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The U.S. Patent Practice

米国での特許実務に役立つ情報を発信しています。

米国でいう Prior Art (先行技術) とは何のことを指すのか、国際調査報告 (International Search Report, ISR) における X, Y 文献に加えて A 文献も含む概念なのか?というご質問をいただきましたので、米国特許法下での "Prior Art" と上記文献との関係についてまとめておきたいと思います。

 

まず、"Prior Art"は、米国特許法第102条において以下のように規定されています。

 

35 U.S.C. 102 (翻訳文は日本国特許庁のもの)

  • (a) NOVELTY; PRIOR ART.—A person shall be entitled to a patent unless—
    • (1) the claimed invention was patented, described in a printed publication, or in public use, on sale, or otherwise available to the public before the effective filing date of the claimed invention
    • (2) the claimed invention was described in a patent issued under section 151, or in an application for patent published or deemed published under section 122(b), in which the patent or application, as the case may be, names another inventor and was effectively filed before the effective filing date of the claimed invention.
       
  • (a) 新規性;先行技術 何人も特許を受けることができるものとするが,次の事情があるときは,この限りでない。
    • (1) クレームされた発明が,当該のクレームされた発明に係る有効出願日前に,特許されていた,印刷刊行物に記述されていた,又は,公然使用販売その他の形で公衆の利用に供されていたこと
    • (2) クレームされた発明が,第151条に基づいて発行された特許又は第122条(b)に基づいて 公開されたか公開されたとみなされる特許出願に記述されており,それにおいて,その特許又は出願の何れか該当するものものが,他の発明者を記名しており,かつ,クレームされた発明に係る有効出願日前に効に出願されていたこと
 
発明の新規性を否定する様々な項目が列挙されていますが、単に"Prior Art" といった場合、有効出願日より前に存在する公知の知識全体を指します。
 
特許庁の審査官は、その "Prior Art" の中から、サーチによって発明と関連がある文献をいくつか特定し、これらを検討・考慮します。そして、その中から、発明の特許性を否定すると考えられる文献をさらに特定し、その中の記述を引用して、拒絶理由とともに通知します(いわゆる引用文献, cited reference)。審査官によって考慮された文献や、拒絶の根拠として引用された引用文献は、"Prior Art of Record" として、審査履歴に記録されることになります。
 
実務家の会話や解説記事などの文脈によっては、Prior Art =引用文献として扱われることもありますが、本来の意味では、以下のような関係が成り立ちます。
 
"Prior Art" ∋ "Prior Art of Record" = 拒絶の根拠とされた引用文献 + (拒絶の根拠にはなっていないが)審査官が考慮した文献+ 出願人が提出したIDS文献
 
(なお、オフィスアクションの最後に添付される "Notice of References Cited"をみると、拒絶の根拠とされた引用文献と審査官が考慮した文献とが確認できます)
 
ここで、PCTのガイドラインから、X, Y, A文献に関する規定を引用します。

 

PCT INTERNATIONAL SEARCH AND PRELIMINARY EXAMINATION GUIDELINES

− 特に関連のある文書  - 第505条

16.67 カテゴリー「X」は、文献を単独で検討した場合、請求項に係る発明が新規性を有するとみなせない場合、または文献を技術常識に照らして検討した場合、請求項に係る発明が進歩性を有するとみなせない場合に適用される。


16.68 カテゴリー「Y」は、文献を同じカテゴリーの他の1つ以上の文献と組み合わせた場合、請求項に係る発明が進歩性を有するとみなせない場合に適用される。この場合、そのような組み合わせは当業者にとって自明である。


− 新規性または進歩性を損なわない技術水準を定義する文献  - 第507条(c)
16.69 国際調査報告書に引用された文献が、請求項に係る発明の新規性または進歩性を損なわない技術水準を示す場合、文字「A」で示される。

 

先述の通り、"Prior Art" は、特許性に関係なく、先行する公知技術を指しますから、X, Y, A文献すべてを含む概念となります。

 

では、「発明の新規性または進歩性を損なわない」A文献は米国で引用文献となるのか、という点ですが、これは審査官の判断次第となります。米国の審査では、主にクレームの文言解釈の違いにより、他国の審査と異なる判断がなされることも少なくなく、A文献であっても拒絶理由の根拠として引用される可能性があります。

 

このことは、米国の情報開示制度 (Information Dislcosure Statement, IDS)において提出すべき文献にも関連してきます。この制度は、発明者や知財担当者、代理人などの個人に対し、特許性に関し重要 (material to patentability) と認識しているすべての情報を開示する義務を負わせるものですが、上述の A文献 については開示義務があるのかどうか、判断に迷われることと思います。

 

あまり風呂敷を広げると話が長くなるので本稿では手短にまとめたいと思いますが、A文献は、あくまで国際段階において国際調査機関の判断で付けられたカテゴリに過ぎず、米国法下での「特許性」の判断に際して「重要」である可能性は残るため、「A文献は提出不要」と一律に切って捨てるのは(大きくはないものの)リスクが伴う判断となります。

 

実務上の手間やIDS文献数に応じた手数料もありますので、リスクを認識したうえで総合的な判断をされるのであれば、それはそれで良いと思います。

 

A文献は、国際調査機関から「新規性または進歩性を損なわない」とお墨付きをもらっているものであり、重要だとは認識していなかったという反論は可能と思います。将来、問題となった場合に備えて取るべき対策としては、IDSとして提出しないA文献については、重要でないと判断した検討の記録を残しておくことになります。(・・・が、実務上、これはなかなか難しいかもしれません)