々に執行委員メンバーの結束力は無くなっていきました。
その事態を受けて・・
1991年8月。
S氏は執行委員メンバー全員を招集!
伊豆の伊東市一碧湖キャンプを企画したのです。
#現在のプロマネの知識で振り返ると、このあたりの施策は素晴らしい。さすがだと思います。
キャンプといってもコテージを借りての宿泊です。
キャンプへの移動は、パナカー1号と、副委員長S氏の車の2台です。
パナカー1号には、委員長AG氏を含む4人乗車。
S氏の車には、I嬢、Ny嬢(委員長AG氏の彼女)を含む4人乗車。
(ちなみにH氏は不参加)。
S氏は免許取立てですが、伊豆のアップダウンの急な道を上手く走ります。
(たまにクラッチを焦がしてましたが)
突然、AG氏がパナカー1号の中からNy嬢に向けてシャウトします。
AG氏 「オレがミラー越しに目線を合わせているのに!」
AG氏 「あえて視線を外して笑ってやがる!」
パナ 「いやー・・気のせいでは・・」
AG氏 「いいや、あいつはそういう女なんだよ!!」
・・Ny嬢は、どこのエスパーですか!!涙
移動の始終こんな感じで、当然、雰囲気の悪くなったパナカー1号。
それに対し、全員でにこやかな雰囲気のS氏の車。
(しかも愛しのI嬢が乗ってますし・・ウラヤマシー!)
コテージに到着次第、AG氏とNy嬢で別れる別れないだのといった喧嘩開始!
もう好きにして・・。
そうは言っても放っておけないのでそれを宥めるパナ。
方や、S氏やI嬢は夕飯の支度です。
・・・・・
喧嘩も収束状態になった頃。
S氏 「ご飯できたよー!」
・・で、電子ジャーのフタを開けると・・。
なんじゃこりゃー!!
ご飯というか、米そのまま?噛むとバリボリと。。
炊けてないじゃん!
S氏 「あー、それね。」
S氏 「早く作ろうと思って。」
S氏 「一人暮らしならよくやっちゃうミスをしたんだ。」
S氏 「パナも一人暮らししてるなら、何をやったかわかるハズ。」
I嬢 「だよねー!!」
S氏 「米を研がなかったんだよ。」
・・・?
パナ 「違うでしょ!明らかに水が少ないんだよ!!」
パナ 「まさかと思うけど。」
パナ 「米の表面から水の量が第一関節とか、そんなんで計らなかった?」
S氏 「ああ、当然、人差し指の第一関節だよ。」
・・・涙
米を5合も炊いているのに、その水の量では当然かと。。
パナ 「米と水は概ね1対1なの!!」
パナ 「そんなんじゃあ水は絶対少ないでしょ!」
・・というと。
I嬢 「普通は、指でやるんだよ!1対1なんて、絶対おかしい!!」
・・とナゾの反撃をされてしまい。
ともあれ、全員でパリポリと、ご飯を食べることになりました。。
夕食後、お酒も入って良い感じになった所で。。
確か話はパナから切り出しました。
パナ 「最近の委員会は非常に雰囲気が悪い。」
パナ 「S氏が独断で決める事が多くなっていて、議論にならない。」
パナ 「もっと議論の仕方を考えないか?」
パナ 「今まで色々委員長や生徒会関連の仕事をしてきたが、ここまでヒドいのは初めてだ。」
パナ 「S氏は何か、そういった生徒会等の仕事を今までやったことがあるのか?」
するとS氏。
S氏 「オレは・・劇の主役をやったことがある。気持ちよかったー。」
・・????!!!!
