五十の手習い | 株式会社 丸信 社長のブログ

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株式会社丸信 代表取締役 平木洋二のブログ
包装資材販売、シール・ラベルの印刷、紙器印刷加工業を営む株式会社丸信の社長のブログです。

実は学生時代、数学が苦手だった。

それでも一浪の末に物理学科に入学し、卒業しているのだから相応の努力はした。
 高校時代は数学も物理も通知表が「2」だったことからすると浪人時代・大学生時代の努力は
ご理解頂けると思う。

 ただ高校時代にクラスでビリの状態から、たった一年の浪人で大学入れたのは得意科目の「英語」のお陰だったと言って良い。
予備校時代の模試で英語だけなら、校内で2番になったことがある。
入試でも安定した得点源となってくれた。

大学時代は物理の勉強が厳しくて、英語を勉強する余裕がなかったが、卒業研究以外の単位を全て3年で取得して、就職も決まって余裕のできた4年生の後半には毎日のように英会話学校に通った。


あの駅前留学だ。


飽きっぽい私が毎日通ったのはそこで知り合った商社勤めの少し歳上のOLさんの存在が大きかった。レッスン後によく飲みに連れて行ってもらってた。理系で男まみれの生活の私には彼女は眩しかった。その後、卒業旅行で1ヶ月間ニュージーランドのオークランドホームステイした。当時は携帯やメールもない時代、その1ヶ月で音信不通になってしまい淡い恋は終わる。

 当時は社会人になっても英語を続けるつもりだったが、ブラック企業に入社してしまい、平日は全くプライベートの時間がとれず、心身共にクタクタで休みの日は泥のように眠り続ける日々でいつしか英語への情熱は薄れていった。

 得意だったとは言え、ビジネスで使えるレベルでは全くないし、外国人の方と楽しく談笑できるようなレベルにも程遠い。なんとか空港やホテルでは意志を伝えられる程度。受験英語がトップクラスでも日常会話にも不自由するというのは文科省の問題だと思う。アジア各国の英語力が高まるなか、日本は北朝鮮と並ぶ屈指の英語下手の国だ。

 その後何度か英語を再チャレンジしようとしたが、どうしても続かない。

目的も曖昧で前出のOLさんとのような出会いを期待するわけにもいかない。
 そんな私が50歳を目前にして、英語をまた習い始めた。
 きっかけはお客様からの突然のショートメール、

「英語の勉強しません??」

え!なんでだろう?私?

ご紹介頂いたのは年配の日系カナダ人の男性、一度Skypeで軽く話して、体験レッスンを受けた。

「平木さんは相当な上級者ですね〜」
「グレイト!」
「エクセレント!」

お褒めの言葉が並ぶ。(褒めるって大事だなって思う)
 ネイティブでグローバル企業でのビジネス経験も豊富な方から日本語と英語の両方を駆使して教わるので、確かに理解が早い。

もう50歳だけどな、、

今から勉強してモノになるだろうか??
他に学ぶべきことが目白押しなのに・・
そんな不安を抱えながらも毎週のレッスンを受けている。
 経営者として情報源を日本語や日本語に翻訳されたものだけに頼るのは問題であろう。ただ日本語の情報でさえ消化し切れてないのに本当に英語の情報が必要だろうか。
 それにGoogle翻訳やポケトークの翻訳の翻訳精度の進化のスピードを考えるとかなり近い将来、
ノンネイティブでも全く不自由しない社会が来るのかもしれない。

今も答えは分からない。

ただ元々英語にはかなりの時間を投下したし、なんと言っても弊社は事業として企業内保育園にて英語教育を提供している。ネイティブのスタッフもいる。日常会話くらいはねと思わなくもない。

来年は4年に一度の印刷業界の祭典「drupa 2020」がデュッセルドルフで開催される。

https://drupa.messe-dus.co.jp/visitors/basic-facts/

参加する度に英語がもう少し話せたらと思う。
英語が話せないと、ほぼただの海外旅行になってしまう。ならばとりあえず来年のdrupa(ドルッパ)までは頑張ってみようかと。
 まずは毎日英語に少しでも触れる環境にしなければ。50歳は人生100年時代のちょうど真ん中。

12月号の致知の中に、元キャノン電子の酒巻社長の言葉として

「四十代になったら二、三十代の時の二倍勉強しろ、五十代になったら三倍勉強しろ。そうすれば六十代、七十代は楽に過ごすことがきるるよ」

という一文が紹介されていたし、

別のページに松下幸之助さんと普通の経営者の違いは94歳で亡くなるまで学び続け、精進し続け、最後まで進化し続けたところにあると。

幸之助翁とは比べるのはおこがましいが、、

ま、少し続けてみます。