ミキのつれづれ思うまま♪ -15ページ目

ミキのつれづれ思うまま♪

日々出会い流れてゆくよしなしごとを... メッタ切りするかも^^;;

 

 

こんにちは。ミキです。
いきなりですが、8才になったばかりのルディが、末期の精巣腫瘍なことがわかりました。ここ一年以上、精巣腫瘍予防のためにリュープリン(ホルモン)注射を、かかりつけのペットクリニックで二週にいっぺん受けてきましたが、その再診での出来事でした。


38gでずっと落ち着いていた体重、いつもの流れではかりに乗せられた数字を見て目を疑いました。

 

46g。

 

46g???

 

間違いではありませんでした。かかりつけの先生に、腹水がたまっている、横浜小鳥の病院か、リトルバードに行った方がいい、と言われました。

ルディは過去に横浜小鳥にかかっていた経緯がありますので、そちらにお願いすることにしました。大変幸運なことに、翌日17時に先生にお会いすることができました。以後、時系列で記載します。

 

6/30 横浜小鳥、院長先生に診ていただく。レントゲンと超音波検査で、精巣腫瘍15ミリがわかる。腹水7cc(7g)を抜くと、赤い水だった。もう腫瘍から出血していると言われる。普段体重は38gだったが、この1週間ほどで45~46gになっていた、この増加分はすべて水だった。腹水を抜いてもらったことで、ルディは元気が戻ったようだった。

 

7/1 呼吸荒く、しんどそう。目をつぶって肩で息をしている。お腹を蹴る。気持ち悪そうな生あくび。安静と言われていたが、出たがるので、午前中と午後の二回、30分くらいずつ放鳥する。安静にさせていても、病状が進んでもう遊べなくなってしまうなら、今のうちに好きにさせてやりたいと思った。

 

7/2 朝 手術を明後日に控え、ルディは普段通りだった。腹水を抜いた後は、まるで普段どおりに元気みたいに見えた。ベランダにカゴを吊るすと、ルディが昔具合が悪かった頃から育てているユーカリ(挿し木して3代目)にくちばしを伸ばした。カゴ底プラスチック部分の壁を舐め回っている。私はグズグズしているけれど、ルディが普段通りに普通であることで救われた気持ちになる。

 

7/2 午後 肩で息をしている。右の翼(肩)ばかりを開きたがる(左側の肩や翼は動かない)。チアノーゼ? くちばしの根元から青い。昼寝のあとでも、すぐに目をつぶってしまう。右の翼の先が、下尾筒の下にもぐっている。シードは食べている。外に出たがって、元気だが、ひとしきり遊ぶと止まり木の上で寝るので、30分もしないでカゴに戻す。この日、放鳥はこの1回のみ。ろう膜はまっ茶色。止まり木に乗るも目をつぶる。しんどそう。昼ごろ放鳥したのを、少しまずかったかと思うくらいに、急に状態が悪くなり、つらそうだった。とにかくカゴの角の網の上に頭を投げ出して、伏せている。名前を読んでも反応しない。たまらずに横浜小鳥に電話をする。

 

病院に連れていく間、駅のホームや電車の中で「ピ~~」とか弱い声で一声鳴き(2~3回)、仲木戸のホームで覗くと、プラケースの角に頭を押し付けて、虫の息に見えた。呼吸はしていないのかと思うくらいに弱く、病院まで持たないのではないかと思った。

 

18時の予約。受付でバッグごと渡し、診療台の上で再会したルディは、しっかりと立ち、ピンピンして見えた。先生に、体重も変わっていないし、水も溜まっていないようですが、どうしました?と聞かれた。さっきまで、いまにも死んでしまうかと思うほどへたり込んでいたのに。私は、狐につままれたような気分になった。でも、元気そうなら良かった。しかし、先ほどの辛そうな様子を思うと心配なので、そのまま入院させる。

 

7/3 夕方病院に電話をし、様子を聞く。院長先生は診療中で、しばらくしてかけ直してくださる。ルディは、点滴をして、しっかりしているとのこと。どんどん水が溜まるので、そこに水を引っ張られ、血圧が低いと言われる。

 

7/4 予約の時間を20分近く遅れて呼ばれる。診療台の上のルディは、プラケースの中で、立っていた。しかし足が不自然に突っ張っているようで、眼はつぶりがちで、呼びかけには応じない。いつものルディではない。入院して必要な処置をされてこの状態なら、家に置いていたらもう私は生きた心地がしなかったはずで、先に入院させてよかったと心から思った。こんな状態で、手術直前に電車で運んでくるのも嫌だった。水がすごい勢いで溜まり、血圧が低いと言われる。立っているが、苦しそう。

 