普段温厚なO委員もさすがにブチ切れ。
O氏 「何か委員会関係の仕事をやったことがあるのか?と聞いているんだ!」
S氏 「委員はないが、劇の主役も同じだと思っている。」
うーん、違うと思うけど。。という雰囲気が全体に蔓延。
せっかくの集まりが、余計に溝を深めた結果になったのでした。
メンバーを集めたところまでは良かったのですが、
「問題点の抽出と解決策の策定」
というフェーズにまで気が回らなかったのはさすがにマズかったですね。
ともあれ、パナはこれ以降、再度、委員会に復帰したのです。
(つづく)
Episode 21-2:N学生会創世記(その2)
ところで委員長AG氏と言えば・・
会議を取りまとめるどころかかき乱す。
具体的には、AG氏の彼女であるNY嬢の発言に何故かイチャモンをつけるという感じ。
深夜にまで渡っているのに全く話がまとまりません。
そこで副委員長を決める事にしました。
ここにS氏が自発的に立候補。
全員「まあ、いっか」という雰囲気の元、S氏が副委員長に就任しました。
さて、N学生会が持つ予算は、全部で200万円弱でした。
これで1年を回さねばなりません。
まず、筍のように多数誕生したサークルを取りまとめ、公約であった「倶楽部連合」を設立しなければなりません。
また、備品、PR費等の執行委員会自体の活動費も考慮しなければいけません。
執行委員会では、「サークル」と「クラブ」の線引きをしました。
これには、
【クラブは公的な大会(インカレ等)に出場するがサークルは趣味の範囲】
というコンセンサスが得られました。
次に、倶楽部委員会にいくらまでの予算まで出せるかという協議に入りました。
すると・・
突然。
副委員長S氏 「今年の学園祭、実施することに決まったから!」
副委員長S氏 「あと、学生会の名前は【A鷹会】で決定ね!!」
・・と、唐突に議題にも無い事を決定しはじめたのです。
パナ 「え?学園祭の予算はどうするの?」
パナ 「倶楽部連合と執行委員の活動費を差し引くと殆ど残らないけど。」
S氏 「わかってねーなー!!」
S氏 「まず1年目から学園祭をやって盛り上げることが重要なんじゃねーか!」
S氏 「活動費とかそんなのは、学生会メンバーはやりたい奴らだけが集まってるんだから、自費でいいじゃん!」
S氏 「まずは全額、学園祭に使うんだよ!」」
え?ええええー!!!???
なぜか、パナ以外には反論もなく、I嬢が猛烈に賛成!!
パナに叩きつけるような口調で「パナが間違っている!」と主張してきます。
更には・・
パナ 「更に、全く議題にもなってないのに、なんで突然学生会の名前を決めてるの?」
S氏 「だって、以前の名前は寂しい感じで嫌でしょ?」
・・全然理由になっていません。
パナ 「学生会を設立したばかりで、多くの学生は学生会に対して【何かやってくれるんじゃないのか?】、【困ってる問題を解決してくれるんじゃないのか?】と思っているのに、それをそっちのけで決定するテーマが大き過ぎる。」
パナ 「せめて、学生会名や学園祭を実行するか否かは、学生全体で投票する等、それ以外何でもいいのだけれど、学生にPRしながらやっていかないと!」
これにはH氏も賛成してくれましたが・・
S氏 「もう、学園祭実行委員を集めてしまったし、彼らに学生会名も伝えた。」
S氏 「既に、10名以上集まっているんだ。彼らに迷惑はかけれない!!」
S氏 「彼らに任せておけばいいんだよ!」
と無茶苦茶ぶりです。
後日、学園祭実行委員(予定)を5名程会議に呼んで説明を求めますが、なぜかパナが彼ら(実行委員)からひどく責められる始末・・。
後に判ったことですが、学生会執行委員の選挙前から学園祭をやりたい!という学園祭実行委員会予備軍とも言えるべきメンバーは既に集まっており、S氏は彼らと既に懇意だったのです。
選挙ではそんな公約は無かったわけですが、裏マニフェストを何の公表も無く突然実行したS氏。
学生会名も、学園祭実行委員(予定)のメンバーが考え出したものでした。
つまり、S氏=学園祭実行委員の傀儡という感じで参画したわけです。
AG委員長と言えば、S氏の言う通りに全て任せる!状態でした。
