石井舞ちゃん失踪事件考4 ドナドナ | 人はパンのみにて生くる者に非ず 人生はジャム。バターで決まり、レヴァーのようにペイストだ。
さて、ここまで石井家の家人が犯人で外部協力者が存在するのではなく、外部が主犯で家人が内部協力者であること、父親そして恐らくは警察の見立てとも異なり、旅行中止の腹いせに犯行に及んだわけではないことを見てきた。Kや姪、はたまた母親…誰が「犯人」なのか。

主犯の人間からしてみれば、姪は幸運の女神様のような存在である。なぜなら姪は姪だからだ。父親から見て姪と云うことは、被害者と姪の間柄は従妹同士と云うことになる。姪と被害者は近しい血縁関係にあり、しかも一つ屋根の下で一緒に暮らしている家族。そして何と云っても姪は17歳、バリバリの未成年者。しかし17歳、大人の入口にも立っている。当時の女子の婚姻可能年齢は16歳だった。ある種の自立性もある。Kと云う交際者と同棲し、それは「親」公認であり、「親」と一体になって生活してもいた。しかもKは成人にして社会人でもある。つまり、収入がある。姪の「親」は、実家の親であり、親代わりに面倒を見る被害者父親と云うことになるものだが、しかし「親」の保護権が完全に姪に及ぶかと云えばそうでもなく、Kが姪を保護している側面も法的云々の観点は除き、実際の生活上はある。

Kはアリバイ工作に勤しまなければならないから、被害者に同行することは出来ない。そうすると、主犯と被害者が二人っきりになってしまうことになる。これは如何にも都合が悪い。主犯が被害者を誘拐しているような格好になってしまう上に、何よりも被害者が怯えたり泣いたり騒いだりしかねない。したがって主犯としては姪の存在が必要となる。姪と被害者が連れ立って外出したとするなら誘拐にはならないからだ。姪は未成年の女だから被害者を連れ出しても特段の問題がなく、姪が被害者母親の許可を取って被害者を連れ出したことにすれば主犯に累が及ぶことなく万事丸く収まってしまうわけである。許可を取ったとの姪の言が嘘であったと発覚しても、それでどうにかなるものでもあるまい。せいぜいが怒られるだけ、それで終わりだ。ここまで一人として「犯人」は存在しないことになる。因みにこの夜間ドライヴの名目はちょうど夏休み期間でもあるから「肝試し」辺りが適当だろう。そして実際に肝試しをする価値もある。

郡山市街地からそう遠くない山中に、主犯・被害者・姪、或いは当地で合流したKの姿があった。肝試しである…闇と藪から発生する音に支配される薄気味悪い空間を、懐中電灯で足元を照らしながら進む。怖がりの被害者の足は中々前へと進まない。姪或いはKの激励を受けて何とか前へと歩を進める。主犯はそのノロさにイライラしていた。喝を入れたい…そう思った。【俺のお気に入りのフィリピンパブホステス・ドナちゃんを横取りしたクソ野郎め!】被害者父親は主犯にとって忌まわしい存在だった。だから被害者を丁寧に扱う義理もない。姪やKにはこの「犯行」のゴール地点は見えていない。主犯から見れば、姪やKは馬鹿の塊であるから、「大丈夫、少ししたらあの子は返す。あのクソオヤジが死にそうな顔になっているのを見たいだけだから」と云っておけば、そんなものなのかなと思ってくれると踏み、そして実際にそうなったであろう。しかし現実問題として、被害者が自分のことを内緒にしておいてくれるだろうか。知らないおじさんと云うことにしてくれるだろうか。口裏合わせを守ってくれるだろうか。先頭を姪やKに任せてしんがりを務める主犯はそんなことを考えながら歩いていた。それにしてもノロい…主犯は怖がる被害者に腹が立ってきた。よぉし、それならもっと驚かしてやろう…

「わあっ!」

被害者の肩に手を掛けながら主犯は大声で叫んだ。突然の奇襲に驚いた被害者は思いっきりバランスを崩し、そして、崖下へと転落していった…そこに未必の故意はどこまであったか、肩にグイっと加えた力に悪意はどこまであったのか…辺り一面に広がる暗闇と共に、真相は闇に包まれる…完全犯罪の成立である。助けようとは誰も思わない、良心の呵責など何も湧かない…この谷底に滑落してなお生きているとはとても思えないのである。通報するのはよそう。ここで口をつぐめば全ては丸く収まるのだ。

「見つかりっこない。あの子はみんなが捜しているような所には居ないよ?」