1時間~1時間15分かかると言われた精巣腫瘍摘出手術は、40分で名前を呼ばれる。癒着がひどくて、どうにもならなかった。摘出には至らず、腫瘍の表面に傷をつけただけ。こうすることで、白血球が流れ込み、腫瘍を多少小さくするのを期待できるが、それは一時的なものであるとのこと。出血はほとんどなかった(血圧が低いせいか?) 輸血ではなく、体重の10%ほどの輸液を入れたとおっしゃる。ルディは、立っていた。私の呼びかけが、かすかにわかっているような感じもする。この手術の衝撃に耐えて、腹水を抜き続けることでなんとか維持できる方向に行くなら、少しはもつかもしれない。余命は1~2カ月と言われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大変長らくご無沙汰しております、ミキです(^^)/

 

セキセイのルディは6月で8才、オカメインコのロロも、7才になりました。二羽とも元気に暮らしています。


ルディは1年半ほど前から過発情で、このコは男の子ですが、人間で言うところの更年期ですかね、50才前後に相当しますので、ホルモン異常っぽく、山ほど吐き戻しをするようになり、ロウ膜の色も、目の覚めるようなブルーから、メスっぽい肉色に変わり、カサカサしてきました。メスの交尾姿勢みたいな恰好を取るようにもなり、こうした状態を放置して、精巣肥大→精巣腫瘍......てなことになると困りますので、1年前より、隔週でホルモン注射を打っております。

 

リュープリンというもので、エストロゲンが出過ぎるのを調整するためみたいです。副作用はないとのことで、穏やかながら、うちのコには効いていると思います。ロウ膜の色は、だんだん青に戻ってきました。何より、飼い主への精神的支えが大きい。普通ではない、心配だ....という状態に、何もできずに手をこまねいているほど落ち着かないものはありません。気になる窓口払いは、3780円/1回です。長期戦ですが、かわいいコたちと、元気で、長く楽しく暮らしたいですものね(*^^*)

 

さて、昨日、古い友達の舞台を見に行ってきました。

若いころ、28年くらい前にインドのバラナシのカフェで知り合いました。私はただのツーリストにしか見えなかったようですが(笑)、彼女は強烈な印象を持って現れました。当時、多摩美の学生でした。インドに到着して5日あまりの私は、インドの様々なことにマイっていて、バラナシの火葬場で見かけた、沈没していると思しき日本人女性のマリさんに連れられて、お茶を飲んでいました。カフェと言っても、崩れかけたお寺境内みたいな、土壁で囲われたオープンな場所で、広くて木があって牛もいて、青空が気持ちいい場所でした。そこに、「マリちゃん、私、マラリアかもしれない....」と、ふらっと入りこんできたのがこのアキさんでした。私はそこにいないかのように一瞥もくれず、まっすぐにマリさんだけを見て話しました。その出会いはあまりに強烈で私には忘れようもないのだけれど、彼女から見た私は大した人物でもなく、どうやって知り合ったか覚えていないようです(^^;;)

 

アキさんも私も当時大学生でした。彼女は私のふたつみっつ上かな。
電車で30分も離れていないところに一人暮らししていたし、何より私にとって、彼女は謎で魅力的でしたので、さんざんお邪魔しました。アパートに、よく遊びに行ったなぁ。
何がそんなに魅力的だったのか。一言でいえば、彼女の、「形にならないと見える部分」でしょうか。

私は普通の、教育的なサラリーマン小市民の家で育てられた、本当に普通の娘です(今はオバサンですが^^;)。


崩れ方を知らない。
崩れられない。


私が崩れたら、ただだらしなく退廃的になってしまうでしょう。そういうのを求めてインドあたりまで行ったような気もしますが、結局のところ、自分の土台をめちゃめちゃに壊すような崩れ方はできません。自分がそれに耐えられないし、気持ちが悪い。朝起きて、日々の些事をこなして、毎日生きて行くのがつらくなる。学校や会社に行けなくなる。破滅です。
一定のルールや方針は必要。ここまではできるけれどこれは許せない、という、どうでもいいような美学もあります。ユルいようで、ユルクくない。

 

アキさんは、私から見れば、かなり崩れている..... 崩れて行く、ように見えました。

そもそも、カタチにならないものを大きく抱えていて、そこから行動したり言葉を発したりするのだけれど、私にはおおよそ理解できない。悪い人ではないけれど、私のことを特に気にしたり好きでいるわけでもない。一緒にいて、私はなんだか遠慮しているようなところもあり、なんとも、それほど居心地がいいわけでもないのだけれど、なんというか、私は「彼女を観察」に徹していたような気もします。なにしろ、近くにいるのに未知なので。彼女にとっては、私は退屈だったか、それすら感じないくらい、どうでもよかったかも知れません。

 