また、S氏に対する反対意見を言うのはパナくらいなものでしたが、誰も意見に味方してくれず、理不尽な理由でS氏のいいなりになっているフシがあり、大変な孤独感を感じていました(主観かもしれませんが)。
このような調子で会議は進められていくうちに、H氏、Y山氏、G氏は参加しなくなっていきました。
パナも、もう少し頑張るのですが、徐々に足が遠のいていきました。
こうして、倶楽部連合との公約は反故にし、鳴り物入りで学園祭が実行されることになったのですが・・
実行委員が算出した予算は、なんと600万円!(うち、ZARDを呼ぶのに400万円)
おやー、払えません!(苦笑)
#予算くらい伝えておきなよ・・という感じです。
(続く)
※ご無沙汰しており、スミマセン!!もうちょっと更新を頑張ります。
※早くY道荘シリーズを追えて、2ndシーズンを書かねば・・。
※・・の前に、シーズン0(ゼロ)の執筆を検討しています。
Episode 21:N学生会創世記
#忘れないうちに史実を記す目的で記載しているため、面白いネタではないと思います。
1991年4月。
大学の第一期生として入学した我々は、清水市の某施設でオリエンテーションを受けました。
その際、締めくくりの発表会。
F施氏のシュプレヒコールは色々な意味で印象的なものでした。
F施 「学生会を作れー!!」
入学したばかりの大学には学生会は無く、意見の受け皿がないという問題を提起したのでした。
入学当初、学生には様々な不満がありました。
・学食がマズくて高い(個人的にはそう思いませんでしたが)!
・バスの本数が少なくて不便!
・大学が山の中腹にあって不便(・・オイオイ・・ですが、不満として挙がっていたのは事実)
このような個々の不満は学生会を通して組織的に交渉すべきだ、という話になり・・
その後、急遽、学生会を設立することになったのです(まんまと大学サイドに誘導された感が無くはありませんが)。
学生会に興味のある人を集めて、大学サイドによる説明会が行われました。
学生会の設立には以下の組織の設立が必要とのことでした。
・執行委員 (国で言う内閣): 学生会の運営及び企画等を行う組織
・代議委員 (国で言う国会): 各クラスより2名選出され、採択を行う組織
・監査委員 (国で言う裁判所): 執行委員の活動が正しく行われているか、主に会計面で監査する組織
さらに、執行委員が委任する組織という形で、以下の組織が執行委員の下位組織として設立可能という説明でした。
・学園祭実行委員
・オリエンテーション実行委員
・倶楽部連合会
・その他、何かイベント等を行う専門組織
まず、執行委員を選出するために、説明会参加者の中から選挙管理委員を依頼しました。
半ば強引に依頼して、恐らくやりたくなかったであろうメンバーも選挙管理委員となった記憶があります。
執行委員の選挙が行われました。
これとは別に執行委員長の選挙も行われました。
委員長選挙では、AG氏の圧倒的なプレゼンテーション力が、HR氏の提案内容を上回り、AG氏が当選しました。
演説台における、HR氏の提案内容は失念しましたが、かなり具体性の高いものだったと認識しています。
しかしAG氏といえば・・内容は不明瞭。「とにかくオレはやりたいんだよ!」と言いながら演説台を降りて聴講者の前に飛び出して握手しながら演説するというものでした。
一方、執行委員の選挙ですが、落選者について失念してしまいましたが、当選者は、
S氏、I嬢、NY嬢、Y山氏、H氏、OG氏、G氏、パナ
の8名でした。
パナが執行委員として立候補した理由は、2割程度は憧れのI嬢が立候補したから、というものでした。汗
・・が、本当にやりたかったのは、中学、高校と生徒会に僅かながらとはいえ関ってきたノウハウを活かすこと、中学時代に風紀委員長(安全規律委員長)として行った様々な企画の経験を活かして、広報や企画により学生を学生会に興味を持たせる、困っている学生がいたら悩みを解決する頼れる組織をつくる・・というものでした。
ちなみに・・
各メンバー紹介。
・S氏: Y道荘住人。色々やりたい事があるとの熱い意思を感じさせるメンバー。
・I嬢: 遠距離通学者。見た目は小柄で可憐な女性だが、激しい口調に男性タジタジ?
