昨日のエントリと同じ事件ですが、今回はクレーム解釈の争点についてご紹介します。
Ancora Techs., Inc. v. Roku, Inc. (Fed. Cir. 2025/6/16) Precedential
当事者系レビュー (IPR)において、PTABがAncora社の特許 US 6,411,941 B1 を自明・無効と判断したことに対し、Ancora社が控訴した事件です。
この発明は、コンピュータが起動時に最初に実行する BIOS (Basic Input/Output System)を利用して不正なソフトウェアの使用を制限するもので、「エージェント (agent)」 を用いて不揮発性メモリにソフトウェアライセンスの「検証構造 (verification structure)」をセットアップする点が特徴となっています。
クレーム
1. A method of restricting software operation within a license for use with a computer including an erasable, non-volatile memory area of a BIOS of the computer, and a volatile memory area; the method comprising the steps of:
selecting a program residing in the volatile memory,
using an agent to set up a verification structure in the erasable, non-volatile memory of the BIOS, the verification structure accommodating data that includes at least one license record,
verifying the program using at least the verification structure from the erasable non-volatile memory of the BIOS, and
acting on the program according to the verification.
Ancora社は、ハードウェアベースの不正アクセス防止機構を開示する引例回避の観点から、この「エージェント (an agent)」の文言が、オペレーティング・システムレベルで動作するソフトウェアに限定され、ハードウェアは除外されるべきだと主張していました。その根拠として、Ancora社は、特許明細書の課題に関する以下の記述を挙げていました。
「例えばパソコンのパラレルポートに接続されたドングルにアクセスする」ハードウェアベースの製品は、「高価で不便であり、ダウンロード(例えばインターネット経由)で販売されるソフトウェアには特に適していない」
しかしながら、PTABはAncora社の限定的な解釈を採用せず、平易かつ通常の意味 (plain and ordinary meaning) により、「ソフトウェアプログラムまたはルーチン」と解釈し、ソフトウェアとハードウェア両方を含む概念として解釈しました。CAFCも、この解釈に同意しました。
Mass. Inst. of Tech. v. Shire Pharms., Inc. (Fed. Cir. 2016)
(補足:上記引用個所では "disclaimer" が使用されていますが、通常の権利放棄との混同を避けるため、判例上 "unmistakable disavowal" (一義的な否定) とも呼ばれます)
CAFCは、明細書に記述されていた課題が、ハードウェアベースの製品とソフトウェアベースの製品の両方に問題があることを示しているに過ぎず、これを解決するために「エージェント」がソフトウェアでなければならないとは規定していないと述べています。
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「エージェント」 というと、ソフトウェア技術に慣れ親しんでいる身からするとソフトウェアと解釈してしまいそうですが、IPRや訴訟の場においてクレームの文言を解釈する際には、内部証拠を参酌した上で、平易かつ通常の意味 (plain and ordinary meaning)" (Philips基準) を有するように解釈されます。その結果、本事件では、「エージェント」とは、ハードウェア・ソフトウェア両方を含む概念として解釈されることになりました。
審査段階では、Broadest Reasonable Interpretation (BRI) 基準に基づき、より広く解釈されることになりますから、「エージェントとはソフトウェアでありハードウェアを含まない」という主張はさらに難しくなります。
明細書作成の段階では、限定的解釈を避けるため、記述を広くする傾向があります。しかし、解決される課題と発明の本質に鑑み、明確にすべきところは、定義を与えるなどして、後々無用な解釈の問題を生まないようにしておくことも重要といえます(例えば、本事件においては、「エージェントとは、OSレベルで動作するソフトウェアである」といった定義を加えるなど)。