それから28年。彼女は結婚し、男の子を一人産み、その子は大学生になりました。ジャニーズにからスカウトされそうなほど、甘いマスクのピカピカなイケメンです。その外見とは裏腹に、とてもストイックなようですけれどね。ある分野のスポーツでいい成績を残しているそうで、その関係で進学したとか。

 

もとい。その彼女が、昨日、4人で舞台をしました。

太極拳を極めて?先生をなさっている女性、テルミンという不思議な楽器を弾く女性、脳梗塞から回復したという、どこか不自由さを残す、お坊さんのような男性。そしてアキさん、数年前車の事故で足が少々不自由になり、杖をついて登場しました。グループの年齢層は50~60歳くらいでしょうか。テルミンの女性だけは少し若く、は30半ば~40代かもしれません。

場所は教会でした。教会のステージ(と言っても、高くなくて、同じ床のレベル)で、観客は70名くらいでしょうか。小さいので、私のすぐ横を通って登場し、舞台は目の前です。

 

衣装は、手作りのフェルトを赤い系の色で染め、つぎはぎのように作ったもの。
すごいボリュームで、蓑虫のように、あるいはカラフルな雪ん子のように見えたりもします。軽いとは思うけれど、動きにくいだろうなあ。長い部分、短い部分、垂れ下っている部分、露出している部分とあり、踏みそうです。メイクも赤系で、昔、「東京モード学園」のCMに出てきたような?イッセイミヤケか山本寛斎ふう?ド派手で、まつげは鳥の羽かチョウの翅のようにきれいで長かったです。瞬きするたびに、バサバサと音がしそうでした。

 

セリフはなく、合間にお坊さんのような男性が登場して、短い詩を朗読します。

脳梗塞の後遺症から、少し口が難しそうでしたが、内容をすっかり自分のものにして、お腹の底から発声しており、それは魂の叫びのようで、快くもないけれど、それなりの重さとストレートさを持って私に入ってきました。不思議な感じ。

 

ああ、やっぱりこういう雰囲気か。

 

最後にアキさんが鈴をつけた杖をシャン、シャンとついて出てきたとき、赤とピンクと黄色のグラデーションのすごいフェルトをまとっていて、折り紙の流し雛みたいでした。Another すごいの出てきた、と、心の中で言ってしまいました(^^;)

 

太極拳の女性は、やはり、そんな無理な姿勢から.....、すごく自由な体の動きまで、さすが、と思える表現でした。くねってうねって、「理解」はできないまでも、すごいなぁ、と。

アキさんは、何かをぶつぶつと呟いているようでした。口が動き、目が虚空をさまよい、手を伸ばす。ときどき、「しゅっ」と息をのみながら、手を引っ込める。それは、誰かとつながろうとして、触手を伸ばすけれど、何か痛い目にあって、やけどをして、反射的に手を引っ込める動作に見えました。ぶつぶつ呟くのは心で思っていること、そしてつながろうとして、びっくりして引っ込める。頬や顔を、ぐにぐにとさする。お陰で口紅もメイクもにじんで、発狂した女性のようにも見えます。ライトの下でかく汗、そしてあとで彼女が書いていることですが、愛を演じていたために流れてしまった涙と、舞台直前でひいた風邪のために、鼻水もだくだくで、メイクは子供のクレヨン画みたいに崩れてしまっていました。

 

かなり引き込まれる、鬼気迫るステージだったと思います。

 

でも、わからなかった。

私にはよくわからない。
 

こういうふうに、練習してきたんですね。なんだかすごいけれど、何を言いたいのだろう。

ひとつには、私には赤裸々過ぎて、原始的すぎて、たぶん、受け入れがたいのかもしれないです。よくわからない得体の知れないもの。高度に自分を律さなくてはならない日々の中では、そこまで堕ちてしまうと、戻ってくるのが難しい、深い心の中。そんなところに棲んでいては、顔を洗って着替えて、イヤイヤする自分をちゃんちゃんと整えて、通勤できないでしょう?

 

どうしてそこまでさらけ出せるのかな。涙と汗と鼻水でグズグズになった顔をライトの下で皆にさらすなんて考えられない。それって私には、全部きれいに下処理してから表に出るもの。

それとも演技者には、「こんなに裸になれた、あそこまで表現することができた」と、なるものなのかしら。

 

普通の生活、約束ごとの多いルールの中で、ものわかりよく、こうあるべき、そうでなければ困る。骨の髄まで、そういう「普通である」ことに毒されている私には、ある意味衝撃的な舞台ではありました。ものわかりよく、人様に見苦しくないように暮らすことは、自分にとっても相手にとっても、果ては社会にとっても「私はこんな者です。怪しい者ではありません。混乱錯乱もしていません。ゴミの分別だってきちんと守って、厄介者にならないように、律儀に暮らしています。善良な小市民です。」と、お互いが安心して暮らせるための、パスポート、身分証明だという気がしています。