・NY嬢: AG氏の彼女。
・H氏: 後のY道荘住人。高校時代は生徒会長だった。
・Y山氏: 何がやりたいのかはよくわからず、あまり議論に参加しない。
・OG氏: 判断力に冴える、責任感の強い真面目な男性。
・G氏: イケメン、文武両道のナイスガイ。ギターも上手。
さて、執行委員としてまず最初にとりかかったのは代議委員と監査委員の組織でした。
各クラスに出向いて代議員や監査委員をスカウトするのですが、そんなのやりたい人物など居ません。
無理やり頭を下げて、何とか集めて、ようやく組織が可能でした。
ちなみに、監査委員には選挙管理委員であったF施氏やN武氏といったメンバーがあたることになりました。
そして、学生会の会則を制定する作業です。
これはS校舎の会則をベースにして作成しました。
この作業は連日深夜まで及び、その影響もあって、パナは住まいを追い出されたのでした。
「第三話:ジプシーのパナカー1!の巻 」を参照。
次に、予算の編成と、学園祭を実施するか否かの議論、倶楽部連合の設立という課題に取り組むわけですが・・
ここでトンでもない事態に!!
(続く)
Episode 20:スーパー新幹線「きざみ」
1992年、東京と博多を結ぶ超高速新幹線「のぞみ」が誕生しました。
しかし、時を同じくしてY道荘では・・
スーパー新幹線「きざみ」が誕生していたのです。
「きざみ」は、単に遠距離を鈍行電車で移動するわけですが、
どこがスーパーなのか?というと、それは「運賃」です。
例えば、静岡県某駅から新潟県某駅までの運賃は
0円
です。
何のことはない、単なるキセル乗車です。
#昔のことなので書いていますが、当然犯罪なのでやってはいけません。
スーパー新幹線「きざみ」の改札は通常とは異なります。
「北口」とかではなく「天城口」です。
これまたなんのコトはない、改札から離れた死角となる場所に「天城」という看板があるのですが、
丁度フェンスが途切れたその場所からホームに進入するのです。
そして、遠路はるばる鈍行電車で新潟県に向かいます。
レッツゴー♪
道中・・
車掌さん 「切符拝見~。」
!!!
ヤバい!
・・しかし、こんな時のために保険は用意してあるのです。
それは・・
青春18切符!です。
青春18切符とは・・
1日以内であれば鈍行電車を使ってどこでも移動できる手段です。
最初から青春18切符を持っているのだから、全然0円じゃないじゃん?
とお思いでしょう。
実は・・
本来、青春18切符は改札を通る際に、駅員さんが日付のスタンプを押すわけです。
しかし、これを自筆!
8月1日に「きざみ」を利用して、切符検閲が来なかった場合は・・
1を書き足して8月11日、8月14日・・という具合に何度かに渡って使用できるのです。
というわけで、まさに保険!
車掌さん 「ん?この切符、手書きだね?」
ドキ!!
車掌さん 「どこの駅から乗ったの?」
車掌さん 「うーん?」
不思議な顔をしながらも一応納得した駅員さん。
スタンプを押印されて、保険は使われました。
ちなみに下車駅といえば、新潟県の某無人駅。
まあ、既に保険を使用していますので、無人駅から降りる必要も無いわけですが、
一応、終点改札ということで。
まだ自動改札がそれほど普及していない時代のお話でした。