 

良くも悪くも、その範囲の中でしか生きられないのが、この私なんでしょうね。

 

そんなことを考えさせられただけ、この舞台を見に行った価値はあったのかな、と思っています。

 

 


 



 

永らくご無沙汰しているのに、少数ながら訪問してくださる方がいる。

申し訳ないやら、ありがたいやら^^;

「セキセイインコ 肺炎」というような検索で来られるのが多い模様。


その後、セキセイインコのルディはすこぶる元気にしております。もう6歳になりました。0歳の冬にひかせた風邪が後遺症みたいにくしゃみの多さとして残り、その後1年間、4軒ものドクターショッピングを経験する羽目となりましたが、そのおかげてよいかかりつけ医と巡り会うことができ、彼の症状は完治しました。肺炎は誤診だったようです。最初の鳥病院だけでしか「肺炎」の診断は出ませんでした。


一方オカメインコのロロも元気にしています。彼も5歳半になりました。お迎えの時にいきなり出たメガバク(AGY)も、ヘキサミタも、1クール分の投薬で駆逐できたようで、その後何度も行っている健康診断で、再発が出たことはありません。ピッカピカに脂の乗ったお年頃で、水浴びしても水をはじいて玉になって落ちてしまい、羽がなかなか濡れないほどです。


とりあえず二羽の近況から入りました。う~~ん、ちょっと出足くじかれたな。私が書きたいことは他にあったのに。


気を取り直して、いきなり重い話題に突入。


なんかいろいろ飽きてしまって。

ここまで、なんとなく自分をだましだまし、目の前にエサぶら下げるようにして頑張ってきたんですが。


あと2年もすれば、私、50歳になるんです。... な~んかだいぶ生きてきたような気がするけれど、普通にいけば、まだもうちょっと先がありそうですね。あと倍は生きないだろうけど、まだ20年や30年くらいはありそうです。長いなぁ。


今の仕事...、外資系ではないけれど、欧米系の人たちと仕事をしています...も、勤続22年目です。

一緒に仕事をしている彼らの、質の低下が最近著しい...、と感じるのは、自分が年長になってしまったからなのか?

それになりより、ここ10年くらいで仕事が煩雑になりすぎた。細かいセキュリティー、トレーニング(認定証や単位の取得)、コンプライアンス、苦情への対応。なんというか、実際の仕事以上に足を取られてばっかり。複雑で面倒くさくて、妥協がゆるされない。話はどんどん複雑になるばかりだ。こういうのも、うんざり。陰険な同僚に頭の悪い上司。あっちに気を遣い、こっちを立てて。こんなことばかりで、毎日。神経戦なのよね。細かくて面倒くさい新しいタスクが次々と降りてきて、もうそういうわけのわからない新しいことを見るのも嫌。意味がわからない。誰か上の人が自分たちの仕事を維持するために作っているのだとしか思えないような、やるのが大変な割に無意味なタスク。


もう、何もかもブン投げてオサラバしたい気持ち。

別に自殺をしたいわけではないのだけれど、仕事やめたら生きていかれない、あるいは自分で野菜でも作れって言われたらその気力も根性もない。やる気がない。

曽野綾子さんが御本の中で言っていたように、「カネと日本のインフラで生かされているだけ」の、ああ、これって本当に私のこと...!と納得してしまった、まさにその状態なのです。べつに死にたくもないけれど、特に生きていたくもないのだけれど、とりあえず生きてますが、ってとこ。


新しいものを押し付けられて、追い立てられて、やらされたくない。

そもそも毎朝決まった時間に仕事に行き続けて、疲れちゃった。とてもそんな柄じゃないと思っていた私なのに、まずまず頑張っていると思う。自画自賛だけど。

気分転換のために長い休暇でもとりたいけれど、結局同じ場所に帰ってくるのかと思うと、気分がしぼむ。

だからといって仕事を失うわけにもいかない。

贅沢な悩みのようだけど、なんというか、日々決まった幅の中からはみ出ないように、行ったり来たりして凌いでいるだけ。ああ、マジきついわ~。


......という、ボヤキなのでした。

私はこれから、どうやって心の洗濯をして、溜まっていく心の淀みをきれいにし、少しは日々新しい気持ちで生きていくことができるのだろうか?


なんかもう、あっという間に時間がたって、早くこの世からチェックアウトできないかしら。未練もないのよね。自殺をした罰に「お前はもう一度生まれかわって、もう少し現生で修業してきなさい」なんて追い返されたらたまんないから、自殺だけはしないつもりでいるけれど。


でも、芥川龍之介や太宰修のような文豪は、若くして自殺する道を選び取った。だから、それも最終的な一つの方法(選択・意思)でもあるかな、とは思う。


そんなことばかり考えてしまうのでした。


おやすみなさい。